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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第三話 互いを想う絆の光(1)

「サートル、誕生日おめでとう!」

「ありがとうございまーす!」

 元気よく礼を言うと、サートルはケーキに突き刺さっている蝋燭の火を、吸いこんだ息で一気に消し去った。火が消えた蝋燭の上では静かに煙が漂っている。店内の明かりは消していないため真っ暗になることはなかったが、煙はぼんやりと映っていた。

 火を消した少年に向かって、机の周りに集まっていた人たちは一斉に拍手を始める。エルダもサートルの隣で拍手をしていた。

 ここは城下町にある料理店の一室、十五人程度入れる部屋を借りてくれて、サートルの誕生日を祝ってくれたのである。ラウロー町から来た顔ぶれに加え、共に鍛錬している騎士たちも何人か来てくれた。

「サートル、十八歳になった今の抱負は!?」

 ラウロー町から来た自警団員の青年が話を振ってくる。それを受けたサートルは腕を組みながら唸った。

「抱負、抱負ね……。とりあえずこのケーキを全部食べることかな!」

「お前、俺たちの分はくれないのかよ!」

 青年がサートルの首に手を回してくる。そして頬をぎゅっと摘ままれた。

「いてて……。冗談に決まっているじゃないですか、先輩! やめてくださいよー!」

 先輩は手を離して、サートルの背中をばしっと叩いた。

「冗談なら冗談らしい発言にしろよ! お前なら食べかねないだろ!」

「それもそうっすね」

 しれっと言うと、周囲でどっと笑い声があがった。エルダもルヴィーもヘイムスも、皆笑っている。その光景を眺めながら、サートルも一緒に笑った。

 切り分けるためにケーキを引っ込めてもらうと、サートルの横にエルダがすっと近づいた。そして小さな布袋を差し出してくる。

「一度返しておく。細工はまだだけど、茶色のも含めて磨いておいたから。明日、城外にでるんでしょ? お守り代わりと思って持っておいて。……気を付けてね」

「お、ありがとな」

 サートルが手を伸ばそうとすると、手を大きく叩かれる音が三回響いた。机の逆側にいる、頬を赤くした騎士の青年が指をさしてくる。

「ちょっと待て待て、魔宝珠を渡す大事な場面だろー。勝手に二人で完結するなって!」

「そうだそうだ! 二人のいちゃいちゃは、後ででもできるだろ!」

 大声でからかわれると、サートルはかっとなって言い返した。

「ち、違いますよ! 何言っているんすか! エルダは親父の代わりに渡してくれただけです!」

「そうですよ、せっかくの十八歳の誕生日、フリとはいえ渡すくらいしないと、締りがないじゃないですか!」

「なら堂々とやれ。こそこそやるな!」

 一喝されると、周囲の人たちは一斉に黙り込んだ。サートルは改めてエルダを見る。彼女は酒が回っているのか、頬が赤くなっていた。

「じゃあ今から渡しますよ。――サートル・マコーレー」

 背筋を伸ばしたエルダが、サートルのフルネームを発した。

「はい」


「これからの貴方の人生が、大樹が芽吹くような、より豊かな人生でありますように――」


 そしてエルダは袋から紺碧色の魔宝珠を取り出して、サートルの手に優しく乗せてくれた。冷たい石なのに熱を帯びている気がした。

 これが魔宝珠と繋がった瞬間なのだろうか。自分だけの魔宝珠になった瞬間なのか――。

 不思議だった。いつまでも手元に置いておきたいと思った。

 エルダが磨いてくれたおかげで、表面は滑らかで輝いていた。美しい宝珠だからこそ、そう思ったのも一理あるだろう。

 騎士の一人がおおっと声を上げると、サートルの魔宝珠をじっと見てきた。

「綺麗だな。俺のとは段違いだ」

「エルダが磨いてくれたんですよ。うるさい師匠にも負けずに食いついているから、格段と力を伸ばしているらしいっす」

「それはちょっと誉め過ぎ……」

 騎士の目線がエルダへ向けられる。

「頼めば君が磨いてくれるのか?」

「はい、いいですよ。ただ、しっかり磨くとなると、兄弟子の道具を使わなくてはならないので、いくらか料金はもらうことになりますが……」

「もちろん正規の料金を支払う。どこに行けばいい? 遠征に向かう前に、是非ともお願いしたい」

 エルダはびっくりしつつも、ジェードの店の場所を教え始めた。

 サートルは得意げな表情で二人のやりとりを眺める。すると両脇から自警団の先輩たちに挟まれた。

「それでお前、召喚はしないのか?」

「どうせ剣だろう。どんな剣だ?」

「いや、まだいいかな……って」

「は!?」

 先輩二人が同時に声を発する。サートルは頭をかきながら、魔宝珠に目を落とした。

「親父たちがいる前で、召喚しようかと思って。急いでいることでもないし」

 それを聞いた二人はほうっと感嘆の声を漏らした。

「そうか……。随分と丸くなったな、サートル」

「跳ねっ返りで、親父さんの話なんか少しも耳を傾けなかった日が懐かしいぜ」

 正式な自警団員になる前のサートルを知っている二人は、次々と昔を懐かしむ声をあげる。酒が入ると口が良く回る二人組に対し、サートルは苦笑しながら適当に返した。

 そうこうしているうちに、皿に乗せられた切り分けられたケーキが出てきた。一番大きいのをサートルがもらい、早速口に放り込む。とても甘く、美味しい。食べているだけで幸せになる。

 ここにいる人たちが皆、笑顔で食べているのを見ると、さらに嬉しくなった。



 * * *



 翌日は初めての城外での活動だった。部隊を四つに分け、日を変えて外に出ることになっており、サートルは一番初めの部隊に入った。今回は森の近くにある廃村に向かう。時折モンスターが住み着く地であるらしく、定期的に巡回及びモンスターがいた場合には還しているようだ。

「どうして廃村なんかを巡回するんですか?」

「その村から見える範囲に馬車が通る道があるからだよ。モンスターが廃村に住み込んでいた場合、その道までモンスターがでてこないとは言い切れないから、定期的に巡回しているらしい」

「廃村なら建物を壊して更地にした方が、モンスターも住み付かないと思うんですが」

 ヘイムスが息を呑んだ。

「サートル君がもっともなことを言っている」

「……悪いですか?」

「いや、いいことだよ。――グリニール隊長に聞いたら、取り壊しの動きはでているって。あと一年以内には事を起こしそうだよ。数年前まであの村にも多少人は住んでいたけど、モンスターの出現頻度が上がってきたから、仕方なく去ったらしい」

「ここ数年でモンスターの動きが様変わりしたんでしたっけ」

「そうそう、より凶暴になったんだよ。もとはあの村、ミスガルム王国からアスガルム領に向かう中継地点として発展していたんだ。だからモンスターが多くなってきても、そこから去らない人がいたけど――」

「もうアスガルム領は戻ってこない。そう結論づけたんですか」

 サートルが淡々とした口調でいうと、ヘイムスはゆっくり頷いた。

 ドラシル半島の中心部には、かつてアスガルム領と呼ばれる地があった。そこには魔宝珠を生み出す大きな樹――レーラズの樹が存在していたが、五十年前のある日を境にし、突如として大樹を含めた近辺の地帯が消えてしまったのだ。今ではそこは周囲の森も含めて、モンスターの巣窟となっている。

「消えた原因は未だにわからない。でも五十年もたってしまった。だからもう大樹が戻ってこないと思っても仕方ないだろう」

「そういえば大樹がないと生活が厳しくなるって、座学で言っていましたよね……?」

「そうだね。ドラシル半島はレーラズの樹の恩恵があって、成り立っている地だ。それがなかった場合はどうなるか……まったく予想が付かないね」

 ドラシル半島の中心にあったレーラズの樹は、循環の中心でもあった。

 五十年間、循環にひびが入らず、穏やかに過ごせたことの方が奇跡なのかもしれない。



 グリニール隊長を先頭にして、第四部隊の計四班が廃村に向かった。サートルが乗馬を難なくこなしていると、先日棒を交じり合わせた青年が、舌打ちをして横を駆けていった。

 朝に城を出た一行は、昼前には廃村に着いた。直前で一息ついてから、武器を召喚してから村に入った。

 石造りはもちろんのこと、木造の建築物であっても、しっかりとした形を残している。廃村とは言い過ぎで、ただ単に人が住んでいない村のように思われた。

 村に入って程なくして、班ごとに分かれて六人一組で巡回を始めた。二人乗りをしていた者は片方が下り、歩兵部隊が先行して周囲を伺う。サートルとヘイムスの班では、ファグとルースと呼ばれる騎士たちが先に進んでいた。

 サートルは息を呑みながら歩いていた。いつでも剣が抜けるよう、左手は鞘をしっかり握りしめている。

「ヘイムスさん、静かですね」

「廃村だから」

「モンスターがいたら、もっと騒ぐと思うんですが」

「身を隠しているから、聞こえないかもしれない。たとえばあの井戸。少しおかしいとは思わないかい?」

「え?」

 広場の真ん中に井戸がある。それのどこがおかしいのか。

「井戸の桶は通常上にある。すぐに使えるようにするためだ。しかし桶は下がっている」

「誰かが使いっぱなしにしたんじゃないんですか?」

「それも考えの一つだ。でもね、こうも考えられるだろう。下から桶を刺激すれば、桶は落下する。ならば誰が刺激を与えているのか。それは――」

 ヘイムスが言い終える前に、井戸の中から銛を担いだ半魚人のモンスター、サハギンが現れた。

 前を歩いていたファグとルースは、すぐさま剣を引き抜く。周囲の様子を伺っているサハギンの腕をファグが切断した。銛を握っていた右腕が地面に落ちる。サハギンが怯んだところで、ルースが心臓を貫いた。

「還れ!」

 急所を突かれたモンスターは、雄叫び声をあげながら、黒い霧となっていく。それを見た二人の騎士は班長の元まで下がった。すべてが黒い霧となり、モンスターは消失した。

 班長は剣を抜いた状態で、周囲をざっと見渡し、用心深く井戸に近づいた。耳を澄ませ、周囲の風の変化を感じ取りながら歩いていく。傍まで寄ると、一呼吸おいてから中を覗き込んだ。間もなくして彼は左手を挙げた。

 三人の騎士たちが駆け寄っていく。それに倣ってサートルとヘイムスも近寄った。

「とりあえず井戸に他のはいないようだ」

 班長が顔を上げて、寄ってきた者たちに向かって言い切った。続けてその他の者たちも、井戸を覗き込む。

「地下水が流れているようですね。どこかの水から入り込み、移動してここに来たのでしょう」

 井戸から顔を離したヘイムスが言葉をこぼす。班長は頷いた。

「ああ。もしかしたら今までもここから出現していたのかもしれない。報告したら、ここには蓋をしてもらうように頼もう」

「できるだけ丈夫なのでお願いします。サハギンの銛で突いても出てこられないように」

「むしろ石で埋めた方がいいかもしれない」

 ヘイムスと班長が次々と意見をかわしていく。

 その間サートルは周囲をぐるりと見渡した。

 小さな広場であり、建物が周りを囲んでいる。真正面には小さな教会もあった。立派な尖塔の脇には――見慣れぬ生き物が顔を覗かせている。

「ヘイムスさん、あそこに何かいる!」

 サートルは指でまっすぐ示す。クロスボウを掲げたヘイムスが、小柄な生き物に向かって矢を放った。しかしそれは軽々とかわし、地面の上に降りてきた。

「猿?」

「猿だったら、あんな角生やさねぇし、長い鉤爪なんか持ち合わせていねぇよ!」

 ファグが飛び出していく。猿のモンスターは真っ先に彼を鉤爪でひっかこうとした。しかし少し遅れて出てきたルースに突きを入れられると、猿は後退した。ファグは猿を見て、舌打ちをする。

「すばしっこいやつめ」

「ファグ、袋小路に追いつめよう。こんな広場で動かれたら、無駄にこちらの体力を減らすだけだ」

「だがどこに? こんな田舎の村に袋小路なんてあるか?」

「それは……」

 ファグとルースが言いあっていると、様子を伺っていた猿が突然鳴き始めた。

 キーキーという、耳に突き刺さるような音。武器を持っていない手で、思わずサートルは耳をふさいだ。

「これは……危険ですよ、班長」

 ヘイムスの顔色が青くなっていく。

「わかっている。――ファグとルース、とりあえずそいつを黙らせろ!」

 班長の声と共に、二人の騎士は猿に駆け寄った。猿は素早く攻撃をかわすと、再び鳴き出す。もう一人いた女騎士キンナが猿にスピアを突き出した。猿はその場に飛び上がり、班長たちの前に降りてくる。

 班長が鉤爪を弾くと、猿は獲物を変えて、サートルたちに向かってきた。とっさにヘイムスを下がらせる。サートルは駆け寄ってくる猿に向けて、右足で土を蹴り上げた。土は猿にかかり、一瞬動きが怯む。その隙に突きを入れ込んだ。

 肉を刺す感触が手に伝わってくる。

 だが猿は動くのをやめず、長い鉤爪をサートルに向かって突きだした。目と鼻の先までくる。寸前のところで顔を逸らしてかわした。失明は逃れたが、頬に一筋の傷が走った。

 すぐさま第二撃がくるが、こちらに鉤爪が届く前に、ルースが後ろから深々と刺してくれた。

「還れ」

 言い終えると同時に、モンスターは黒い霧となる。目の前まできた鉤爪の先端も霧となっていく。肉を刺していた感触がなくなると、サートルはよろよろと後ろに下がった。

 左頬を軽く撫でる。赤い血が手についていた。

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