雨の日の窓の中で
あ、れ? 雨が降ってきた?
ああ、でもそういえばお姉ちゃんが出かけるとき傘持ってたっけ。
……わっ、すごい音。
随分降ってるんだ。お姉ちゃん、大丈夫かなぁ。
そういえば、あの子、どうしているかな?
わたしの初めてのお友達。パーカーのフードがよく似合う男の子。
あの子はわたしと違って、ちゃんと普通に学校とか、行けているのかな?
閉じ籠って、どこにも行けないなんてこと、ないのかな?
ああ、あの子のことを思い出すと、外のことが気になってくる。
うん、わかってる。わかってるよ。お姉ちゃんにだめだって言われてるもん。でも、でもさ、ちょっと思うくらいは……だめかな?
わたしはさ、人間じゃないんだって。俄に信じがたいことだけど、人間じゃないんだって。
笑っちゃうよね。
うん、きっとお姉ちゃんのお友達のあの人ならきっと笑い飛ばしちゃう。
わたしね、
不老不死のお化けなんだって。
冗談みたいでしょ?
わたし、お化けなんだって。ねぇ、おかしいよね。
わたし、みんなとおんなじ形をしているんだよ。ちょっと肌に血が通ってないだけで、ちょっと手も足もおでこもどこもかしこも冷たいだけで。
わたしはみんなと同じ、人間だと思っていたんだ。つい、このあいだまで。
お姉ちゃんにね、お友達ができたんだって話したの。
わたしは、体が弱くて日に当たったり、あんまり長く歩いたりすると体によくないからって、いつものとおりお家でお留守番してたんだ。
その日もそうだった。
まあ、お留守番って言っても滅多に誰も来ないんだけどね。
だから、とんとんってドアをノックする音がしたときは、ちょっとびっくりしちゃった。
そういえば、あの日も雨だったっけ。道に迷った上に雨が降ってきちゃったから、雨宿りをさせてほしいって、同じくらいの男の子が。
あの頃あのはなんだかびくびくおどおどさんで、ちょっぴり泣き虫さんだったけど、今はかっこよくなったよ。えへへ。
雨が止むまで、色んなお外のお話を聞いたなぁ。二人であの日に見た虹は、なんだかとっても綺麗だったなぁ。
そんなことがあったんだってお姉ちゃんに話したら、
わたしが人間じゃないって教えられた。
お姉ちゃんによると、わたしは元はお人形さんなんだって。
人形師が、可愛い娘が欲しいって祈って、
祈って
祈りすぎて。
わたしは動き出したらしい。
わたしには、よくわからない話だった。
でも、お姉ちゃんが言うことはいつも正しい。今日のこの雨も、お姉ちゃんは当てていったもの。
お姉ちゃんはわたしのためを思ってくれていて、
お姉ちゃんはいつも正しくて、
でも、
窓を打つ雨が作る絵を眺めながら、思う。
わたし、一つだけ納得できないんだ。
わたしは人間じゃないから、お姉ちゃん以外の人間と関わっちゃいけないって。
雨宿りの子のことも、忘れてって。
人間とお友達になっちゃだめって。
あの子のことを否定することが、わたしの中でなんだかもやもやして、ずっとずっと、心の中に溜まっているんだ。
でもね、なんだかお姉ちゃんには逆らえないんだよね。だから、あの子とは顔を合わせないことにしたんだ。
あの子、たまに来るんだよ。わたし、体が弱いから、外に出ちゃだめなんだっていうと、その子はいいよ、って。君とお話がしたいから来ただけだよって、わかってくれたんだ。
わたしはお話が終わってその子がいつも帰る姿を一方的に見るだけ。その子との会話はいつもドア越し。
でもなんか特別な[秘密]みたいで楽しいなって、過ごしているんだ。
けど、今日は変だった。
あの子、ドアを開けたんだ。
久しぶりに正面から見たあの子は出会った頃より大きくなってて、かっこよかった。やっぱり、フードが似合ってた。
久しぶりで、嬉しくて、抱きついて、
優しくて大きくて温かい手でその子も抱きしめてくれたよ。
でも、
その後、ほとんど何も話さずに、あの子は行っちゃった。
去り際の顔が
すごく泣きそうだったのが、目に焼き付いている。
窓を打つ雨は結構強い。
あの子は今、どこで何をしているかな?
あ、ドアの開く音。
お姉ちゃんだ!
おかえりなさいって行くと、ただいまって苦笑いしてた。
また駄目だったよ、と傘を閉じる。その傘からぽたぽたと落ちる雫はなんだか泣いているみたいだった。
ということは、お姉ちゃんのお友達は、また傘を差さなかったんだ。
濡れて帰って、風邪とか引かないといいな。
あの子も、濡れてないといいな。