第二話 なぜ騎士になるのか(2)
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ミスガルム城下町で一晩を過ごした翌日、サートルたちはエルダと別れて、城に向かった。騎士団から招待されたのは、サートルを含めた団員四人と、駆け出しの結術士のルヴィーだ。彼女は父親から便宜を図ってもらい、結術を中心に展開している部隊に顔を出すことになっている。
ミスガルム騎士団はミスガルム国王直下にある、剣技や還術などに優れた部隊である。王国の近辺にいるモンスターを還すだけでなく、王国内、そして領全体の見回りなどを主に行っていた。時には他の領まで遠征もしており、人々の日々の安寧を守るために、幅広い治安維持に努めていた。
そんな騎士団は全六部隊からなっている。それぞれ特徴があり、還術を中心に行う部隊、遠距離系の武器を得意とする部隊、馬上からの攻撃が中心の部隊などがあった。
今回は先日ラウロー町を訪れた第二部隊長のハントス・クラルを尋ねるために、城の門をくぐった。屈強な男たちが門の管理をしていたが、クラルからの書状を見ると、簡単に素性確認した後に通してくれた。
城を取り囲む壁を越えれば、白い石でできた城の壁が目と鼻の先に飛び込んでくる。サートルは口をぽかんと開けながら、その場に立ち止まった。
堂々とした作りの石の土台、所々にあしらわれた装飾された支柱、そして空に突き抜けるようないくつかの尖塔は、まさに圧巻という言葉がでるほど、堂々としていた。
廊下にある窓からは、たくさんの人々が歩いているのが視界に入った。強面の男から、書類を抱えている小柄な女性まで、多種多様の人が城では働いているようだ。
騎士団も城に駐留しているが、どちらかといえば滞在する程度。彼らが活躍する場所はモンスターが蠢く、結界が張られていない城外である。城の中にたくさん騎士がいると思ったが、それは違うようだ。
「サートル君、行くよ?」
先に進んでいたヘイムスたちが振り返っている。彼らは緊張気味な人、興奮している人と、両極端に分かれていた。
「あ、はい、行きます!」
やや駆け足になりながら、ヘイムスたちに寄った。サートルが近づいたのを見て、彼らは再び歩き出す。
目指すはミスガルム城。憧れていた地にサートルは今、踏み入れる。
入り口付近にいた案内人の女性に伴われて第二部隊の部屋に入ると、中では慌ただしく人が動いていた。まるで遠征に行くような支度をしている。その様子を訝しげに見ていると、部屋の奥から薄茶色の髪の青年が現れた。
童顔のためヘイムスと対して変わらないように見えるが、彼よりも十歳近くは上らしい。柔らかな物腰の彼こそが第二部隊長のクラルだった。
「いらっしゃい、ラウロー町の皆さん。来たばかりで申し訳ないんだけれども……」
「もしかして都合が悪くなりましたか? モンスターでもでましたか?」
言いにくそうにしているクラルの言葉に続けて、ヘイムスは流れるように言う。若き部隊長は躊躇いながらも頷いた。
「海岸の町のラルカ町から応援要請がでて……。海上のモンスターが相手になりそうだから、精霊使いの還術士を中心に、僕も含めて第二部隊から人を出すことになったんだ」
「一刻も早く行った方がいいんじゃないんですか!?」
サートルが声をあげると、クラルは軽く頷いた。
「そうだね。先発部隊はもう行かせている。僕は後から行くことになっているから、そこまで慌てなくても大丈夫だよ」
そしてクラルは両腕を組んで、肩をすくめた。
「そういうわけで、これから僕は外に出なくてはならなくなりました。しかもいつ城に戻ってくるかもわからず……」
「では、今回の話はなかったことに……?」
二週間程かけてようやく着いたが、先方の都合があわないのなら仕方ない。向こうは領全体を守る一人なのだから、優先順位はどちらが上か明らかだった。
そう頭ではわかってはいても、意気揚々と城に入ったサートルの気合いは、見る見るうちに萎んでいった。
しかしこちらの意に反して、クラルは首を横に振っていた。
「その点は大丈夫。他の部隊長に話をつけて、一ヶ月程度なら部隊の鍛錬に参加してもいいという、了承をもらったから」
萎んでいた表情が一気に明るくなった。
だがクラルの表情は、依然として渋い顔をしている。
「ただ、引き受けてくれた部隊長が、なかなか癖のある人でね……。まあ部隊長はほとんどが一癖も二癖もあるから誰に頼んでも同じだけど、特に癖が強い人で……。皆さんが快諾してくれるか心配なんだ」
「どこの部隊の人なんですか?」
「特攻兼情報部隊といわれる、第四――」
「――そこでべらべらと喋っているのは、第二部隊長のクラル君ではないか。無駄話をしているということは、準備は終わったのかい?」
苦笑いだったクラルの表情がぴしりと固まる。その表情のまま首を右に動かした。彼と一緒に視線を移動する。
コツコツと足をならしながら、一人の背の高い男性が寄ってきた。腰まで伸びている褐色の長い髪を、首もとのあたりで結っている。彼は腕を組みながら近づいてきた。
「クラル君。この田舎っぽい子供は誰だね?」
「いなっ――」
噛みつこうとしたサートルを、ヘイムスは肩を引いて下がらせた。男性はサートルを軽く一瞥してから、眼鏡の青年に視線を落とす。
「君は?」
「初めまして。私はラウロー町から来ました、ヘイムス・ラスウェルと申します。失礼ですが、もしかして貴方様は第四部隊長のグリニール隊長ですか?」
男性は軽く目を見開く。後ろで二人の先輩団員に押さえられていたサートルは「はっ!?」と声を発した。
「なぜそう思う?」
「理由は二つあります。一つがクラル隊長への声のかけ方。同程度の相手への声のかけ方でした。つまり立場的に大差がない方だと思いました」
「ほう」
「二つ目がグリニール隊長の容姿です。こちらに訪れる前に、隊長たちの容姿が書かれた冊子を読んで、一通り確認させていただきました。そこで第四部隊長は褐色の長い髪が印象的な方だと知りました。まさに貴方様はそれにぴったりの容姿。ですから貴方様はグリニール隊長ではないかと思いました」
「なるほど。しかし根拠としては、いささか弱いとは思わないかね? すべて不確定要素だ。冊子に嘘の情報が描かれているかもしれない。それに君付けの基準も、君の想像にしかすぎない。人には人の常識がある。それを無理矢理当てはめられても、困るのだがね?」
「――わかりました、ではもう一つ言いましょう」
にこにこしていたヘイムスは目をすっと細める。そして男性の襟下にある、濃い紫色の魔宝珠を指で示した。綺麗に磨かれた石は二つに割れており、まるで双葉のような開き方をしていた。
「意図的に割られたのではない、このような魔宝珠を所有している人は、非常に珍しいです。騎士団の中でもそれは言えるでしょう。第四部隊長は通称双子石を持っている方と聞きました。色は貴方が持っているような色とも。紫色……いえ紫紺色の魔宝珠をお持ちの方は、他にいないと思います」
きっぱりと言い切ったヘイムス。
腕を組んで聞いていた男性は、俯きながらくつくつと笑い、やがて顔を上げて声を大にして笑い出した。
「はっはっはっ……! まさかそこまで調べているとは! 魔宝珠の色まで教えた人間は数少ないぞ? どこで知った?」
「城下町で細工師を営んでいる、ジェードさんです」
サートル、ルヴィー、そして二人の自警団員たちが、今度は驚く番だった。一斉にヘイムスに視線を向ける。
グリニールは顎に手を軽く添えた。
「ジェードのやつ、勝手に個人情報を喋ったのか。守秘義務違反だ」
「そういうことになりますが、今回はおおめに見てやってください。ジェードさんの店に昨日行きましたら、二つに割られた宝珠がいくつか並べられていたので、しつこく聞いてみたんです。誰かお得意さんで、そういう宝珠持ちが訪ねてくるのかと」
「それを聞くまでに至る過程も含めて、いい洞察力をしている。クラル君の友達と話しているみたいだった。いやあ久々に楽しかった」
「そういえばグリニール隊長は、ルーズニルとよく探り合いをしていますよね……」
クラルが目線を横に向けて、乾いた笑いをしている。グリニールと名前を出した人とのやりとりを思い出しているようだった。
グリニールは一度咳をして皆の注目を集めると、右手を軽く胸の前に添えた。
「さて、ラスウェル君、君の言うとおり私が第四部隊長のグリニールだ。君たちはクラル君が言っていた、ラウロー町から勉強しに来たという諸君だね。はて、男が四人と聞いたが……?」
グリニールの視線が蜂蜜色の髪の少女に向けられる。彼女は両手を腰に添えて、胸を張った。
「私は結術士。第六部隊の結術を中心とした部隊にお世話になりに来ました。――ということでヘイムス、私はそっちに向かうわ。また夜にでも会いましょう」
そう言ったルヴィーは踵を返し、案内人の女性を連れて離れていった。いち早くその場から逃げたいような足の運びである。サートルはその後ろ姿を羨ましげに眺めた。
「なんだい、お嬢さんも一緒だったら、さぞ面白かったんですけどねぇ。仕方ない、予定通り野郎四人を引き受けましょう」
ヘイムスは礼を言い、二人の自警団員の青年はお互いに顔を見合わせてから、頭を下げた。了承したようだ。
しかしサートルだけは、彼らにつられて頭を下げられずにいた。この男性とはあわない――と、体が拒絶しているのだ。
それを見たクラルは申し訳なさそうな表情で近づいてきた。そしてグリニールに背を向ける形で、小声で言われた。
「ごめんね、本当に。サートル君だけでも、第三部隊に預けようかと思ったんだけど、隊長がかなり忙しく動いていて、捕まえられなかったんだ。君、喧嘩っ早いから、第三部隊がぴったりだとは思ったんだけど……」
「そんな隊長がいるんですか?」
「会えたら紹介するよ。……グリニール隊長も悪い人じゃないし、彼にずっと教えを請うわけでもない。たぶん班長級の人が色々と教えてくれると思うから、第四部隊に預けてもいいかな?」
サートルはグリニールを正面から見る。
褐色の髪の背の高い男性、ひょろ長いが筋肉はしっかりとついており、細いという印象は受けなかった。漂う雰囲気は鋭く、隙が見当たらない。言葉の節々にトゲが見られる、隊長としての威厳を保った人だった。
相手の性格を考えるとできれば避けたい人間だが、この機会を逃すわけにはいかない。体が拒絶しても、頭までは拒絶していなかった。駄々をこねて、これ以上クラルを困らすわけにはいかない。
「……大丈夫です、クラル隊長」
「本当に?」
「色々な人がいると思って、頑張ってみます」
頷くとクラルは表情を緩める。そしてサートルの肩に軽く手を乗せた。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。――セリオーヌにも伝えておくから、何かあったら彼女に話でもしてみて。彼女は第三部隊の副隊長、忙しいけど便宜は図ってもらえると思うから」
「すみません。遠征の前なのに気を使ってもらって」
「いいんだよ。こっちが言い出したことだしね。グリニール隊長は知識が豊富だから、是非ともたくさん聞いて、学んでみて」
「わかりました」
しっかり頷き、サートルはグリニールに顔を向けた。
「なんだい少年。嫌なら嫌と言えばいい。苦手なんだろう、私のことが。苦手な奴から教わるなんて、苦痛のはずだ」
「いえ、大丈夫です。迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします、グリニール隊長」
サートルが頭を下げると、周囲にいた人たちは目を丸くした。グリニールは口元にニヤリと笑みを浮かべる。
「そうか、では徹底的に鍛えてやろう。剣術も体も、そして頭もな。それを身につけて町に戻れ」
「はい!」
元気よくサートルは返事をする。
それを聞いたクラル、ヘイムスや他の青年たちは、ほっとした表情をしていた。
エルダはヴァランとは違った雰囲気を持つ兄弟子から、何かを学ぼうとしている。
ならばサートルだって、こういう癖の強い人から何かを学ばなければ張り合いがたたない。
腰からさげた宝珠が入っている袋に軽く触れながら、サートルはしかと志を固めた。




