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憂鬱な朝 (一人称)

「憂鬱な朝」習作。一人称版のボツ原稿です。

 僕の恋人は、丹精込めて創られたアンティークの人形(ビスクドール)のように愛らしい。どこか懐古趣味的な懐かしさを醸し出す、永遠の無邪気さを感じさせる子だ。

 いつも僕を見つけた瞬間その頬を薔薇色に染め、野の花のように可憐に微笑んでくれる。教会の壁を飾る宗教画の天使のようなあどけない容貌をしているくせに、琥珀色の瞳はいつだって、慈愛に満ちた聖母のように僕を見つめてくれる。

 そのくせ滑らかで柔らかな陶器のような肌は、神経質な子猫のように敏感(センシティブ)で、優しく撫でてやると喉を鳴らして喜んでその躰を摺り寄せてくるのだ。……ほんの少しの意地悪でも、毛を逆立てて怒るけれど。それもまた堪らなく可愛くて、つい虐めたくなったりもするけれど。


 僕はそんな彼が愛おしくて仕方がない。

 そう、()だよ。言い間違えてなんていない。僕の恋人は男だ。それも実年齢とはかけ離れて幼く見える男の子(ボーイ)だ。

 僕はゲイなのかと訊かれれば、躊躇(ちゅうちょ)なく「そうだ(イエス)」と答えるだろう。かと言って、女の子はまるで駄目だ、という訳でもない。あくまでより好みの方は、といった指向の問題としてだ。けれど彼は違う。おそらくはゲイではないし、性的指向(セクシャリティ)はヘテロ。いわゆるストレートだろう。それなのに、彼は僕を選んでくれた。僕を愛していると言ってくれた。生涯をかけて、僕を愛してくれると誓ってくれた。


 僕も彼を愛している。狂おしいほどに。こうして安心しきった寝顔を僕に向け、安らかな寝息を立てている彼を見るにつけ、憎しみすら覚えるほどに愛おしい。



「アル、もう行くの? そんな時間?」


 まだ目が覚め切っていないのか、彼の手が僕を探してシーツの上を彷徨っている。そのもどかし気で不安気な手のひらを持ち上げ、キスを落とす。彼の手は、男の手とは思えないほど柔らかい。スポーツをして鍛えたりしてこなかったからだよ、と彼は言う。恥ずかしそうに、それが悪いことででもあるかのように。僕はこの、柔らかくて小さな子どものような彼の手が、とても好きなのに。


「まだ早いよ。コウは寝ているといい」


 彼のさらさらとした真っ直ぐな黒髪を梳いて、まぶたにキスを落とす。


「間に合うのなら朝食を一緒に食べようよ。何か作るよ」


 眠気を振り切れない甘やかな声でそんなことを言い、僕の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締めてくれる。胸に頬を擦りつけてくる。僕がここに存在していることを、こうやって教えてくれる。そう、それは毎朝の、欠かせない儀式ででもあるかのように――。


 

 とはいえ、こんな可愛らしい彼にも、問題がないわけではないのだ。まず、彼は自分の魅力に全く自覚がない。そして誰にでも優しく、にこやかに愛想を振りまく。おまけに自己犠牲的なまでに親切だ。親しくもない他人のために涙を流し、損得を考えず手助けしようとする。僕はそんな彼が心配でならない。




 今だって――。




「早いな、コウ! 今朝のメシはどっちだい? 英国式(イングリッシュ)、それとも和食(ジャパニーズ)?」

「おはよう、コウ。いい匂いだ。今日は味噌汁だろ、それに焼き鮭か、いいね!」


「おはよう、ドラコ、ショーン。ちょっと待ってね、もうすぐ出来るよ。アルビーは、髪の毛ちゃんと拭かないと風邪ひくよ。食べる時間ある?」


 はきはきとした明るい彼の声が、朝のキッチンに心地良く響く。だけど僕を気遣う彼に小さく首を振る。食欲は一気に失せていたから。


 この二人。どやどやとキッチンにまで入って来た彼らのせいで、おちおちシャワーも浴びていられない。この時間はコウと二人、静かで、まったりとした朝を堪能するはずだったのに。この二人は僕たちを邪魔するべく、実にタイミングよく現れるのだ。まったく、意図しているとしか思えない。



「あ、駄目だよ、二人とも! それはマリーの分だよ!」

「あの女、朝は食べないだろ?」

「お弁当に入れるんだよ。足りないなら僕の分を食べていいからさ、それは手をつけないで」


 またコウの眼を盗んでつまみ食いをしようとしている。食い意地の張った猿どもが! いつだって彼に甘えて、自分では何もしようとしないとんでもない奴らなんだ。この二人は。


 特にこの赤毛! 朝っぱらから忌々しい! コウと同郷だからといって、図々しくこの家に居ついてしまった。部屋が見つかるまでの間だけだ、とお人よしの彼を丸め込んで。それに、ショーンも、ショーンだ! コウの友人ならもう少し彼を思いやって、食事くらい気を利かせてくれればいいのに! コウは僕との時間を何よりも大切にしているのに。これでは、ろくに話もできない。


 彼らはそんな僕の苛立ちなんて、全く意に介さない鋼のような神経の持ち主だ。当然のように僕の恋人に朝食の用意をさせ、忙しく立ち働いている彼を気にかけることもなく、自分たちだけで早速食事を始めている。この二人との同居が始まってから繰り返されるこの朝の一コマの腹立たしさに、僕が慣れることはない。せめてマリーがいてくれれば……。それなのに、彼女は朝食は食べないし、朝のランニングを欠かすこともないのだ。



「朝っぱらから不機嫌な(ツラ)して! 血圧低いんだろ、お前。味噌汁飲んどけ」


 余計なお世話だ。


 僕はこの能天気な赤毛から、ついっと目線を逸らした。僕の恋人は、この二人の朝食を用意するために、テーブルに着く間もない。この貴重な朝の始まりに、彼の華奢な背中と可愛いお尻しか見られないなんて!

 そんな僕の不満を感じ取ってくれたのか、彼がくるりと振り返った。


「コウ、」


 コーヒーを淹れようか? と立ち上がったのに、彼は僕の手の中にランチボックスを押し付けた。


「うん、お待たせ、アルビー。ちょうどお弁当ができた。こっちは朝食分だよ。ちゃんと食べてね。それに味噌汁もポットに詰めておいたから」

 言いながら、彼は頬にキスをくれた。この連中さえいなければ、唇に甘いキスをくれるのに。目線は時計を気にしている。僕が遅れるのではないかと気にしているのだ。彼は気真面目過ぎる。


 それなら、こんな二人の世話まで焼かなければいいのに!



 僕の目下の悩みはこの二人だ。この夏の終わりにドイツに出立するまでに、必ずこの家から追い出してやる。そう、僕は心に固く決めているのだ。






 

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