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【三題噺】虹色の缶詰

マグネット! 第十二回三題噺参加作品。 お題は「地下鉄」「天秤」「メモ」

 滑り込んできた地下鉄のドアがシュウッと開き、くたびれた無表情な人の群れが吐き出される。そして完全に空っぽになった車内に、ホームいっぱいの人たちが吸い込まれていく。その中に、僕たちも漏れることなく紛れ込んだ。陰気臭く俯いて、ぎゅうぎゅうに圧し潰されながら。しっかりと、揃いの紙袋だけは胸元に抱えこんで。


 幾人かの間を挟んで肩越しに互いの顔を確かめ、にっと笑い合った。


 やっと、手に入れることが出来たのだ。


 今一番旬な、噂の缶詰。本当に売られているのかさえ眉唾ものだった、伝説の人魚の缶詰!


 どこに行っても売り切れだったのに。裏通りの、小汚い駄菓子屋で見つけた時には、これ、偽物じゃないの、と本気で疑った。


 天秤はかりの一方に、重り代わりに載せられていたかっきり50g、容量200ccのブリキの缶詰。青いラベルがくるりと巻いてあり、中央に人魚のシルエットが印刷されている。一缶500円也。

 埃を被っていたその缶詰の在庫125個を、全部買った。総重量6250g。それを二つに分けて紙袋に入れてもらい、僕とあいつで分けて持った。支払いは、リッチなこいつの家族カード払い。持つべきものは、金離れのいい友だちだ。こんな馬鹿馬鹿しい道楽でも、退屈な人生の気晴らしにはなるからね。


 だって、買ったはいいけど、この缶詰、当たりが出るとは限らないんだ。僕の脳裏に浮かぶのは、全部外れてがっかりしているこいつの顔。僕はどんな顔をしてこいつを慰めてやろうかと、そんなことばかり考えている。無駄になった総額62500円は、まさに泡になって虚しく消えていく人魚姫のようじゃないか。楽しくって堪らない。高校生にもなって、こんな馬鹿なお遊びに夢中になっているこいつが。可笑しくて堪らない。いつまで経っても、そんなこいつにいいように使われている僕自身が。


 今までこいつが集めて来たコレクターズアイテムの数々が、走馬灯のように駆け巡る。足裏に感じる電車の振動で、脳の中の記憶も跳ねる。極彩色のシャボン玉のように、弾んではじける。泡のように。



 ガタンッ、と電車が大きく揺れた。腕の中の紙袋が傾いで、二つ、転がり落ちた。何度か停車する度に乗客は減り、まばらになった足下を缶詰はコロコロと転がって行く。


「すみません!」

「おい、何やってんだよ!」


 僕は慌てて缶詰を追い掛ける。シートに座っていた女のひとが、足元にコツンと当たったそれを拾ってくれた。一つ、二つ。そして、僕も一つ拾った。


 三つ? 落としたのは二つだと思ったのにな。気のせいか……。


「ほら、降りるぞ」


 深く考える間もなく、あいつの後に続く。



 


 壁一面コレクションケースに囲まれたこいつの部屋の真ん中に、一つ、一つ数えながら缶詰を並べて重ねた。青い缶詰のピラミッドだ。


 126個。やはり一つ多い。レシート替わりにもらったボールペンで書かれたメモ用紙にも、125とあるのに。


 僕は数の合わないことを、あいつには言わなかった。その代わり、部屋の隅に脱ぎ捨てた上着の下にこっそりとひとつ隠したのだ。

 


 こいつは、そんな僕の動きを気に掛ける様子もない。早く取り掛かりたくて堪らないのだ。僕がこれを並べている間に台所に取りに行っていた缶切りで、早速開けに掛かっている。今時プルトップもついていない昔ながらの缶詰だ。キコキコと金属音を立ててくるくると缶を回している。金属を丸く切り取り終えると、そっと外し紙皿を当てて裏返す。


 出て来たのは、透明な青いジェルでコーティングされた小さな海。小さな魚が泳いでいる。小さな気泡が炭酸水みたいにシュワシュワしてる。200ccの細長い缶の形のまま、海はフルフルと揺れている。


「ちぇ、ハズレだ」


 綺麗だな、と見とれていた僕とは違い、こいつはもう次の缶を手にしている。僕はぼんやりと、揺れる海を見ていた。


 二個目の海は、夕暮れ時だ。茜色に染まっている。三個目は、高波のつもりなのか海が盛り上がっている。それとも一回溶けて、変な形に固まったのかな。


「詐欺だぞ、こんなもの! これじゃ人魚の缶詰じゃないじゃないか」


 ぶつぶつ呟いているこいつの独り言は、聞こえないフリをした。


 信じるお前が馬鹿なんだろ――。


 それ以外に言葉なんてない。




「もお、限界。お前、代れよ」


 ここまで辛抱強く缶をキコキコいわせていたこいつも、とうとう根をあげてバタンと後ろにひっくり返った。頭の上に伸ばした右手が赤くなっている。たかが缶開けくらいで、力み過ぎだって。でも、わざわざそんなこと、口に出したりしない。


「いいよ。手伝うから代わりになんか食わして。それに喉が渇いた」

「おう、」

 と、こいつも跳ね起きた。腹が減っているのも忘れるくらい夢中になっていたのか。珍しい。

 何個開けた? まだ10個もいってない。こいつにしては頑張った方か。


 並べた白い紙皿の上には、色取り取りのゼリーの海。室温が高過ぎるのか、最初に開けた海は、ジェルが緩んでへしゃげてますます海らしくなっている。たぷん、たぷんと皿から零れそうに波打っている。




「蓋を外した時のこの匂い、好きだな」


 菓子の袋を幾つかと炭酸のボトルを持って戻ってきた奴を見上げた。こいつがいない間、まだ3缶しか開けていない。思いの方金属が硬くて、缶切りがスムーズに進まないのだ。指が真っ赤になる訳だ。サボっていた訳じゃないんだ、と愛想笑いを浮かべて見せた。


「まだ出ないか?」


 ふわりと香っていた磯の匂いが、勢い良く開けられたポテトチップスの脂っこい匂いに掻き消される。

 なんだか興醒めだ。要求したのは僕だけど。


「これで出るようなら、レアじゃないよ」

「1万分の1の確立だって、最初に引く奴だっているだろ?」


 1万分の1が、たった125個で引き当てられるか、っていうの!


 缶切りを脇に置き、プラスチックのカップに注がれたジンジャーエールを一気に煽った。プチプチした気泡が喉の奥で跳ねている。やたらと喉が渇いていた。


「もう一杯」

「食わねぇの?」


 首を振って目の前に置かれたポテチの袋は、押し戻した。


「文句の多い奴だな。腹減ってんだろ?」


 それには答えず、僕は次の缶詰を手に取った。


 

 

 奴がまた部屋を出て、戻って来るまでに10個は開けた。レトルトカレーを温めるだけにしては、時間が掛かり過ぎだろ? 何やってたんだ、こいつ。まぁ、いい。どうだっていい。いつものことだ。


 僕はカレーを貪り食った。こいつん家のレトルトはうちで買うような特売品なんかじゃない。ホテル仕様だとか、なんとかシェフ監修のお高いレトルトだ。大して味に違いがあるようにも思えないけれど、米だけは確かに旨い。こんなもんじゃ、今日一日の重労働は割りに合わない気もするけれど……。


 こいつは食い終わると、スマホでゲームなんか始めている。すっかりこの缶詰には飽きているんだ。で、結局後の始末は僕が着けるってこと。僕はこいつと違って、始めたことは最後までやり遂げないと気が済まない。積み上げられた缶の山を減らし、全部開けなきゃ気になって仕方がない。そうやって、この部屋一面のフィギュアを取り出し、組み立て、飾ってきた。ここは僕のコレクションルームだ。


 こいつは遊びに来る連中に自慢する為だけに、このコレクションを飾っている。本当は、愛着も何も欠片もないのに。






「当たった」


 僕は信じられない面持ちで、手許の紙皿を凝視していた。


「いた!」


 紙皿の上の海がとぷんと揺れる。崩れ落ちる青い波間に、ピンクの髪が珊瑚の枝のように広がる。突き出された白い腕が水面を叩き、パシャッ、と白い飛沫を立ち上げた。ぐいと上半身を覗かせ、水中に隠れる岩の上にその身を寄せた。



 あいつが息を呑む。僕も息を殺して彼女を見つめた。途端に、目が合った。彼女の赤い唇が横に薄く引かれ、蠱惑的に微笑んだ。

 ぞわりと、背筋に悪寒が走る。

 手のひらにすっぽりと収まりそうな小さな人魚。虹色の尻尾を覆う鱗が、電灯の灯りにキラキラと煌めいている。


「なんて綺麗なんだ」


 跳ねるように面を上げた。あいつはとっくに魅入られている。吸い付くように、この人魚を見つめている。


「おい、駄目だよ、お前、」


 奴は人魚にその手を伸ばした。


「駄目だ!」


 人魚は奴の中指を握る。美しい微笑みを湛えて。


 奴は消え、代わりに人魚が床の上に座っていた。手のひらサイズになったあいつは、海の中。泳げないのか。知らなかったよ。

 掬い上げて、紙皿の上に載せてやった。


「だから駄目だって言ったのに」


 いつも教えてやっていたのに。ちゃんと説明書を読めよ、って。それでも判らないことは、メーカーのサイトに行って調べろよ、って。面倒くさいことは全部僕にさせるから、こういうことになるんだよ。



 僕は今まで開けた缶詰の海を、紙皿から床にぶちまけた。彼女のために。青、紫、茜色。星空を映す夜の海。七色が混じり合い、虹色の海が部屋いっぱいに広がっていく。彼女はその中を気持ちよさそうに泳ぎ始めた。


 僕は上着を着て、隠していた126個目の缶詰を手に取った。やっぱりこれがシークレット缶だ。他とは仕様が違う。密閉式じゃない。捩じって開ける蓋のついた保存用だ。多分、電車の中で拾ってもらった時あの女のひとがくれたんだ。あの虹色の爪をしたひとが。だって、笑ってたからね。


 蓋を開け、もう膝下まで来ているジェル状の海水をたっぷりと汲み入れた。それから、水面に落ちた木の葉のように不安定に揺れている紙皿を手に取った。もちろん、その上で不安気に僕を見ているあいつごと。さっきからずっとこいつは何か言っているのだけど、声にならないみたいなんだ。


「大丈夫。こんなところに置き去りにしたりしないよ。きみは僕の大切なコレクションだからね。大事にするよ。これまでと変わりなくね」


 奴ににっこりと微笑みかけ、紙皿を歪めて缶の中へと滑り落とし、蓋をした。

 完璧。これできみは、朝の日の光に晒されて、海の泡になって消えてしまうこともない。




「それじゃ、そろそろ帰るよ」

 

 僕はドアを開け、ピンクの髪の彼女に軽く手を振った。彼女も虹色の爪をひらひらと振り返してくれた。足下には、透き通るジェル状の波が寄せては返し、僕との別れを惜しんでくれているようだった。




 

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