始まりの洞窟 前編
夢、それは自分の記憶の奥底からそのときの情景を呼び覚まし、さらには自分の願望までも混ぜ合わせ作り上げられる、いわば一つの物語である。起きてしまえば、泡沫のように消えて無くなってしまう物語。
おそらく自分は今、夢を見ているのだろう。友達との何気ない会話。家族との食事。いつもと同じように見えて違う景色が、それが夢であると教えてくれる唯一のものだ。たとえば、空を飛ぶ人。たとえば、キラキラとした雲。たとえば、地をかける大きな動物。たとえば・・・。
「どうした?お嬢ちゃん。具合でも悪いのかい?」
声をかけられ、ゆっくりと目を開け周りを見渡す。
「大丈夫かい?」
徐々に意識が覚醒していく中で一つ疑問が浮かぶ。なぜわたしは骸骨に抱擁されているのか。もしかしたらわたしはまだ夢を見ているのではないかと、そんなことを思いつつまた眠りにつこうとする。
「ちょい待った!寝るのなし!色々と聞きたいことがあるんだ!」
「耳元でうるさい骸骨だなぁ・・・。骸骨・・・?」
完璧に目を覚ましたわたしの目の前には一体の骸骨。どうやっても理解ができない。
「ひぃ!が、骸骨!離して!」
乱暴に骸骨から離れた。割りとあっさりと逃がしてくれるものだなと内心不思議に思い、その場から逃げ出す。すると、その骸骨も立ち上がり追いかけてきたではないか。一歩、また一歩と近づいてくるそれは、まだ歩くことのできない赤ん坊のような、とてもぎこちないものだった。
「あ、あの。なにしてるんですか?」
ちょっとコミュ障が入った質問をしてしまったことを気にしつつ歩みを止める。
「いやぁ、なんか生き返ったはいいけど俺の体、骨なんだよね。歩きにくくて仕方がねーや」
フランクに接する彼に戸惑いながら、記憶を探る。ほんの数分前の出来事を思い出すことができた。
「そういえばここで亡くなっていた人に村の秘術を・・・」
わたしがそう小声で言うと、
「おー!そうかそうか。君が俺を助けてくれたのか!いやー助かった助かった」
生前の癖なのだろう。手を後頭部にあて、頭を掻くような動きをしながらそう言った。この場所から出るべく、彼にここから脱出する方法をききだそうとする。
「あ、そうだった。すいません、ここから出るにはどうすればいいんですか?」
「ん?ここから出たいのかい?残念だけどね、ここから出ることはできないんだよねーこれが」
彼が何を言っているのかさっぱり分からない。いや分かりたくない。それを理解してしまうとおかしくなってしまいそうで。
「うそ、でしょ・・・?」
「命の恩人に嘘なんてつかないさ。いやーお宅もとんだ災難だね。こんなとこに飛ばされるなんて」
嘘だと言ってほしかった。彼にそのことを否定してほしかった。それなのに彼は、そのことが真実であると告げる。それはとても恐ろしいことだ。ここへ歩いて来たというのに・・・。そういえば、いま彼がここへ飛ばされたと・・・?
「飛ばされる・・・?いや、でもわたしはここまで歩いて・・・」
「ここまで歩いてくる?無理無理。なんたってここには出口も入り口もないところなんだぜ?俺が死ぬまで出られなかったのが証拠さ」
そうキメ顔(骨だからわからないが)で言った。いつのまにか普通では来られないところに歩いてきてしまったらしい。末恐ろしい現実を前に逃げ出そうとする気持ちをすんでで押し込め、なんとかここから出る方法を模索する。考えながら唸っていると彼は突然私のほうに振り向き言葉をかけてきた。
「お嬢さん、そういえば名前は?俺はセルジオ」
「名前・・・ですか。わたしはマリー」
「マリー!いい名前じゃないか!マリー!うん!いい響きだ!」
「あ、あの・・・恥ずかしいんでやめてください・・・」
まるで食べ頃に実ったリンゴのように頬を染めながら視線を逸らす。褒められることを少し気恥ずかしく思い、話題を変えようとする。
「どうして死んでしまったんですか?」
しまった。完全にやらかした。地雷原でタップダンスを踊りながら周りをロードローラーで地面を均してその上から爆弾が降ってくるレベルに最悪な質問だ。
「あっ・・・すいません、聞かれたくないですよね・・・」
わずかな間が怖くなり、最悪のタイミングで最悪のフォローの言葉を言ってしまった。もうダメだと、諦めの心が生まれる。
「んー、頑張って思い出そうとしたんだけどさ、覚えてないんだよね。死んだときの記憶以外は残っているのに、不思議なこともあるんだなー。まあ状況から察するに餓死か衰弱死だろうね」
ほら、ああやって怒ってしまって・・・。
「あ、あれ?怒らないんですか?」
「ん?どして?」
「だってわたし今、完全に空気読めずに失礼なことを聞いちゃったから・・・」
「失礼?なにが?そりゃ死んだ人間に死因を聞くのは無理だけど、生き返った人間だったら別でしょ?きいてみたくなったんなら仕方ない」
優しい言葉にほだされそうになるが、失礼なことを言ってしまったのは事実だ。非は完全にこっちにある。甘言を振り払い、腰を直角に曲げ、大きな声で、真っすぐ彼のほうを見据えて、
「すいませんでした!」
そう一言、言い放った。彼は一瞬固まり、なにか怪訝な顔をして何かに気づいたようにわたしを見てどこか申し訳なさそうに、
「そうか、これは失礼な問なのか、こっちも悪かった」
そんなことを言うではないか。悪いのはわたしなのに。
「そんな、そっちが謝ることなんて無いんですから!顔を上げてください!」
少々極端な反応をする彼に困惑し、どう反応していいのか段々とわからなくなってくる。生前からこうだったのか、生き返ってからこうなったのかは分からないけど、扱いが難しいことに変わりはない。あまりにも挙動不審なわたしを心配そうな顔で見上げて、
「そうかい?じゃあお言葉に甘えて。積もる話もあることだし、向こうのほうにある俺の生活スペースにいかないかい?」
おそらく疲れて見えるわたしをさっきの泉に誘っているのだろう。休みたい気持ちは正直強いので、割とおおきなモーションを加えて彼に、
「わかりました。ついていきます」
そう返事をして目的地へと向かった。
予定では1章あと5話程度で終わります