【三題噺】緑青の記憶
マグネット!第二回三題噺参加作品、転載。 お題は「拳」「鉛筆」「錆止め」
この彫刻コンクールで大賞を受賞したのは、「記憶」と題された三メートル四方にも及ぶブロンズ製の大作だった。
緑青に覆われた地面から、幾つも幾つもの拳が突き上げられている。その拳もまた地面と同じように古色蒼然とした青緑色の錆に包まれ年月の風化を思わせる。
とても新作とは思えない貫禄と、他の追従を許さない激しさに圧倒される。
更に身を乗り出してひとつひとつの拳を眺めた時、その中に何かが握られていることに気づく。それは鉛筆のような文具であったり、煌めくネックレスであったり。そこだけが、時の流れから取り残されているような違和感と、艶やかな色彩を放つ何か。
遠目に見た時、これは暴力的な怒りの表現だと思ったのに、クローズアップされたそれは、握り締めた思い出を手放すことの出来ない哀しみなのだと気づき、はっと心に痛みが走る。
ある意味、自分のような素人にもとても分かりやすい作品だ。
自社主催、第一回目の文化後援彫刻コンクールということで、芸術に何の造形もない自分のような男が広報担当になった。会社のホームページに記事を載せなければならない。正直なところ、頭が痛い。自分はただの技術者に過ぎないのだから。
緑青は、いわゆる錆のようなものだが、金属の表面に発生すると皮膜となり、内部の腐食を防ぐ効果がある。
金属の腐食を防ぐ薬品を作っている会社が、緑青という天然の錆による錆止めで覆われた作品を大賞に選ぶなどと、皮肉としか言い様がないではないか。更に言えば、おそらくは天然ではなく意図的に緑青付けされたであろうこの作品に使われた薬品を、自社では取り扱っていないのだ。
この作品と自社製品を結びつけた宣伝効果を煽る記事など、自分に書けるとは思えない。
ため息が出る。
それなのに、大賞はこの「記憶」以外には考えられない。それほどに抜きんでた魅力がこの作品にはあった。
自分のなけなしの知識や乏しい感性でどうこうしようとしても無駄に思え、取り敢えず、この大賞受賞者のインタビュー記事を載せることにした。ブロンズ作家なら、もしかすると他の作品に自社の錆止めを使ってくれているかもしれない。例えそうではなくても、そこは口裏を合わせて貰えるのではないかという期待もあった。芸術家とスポンサーは持ちつ持たれつ、そういうものだと、上から言われた。
訪れた彫刻家のアトリエは、都心からそう遠くない避暑地の山中にあった。
夏だと言うのに街中とはまるで違う、涼しい風が木立を抜ける。隣接する別荘地からは若干離れた落ち着いた湖の畔の、白く塗装されたログハウスが彼の住居兼アトリエだ。敷地内に入ると、巨大な丸だの、四角だのの幾何学的なオブジェがあちらこちらで迎えてくれたから、ここで間違いないだろう。
今と随分作風が違うのだな、と、ちらりと疑問が頭を過る。
出迎えてくれた彫刻家は、思ったよりも若い男だった。まだ三十代くらいか。あんな情念の籠った大作を生み出すような激しさは微塵も感じさせない、線の細い優男だ。
アトリエに通され、彼がお茶を淹れてくれている間に辺りを見廻した。採光を考慮した大きな窓はいかにも芸術家のアトリエらしい。小さな机の上には、何十本もの鉛筆が立てられ、描きかけのスケッチがイーゼルに載っている。だが、肝心の彫刻がない。
戻って来た彼に尋ねると、「こちらです」と彼は隣室のベッドルームに案内してくれた。
中央のベッドにしどけなく横たわる女の裸像。
生きた女があられもない姿でブロンズ化し、微睡んでいるようだ。その胸や、局所が……、擦られて塗料が落ち、ブロンズ本来の金属質な輝きが露出している。
この像を愛撫している男の姿を想像し、思わず視線を伏せた。
彫刻家はニヤニヤ笑いながら、そんな自分を見ているような気がした。
アトリエに戻り、受賞作のテーマや、制作のよもやま話を訊いた。
自分の感想を素直に告げると、彼はさも可笑しそうに声を立てて笑った。
「あなた、ロマンチストですね! 嬉しいなぁ、そんなふうに受け取って貰えるなんて!」
あれは墓なのだと、作家は言った。もう随分前に行方不明になってしまった自分の恋人の思い出を、ひとつ、ひとつ葬ったものなのだと。
「あんなふうに握り締めたままですか?」
腑に落ちないまま訊ねた。
「葬っても、僕のものですよ」
彫刻家は、無邪気に笑い、茶を啜る。
あの横たわる女の像が頭から離れなかった。
あれは彼の、行方不明になったという恋人なのだろうか? 永遠に眠り続けるブロンズの女。等身大の。
思い出を全て葬ったら、あの像はどうするのだろう。やはり、巨大な手に握り込ませて葬るのだろうか?
いや、そうではない。彼自身が毎夜握り締めているのだ。あのブロンズの女を。あのベッドで。それを葬ると言うのであれば、あの部屋自体が女の記憶の墓なのか……。
ブロンズ像の元の女は、もう生きてはいないのではないか。ふとそんな気がした。あの男が、一度握り締めたものを離すはずがない、と。
彫刻コンクールの記事は、当たり障りのない事を書いてお茶を濁した。自社製品と関連がないと、上から怒られた。だから、取材のお礼だと、自社の錆止めを持参してもう一度あの男を訪問しようと思う。
緑青に覆われることはないであろう、あの艶やかな肢体に、いかがですか、と。




