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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第一話 迷う必要など(2)

 * * *



 穏やかな陽の光が人々を照らす日に、サートルたちを含めた御一行はラウロー町を後にすることになった。予定よりも大所帯になってしまったため、小さな荷馬車を借り、御者を雇って、馬を走らせることになったのである。

 サートルはエルダと共に、二人の家族に見送られて家を出ていた。誕生日に家にいないと言って、かなり渋られるかと思ったが、あっさりと両親は承諾してくれた。むしろ素晴らしい機会だと言われて、背中を強く押されたほどである。

 出発の前日、サートルは父親から自分の魔宝珠を受け取っていた。十八歳になるまでは召喚できないため、持っていても何も意味はなかった。しかし手元にあるだけでも気分が違うからと言われて、渡されたのである。

 無くすかもしれないと脅しもしたが、それは笑って流された。無くしたら無くしたで、別の宝珠を用意してやると、太っ腹のことを言ったのだ。

 真正面から言い合った以降、父親への風当たりが随分変わった気がする。あの時エルダに促されたとおり、はっきり言っておいてよかった。

 宝珠はサートルの空色の瞳と同系統の色である、青みがかったものだ。紺碧(こんぺき)色とも呼ばれ、真夏の強い日差しの日に広がる青空のような深い青色のことを言っているらしい。夏が好きなサートルにぴったりの宝珠だろう、と胸を張りながら父親は言っていた。

(なんっていうか、色々と考えてくれているんだな)

 なぜ昔はあんなにも意地を張っていたのだろうか……。もはや昔を思い出すのも恥ずかしく、馬鹿らしくなっていた。

 町の正門に着くと、両手を腰に付けた蜂蜜色の短髪の少女が、馬車の上に乗っている男性に指示を出していた。

「そう、そこ! 落ちないようにしっかり括り付けてよ!」

 威勢良く言葉を発するのは、ルヴィー・ティルグと呼ばれる少女。エルダは彼女を見ると、表情を明るくして駆け寄った。

「おはよう、ルヴィー! 朝から早いね」

「結宝珠を付けるの、見ていないと心配で。――あ、それでいいですよ! ありがとうございます!」

 荷馬車の上に乗っていた男性はほっとした顔になって、脚立を使って馬車から降りる。幌の上の四方には結宝珠が取り付けられていた。

 サートルはむすっとした表情で、二人に歩み寄った。

 予定よりも人数が増えた一人がルヴィーの存在である。エルダも予定外であったが、最後にくっついてきたのが彼女だった。

「あら、おはよう、サートル。なあに? 朝からそんな顔して」

「別に……」

 はっきり言ってサートルはルヴィーのことが苦手だ。躊躇うことなくずかずかと言ってくるのが、どうにも嫌なのである。

「サートル、挨拶くらいしなさい! ルヴィーが同行してくれるから、安心して行けるのよ?」

 そこで追い打ちをかけるように、エルダが彼女の援護をしてくる。

 たしかにルヴィーは旅をする者にとって有り難い存在だ。彼女は若いとはいえ、結術士(けつじゅつし)――結界を専門に張る人物だからだ。

 結界は結宝珠があれば誰でも張れる。だが結術士とそうでない人物とでは、質がまったく違った。一般人であれば、大きな魔宝珠を使わなければ張れない結界を、結術士であれば、小さな宝珠で張れる。

 つまり優れた結術士がいれば、宝珠の数や大きさを最小限にして結界を張り、移動することができるのだ。そのため今回は長い旅程の割には、用意した宝珠の数が少なかった。宝珠を磨き、力を戻すことができる、エルダの存在もあるだろう。

 予定外に追加された二人の少女たちだが、彼女らの影響はかなり大きかった。

 二人の少女のやりとりを横目で見ていると、後ろから肩に手を乗せられた。隣で手の持ち主であるヘイムスが肩をすくめて立っている。

「色々と思うことはあるだろうけど、せっかくの旅、楽しく行こう」

「そうっすね……」

「誕生日、盛大に祝ってあげるからさ」

「いや、そこは無理しなくていいです。エルダがいれば、まあいいですから……」

 頬をかきながら、エルダを見る。

 切磋琢磨に互いに刺激を与えあっている幼なじみ。目的は違うとはいえ、一緒に行くと言われたときは、少し嬉しかった。

「僕はティルグさんから直々に娘さんのことを頼まれたから、ルヴィーさんのことをまずは全力で護る。だけど、たぶんエルダさんまで手が回らないだろうから、何かあったらその時はよろしく」

「はあ……。大変っすね、ヘイムスさんも」

「正規の自警団員としては、それくらい受け止める必要があるんだよ」

 ルヴィーの父は町一番の結術士。彼からの頼みは相当圧がかかっているだろうが、彼はそんな様子を微塵も見せず、飄々としていた。彼みたく余裕のある人間になりたいものである。

 同行する二人の自警団員たちも集まった。団の中でも指折りの剣士と、サートルがよく手合わせをしてもらっている青年だ。

 心強い人たちと一緒で良かったと思いながら、サートルは馬車に乗り込んだ。



 * * *



 日中はひたすら馬車を走らせ、御者や馬の様子を見ながら時々休憩をする。そして夕方に最寄りの町村に立ち寄って宿をとって休む、もしくは敷地内で荷馬車を降りて、そこでテントを張って休む、という具合で進んでいた。

 馬車が進んでいる間は動けないため、サートルは幌の隙間からぼんやりと外を眺めていた。エルダに本を渡されたが、数ページ読めば欠伸がでる状態。熱心に本を読めるエルダがうらやましかった。

「暇だ……」

 既に五日も経過している。まともに体を動かせなくて辛い。

 ぽつりと呟いていると、ヘイムスが薄い小冊子を差し出してきた。表紙を見ると『シュリッセル町』と書かれている。

「次に立ち寄る町だよ。夕方前には着く。ラウロー町ほどではないけど大きい町だから、探索してみたら?」

「いいんですか!?」

「僕たちが買い出しをしている間に、エルダさんと一緒に行ってきなよ」

 顔を上げたエルダと視線が合う。彼女はふっと表情を緩めている。ルヴィーが隣で「えー」っと声を出していたが、他の自警団員が諭したことで口は噤んでいた。買い出しにはルヴィーの助言が必要な物もあるらしく、彼女を手放せないらしい。

 サートルは視線をシュリッセル町が書かれた冊子に目を落とした。赤い三角屋根の家々が印象的な、森に囲まれた町だった。



 ヘイムスの言葉通り、日没まで時間を余らせて、シュリッセル町に入ることができた。大通り沿いにある宿で部屋をとってから、サートルとエルダは他の人たちと別れた。

「なあ、どこ行く、どこ行く!?」

 他の町村では満足に回れなかったため、既にサートルは興奮気味だった。どの店も素敵すぎる。全部の店に入りたい気分だ。

 エルダは地図を取り出し、うーんと言いながら眺める。

「どこも魅力的なところばかりね。サートルはどんな店に行きたいの?」

「どこでもいい!」

「はいはい」

 適当に流された。

 サートルとしてはここで立ち止まらずに、とりあえず歩き回りたい。

 考え込んでいるエルダの手を引っ張って歩き出そうとすると、金髪の少女とすれ違った。綺麗な緑色の瞳の少女だ。胸元には若草色の魔宝珠が下がっている。アクセサリーというよりも、すぐさま召喚できるよう添えている感じだった。

 その少女の背中に向かって、サートルは思わず声をかけていた。

「あ、あの、すみません!」

 少女は目を瞬かせながら振り返ってくる。買い物途中なのか、紙袋を抱えていた。

「何でしょうか?」

「ここら辺でいい店知りませんか?」

 少女はサートルの腰にぶら下げているショートソードを一瞥してから、東の方を指した。

「武器や防具に興味があるのなら、東にある商店街がいいと思います。色々な店が並んでいますよ。あとは古書店もありますね。ただそちらの彼女さんには、この大通りの方がいいかと。アクセサリーや食べ物のお店がありますから」

「彼女じゃありません、ただの幼なじみです!」

 金髪の少女の言葉に対し、エルダが頬を赤らめながら言い返した。少女は手を軽く口に添える。

「あら、すみません。手を繋いでいて、仲良さそうだったので、つい……」

 そう言われて、すぐさま二人は手を離した。少女はくすくす笑いながら、二人を見る。

「お二人とも旅のお方ですよね。シュリッセル町は私が言うのも変ですが、とてもいい町なのでゆっくりしていってください」

 少女は微笑みながら言う。その顔はこちらの表情が思わず和らいでしまうような、温かな笑みだった。

「教えてくれてありがとうございます。東の商店街に行ってみます。いいよな、エルダ」

「いいよ。ただし古書店には寄らせてね」

 金髪の少女は軽く会釈をしてから、踵を返して颯爽と歩きだした。金髪が光に当たると、いっそう色が引き立つ。本当に綺麗な人だと思いながら、サートルたちは歩き出した。

「金髪なんて珍しいね。サートルが突然声かけるから、びっくりしちゃった」

「たぶんあのお姉さん、召喚物は武器にしていると思う」

「え? どうして?」

「騎士や傭兵、剣士、あとは還術士(かんじゅつし)とか、状況によっては素早く召喚しなければならない人間は、あそこに宝珠を下げる人が多いんだ。エルダみたく、アクセサリーとして使っている人はまた別だけど」

 エルダの胸元では、細工された浅緑色の魔宝珠が歩く度に揺れていた。魔宝珠であるが、店で売られているアクセサリーと言われても、誰も訝しがらないだろう。

「そういえば……あの人の魔宝珠、よく磨かれていたけど、細工まではしていなかった」

「だろう? 傭兵とかには見えなかったから、あの人還術士かもな。すげえや」

 サートルは両手を頭の後ろに回して、空を仰ぎ見た。

 モンスターは人間界とは別の場所に存在していると言われている。しかし何らかの事情により、こちらに流れ込んできていた。それを在るべき処に還すことができるのが、還術士と呼ばれる人間たちだ。それは誰でもなれるわけではなく、一定の資質と努力がなければなれなかった。

「サートル、もしかして還術士になりたいの?」

「考えの一つにはあるな。でも力が追いつかないから……」

「そう……」

 エルダの視線がやや落ちた。少し影を帯びたような表情をしている。

「どうした?」

「うん……、還術士だと前線に出るのが絶対条件になってくるなって思っただけよ。ごめんね、騎士になったらそんなこと関係なくモンスターと戦うのに」

「エルダ……」

 ここ数ヶ月でモンスターと二度遭遇したことのあるエルダの脳内で、その時の場面が蘇っているのかもしれない。

 大きな体躯、鋭い爪と牙、そして身の毛も逆立つような殺気――。普通の人なら見ただけで立ちすくみ、人によっては気を失うような相手だ。

 それに立ち向かうのはたしかに怖い。だがこの幼なじみを護るためには、サートルはその前に立たなければならないのだ。

 エルダの表情が浮かないまま、中央と東の大通りが交わる場所に立ち入る。その角にあった出店で、サートルは目に入った切り分けられた赤い果実を購入した。

 それをエルダに渡すと、彼女はお礼を言ってから、果実の欠片を口にした。途端に目が丸くなる。

「美味しい……」

「本当か!?」

 サートルも急いで果実を口の中に放り込む。酸味もあるが、甘さの方が勝っている。果糖が隅々まで行き渡っていた。

「これはシュリッセル町が独自の方法で生産している果実だ。他の村で売られているのと、一緒にされちゃ困るぜ」

 店員の男性が得意げに話している。露店の机の上に、ごろごろと並んでいる赤い果実。やや高めの品であるが、値段以上に美味しかった。

 もう一つ買おうと手を伸ばす。しかし手持ちの小遣いを思い出して、渋々引っ込めた。

 するとサートルを差し置いて、黒髪を結った少女が前にでた。彼女は指を一本立てると、硬貨と引き替えに、切り分けられた果実が入った箱を受け取った。それをサートルの前に出してくる。

「はい、これ。そっちは私ので、こっちはサートルの。それでいいでしょう?」

「へ?」

「もっと食べたいっていう顔をしていた。一つだと足りないから、もう一つ買っただけよ」

「あ、そういうことか。わざわざありがとな」

 箱を受け取ると、サートルはその中にあった果実を口に入れた。美味しい。思わず顔が綻んでしまいそうだ。

 黙々と食べていると、それを見ていたエルダが小さく呟いた。

「ありがとう……」

「ん?」

 はっきり聞こえなかったので聞き返したが、彼女は首を横に振って、自分が持っていた果実をにこにこした表情で食べ始めた。

「こういうのを食べていると、町はずれの樹で取った果実を思い出すね」

「そうだな。あの時のエルダ、高いところ怖がって泣きそうになっていたっけ」

「そ、それは昔の話でしょ!」

 彼女は口を尖らせながら声を大にする。サートルはそれを見て、にやにやした。

 エルダの気分は沈んでいたようだが、この果実によって持ち直してくれたようだ。

 旅の道のりは長いし、しばらく慣れない生活が続く。少しでも平常心でいてもらえるよう言動には気を付けていこうと、サートルは思った。

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