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【三題噺】噂をすれば

第八回 マグネット! 三題噺コンより転載。 お題は「隙間」「座席」「泥棒」

 突風が吹き抜けるような一瞬の出来事だったんだ。

 本当だよ、僕は泥棒なんかじゃない。完全に意識を失っていて、気づいたらこれを持って外にいたんだよ。本当に覚えていないんだ。信じて。



 僕は冷や汗をかきながら、店の入り口で僕を見咎め、狭い事務所に引っ張ってきた警備員に訴えていた。



 ほんの出来心だったんだ。本当にこんなものが欲しかった訳じゃない。こんな、しょうもないおもちゃなんて。こんな、つまらないことで僕の人生にケチがつくなんて……。


 冗談じゃない! 


 学校に連絡され、親を呼ばれ、クラスメイトに笑い者にされる。


 それだけは嫌だ!


 僕は必死だった。

 どう言えば見逃してもらえる? 許してもらえる?



 きっと誰かに操られていたんだ。記憶がないんだもの。そう言えば、ずっと躰が変なんだよ。自分じゃないような違和感があって。催眠術でも掛けられて、これを盗ってこいって言われたのかも。



 紺の制帽の下の異様に白い顔は、黙ったまま何も言わない。目深に被った帽子のひさしが影を落とし、つるんとした頬の上にあるはずの眼は僕からは見えない。

 わずかでも、僕を憐れんでくれてはいないだろうか? 

 そんな僕のささやかな期待とは裏腹に、血色の悪い薄い唇は僅かに口角を上げ、人を小馬鹿にしたような笑みを湛えている。



 催眠術じゃなければ、……そうだ、きっと次々と人間の躰を乗っ取り、乗り換えていく悪魔が、僕の躰に乗り移っていたんだ。

 本当だよ、信じて。十字架に驚いて、角を生やしたあいつは黒い霧のように躰から抜け出して……。


 

 こんなのますます嘘臭いじゃないか。

 自分の想像力のなさに辟易して、泣きたくなった。




 蛍光灯の明るい光は容赦なく僕を暴き立てる。幾つものロッカーの並ぶ狭い控室はまるで僕に死刑を宣告する裁判所。被告席で無実を訴える僕の背中を、壁際に並ぶ座席に座る傍聴人たちが、クスクス笑いながら見ているんだ。警備員は差し詰め、この法廷を仕切る裁判官で……。


「それで?」


 妙に響きのある低音が、警備員の口から漏れた、のだろうか? 


 まるで耳を通さず頭に直接響いてくるような声だった。

 そっと上目遣いに彼を見上げた。パイプ椅子に腰かける僕を見下ろす彼の顔が、初めてはっきりと見えた。ぞくりと肌が泡立つ。カタカタと膝が笑い出す。ゆっくりと目線を逸らし、床に落とした。


 蛍光灯の映す薄い影。ぼやけた輪郭は虚ろで淡い。


 室内に隙間風が通る訳でも、目の前にいるこの警備員が動いている訳でもないのに、この頭上にくるりと巻いた角を頂く薄い影は、自らの意志を持っているかのように揺れ、蠢いている。


 僕の苦し紛れの言い訳は、とんでもないものを呼び出してしまったのだろうか。



 額から頬を伝って、大粒の汗がぽとりと落ちた。






 噂をすれば影が差す 

 ……(英語では)speak of the devil and he shall appear.


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