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悪役令嬢・白鳥エリカの受難~真犯人は別にいる!~  作者: ハヤカワ
〈第一話 悪役令嬢と割れた花瓶〉
4/33

003

「ちょっと……なに……これ……」

「やばくない? なんでこんなこと」


 教室に戻ると、前方でざわめきが起こっていた。何だろう?

 本当はちょっと覗きたかったけど、令嬢・白鳥エリカはそんな事しないだろうな……と思うので、一瞥だけして席に戻るつもりだった。

 のだけれど。


「こんなの白鳥さんが見たら……」

「わたくし?」


 ちょうど名前が聞こえてきたので答えると、ざわめきが一瞬で静かになる。

 いや、あの、別に総長登場ってわけじゃないんだから、そんなに慄いた表情で私を見ないでほしい……。総長じゃなきゃ殺人犯でも現れたかのような視線なんですけど……。

 答えてしまったことは取り消せないので、仕方なく前方へと向かった。


 すると、ざわめきの原因と、私の名前が出た理由が分かった。



 花瓶が割れていたのだ。


 教室の前方に、常に飾られていた花瓶は、花瓶というよりも豪奢な壺に近かった。それが今や見る影もなく、大小さまざまな破片となって散らばっている。

 ざわめきの理由はこれ。で、私の名前が出た理由は、これが私の入学を祝ってお祖父さま――つまりは白鳥家から――寄贈されたものである、ということだ。


 大きさも大きさだったため滅多に花が飾られることもなかったけれど、今回に限って運悪くチューリップの花が生けられていたようで、破片と一緒に水と花も散っている。白い床は泥水により汚れ、迂闊には近付けない状況だ。これが前世なら教室内の掃除用具ロッカーからさっさと雑巾でも持ってくるけれど、何せここはお金持ち学校。そもそも生徒が掃除を行う、という習慣がないため、掃除用具も存在しない。


 そんなわけで、誰も動く者がいない。

 う~~ん、どうしたもんかなぁ。


「白鳥さま……お可哀想ですわ……せっかくの贈り物が……」

「まあ、割れた時に怪我をした人がいないようでしたらそれが一番ですわ。壺よりもみなさまのお身体の方が大事ですもの」

「なんてお優しいのかしら!」

「というか壺だったんだなアレ……」


 はっ。思わずいつも心の中で壺壺言ってたから忘れてた。知らんぷりしとこ。

 正直、私はこの趣味の悪いゴテゴテの壺が視界に入るたびにかなり恥ずかしかったし憂欝だったから、みんなが息を呑むほどショックでもないし怒ってもないのは本当。お祖父さまには申し訳ないし祝ってくれた気持ちは嬉しいんだけど、権力をひけらかすようにも見えたんだよね。


 ――ただひとつ気になるならば。


「どうして割れたのかしら……?」


 心の中で考えていた言葉が漏れていたらしい。

 静まり返っていた周囲からも似たような疑問の声が上がる。

 さすがに体育中といえど、地震の類が起こらなかった事はみんな知っているし、そもそも花瓶の飾ってあった台は縁が一センチほど盛り上がっていて、多少の振動で動いても縁がはみ出すことを留めてくれる。その上水と花が入っていたのだ。やたら激しい振動でもなきゃ自然に割れることはないだろう。


 十中八九、“誰か”が関わっていると見ていいと思うのだけれど……。


 私自身は頭の回転はそう速くない。だから、私が至った結論にはクラスメイトのみんなも思い至ったらしい。自分以外の誰かを疑うような目線が飛び交って、途端に居心地の悪い空間となる。みんなからしたら余計だろうな。なにせ白鳥家が関わってるわけだし。


 ミステリーが好きな私だけれど、正直割れた花瓶の犯人捜しなんかしたくないよ~~。白鳥エリカに対して「自分がやりました!」なんて絶対言えないと思うし。お祖父さまには悪いけど、ここはもう明るく誤魔化して不問にするしかないな。

 私がそう提案しようとしたところで、私の両脇から声が上がる。


「ねえ、そういえば今日花野井さまがこの花瓶のところでゴソゴソやっていなかった?」

「確かに……そもそも今日この花瓶に近付いていたのって花野井さまぐらいよね?」


 そう言い出したのは、私と仲のいい助佐見すけさみ菜々緒(ななお)格井原かくいはら加奈子(かなこ)。原作『わたとげ』でも白鳥エリカの腰巾着の助さん・格さんと呼ばれていた彼女たちとの交流はさすがに家のお付き合いもあり避けられなかったのだけれど、基本的に悪口に乗らなきゃ無害だと思って放置していた。透子ちゃんのことも嫌ってるみたいではあったけど、私が言う限りは特にいじめとかもしてなさそうだったし。

 けど、まさか、ここで……ここで来るのかあぁぁあ~~~~~!!


「いや、自分は水をあげようと思って……」

「まあ! そんなの学院の方に任せればよろしいんじゃなくって?!」

「そうよそうよ! ほんとうは花瓶を壊すために何か画策されていたんじゃないの?」

「まあまあ菜々緒さん、加奈子さん……」

「エリカさまは花野井さまの肩を持つんですの!?」

「い、いえ、そういう訳ではありませんけれども~~……」


 困った。ここで透子ちゃんと守ろうとすると、「白鳥さまお優しい」よりは「庶民の肩を持つ嫌な女」に助さん格さんの中でカーストが変わってしまう。そうなると今度はナメられちゃうんだよな~~。でもでも正直透子ちゃんが漫画の中のキャラなら、自分が犯人ならすぐに謝ると思うし、たぶんこの顔はそうじゃないんだと思う。でもそんなの信じてもらえるわけないし……。

 ひとまず、私はこの場を乗り切るため、息を吸い込んだ。


「いい加減になさい、菜々緒さん、加奈子さん」

「でもエリカさま!」

「――壊されていたのはわたくしの花瓶です。わたくしが直々にお伺いしますわ。花野井さま、昼休み、お時間よろしくて?」

「えっ、あ、はい、もちろん……」

「それではお昼休みにお時間頂戴いたしますわ」


 お嬢様っぽく振る舞うの、すごく疲れるんだよな……でも油断しちゃダメだ。私は極めつけに肩にかかる髪を手の甲で払い、他の誰よりも早く振り返って自分の席へと腰を下ろした。これでお嬢様・白鳥エリカとしての威厳は保たれた……かな? あとは昼休みに透子ちゃんに直接疑ってない旨を伝えて、お祖父さまには私が壊したってことで謝っておこう。よし。これで完璧!

 ちょうど次の教科の先生が来た事もあり、全員大人しく席に着き、再びいつも通りの日常が戻ってきた―――。





 そう、思っていた。

 この昼休みまでは。

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