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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編1】伸びゆく二つの枝葉
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第一話 誕生日と擦れ違い(2)

 朝から作業していたエルダは、昼休憩後も黙々と進め、気がつけば窓からうっすらと茜色の光が射し込んでくる時間帯となっていた。

 そこでようやくエルダは一息つくことができた。両手を組み、頭上で大きく伸びをする。手を離して下ろすと、机の上に乗っているものをまじまじと見た。浅緑色の魔宝珠がはめられた、ペンダントが置かれている。

 楕円形に研磨し、それを型にはめたものだ。磨く際、細心の注意を払ったおかげか、結果として滑らかな曲線を帯び、光沢を出すことができた。

 その魔宝珠のすぐそばには、ヴァランからもらった灰茶色の宝珠をぶら下げている。緑と茶系の色が並んでいるのを見て、エルダはあるものを思い浮かべた。

 青々とした葉を付けた、荘厳で雄大な大樹。その周囲には火、水、風、土の四大元素の精霊たちが漂っている――。

 かつてドラシル半島の中心にあったと言われる、レーラズの樹を想像していた。

 五十年前に消失してしまったため、エルダは自分の目で見たことはない。ただ、文献などを通じて知ることはできたので、ある程度想像することはできた。

「浅緑色の魔宝珠を選ぶとは、親父さん、いい目を持っているな」

 店仕舞いをするために、ヴァランは窓のカーテンを閉じている。エルダも手伝おうとして立ち上がったが、不意に目眩がしてしまい、すぐに座り込んでしまった。

 これが魔宝珠を研磨しすぎた反動か。気を抜くと、意識が飛んでしまいそうである。

「しばらく休んでいろ。倒れないだけ、まだいい方だ」

「以前に、私みたいな人がいたんですか?」

 ヴァランは一瞬手を止めた後に、上部にあるカーテンに手を伸ばした。

「この歳だ。エルダ以外にも弟子にした奴はたくさんいるさ。こっちが忠告したにも関わらず、初日に何個も研磨したやつがいてな、その後、二、三日寝続けた野郎がいた」

「そんなに……」

「向う見ずな馬鹿だったが、その根性は認めたな。今では王都で一端の細工師をやっていると聞いた」

「ミスガルム王国ですか?」

 ヴァランはカーテンを閉じると、軽く頷く。

「だいぶ苦労はしているらしい。あっちは実力者が多数いるからな。進んでそんな中に突っ込んでいく奴の気がしれない」

 その台詞を聞き、エルダは自分の幼なじみであり、今日も自警団の鍛錬場に剣を振りに行った少年を思い浮かべる。

 彼は「ミスガルム城に滞在している、ミスガルム騎士団の騎士になる」と宣言していた。

 しかし宣言したからと言って、そう簡単になれるものではない。それ相応の実力を要求されている。モンスターに対し剣を振りきる技術はもちろんのこと、観察力や集団での行動の仕方、そして知識量もある一定の水準必要とされていた。

 それらの力を伸ばすのは非常に困難な道のりであるが、エルダとしては全力で彼のことを応援したかった。

 外へ通じるドアが、前触れもなく外側から開かれる。来客を告げる鐘が、同時に鳴り響いた。

「すみませんが、もう閉――」

「ヴァランさん、閉店間際で悪いんだが、ちょっとこれを見てくれないか!?」

 勢いよく中に飛び込んできたのは、今エルダが考えていた明るい茶髪の少年、サートルだった。珍しく血相を変えた表情をしている。

 エルダは彼を見て、机の上に手をつきながら立ち上がった。

 サートルはエルダに気付くと、軽く手を挙げた。

「おう、まだ帰っていなかったのか」

「もう少し休んだら帰る予定。――後ろの人は?」

 背後にいる、サートルよりやや背の高い、薄灰色の髪の青年に視線を向ける。眼鏡をかけた彼と視線があうと、仄かに微笑まれた。反射的に軽く会釈をする。

 いかにも学者風情といった青年。奔放に生きているサートルと一緒にいるのは、少々違和感を抱く人だ。

 サートルはヴァランの前に青年を連れてくると、彼を手で促しながら説明をした。

「自警団でお世話になっている人。腕利きの細工師に研磨して欲しいっていう話を聞いて連れてきた」

 青年はヴァランに向かって、深々と頭を下げた。

「初めまして、ヴァラン様。サートル君からかねがねお話は伺っております。私はヘイムス・ラスウェルと申しまして、ラウロー町の自警団員で、後方支援を中心におこなっている者です。今回は自分の魔宝珠の効力を上げて欲しく、こちらに参りました」

 ヘイムスは左胸のポケットから、袋に入った藍色の魔宝珠を取り出した。装飾は特にされていない、少し角張った宝珠である。

 ヴァランはそれをじっと見た後に、指でつまみ上げた。そして宝珠を掲げて、光に通す。

「どうやら専門の細工師に頼んだことはないようだな。親が神殿で宝珠をもらうときに、軽く磨いた程度か。……磨くとなると時間がかかる。急いでいる理由によっては、今から手をつけてもいいが?」

 ヘイムスは手をぎゅっと握りしめてから、ヴァランを真正面から見た。

「ヴァラン様は先日自警団がモンスター討伐に出たのはご存じですか?」

 頭をかきながら、ヴァランは答える。

「ああ。自警団の前線で戦っている奴らの中に、常連さんがいるからな。慎重な野郎が前日に研磨を頼んできた。……風の噂で聞いたが、討伐できなかったんだろう?」

 ヘイムスは苦々しい表情で、首を縦に振った。

 夕陽が徐々に部屋全体を照らしていく。

「幸いにも死者は出ませんでしたが、前線に出ていた多くの者は深手を負いました。さらに無理して前にでてもらった結術士(けつじゅつし)の男性も怪我を負ってしまい……」

「結術士は前にでる人間じゃない。どうしてそんなことをした?」

 ヴァランは自分の椅子に腰をかけて腕を組む。そしてサートルに視線を向けた。彼は目を瞬かせた後に、手を軽く叩いて、部屋の端にある丸椅子を二つ持ってきた。

 サートルに座るよう勧められたヘイムスは遠慮していたが、ヴァランに一言かけられてようやく椅子に腰をかけた。

「すみません、ありがとうございます……。結術士が前線に出た件ですが、相手が非常に強かったため、結界を攻防の一つとして利用したからです」

「お前のところの団長も行ったんだろう? かなり腕が立つ男だったはずだ。あいつが出ても、そんな無茶せざるを得なかったのか?」

「はい……。団長が隙を見て、何度も切りかかろうとしましたが、なかなか攻めきれませんでした。そこで皆で一斉に攻撃を試みることになりました。作戦としては単純で、結界にモンスターを接触させて、ひるんだ隙に攻撃するというものでしたが……」

「結果として怯まず、逆に返り討ちにあった、というわけか」

「……そのお言葉通りです」

 ヘイムスの重い息が吐かれる。当時の現場を思い出したのか、顔色が悪かった。

 部屋の端にある置き時計が、一定の調子で振り子を動かしている。次の発言を待っていると、ヴァランはわざとらしく息を吐き出した。

「急いでいるのは、再戦でもするつもりか?」

「なるべく早く再戦はするつもりです。今のままでは物資の輸送も思う通りにできず、ラウロー町が孤立してしまう可能性がでてきますから」

 先日、エルダの父はこうぼやいていた。

 仕立てに必要な物がなかなか入ってこない。どうやら町の近くにモンスターがうろついていることが影響しているらしい……と。その話は町中だけでなく、他の町にも徐々に広まっているようだ。

 移動途中に襲われるかもしれない地帯に、護衛も伴わずに踏みいる人はとても少ない。「ラウロー町に近づくのは危険だ」などの噂が周辺に漂えば、たちまち町に人は来なくなる。

「町にとっては一大事だから、お前たちが頑張っているのは重々承知だ。だからこそ念には念をいれて、準備をする必要があるんじゃないか? お前の武器の威力が上がったからといって、そう変わるわけでは――」

「その通りです。ですから私がこれを磨いて欲しいのは、現在守りが手薄な町を守るために必要な力を増強したいからです」

「手薄な町……か」

 ヴァランの目がすっと細くなった。視線を向けられたヘイムスの顔が堅くなる。

「つまり戦いにでるわけではないのか。今、どういう作戦を団では立てているんだ?」

 ヘイムスはしばらく口を閉じていたが、ヴァランの眼力に圧倒されて口を開いた。

「……噂には聞いておりましたが、ヴァラン様は非常に鋭い指摘をなさる方ですね」

「誉められても何もださん。何をするつもりだ? 公にしてはいけないことなのか?」

 ヘイムスはヴァランを見た後に、サートルとエルダに視線を送った。そして人差し指を口の前にたてる。

「まだ正式に決定したわけではありません。町の中で話が広まるまでは、ご家族にも誰にも言わないでください。……現在、ミスガルム騎士団の派遣を要請しています。彼らが到着次第、自警団の前線部隊を何人か連れて、再度討伐に向かう予定です」

 椅子がわずかに動く音がした。エルダは隣にいた少年を横目で見る。サートルの目が丸くなっていた。

 彼にとって憧れの存在であり、目標である騎士団。その者たちが近くにくると聞き、心底驚いているのだろう。

 ヴァランはうろんげな目でヘイムスを眺めた。

「騎士団ねぇ、城から急いで来たとしても、到着するまで二週間はかかるだろう。間に合うのか?」

「モンスターの動きを見ている限りでは、すぐに動く気配はありませんでしたので、おそらく――」

「おそらくとかたぶんとか、仮定の話はもういい。おおかた話は見えた。すぐに磨いてやるから一時間くらい待っていろ。最低限の能力は上げておいてやる。あとは時間を見つけて、天気のいい昼間に来い。その時間帯の方が力を伸ばしやすいからな」

「草木の成長に必要な光が、良質な研磨と関係があるのですか?」

 ヴァランは引き出しから箱を出し、机の上に置いた。細工師の師匠はヘイムスの宝珠を凝視してから箱を開け、中から宝珠を選び出した。

「そうらしい。わしの師匠から聞いた話だから、理由はよくわからん」

 そして薄い水色の宝珠を摘み、ヘイムスの魔宝珠と軽く擦り合わせた。口元に笑みを浮かべる。口元を戻すと、ちらりとエルダのことを見てきた。

「エルダ、動けるようなら帰りなさい。サートルがいれば途中で動けなくなったとしても、帰れるだろう?」

 ヴァランの手元を見ていたエルダは、我に戻って慌てて返事をした。

「は、はい。お邪魔ですよね、いたら……」

「磨き始めたら周りなんぞ見えなくなるから、その点は気にしないでいい。明日以降、忙しくなるかもしれん。今のうちに体調を整えておけ」

「わかりました。ありがとうございます……」

 エルダは手際よく机の上を片づけて、自分のものはウェストバックや肩掛け鞄にしまい込んだ。

 研磨した魔宝珠のペンダントは首からぶら下げる。思ったよりも重くなく、皆が常時身につけているのもわかる程度の軽さだった。

 店を出ようとすると、横からサートルに肩掛け鞄をとられた。制止の言葉を出す前に、彼は挨拶をして店から出て行ってしまった。

 彼の後ろ姿を見て、肩をすくめる。声をかけてくれればいいものの、突然過ぎる。

 エルダは彼の背中を目で追いながら、ヴァランとヘイムスに顔を向けた。

「ヴァランさん、では明日もよろしくお願いします」

「ああ、また明日。よく休めよ」

 そして先に行ってしまった幼なじみを追って、エルダは外にでた。

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