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【三題噺】この場所でまた 

第九回 マグネット! 三題噺コンより転載。 お題は「帰り道」「達人」「雲」

 男は、坂道をゆるゆると上っていた。

 時折足を止め、振り返っては背後に広がる茜色に染まる雲に見とれ、頬を照らす斜光にじりじりとした夏の残り陽を感じながら。

 緩やかな傾斜の坂道は、いつしか石造りの階段に変わる。息を弾ませ、一段、一段を踏み締め重い体を押し上げる。



 ――この場所でまた。


 あの日確かに約束したのに。待ちぼうけを喰らった。男は今と同じ、遠く薄闇にぼやける街並みを朱い海原が呑み込んでゆく時を、ただ一人、虚ろな想いで眺めていた。


 男は待ち人を忘れた。いや、忘れたというよりも、封印したのだ。心の奥底に埋め、土をかけ踏み固めて、二度と表層に出て来ないように。


 そして単調に繰り替えされる日々の中に、自分自身をも埋没させた。





 その記憶が再び掘り返されたのは、思いがけないきっかけだった。



 卒業から四半世紀。そんな時を経て開けられたタイムカプセル。学校の校庭の片隅に埋められていた古い思い出の詰まったブリキの箱の中に、男への手紙が入っていたのだ。男は、まるで墓を暴くかのようなその場には出向かなかった。幹事をした同窓生から送られて来たのだ。自分自身が埋めた思い出とともに。


 自身の古い写真と、自分宛の手紙。


 錆付いた心がキシキシと軋んだ。男は震える手でその封を切った。


 ――守れない約束をごめんね。



 何を今さら。男は思った。彼女は嘘の達人だった。誰にも何も悟らせないまま、この世を去った。彼女はやはり知っていたのだ。あの日、あの場所に自分が行くことはもはや不可能であったことを。


 男がその事実を知ったのは、もっとずっと後になってからのことだった。その事実を知るまで、そして知ってからはそれ以上に、男は自分をバラバラに崩してしまいそうな痛みに耐えなければならなかったというのに。


 それを、今更、また……。


 男は小さく吐息を漏らし、丁寧に手紙を封筒に戻し、脱力して椅子の背にもたれた。





 そして今、男はあの約束の場所へと、過去へと続く帰り道を辿っている。

 階段を上ぼりきり、息を弾ませながらひんやりとした石段に腰を下ろす。茜色が薄闇に呑み込まれ、地上に色取り取りの星々が輝くのを待っている。ざわざわとした葉擦れの音や、いつの間にか聞こえていた鈴虫の合唱に心を澄ませながら。



「逢いに来たよ。やっと約束を守れた。待たせてごめん」



 暗闇の中、男は誰にとはなしに呟いた。


 遠く広がる温かな小さな街の燈火を囲む黒々とした影の中に、鳥居が明るく浮かび上がっている。そして大文字が。船形が。

 五山の送り火の全ては見れないけれど。観光客なんて誰一人いない、穴場なのだと教えてもらった。


 この場所で。


 男は、彼の許に留まり続けた想いを、あの日と同じ、焚き上げられる焔に託して見送った。


 



 


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