夏日 / 二人で見る夢 / 海原を渡る
*『スイッチ、駐車場、屋根瓦』 1000字以内で書いてください。
【夏日】(140字)
大きく開いた窓から熱風が吹きこんでくる。覗き込んだ屋根瓦の向こう、月極の駐車場で彼が大きく手を振っている。そのまま、腕を庇に変え空を見上げる。目が痛くなるような陽射しが降り注ぐ、抜けるような空。じわりと染み出る汗に私も急いで窓を閉め、エアコンのスイッチを入れた。片付ける間もない。
***(空白・改行含む):997字
突然の電話に思わず息を呑んでいた。
近くまで来ているから、これから寄ってもいいか、と言うのだ。行列のできる洋菓子店の限定プリンを買えたからって。
私は朝からのんべんだらりと居間でテレビを見ていて、まだ着替えてもいないのに。寝転がっていたソファーから跳ね起きて、とりあえず車はうちの駐車場に入れて、と場所を伝えて電話を切った。
慌てて二階の自室に駆けあがり、服を着替える。汗がじっとりと滲んでくる。エアコンのスイッチを入れる。
片付ける時間はあるだろうか。脱ぎ散らかした服、読み掛けのまま放りっぱなしの雑誌たち。床に転がる化粧品。
ああもう、どうして今日に限ってこんなに散らかっているの? 部屋に来てもらえないじゃない! それよりお化粧。そっちが先!
私は急いでドレッサーの前に座り、化粧水を手に取った。
携帯が鳴る。
ええ! もう?
「はい、もしもし」
携帯を手に、弾かれたように立ち上がり窓に駆け寄る。ゆらゆらと歪む空気に滲む、彼のあの、変な色の車が目に飛び込んで来た。翡翠色っていうのかな。そうそう見かける色じゃない。大きく窓を開け、身を乗り出した。
もわりとした熱風が吹きこんでくる。
覗き込んだ屋根瓦の向こう、月極の駐車場で彼が大きく手を振っている。そのまま腕を庇に変え、空を見上げている。私も釣られて空を見る。目が痛くなるような陽射しが降り注ぐ、抜けるような青。額を伝い落ちる汗に、急いで窓を閉める。
これまでの最高速度で顔を仕上げ、階段を駆け下りた。
居間も、散らかったままだった!
飲み掛けのコーラのグラス。ポテチ。朝食の皿も置きっぱなし。掃除機……、は、さすがにかける暇はない。でも、ローテーブルのガラス面くらいは拭いておかないと。グラスの輪ジミに、ポテチのカス。全く、誰よ、こんな汚い食べ方をしているのは!
台拭きを取りにシンクへ行くと、グラスばかりが溜まっている。え? と食器棚に目をやった。
グラスがない! 洗わなきゃ!
その前に、台拭き。
え? 何これ? このテーブルの下、べたべたしてる……。何かこぼしたっけ? ああ、もういいや。こんなとこ、彼だって気づきはしないって。
ピンポーン。
インターホンの音。
「は~い」
私は飛び切りの涼しい顔で、玄関のドアを開けた。
*『待ちぼうけ、引退、口封じ』 140字以内で書いてください。
【二人で見る夢】(140字)
これが最後の仕事だった。男は薄れゆく意識の下で女を想った。こんな因果な稼業に就いて、この年まで生き永らえて来た。慢心していたのだ。このまま無事に引退できると。まさか仕事を終えた途端に口封じとは。これでも信じていたのに、お前を。二人で過ごす平穏な明日は、俺一人、永遠の待ちぼうけだ。
***文字数(空白・改行含む):140字
最後の仕事だった。
男は薄れゆく意識の下で女を想う。
こんな因果な稼業に就いて、この年齢まで生き永らえて来た。慢心していたのか。このまま無事に引退できると。仕事を終えた途端に口封じとはな。
夢見ていたのに。
二人で迎える平穏な明日は、俺一人の永遠の待ちぼうけか。
*『アドバルーン、涙雨、レインコート』 100字以内で書いてください。
【海原を渡る】(100字)
レインコートを着て家を出た。どれだけ泣いてもいいように。泣き濡れた空には大きなクジラ。踊りながらその身を揺する。何だか哀れで可笑しくて、私は、ははっと笑っていた。そうだ失恋なんて、笑い飛ばしてしまえ。
***(空白・改行含まない):139字
レインコートを着て家を出た。
修羅場になりそうな別れ話に、どれだけ泣いてもいいように。
見上げる涙雨の空には大きなクジラ。
身を揺すって踊りながら、悠々と泳いでる。
何だか哀れで可笑しくて、ははっと笑った。
そうだ失恋なんて、笑い飛ばしてしまえばいい。
私の代わりに、空が泣いてくれるから。