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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第二話 なぜ騎士になるのか(1)

 シュリッセル町で一晩休んだ一行は、再び進路を南にとって進み始めた。馬車が通るよう慣らされた道を進んでいく。御者の隣には必ず自警団員がついており、何かあった場合にはすぐに知らせてくれる体制になっていた。そのためエルダとルヴィーは表にでることなく、馬車内でほとんどの時間を過ごしていた。

 荷馬車の端では、エルダの幼なじみのサートルが自分のショートソードを抱えながら眠っている。シュリッセル町ではしゃぎ過ぎたらしく、今日は馬車の揺れにもほとんど動じずに、目を閉じていた。

 浮かれていたのはエルダも同様で、欠伸をする回数が多かった。初めて訪れる町を探索するのはとても楽しい。見るもの聞くもの食べるもの、すべてが新鮮である。シュリッセル町はあの金髪の少女が言ったとおり、素敵な町だった。帰りは寄るだろうか。そしたら今度は違う通りを歩いてみたい。

 ふとエルダはぼんやり外を眺めた。木々の間から青空が垣間見える。

 つい最近までラウロー町の中だけで、世界が完結していた。ひょんなことで初めて外にでたときは、楽しさよりも怖さの方が遙かに勝っていた。人を襲うモンスターがいつ出てくるかわからない、そんな想いだけを抱いて歩いていたからだ。

 しかし今は外への感じ方が、だいぶ変わっていた。

 モンスターが襲ってくるかもしれないという恐怖はある。だがそれ以上に新しい発見や素敵な出会いを求めるようになったのだ。

 もしあの時外にでなければ、土の精霊(ノーム)と直に会えなかっただろうし、今回もシュリッセル町の町民たちに出会えなかっただろう。

 つまり一歩踏み出さなければ、新しい世界は見えてこないのだ。

 ミスガルム王国は果たしてどんな場所だろうか。

 不安を抱きながらも、エルダはその気持ちを紛らわすかのように、宝珠を磨き始めた。



 * * *



 シュリッセル町を出て十日経過した昼すぎ、森を出て草原を走っていると、視界に円形に囲まれた壁が見えてきた。隙なく石が敷き詰められており、モンスターや人々を寄せ付けない雰囲気を出していた。

 石の壁の内側から、いくつか尖塔が覗かしている。おそらくあれがミスガルム城だろう。遠くからではあまり大きいという印象を受けなかったが、近づけばかなりの高さになるのではないかと思った。

 正門まで馬車は走り、そこで止められた。御者の隣に座っていたヘイムスが馬車から降りるよう、中にいる人に対して指示してくる。エルダたちは次々と降りると、視線が自然と目の前に立ちはだかる大きな門に移った。

 門が開けば、馬車など悠々と通れる大きさだ。細かな装飾もされており、じっくり見ているだけでも、ここで時間が潰せそうだった。

 門の前には門番と思わしき青年たちが立っている。彼らはきりっとした顔つきで、門に近づいていたヘイムスに声をかけた。

「ミスガルム王国には初めてですか?」

「はい、そうです」

「そうですか。実は最近取り締まりを強化していまして、何か紹介状でもあれば時間をかけずにお通しできるのですが……」

「紹介状? 城からのでいいですかね。ちょっと待ってください」

 ヘイムスが鞄の中を探る。その間にサートルがエルダの横に移動してきた。そして小声で聞いてくる。

「なんで取り締まりを強化しているんだ?」

「王都の治安を守るためじゃない? 怪しい人はいれたくないんでしょ」

「俺たち、怪しい奴なのか?」

「違うに決まっているでしょ。ほら見て、紹介状があると、すんなり入れそうよ」

 エルダの言うとおり、ヘイムスが渡した紹介状を見た男たちの顔つきが変わった。彼らは中身を確認すると、上にいる男たちに声をかける。やがて門が音を立てて開き始めた。

 少しずつ王都の中が見えてくる。門が開いていくのと同じように、エルダとサートルたちの表情も明るくなっていった。

 ほどよく開いたところで、ヘイムスが前進を始める。他の者たちも慌てて彼の背中を追った。最後尾には馬車がつき、それらがすべて中に入ると、扉は軋んだ音と共に再び閉じられた。

 壁に囲まれた城下町は、人々の話し声や賑わいで溢れていた。元気に走り回る子どもたち、談笑している女性たち、必死に客を呼び寄せている男たちなど、たくさんの人が立ち並んでいる店の前を歩いていた。

「すげえ……。これがミスガルム王国……!」

 サートルの目が爛々と輝いている。彼の足が雑踏の中に吸い込まれそうになったのを見て、エルダは慌てて襟後ろを握った。

「待ちなさい。一人で歩いたら迷子になるでしょ! 出歩くのは宿か待ち合わせ場所を決めてからにしなさい!」

「わかったよ……」

 サートルはむすっとしながら、エルダの手を払う。しかし彼は視線を町中に向けると、再び目を輝かせていた。機嫌が悪くなったのは一瞬のことで、もはや意識は町だけに向けられているようだ。

 皆の視線が町に向いている中、ヘイムスは自分たちの荷物を馬車から下ろすよう指示してきた。皆で馬車から荷を下ろして空にする。それを終えると、彼は御者にきちんと管理するよう頼んでいた。城下町の一角には荷馬車を預けられるところがあり、そこに帰宅時まで置いておくようである。

「今日は宿を借りることにするよ。騎士団への挨拶は……明日かな。だから今日残った時間は城下町を回ろう」

「やったー!」

「賛成!」

 サートルとルヴィーが次々と返事をする。ミスガルム王国行きを誰よりも楽しみにしていた二人だ。

 エルダも声には出さなかったが、表情は緩んでいた。昼過ぎに町の中に入ったため、まだまだ時間はある。時間をかけて城下町を回れるかもしれない。

 ヘイムスを先頭にして六人は大通りをぞろぞろと歩いていく。それ以上の団体さんも多数歩いていたため、特に目立つことはなかった。

 大通りから少し中に入ったところにある宿に部屋を借り、荷物を置いた後、二つに分かれて行動を開始した。

 一つが自警団の青年たち二人、もう一つがエルダ、サートル、ルヴィー、そしてヘイムスの四人だ。

 当初エルダは個人的に行こうと思っていたのだが、その行き場所を言うと、サートルとルヴィーが一緒に行くと言ったのである。興味を示していたヘイムスも、保護者も兼ねて同行することになった。

「ねえ、他のところに行かなくていいの? 大通りから外れた先にある店に私は行くの。王都っぽくないかもしれないよ?」

「他の場所は別の日に行けばいいわ。あのヴァランさんが認めているお弟子さんに会うんでしょ。どんな人か興味ある!」

「どうやって王都に入り込んだかも知りたいぜ!」

「ご挨拶も兼ねてお邪魔させてもらうよ」

 ルヴィー、サートル、ヘイムスが思い思いの言葉を出していく。エルダは恐縮しながら頭を下げた。

「なんだか、ごめんね……」

「なんで謝るんだよ。行くぞ!」

 サートルがエルダの背中を叩いてくる。唐突なことで思わずせき込んだが、にこやかな笑みを浮かべている彼を見て、表情を和らげた。

 握りしめていた手を軽く開く。汗でべっとりだ。相手は初めて会う人なので、緊張していた。だが三人が同行してくれると言ってくれたため、幾分緊張の糸は緩んでいた。



 十字路に伸びる大通りから、さらに二回曲がったところにその店はあった。ヴァランの店よりも一回り大きく、派手な看板がドアの上に飾られている。筆記体で書かれているため、目を凝らさなければ何と書いてあるかわからなかった。

 ルヴィーは怪訝な表情で看板を指でさす。

「ねぇ……、あの店が本当にヴァランさんの弟子の店なの?」

「教えてもらった地図と、店の名前を照らし合わすと、たしかにここなんだけど……」

 地図を片手に発言するが、だんだんと自信がなくなってきた。ヴァランの店の地味さと比べると、遙かに煌びやかな店なのだ。

 ここでじっとしていても何も始まらないため、エルダは意を決して『細工師ジェード』の店のドアを開いた。

 ドアの上部にベルが取り付けてあったらしく、ドアを引くと甲高いベルが出迎えてくれる。その音を聞いてびくっとしつつも中に入った。

 まず机の上に置かれたガラスケースが視界に入った。壁に沿って置かれているだけでなく、中央にも二列並べられている。ゆとりを持って作られた通路であるため、歩く分には支障ない広さだった。ヴァランの店を踏まえつつ、広さをうまく使っている店のようだ。

 奥にある椅子には誰かが座った跡があり、椅子が不自然な方向にむいていた。そこに近づくと、店の奥から一人の青年が現れた。

 煉瓦色の髪を首下で軽く結った青年は、エルダたちのことを見ると、机の脇を通って笑顔で近寄ってきた。

「やあやあ、こんにちは、お嬢さん方! 細工師ジェードの店へようこそ! 私めに細工をさせていただけるのですか? それとも研磨でしょうか?」

 まるで舞台俳優のような喋り口調である。背は高く、すらりとした体格だ。いわゆるかっこいい男の部類に入る人間だろう。

 エルダはぽかんとしていたが、ルヴィーに肩を叩かれて我に戻った。

「あ、あの、私たちは……」

「もしかして初めて細工師の店にいらっしゃったんですか? 誰しも初めては勇気がいりますよね。まずは店内のご説明をしましょう」

 青年がエルダの横に移動しようとすると、視線がある一点で止まった。エルダの目ではなく、やや下がっている。彼の視線を追ってエルダも顔を下げた。

「これは魔宝珠ですよね、どなたが細工されたのですか? あまり綺麗な細工とはいえませんね。磨きすぎているようで傷ついています。この部分を隠すためにも、僕が研磨してあげましょう」

 青年の手が伸ばされる。だがエルダの宝珠に触れる前に、前に立ちはだかった別の人物によって彼の手が遮られた。青年は眉をひそめて顔を上げる。同じく眉間にしわを激しく寄せている少年と視線があった。

「君はなんだね?」

「こいつの連れだよ。さっきからぺらぺら喋って、お前は客の話もろくに聞けないのか?」

「何だと?」

 サートルが青年に向かって、ガンを飛ばしている。青年も睨み返していた。

 一触即発になる二人を見て、エルダは慌てて割って入った。

「お二人とも、そんな顔して見合わないでください! ――サートル、落ち着いて」

「落ち着いていられるか。こいつ、お前の細工にケチ付けたんだぞ!? 何様のつもりだ!」

 目を丸くした青年の顔がこちらに向けられる。エルダは苦笑しながら、サートルの腕を引っ張って下がらせた。

「すみません。彼が失礼なことを言いまして」

「い、いや……。それ、君が自分でやったのかい?」

 エルダは首からかけている浅緑色の宝珠に軽く手を触れた。

「はい。初めての細工でしたので、綺麗にできていないのはわかっています。反省点も多くありますが――」

 青年に向かって、真顔で言い切った。

「これは私の成果の一つです。誰にも消されたくありませんので、手を加えないで結構です」

 サートルが小さく口を開けていたが、やがて閉じて口元に笑みを浮かべていた。

 圧倒された青年は頭に手を添えながら、一歩下がった。

「すみません、出過ぎた真似を。……ということは、貴女は細工師ですよね。なぜこの店に来たのですか?」

 エルダはウェストポーチの中から一通の封筒を取り出した。彼はそれを見て、はっと息を呑む。それを青年に手渡し、挨拶をした。

「初めまして、ジェードさん。私はエルダ・ユーイングと申します。数ヶ月前からヴァランさんの元で働いている、見習い宝珠細工師です」

「君がヴァランさんの言っていた……!」

 青年は表情を変え、姿勢を正した。

「こんにちは。先ほどは失礼いたしました。僕はジェード・グリムス。三年前までヴァランさんの元で細工師として研鑽を積んでいました。まさか妹弟子がこんなに可愛らしいお嬢さんとは……!」

 ジェードが両腕を広げて一歩踏みだそうとすると、横からサートルがぬっと顔を出した。青年は動くのをやめ、目を細めてサートルを見る。

「さっきからいったい……君はなんだ?」

「エルダの幼なじみのサートル・マコーレー。今はラウロー町の自警団に所属している。ちょっと用事があって王都に来たんだ。そしたらヴァランさんがエルダも連れて行ってやれって」

「用事ねぇ……。ここまで来るのにたいそう時間がかかっただろう。そこまでして来なければならない用事なのかい?」

 腕を組んだジェードが上から目線で見てくる。サートルはにやりと笑みを浮かべた。

「ミスガルム騎士団に来ないかって言われたのさ」

「なっ……!」

 それを聞いたジェードは口ごもった。サートルは鼻で軽く笑っている。

 二人の間で微妙に話が逸れてきた気がしたエルダは、サートルを下がらせて、ジェードと視線を合わせた。

「彼が言ったのは、視察みたいなものですよ。勘違いされていたようなら、すみません。――ヴァランさんがいい機会だから勉強でもしてこいと言ってくれて、私をこちらに寄こしてくれたんです。ジェードさんの細工、ヴァランさんのと比べて前衛的ですよね。これはヴァランさんの元で学んでいても、身に付かない技法だと思いました」

 ガラスケースの中にある宝珠しか見ていないが、ヴァランが絶対にしないような煌びやかな細工だった。あの宝珠を付ければ、さぞ胸元が目立つだろう。

 あれがジェードの特徴なのか、それとも王都の流行なのかはわからない。だが少なくともラウロー町では学べないはずだ。

「なのでジェードさん、もしよろしければ、私がこちらに滞在の間、この店で勉強させていただけませんか?」

 背後にいたサートルが首を出してこようとしたが、エルダは体を移動して、背中で彼の動きを阻んだ。

 ジェードは顎に手を添えて、エルダのことをじっと見てきた。明るい黄緑色の瞳が、深い緑色の瞳を見据えてくる。

「勉強熱心だねぇ。ちなみに僕に見返りとかはあるのかい?」

「ヴァランさんが手土産と勉強代ということで、これを私に渡してくれました」

 エルダはバックから茶色の布袋を取り出し、それをジェードに手渡す。彼は袋を開けて中に入っていたものを手に乗せると、目を大きく見開かせた。

「これは……!」

 丸く研磨された、透明に近い宝珠だった。宝石のようにも見える、美しいものだ。

「結宝珠です。ヴァランさんが懇切丁寧に磨き上げた品ですね。これで一ヶ月分の授業料に相当するはずだと言っていました」

「おいおい、随分といいものをくれるな、ヴァランさんも。――わかった、エルダちゃん。こっちにいる間は僕が面倒をみよう。盗める技術があればいくらでも盗んでいいぞ」

「ありがとうございます!」

 エルダは満面の笑みで頭を下げた。

 ヴァランから渡された結宝珠は、金に置き換えればかなりの代物になる。昼食代という程度ではなく、宿代が何日出せるかという価値がつくほどだ。

 それを一目見ただけで素晴らしいものだとわかったジェードも、かなりの手腕である。一ヶ月彼のもとで働いていれば、今までとは違った経験ができるはずだ。

 貴重な機会を与えてくれたヴァランと、ここまで無事に連れてきてくれた自警団員の皆に感謝しながら、エルダはここで徹底的に学ぶことを心の中で決意した。

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