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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第二話 なぜ騎士になるのか(4)

 * * *



 その日のミスガルム騎士団第四部隊の予定は、昼までは座学、昼過ぎから外にある鍛錬場での実技だった。座学で頭を痛めたサートルにとっては、昼食は至福の時であり、その後に迫る恐怖への心の準備の時間でもあった。

 鍛錬場では走り込みから始まり、腕立て伏せや腹筋などの筋肉を鍛える動きへと続いていく。そこでは座学以上に目を光らせている隊長の姿があった。

「サートル、座学で寝ていたから、腕立て三十回追加」

「おい、薄茶色の髪、座学ですぐに答えられなかったから、腹筋四十回追加」

「そこのがきんちょ、走り込みの時に遅かったから、あと追加で三周走り込んでこい!」

 グリニールに揚げ足を取られて、他の人よりも回数を増やされた結果、休憩時間では地面の上に大の字で横たわる状態だった。

「はい、サートル君、水」

 タオルを肩に掛けたヘイムスが、水袋をサートルの真上に持ってきた。上半身を持ち上げて、それを有り難く受け取り、ごくごくと水を喉に入れ込んだ。口を放すと、息を大きく吐き出して、口元を腕で拭う。

「ありがとうございます、ヘイムスさん」

「僕の倍以上の鍛錬をこなしている君が、本当にすごいよ」

 頭脳派であり、戦闘中も後方支援をしているヘイムスは、グリニールに考慮されてサートルよりも鍛錬量を減らされていた。その分、座学では躊躇いもなく指されているが、それをすべて難なく返している。他の騎士からも感嘆の声が漏れるほどだった。

 そんなヘイムスから誉められたサートルは頭を軽くかいた。

「いや、俺は座学がからっきしなので、体を動かさないと……。まだいけますよ!」

「――ほう、まだいけるか、小生意気ながきんちょめ」

 背後で殺気を感じる。サートルはおそるおそる振り返ると、腕を組んだ背の高い男性が一本に結んだ褐色の髪をなびかせて立っていた。口元が大きくにやけている。

「まだ動けるなら、もう少しきつくしてやろう――サートル!」

「は、はい!」

 呼ばれると、反射的に立ち上がり、姿勢を正した。すると棒切れを渡された。長さにして普段使っているショートソードくらいだ。

 グリニールは近くにいた二十歳くらいの青年の前に、もう一本棒切れを突き出している。

「二人で模擬戦をしろ。何をしても構わない。相手から武器を取り上げたら、それで勝負ありだ」

「隊長、すぐにやるんですか?」

 棒切れを受け取った青年は、サートルをちらりと見る。鼻で笑っているように見えた。

 年齢が近いため、時々剣を混じり合わせている青年であり、剣の打ち方が力強かった覚えがある。しかし余所者を邪険にしている雰囲気があったため、鍛錬時以外では交流することはなかった人物だ。

「彼、もう少し休んでからの方がいいんじゃないですか? そちらが不利な条件でやるのは、あまり気が進みませんが」

「いや、今やれ。戦場にでたら疲れとかは関係ない。――いいよな、サートル」

「はい!」

 休みたいのは山々だが、グリニールの言うとおりだ。どんなに疲れ果てていても、モンスターはそれとは関係なく襲ってくる。その状態から打開策を見いだせなければ、勝つことはできない。

 棒を右手で握りしめ、鍛錬場の中央に移動する。青年は両手で剣を持ち、すっと目を細めた。

「すぐに終わらせてやるから安心しな。そしたらまた休めばいい」

「そうですね、早く終わらせて先輩を休ませてあげます」

 サートルも剣を持ち上げて、青年に切っ先を向けた。右手でしっかりと持ち、左手は軽く添える。

 グリニールはサートルたちに近づき、二人の様子を見てから息を吸い込んだ。そして周囲に聞こえるよう、大声で言い切った。

「始め!」

 開始と同時に、青年が全力で駆けてきた。猛突進、という言葉がぴったりの攻め方である。

 サートルはそれから避けるために右に動いたが、青年はすぐさま軌道修正をしてきた。これでは直前で避けなければ、意表は突けない。しかし体力が減少している状態では、いつものような感覚で逸れたとしたら、おそらく避けきれずに切られる。

 舌打ちをしつつ、体をのけぞりながら、ギリギリのところで避けた。目と鼻の先に棒が通過していく。速く、鋭い。まともに食らえば意識を飛ばす威力だろう。

 後ろ足で下がりながら、サートルは青年を見た。振り下ろした青年は右足を強く前に踏み出すと、勢いをつけて棒を斜めに振り上げた。棒の先はサートルの顔を狙ってくる。

 踏み込みが深かったのか、下がっていたサートルの前髪を風で切った。

「ちょこまかちょこまかと!」

 一発で仕留めようと思っていた青年は、歯を噛みしめながら、いくどとなく剣を振り上げ、下ろしていった。サートルはそれを寸前でかわして、後退していく。

 本当は攻めたい。しかし真正面から攻めて剣を交じり合えば、疲労差によってこちらの剣が弾き飛ばされる可能性が高くなる。どうにかして隙を突かねば。

 青年が右から剣を振ってくる。それを屈んで避け、サートルは右手で握っていた剣を地面すれすれのところで振った。回避した青年の足取りがやや乱れる。

 サートルは腰を低くした状態で、一歩二歩進む。中段から振り下げていた青年の攻撃を右頬にかすりながらも、素早く接近した。

 青年の右脇に右肘を入れ込む。体がぐらついたところで、棒で彼の棒と手もとを数回叩いた。青年の手が緩み、手から棒がこぼれ落ちそうになる。その棒をサートルは左足で踏んで真っ二つに折った。そして後退しようとしていた青年の首に、棒を突き刺した。

 棒は寸前のところで止める。

 息が上がった青年はサートルの棒を見て、ごくりと唾を呑んでいた。

「そこまでだ、勝負あり!」

 グリニールの声がかかると、サートルは棒を下ろし、その場に座り込んだ。息を吐きだして、張りつめていた緊張を解く。

 青年は両手をぎゅっと握りしめながら、地面の上で二つに割れた自分の棒を睨みつけた。

「……こ、こんな戦法、本物の剣相手に使えるか! 実際の剣があれくらいの負荷で割れるわけがない!」

 声を荒げると、グリニールは折れた棒切れを拾い上げた。

「たしかにそうだ。全身で負荷をかける必要があるし、剣だったら己の足裏を傷つける場合がある。実戦では使えない手法だろう」

「なら――!」

「だが私は言った。『何をしても構わない。相手から武器を取り上げたら、それで勝負ありだ』っと。持っている武器の性質を考えて、取り上げる――今の方法がそのまま実戦で使えるわけはないが、戦闘中に発想の転換をしたのは事実。初めから戦法を変えなかったお前よりは、頭を動かしているということだ」

 グリニールは青年の真横に移動し、声を低くして呟いた。

「とにかく頭を使え。それができなければお前は一生フリートには勝てない」

 青年はさらにきつく歯を噛みしめる。聞き慣れない人物の名前を耳にし、サートルは軽く首を傾げた。第四部隊にはいない名の人だ。他の部隊の人だろうか。

 考えに浸っていると、グリニールから鋭い視線を向けられた。肩をびくりと震わす。

「な、なんでしょうか?」

「どうせお前は感覚で今の攻防を試みたんだろう。野生の勘でも結果はよかったから今回は良しとする。――ただし、戦闘後にその場で腰を下ろすのは駄目だ。お前はモンスターに囲まれている中でも、一匹倒せばそれで終わりか? 結果として――死ぬぞ」

 容赦のない言葉だが、それは正しかった。同じようなことを前にも言われたことがある。

 次こそはこんな失態をしないと心に決めて、サートルは立ち上がった。



 昼の鍛錬が終わると、陽の光が茜色に地面を照らす時間帯となっていた。用具を引き上げ終え、サートルは鍛錬場に向かって一礼をした。

 礼に始まり、礼で終わる。父が片づけをしているのを見て、自然とでてきた行動だった。

「そこにいるのはサートルか。早く部屋に戻って、飯でも食べに行かないのか?」

 グリニールが腕を組みながら、悠々と近づいてくる。サートルは軽く頭を下げた。

「行きますよ。今日もさんざんしごかれたおかげで、腹ぺこですから。今日の定食は何かなって思っていたところです」

「――昨日一緒に夕飯を食べていた黒髪の女の子、お前が言っていた幼なじみか?」

「隊長、食堂に来ていたんですか? はい、あいつがそうですけど」

 何かの話の拍子にでた、エルダのことを口に出す。

 グリニールは前に進んで、背中をサートルに向けた。

「宝珠細工師か。また大変な職を選んだようだな。宝珠の研磨はたいそう体力を使う。途中で挫折する人が多い職だ」

「そうみたいですね。まあこれと決めたら譲らない女なんで、やってくれるとは思いますよ」

 日々右往左往しているが、細工を始めて一年もたっていない。わからないことが多くて当然だ。一年経験すれば、おおよそ目の前のことが見えてくるだろう。

 腕を組んだグリニールが横顔を向けてきた。

「サートルはなぜ騎士になりたい? きっかけはなんだ?」

 彼の口元は笑っておらず、真顔で聞かれた。

「なぜって……」

 言葉を選びながら、ぽつりぽつりと呟く。

「始めは騎士という存在が、かっこいいなって思っていたんです。憧れっていうんですかね。たまに騎士が町に来ましたけど、すごくかっこよくて、ああいう人に俺もなりたいと思ったんです」

「憧れをきっかけとして、騎士を目指す奴は少なくない。ただし憧れだけで目指した奴は、見習いの時期に去っている。騎士がしている仕事はそんな楽なもんじゃない。鍛錬と勉強だけですべてが終わるわけがない」

「そうだと思います。モンスターと対峙する時は、常に命の危険と隣り合わせですから」

「そうか。わかっているのなら話を変えよう。ここに来て数週間たったが、お前はこれから何をしたい?」

 グリニールが動き、顔を真正面から見てきた。逆光の関係ではっきり表情は読めないが、真摯に聞いているのが雰囲気で察せられた。

「何を……ですか?」

「誰かを護るためなら、別に騎士でなくてもできる。わかっていると思うが、騎士は大変だ。王国内だけでなく、半島全体にも目を向けなければならない。さらに今だけでなく、十年先、百年先のことを見据えなければならない。ミスガルム王国が誕生してから数百年、ずっと存続できているのは、騎士団がいたからこそできたんだ」

 座学でも聞いた歴史を掻い摘んで話される。その内容はサートルにとっては初めて聞くことで、その部分だけは必死になってメモした記憶があった。

「サートル」

 一拍置かれて、名前を告げられる。

「お前の鍛錬に取り組む姿勢は、それなりに評価はしている。なかなかしぶといし、見物がある。その姿勢から感じるのは――誰かを護りたいという強い意志だ」

 心拍音が大きくなっていく。グリニールははっきり口を開いた。


「その相手は、果たして半島にいるすべての民なのか? それとも――隣にいてほしい誰かなのか?」


 鼓動が早鐘を打っていく。

「俺は――」

「――別に無理して言わなくていい。今出すべき言葉じゃないからな」

 隊長に言われて、開きかけた口を閉じた。

 グリニールはサートルの近くまで歩いてくる。

「いいか、サートル。考えた末に周りに言っていたものと違う道を進むのは、悪いことじゃない。人なんて経験次第でいくらでも変わるから、ある意味では当然だろう。だがな、その道が本当に自分で納得した上で出した結論かどうかなのかが問題だ。昔から考えていた道から逸れるのなら、尚更だ」

 今のサートルであれば、騎士を目指しているという道だろう。

 横まで来たグリニールは、視線を地面に向けているサートルの背中を軽く叩いた。

「結論はすぐに出さなくてもいい。今は悩め。人生なんていくらでも変えられる。三十半ばでも、生き方を変えざるを得なかった男もいる。世の中なんて、そんなものさ」

 背中から手が離れると、グリニールはその場から歩き出した。サートルははっとして、振り返った。

「生き方を変えなくてはならなかったって?」

「今まで得意としていたことが、急にできなくなった男が知り合いにいたのさ。まだ足掻いているみたいだが、とっとと現状に見切りをつけて、他の道に進めばいいと私は思っている。その方が苦労しないだろうから……」

 しみじみと言ったグリニールの声音は、どこか寂しそうだった。彼は振り返ることなく、建物の中に入っていった。

 広い鍛錬場にはサートル一人だけ残った。自分の影が徐々に長くなってくる。それをぼんやりと眺めた。

「納得した上で出した結論……か」

 自分は何になりたいのか、何がしたいのか。

 そしてどういう生き方をしたいのか。

 それはミスガルム王国に来てから、毎日考えていることだった。

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