第3話「幻影猫の団」
我に返った俺は、昨夜と同じように固まった。
間違いなくあの猫だった。
奴はまたしても俺の方をじっと凝視したまま微動だにしない。
俺はビビっていた。
奴がただの猫でないことは、俺の中ではもう疑いようのない事実と化していたからだ。
どうすればいい?これから何が起きる?それとも何も起きないのか?
この緊迫した膠着状態がまた悠久に続くのかと思い始めた俺だったが、そうはならなかった。
目の前の猫と見つめ合っていた俺は、自分の目を疑った。
一瞬、奴がニヤッと笑ったように見えたのだ。
ゾワゾワと全身に鳥肌が立つのが分かった。
俺は表情を動かさないように目を凝らした。
やはり錯覚ではない。
どう見ても奴は笑ってる。ニヤニヤと嫌らしい人間みたいに。
コワーイ。ヤバイよ、ヤバイよ。
俺はもう確信していた。いまに奴はしゃべり出すぞ。
きっと奴はそういう猫なのだ。しかも奴は俺の思考を読み取る事も出来る超能力猫でもある。
すると奴は俺の妄想を凌駕するような行動をとった。
突然奴は天を見上げ、吠えたのだ。
奴の目線の先には綺麗な満月が輝いていた。
なんか動物の種類が違うような気もするが、それは紛れもなく『猫の遠吠え』であった。
果たして『猫の遠吠え』を聞いたことがある人がいるかどうかは知らないが、俺は確かに聞いた。
発情した猫が狂気じみた叫び声を上げているのを何度も聞いたことはあるが、それとは明らかに違う。
『遠吠え』と言うしかない鳴き方だった。どう表現すれば良いのだろう。
「ニャニョニョニョニョォォーーン!ニョォォーン~ニョンニョンニョン~~」
こんな感じか?いや、やっぱり文字で表記するのは無理っぽい。
ひとしきり遠吠えった奴は、ゆっくりと俺の方を向き直ると、またニヤリと笑った。
ヤバイよ、ヤバイよ、ほんとにヤバイよー。
俺の全身からは止めどなく脂汗が吹き出し、金縛り状態の俺はただ奴から目を逸らさないようにするのが精一杯だった。
奴と目を逸らした瞬間、きっと俺は殺される。いやそうに違いない。もはやそうとしか考えられぬほど、俺は追い込まれていた。
そして極限まで張り詰めた俺の緊張の糸が、もうダメだ~と悲鳴を上げた時、ついに奴が口を開いた。
「よう、オッサン。ビビッたかい?」
やっぱりしゃべった。
奴がしゃべり出したおかげで、俺の緊張の糸が少し緩んだ。妙な安堵感にすら包まれた。
「まずは自己紹介といこう」
ご丁寧に自己紹介してくれるらしい。
「オレの名はろろろ・リリリス。今は『幻影猫の団』、通称『ネコ』の団長を任されている」
(なんじゃそりゃ)
「なんじゃそりゃとはなんじゃソリャ。オレが冗談を言ってると思ってんなら、ソリャ考えを改めた方がいいぜ。ソリャ」
しまった。奴は俺の心が読めるのだ。
「まあいい。お前がどう思おうがそんなことぁどうでもいい。
要点だけ言うぜ。
オレ達はお前を『ネコ』の団員として迎え入れることに決めた。
オレ達『ネコ』は、日々お宝を求めて各地を飛び回ってるんだが、つい先日仲間の一匹が不慮の事故で死んじまってな。その欠員を補うために、お前を選んだという訳だ」
(こいつは一体何を言っているのだ?)
「お前の理解など求めてはいない。断れば殺す。それだけの事だ」
いきなり殺すと言われて慌てて何か言い返そうとした時、俺はある事に気付き愕然とした。
いつの間に現れたのか、無数の猫が俺を取り囲んでいた。
一体何匹いるのか数え切れない猫達が、皆手練れの忍びの者のように俺には見えた。おそらく先程の『遠吠え』によって招集されたものと思われる。
「これで分かっただろ。お前に選択肢などないのさ」
団長が言った。
「反論しても殺す。あ、逃げようとしても殺すし」
訳も分からぬままとどめを刺されたていの俺は、次第に気が遠退いていくのを感じた。
無意識のうちに俺の脳が、この現実から逃れるために「死んだフリ」をしようとしてるようだ。
そして俺は、気を失った。