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【三題噺】 紅の葬列

マグネット! 第三回三題噺参加作品、転載。 お題は「磁石」「粗大ごみ」「台風」



 季節外れの台風の影響で、土砂降りの雨が二日間続いた。

 夜半過ぎ、軒下を流れる川が危険水域に達したと消防団員が拡声器で注意喚起を促しているのが、激しい雨音に半分掻き消されながらも聞こえてきた。だが、肝心のところが聞き取れない。


 避難勧告なのだろうか? 避難所はどこだった?


 窓を開ける。途端に降り込んでくる細かな雨粒に眼を眇め、神経を集中させて更に耳を澄ます。町内を廻っているらしい車から発せられる声は、もう既に遠い。

 ため息をひとつ吐いて窓を閉め、川に面した部屋に行き、窓から身を乗り出して水位のかなり上がっている濁流を眺めた。危険水域と言っても、このままこの建物まで溢れ上がって来るなどとはとても考えられない。

 軽く頭を振って、瞬時に纏い付いた水滴を切った。念のため、階下の工房に点検に向かう。


 裸電球に照らされた土間は、雨水が染み入って来る様子もなく、ただ叩きつける雨音に溺れるようにそこに在る。


 ブツリと、電気が消えた。摺りガラスの窓の外も真っ暗だ。停電? 舌打ちをして、携帯電話の電源を入れる。その液晶の灯りで、作業台の上の蝋燭に火を点した。


 闇の中に、昼間作った夏祭り用の金魚提灯が虚ろな黒い瞳をあちらこちらに向けて、冷たいコンクリの床の上に積み上げられているのが浮かび上がる。


 もしも、浸水してしまったら……。


 そんな不安が過って、蝋燭の仄暗い灯りを頼りに、梁から吊るしている物干し竿に一個、一個、提灯を吊るした。納品数は五十だ。いつもは張り合わせた和紙を乾かす為に間隔を空けて掛けておくが、今はそんな事は言っていられない。完成品の金魚たちをぎゅぎゅうに全て引っ掛けた。ぽつんとひとつ残った、しくじり品も次いでに掛けた。ごみにせずとも家の軒にでも吊るせばいいと、除けておいたものだ。


 激しい雨音と、轟々とした水流の音が混じり合う。背筋にゾクゾクとした緊張が走る。だが、この停電が直らなければ、窓から覗いたところで水位も何も見えはしないだろう。

 もしもの事を考え、少しでも高い場所へと、燭台を手に二階へ戻った。


 ドン! 


 凄まじい衝撃が家屋を揺さぶった。

 立っていられず、階段から畳の部屋に転がり込んでしゃがみ込む。慌てて蝋燭を吹き消した。


 地震だろうか? 築ん十年のこの木造家屋、大丈夫か? 


 ミシミシと音を立てて軋み、揺れ続ける間中、身を竦ませてじっと耐えた。



 どれほどの間そうしていたのだろう。ふと、余りにも近い水音に顔を上げた。振動し続ける床に、地震にしては長すぎると思ったからかも知れない。僅かに弱まった雨音に、窓辺まで這いよって窓を開ける。



 東の空が薄らと白みかけた薄闇の中、土と水が混ざり合う重い匂いに顔を覆った。

 それよりも……。

 手を伸ばせば掬えるほどの高さに、濁流がうねりをあげているのだ。今、顔を叩く雫は雨ではなく、この家の壁にぶつかり飛沫をあげる川の水だった。


 その水面を、箪笥だの、戸棚だのの大型家具が浮き沈みしながら、逆巻く怒涛に押し流されていっている。


 元は高価なものだったろうに、ああなってはただの粗大ごみだと、俗な想いが脳裏を掠める。それどころではないと言うのに。


 まずは命の問題だ。この家が崩れでもしたら……。


 だが、雨足は確かに弱くなっている。直に夜も明けるだろう。もう少しの辛抱だ。きっと助けが来てくれる。


 そう自分に言い聞かせながら紺青の空を見上げ、次いで、とぷん、とぷんと壁に打ち寄せる泥色の飛沫を眺めた。


 と、その水流に場違いな紅がポツリ、ポツリ、と揺れている。まるでお盆の灯篭のように、その内側から仄かな光を揺らめかせて。


 あれは金魚だ。次々と、紅い金魚が列を作って流れていく。


 ゆらゆら、ゆらゆら。とっぷん、とぷん。


 うちの金魚提灯じゃないか……。


 揺れる薄紙の尾びれに見覚えがあった。昼間作ったうちの金魚提灯に違いない。打ち破られたガラス窓から、水流に捕まり流れ出てしまったのか。


 それならば、この水は溢れ出ているのではなく、引いているのかと、希望を追う様に流れ行く金魚の群れを眼で追った。


 無秩序な濁流の上を、決してその激しい流れに呑み込まれることもなく、時に跳ねるように、踊るように流れる金魚提灯は、まるで何かに引かれ、定められた場所を目指しているようだった。

 そう、数多の砂粒に磁石を近づけると、その中から砂鉄だけが吸いつけられ、集められていくように。


 いつしか、ゆるりと紫を帯びた闇色に灯る、紅い金魚の提灯はどこへ向かうのか……。


「おーい!」


 呼び掛けると、しんがりを務める金魚が振り返り、丸く、黒い片目をこちらに向けた。最後の最後でしくじって、片目を塗らずに放った一匹。



 背中を電流のような怖気が走る。


 俺は、あの金魚の腹に、蝋燭を仕込んだか?




 歯を食い縛り、涙を堪えた。

 暁を目指し泳ぎ去って行くかれらに、頭を垂れ、手を合わせて見送った。



 水が引いた後、今回の川の氾濫で、五十と一人の死者・行方不明者を出したとニュースで聞いた。



 



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