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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第四話 悩み選んで進む道(3)

 二人の真上を黒い影が飛び越えていく。

 うろんげな目をしていたグリニールは、その場から飛ぶようにして後退した。先ほどと同じくらいの大きさのクァールが、隊長がいた場所に着地したのだ。

「もう一匹いただと? どこに隠れていた? 根こそぎ還したと思ったが」

 グリニールは舌打ちをしつつ、襲ってくるクァールの目を槍で突き刺す。

 サートルは起き上がると周囲を見渡した。下ではエルダがおそるおそる顔を上げている。

「まだいたの? 全部還したって聞いたのに。しかもクァール?」

「クァールなら……あり得る。あいつらは一時的に姿を消したりすることができるからな。――ほら、言っている間にもう一匹外にお出ましたぜ」

 外に目線を向けると、クァールの出現に驚いた騎士たちが視界に入った。だがすぐに顔を引き締めて立ち向かっていた。三人で周りを囲み、モンスターの移動を制限している。

「何匹いるの? 次々出てくるようなら、このままだと浄化できないじゃない!」

 エルダの肩が震えている。サートルはそっと彼女の肩の上に手を乗せた。エルダが目を丸くして、顔を向けてくる。

「おそらく……多くて二匹」

「根拠は?」

「クァールが群れで行動する場合は、五匹だからだ」

 これも先日の座学で知った内容だ。さらに言えばクァールは縄張り意識が強いため、ある群れが廃村内にいたら、少なくとも他の群れはこの廃村にはいないはずである。

 視線を外に向ける。まだ四、五匹目が見えない。先ほど現れた二匹目はグリニールによって還されている。

「さて、残りはどこだ」

 隊長が教会の外にでる。サートルも周囲を伺いながら立ち上がる。

「ねえサートル、これ使う? 護身用にって言われて、持たされたの」

 エルダが短剣を持ち上げている。サートルは刃が折れた剣を一瞥してから、それを受け取った。

「ありがとな。お前は教会の隅にでも隠れて――」

「後ろ!」

 エルダの言葉を受けたサートルは、屈みながら振り返る。紐のようなものが頭上を通過していった。

 目を凝らして見ると、長い髭の黒豹がサートルたちに顔を向けて近づいていた。

「四匹目か五匹目かはわからないが、どうにかするしかない」

 エルダをその場に待たせてクァールを見据えていると、急に手を引っ張られた。

「ちょっ、エルダ!」

 険しい顔をしたエルダが、ウェストバックの中から何個か宝珠を取り出していた。丸みを帯びた透明なものもある。

「その短剣はあくまでも護身用。それでまともに切れると思っているの? 今は現実的な方法で己の身を護るべきよ!」

 透明な魔宝珠を両手で握りしめ、エルダは声を発した。

「結界よ、広がれ――」

 エルダの手を中心として、薄い膜が同心円状に広がっていく。その中にサートルも入る。それはクァールの目と鼻の先で止まった。

 黒豹のモンスターが前に進もうとすると、膜に触れた途端、動きを止めた。首を傾げながら頭を引っ込める。まるでそれに触れたくないようだった。

「私の力だと結界に触れたからって、激しい電撃を走らせるようなことはできない。せいぜい近寄ってくるのを防ぐくらいよ」

「それでも立派な結界だ。よく磨いたんだな、さすがだ」

「クァールが他の人に還されるまで、このまま大人しくしていよう」

 エルダの切実な声を聞いて頷こうとしたが、不意に違和感がした。クァールの動向をじっと見る。ゆらゆら動いている髭が結界の上に乗っていた。その場所からヒビが入り始めたのだ。

 背後で少女が息を呑んでいる。彼女は地面に散らばっている結宝珠から、他のものを探し始めた。

「手持ちの中でそれが一番強力なのに……!」

 サートルは短剣の切っ先を向けた状態で、左手でベルト穴に引っかけている小袋をまさぐる。そして綺麗に磨かれた、紺碧色の魔宝珠を取り出した。

 ヒビが結界全体に広がる。そして音もなく――砕け散った。

 サートルは短剣をクァールの目に向かって投げつける。さらに紺碧色の魔宝珠を胸の前に持ち、高らかと声をあげた。


魔宝珠(まほうじゅ)よ、我が思いに応えよ――!」


 サートルの声に応えるようにして、紺碧色の魔宝珠が熱を帯び、光を発し出す。発された光は、サートルの手の中で楕円形になっていく。その光を前にしたクァールは、まるで石にでもなったかのように動かなくなった。

 すると光の中から少し長めのショートソードが現れた。サートルがそれを右手で握りしめると、光が拡散する。そしてすぐさま固まっていたクァールの髭を次々と切断した。黒豹のモンスターはやや遅れて反応し、後退する。だがクァールが充分離れる前に、目のあたりを切り裂いた。途端叫び声を上がった。

 サートルは外をちらりと見た。誰かが駆け寄ってきているが、まだ距離はある。このまま牽制をし続けるか――そう考えていると、土の精霊(ノーム)の声が脳内に聞こえてきた。

『加護は与えてある。一回だけならできるはずじゃ。言葉を唱えながら急所を突いてみろ』

「わかった、土の精霊……!」

 土の精霊の言葉が後押しとなり、サートルはクァールに向かって駆けだした。

 目の痛みを訴えていたクァールだったが、近寄ってきたのに気づくと、すっと顔を向けた。鋭い殺気が突き刺さる。待っていたと言わんばかりに、右前足の爪を振りかざした。

 サートルは一歩深く踏み込んで、斜め左前に軽く飛ぶ。爪とすれ違うのを見届けながら、クァールの首のすぐ傍まで寄った。


「――魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ――」


 不思議と滑らかに言葉が出てくる。光り始めた剣に込められた精霊の想いが、頭の中に流れ込んできた。


「生まれしすべてのものよ、在るべき処へ――」


 戦いを終えることを少女に伝えるために、サートルははっきりと言葉を発した。


「還れ!」


 クァールの首元に、召喚した剣を深々と突き刺す。黒豹のモンスターは声をあげ、体を動かして抵抗するが、剣は決して離さなかった。

 やがてクァールの体が先端から黒い霧となっていく。それは全体に広がり、すべてが黒い粒子となった。

 サートルは剣をおろし、上っていく黒い霧を眺める。そして窓から外に出ていくのを見届けた――。

 もう殺気は感じられない。クァールの気配もしない。

 それを感じたサートルは、その場に剣を突き刺して膝を突いた。

「ちょっと大丈夫!?」

 背後にいた幼なじみの少女が、血相を変えて寄ってくる。恐々と顔を覗き込まれた。

「顔色が悪い……。精霊の力を借りて還術するなんて、無茶なこと……」

「ああでもしなければ、()られていたかもしれない……」

 召喚した剣が、紺碧色の魔宝珠に戻っていく。手から剣がなくなったサートルは、体を横にふらつかせた。そんなサートルをエルダが横から優しく抱き留めてくれる。彼女に肩を寄りかかせる形になった。

「お前が無事でよかった……」

 息を呑む音がした後に囁かれた。

「ありがとう、サートル……」

 すぐ傍でエルダの優しい声が聞こえてくる。彼女の柔らかな空気に触れたサートルは、緊張していた四肢をゆっくり解いていった。

 しばらくサートルがエルダに体を預けていると、グリニールが足早に教会の中に入ってきた。彼は二人を見て、目を見開かせる。さらに目を細めて教会全体を見回した。

「サートル……、お前還したのか? 還術士でもないのに」

「わかるんですか? さっき土の精霊から力を借りたんです」

 黒豹のモンスターは、黒い霧となって消えている。グリニールは頷きながら近寄ってきた。

「黒い霧の残滓がある。モンスターが還された場所かどうかは、空気に触れればだいたいわかる」

 グリニールはサートルの前に膝を突くと、顔をじっと見つめてきた。

「土の精霊に力を借りた反動で、動けなくなったようだな。自分の能力を見定めていれば、そんな危険を冒すという愚かなことをしないが……。サートル、下手したら還した直後に死んでいたぞ」

 鋭い言葉が突き刺さってくる。直に伝わるエルダの鼓動が速くなっていた。

 グリニールは立ち上がり、背を向ける。そして軽く一瞥した。

「まあ無理したおかげで、彼女は無傷でいられたんだろうな。お前の精神力は時として驚かされるよ。――先ほど五匹目も還し終えた。今から浄化に入る。珍しいものが見られるから、動けるなら外に出てみるといい」

 そう言って、グリニールは颯爽と歩き出した。

 サートルはエルダと視線を合わせる。こちらが頷くと、彼女は立ち上がるのに手を貸してくれた。そして彼女の肩に手を置いて、支えられながらゆっくり外に向かった。

 外では魔法陣を描いている、ルヴィーや騎士たちがいた。中心には団服を着た小柄な女性がいる。体格に見合わず騎士のようだ。もしかしたら彼女たちは結術を中心とした人間で構成されている、第六部隊の一員なのかもしれない。

 教会へと上る階段で、エルダはサートルとともに腰を下ろす。二人に気づいたヘイムスが寄ってきて、心配そうな声を出されたが笑顔で返した。

「モンスターもやっといなくなったようだし、始めましょうか」

 小柄な女性が円の中に描かれた六芒星の中心に向かって歩いていく。そして双葉のように二つに割れた魔宝珠を地面の上に置いた。円から出ると彼女は開いた本を片手に言葉を紡ぎ出した。

 柔らかな声で長文を滑らかに読んでいく。迷いのない読みは、彼女が日々読み続けてきているのを暗に示していた。言葉が紡がれるに従って、六芒星を描いた地面が激しく輝いていく。

 グリニールを始めとする騎士たちが、その様子を円の周りで見守っていた。

「――二つある葉のうち、一つは浄化される地に、一つは天に向けて伸びましょう」

 まるで本を読んでいるような一説に、一行は耳を傾ける。

「魔宝珠は樹の元へ、残されし魂は葉を通じて天の元へ――」

 還術の際に紡ぐ形式文に、言葉が追加されていく。

「生まれしすべてのものよ、在るべき処へ――」

 そして女性は天に向かって、言葉を発した。

「還れ」

 魔法陣の中で留まっていた輝きが、言い切ると同時に外へ拡散した。その勢いで突風が吹く。

 サートルはエルダを庇うようにして、体を寄せた。彼女も風で飛ばされまいと、ぴったり寄り添っていた。

 しばらくして風がやむ。視線を魔法陣に向けた。地面の上に置いてあった魔宝珠の片側からは、まるで根のようなものが飛び出し、それが地面に突き刺さっていた。もう片方は天に向かって伸び始めている。

「宝珠が種みたいになっている……?」

 エルダがぼそっと言うと、それを肯定するかのように魔宝珠が輝いた。

 魔法陣の傍にいた女性は、魔宝珠を見た後に、頭上をぐるりと見渡した。

「問題ないようね。モンスターが内側にいる気配も感じられない。――これで浄化の基礎は完了したわ」

 笑みを浮かべながら言うと、周囲にいた騎士たちは握った拳を上に突き出したり、互いに抱きついたりして、喜びを全面に出した。その様子を見て、サートルはぽつりと呟いた。

「そうか……。これでようやく終わりなんだな」

 そう言うと疲れがどっと出てきた。瞼がだんだんと閉じていく。

「ええ。お疲れさま、サートル……」

 馴染みの声を聞きながら、隣にいる幼なじみに身を任せて、サートルは目を閉じた。




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