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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【本編2】宝珠を実らす絆の樹
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第一話 迷う必要など(1)

「本当ですか、ヘイムスさん!?」

 明るい茶髪の少年は空色の瞳を爛々と輝かせて、眼鏡をかけた青年に詰め寄る。薄灰色の髪の青年は両手を前に出し、少年が接近するのを止めた。

「本当だよ、サートル君。クラル隊長とやりとりしていたら、そういう話になったんだ。これからドルバー団長に話をしに行って、了承を得てくる。たぶん大丈夫だと思うよ、自警団をよりよくするためのことだから」

「え、え、でもいいんですか!? 俺が騎士団の視察に付き添いで行って!」

 興奮しながら言うと、ヘイムスは表情を緩めた。

「ああ、いいんだよ。クラル隊長も、騎士団に興味があるなら来てみたら、と書いてあったし」

「やった、すっげえ嬉しい! ちなみにいつ出るんですか!?」

「団長に許可をもらって、それから一往復は手紙を送りあうから、出発は一、二週間先かな?」

「それでどれくらい滞在するんですか!?」

 ヘイムスは右手を口元に当てて、軽く考える。左手を出して、指を折り始めた。

「王都までは最短距離でここから二週間かかる。あちらにもあまり迷惑をかけられないし、長く町を離れたくないから、滞在期間は二週間から一ヶ月くらいかな。つまり二ヶ月近くは、ラウロー町を離れることになるよ」

「二ヶ月……?」

 サートルは首を傾げる。再来月あたりに何かあった気がする。何か特別な――

「あーー!!」

 あることを思い出し叫ぶと、隣にいたヘイムスがびくっと肩を動かした。

「どうしたんだい?」

「あ、いや、ただ……」

 サートルは頬をかきながら、ぽつりと呟く。

「その予定だと、たぶん王都にいるときに、俺、十八歳の誕生日を迎えそうだなーって」

「あ……」

 ヘイムスは小さな声を漏らした。

 ドラシル半島の上で生きる者にとって、十八歳の誕生日はとても重要な日となっている。場所によっては、村が総出で祝うという騒ぎっぷりだ。そうでなくとも他の歳以上に家族で華々しく祝うことが多かった。

 なぜそこまで祝われるのか――それはその日に渡される、ある物に理由があった。

 人生でもっとも大切な日になるかもしれない一日を、見知らぬ土地で迎える。

 騎士団に憧れを抱いているサートルであっても、悩むところだった。



 ラウロー町の自警団に所属しているサートルは、その日の鍛錬を終えた後、同い年で幼なじみの少女が働いている店に立ち寄った。陽が傾いている時間帯、店じまいをしているのか、ちょうど少女が立て看板を中に引き上げるときだった。

 黒色の髪を高い位置から一本に結んでいる少女は、サートルの気配を察すると顔を向けてくる。深い緑色の瞳がサートルを捉えるなり、目をぱちくりさせた。

「サートルじゃない、どうしたの?」

 彼女は看板を置いて寄ってきた。彼女の胸元にある浅緑色の魔宝珠(まほうじゅ)を細工して作ったペンダントが小さく揺れる。その宝珠の隣には灰茶色の小さな宝珠が並んでいた。

 サートルは若干視線を逸らす。

「さっき鍛錬が終わったから、寄ってみたんだ。エルダたちの片づけでも手伝おうかなって」

「そう? ありがとう。でも大丈夫。あの看板をしまえば終わるから」

 先ほど置いた看板に視線を向ける。サートルはエルダの横を通り、後ろで目を瞬かせている彼女をよそに、その看板を持って店内に入った。

 中では白髪の老爺(ろうや)が、入口に背を向けた状態で机の上を拭いていた。

「ヴァランさん、これ、ここら辺に置いておけばいいか?」

 ヴァランと呼ばれた老爺はサートルに気づくと、目を丸くして振り返ってきた。

「あ、ああ。どうしたサートル。お前、近頃は日が暮れるまではたいてい剣を振り続けているよな?」

 エルダと同様にヴァランにも驚かれる。彼の言葉を受けて、サートルは自身の行動を振り返った。たしかに最近は日が暮れてから、鍛錬場を去ることが多い。町の近くの森でキマイラと呼ばれる凶悪なモンスターと遭遇した以降、それが習慣となっていた。一回でも多く振りたい、そして一日でも早く強くなりたいがために。

 サートルのことをじっと見ていたヴァランは、口元に笑みを浮かべた。

「さては……また悩みでも話しに来たのか?」

「へ?」

 その言葉にドキリとした。顔に出ていただろうか。

 冷や汗を流していると、少女の声が店内に響いてきた。

「ヴァランさん、鋭いですね。そうなんですよ、サートルって考えごとをしていると、普段とは違う行動をするんです」

 出入り口の扉の窓にかかっていたカーテンを閉めたエルダが、にこにこしながら言ってきた。サートルはエルダに向かって、自分の顔を指さす。

「俺って、わかりやすいのか?」

 エルダは笑顔のまま頷いた。

 これはもう、二人に隠しごとはできないかもしれない。

 ヴァランは机の上を拭き終えると、両手を腰にあてた。

「サートル、エルダのことを家まで送ってくれるのなら、話を聞いてやろう。一人で悶々とするのが嫌で、ここに吐きに来たんだろう」

「……さすがヴァランさん。どうしてそこまでわかるんですか。びっくりしますよ」

「そこまでわかりやすい行動をする、お前の方にわしは驚く」

 平然と言われると、もはや言い訳するのも面倒になった。サートルはヴァランの言葉に大人しく従い、エルダを伴って店に併設されている彼の家に移動した。こぢんまりとした居間にある椅子に、ヴァランとサートルは腰をかける。

 エルダは隣にある台所で、お湯を沸かす準備を始めた。鉄でできた箱の中に火宝珠(ひほうじゅ)を入れ、箱の上部を鉄の網で覆う。その上に水を入れたやかんを置き、軽く手をかざした。すると火宝珠から炎が出てきた。その炎の熱によって、やかんの中の水はあっという間に沸騰する。そして予め準備していた茶葉が入ったポットに、お湯を注ぎ込んだ。

 慣れた手つきで進めているのを見て、サートルはぽかんとしていた。どこの棚に何が入っているか、知っているようだ。ヴァランは横目で彼女の様子を見ながら、ぼそっと呟いた。

「仕事の関係でじっくり話をしたいときは、こっちに案内している。その際、長話になるから、エルダに頼んで茶を入れてもらっているんだ。それがまあ上手く淹れてくれてな。何度も褒められたよ。その評判を聞き付けた客が、たいしたことでもないのに相談と称して来るから……」

「余計な時間をとられているんですか。なんていうか、災難っすね」

「いや、そうでもない。客の数自体、昔と比べて増えているからな」

「エルダがここに働き出してから?」

 ヴァランは頷く。

「女性、あとは若い男性が特に増えたな。一生懸命細工している姿が、いいらしいぞ」

 紅茶を注いだカップと茶菓子をお盆にのせて、エルダは台所から出てきた。机の上にそれらを置くと、二人を交互に見た。

「二人で何の話をしていたんですか? 私の名前が聞こえた気がするのですが」

「いや、何でもない。茶、いただくぞ」

「いただきまーす」

 ヴァランが話を流したので、サートルもならって話題から逸らす。エルダは首を傾げながら椅子に座った。そして少しだけ紅茶を飲んでから、彼女が口を開いた。

「それでサートル、どうしたの? ご両親にも聞かれたくない話ってことは、また無茶なことでも考えているの? 例えばこの前みたいに一人で外にでて、魔宝珠(まほうじゅ)をとってくるとか」

 かつて父親と喧嘩して家を飛び出し、結界が張られていない町の外に一人で出た話題を取り上げられた。あの時のことを思い出すと、サートルは苦虫を潰したような表情になってしまう。自分が不甲斐なさすぎて、エルダに迷惑をかけてしまったためだ。

 結界の外には人を傷つける凶暴な生物――モンスターがおり、それがサートルと自分を探しにきたエルダに襲ってきたのである。旅の剣士のおかげで難は逃れたが、一歩間違えれば無傷ではすまなかったはずだ。

 サートルはエルダの言葉に答えず、カップの取っ手に指を引っかける。そしてそれを持ち上げて、紅茶を一気に飲もうとした。だが熱すぎたため、一口飲んだ時点でカップを机の上に置いた。喉に手を沿えて、舌を出す。

「あ、あっち……!」

「当たり前でしょ! 熱湯注いでいたのよ!?」

 咳き込みながら、少しでも喉に空気を入れて口の中を冷やした。まだひりひりする。エルダが慌てて台所から水を持ってきてくれたので、有り難くそれを飲み干した。

 少しずつ落ち着いてくると、クッキーが目に入った。それを摘まんで、口の中にいれて頬張る。通りの曲がり角にある、美味しいと評判のクッキーだ。おそらくエルダが買ったものだろう。

 ようやく平常心に戻ったところで、サートルは腕を組んで二人を見た。

「……今日、ヘイムスさんから話があったんだ。今度、ミスガルム城に行くから、一緒に行かないかって」

 二人は目を丸くした。数瞬の間をおいて、エルダが机に乗りだす。

「凄いじゃない! 城ってことは、騎士団とも会えるんじゃないの!? またどうしてそんなことに?」

「ヘイムスさんが騎士団のクラル隊長とやりとりしていて、今後の自警団の教育のためにも、騎士団の鍛錬を視察しに来たらいいんじゃないかと言われたらしい」

 ミスガルム領全体、さらにはドラシル半島にも目を光らせている騎士団と、一つの町を護る自警団とでは、立場的におおいに違う。しかし魔宝珠を使って武器を召喚し、誰かを護るという点では同じだった。

 とある事件をきっかけに、ラウロー町の自警団員ヘイムスと、騎士団のクラルは手紙の交換をしている。それで話が盛り上がり、視察の話がきたという。

「鍛錬方法や魔宝珠の扱い、領の現状とかを教えてもらうんだってさ。直接やりとりしていたヘイムスさんが、まず城に行く候補になると思う」

「他には?」

「あと先輩が二人と俺に声がかかっている。つまり全部で四人だ。すごくいい機会だから、色々な人を連れて行きたいらしいけど、遠いからあまり人は出せないんだって」

 椅子に座り直したエルダは、部屋に貼ってある半島の地図に目を向けた。

 縦長の楕円の形をしたドラシル半島、それを対角線に切ってできた四つの部分が、四つの領となる。西側がミスガルム領で、その領の北にラウロー町はあり、領の中心部より少し下にミスガルム王国はあった。

「馬車とかで早く移動しても、二週間はかかるね。乗馬ならもう少し早くなるけど……」

「ああ。王国に行って、色々と教えてもらう時間も含めると、ここをでたら少なくとも二ヶ月は戻れないって聞いている」

「二ヶ……月?」

 エルダがやや怪訝な表情をしていた。察しのいい幼なじみだ。彼女の視線はカレンダーに移動していた。

「たぶん十八歳の誕生日までに、町に戻ってこれない」

 きっぱり言うと、エルダの目が大きくなった。



 魔宝珠(まほうじゅ)――それはドラシル半島にいる人々が、何かものを召喚する際に必要となる宝珠のことを示していた。

 火や光、結界などは、先ほどエルダが使ったように、専用の宝珠でそれぞれ召喚することができる。

 さらにそれ以外でも、自分で決めたものであれば一つだけ生み出すことができた。ただしその召喚物は一度召喚したら、その後は変えることができなかった。そのため必然的に自身の将来を意識した物になっている人が多い。

 騎士や傭兵、自警団員であれば、剣や弓、槍など、モンスターを倒すために必要な武器を、予言者であれば水晶玉、音楽家であればオカリナなどを召喚物にしていた。

 そのように様々なものが召喚できる、とても魅力的で便利な魔宝珠。それを使用できるようになるのは、十八歳の誕生日からと決められていた。

 つまり十八歳の誕生日とは、多くの人が初めて自分専用の魔宝珠を持つ日であり、人によっては初めての召喚をする日なのだ。


「誕生日にいない……のね」

 サートルがこくりと頷くと、エルダはちびちびと紅茶を飲んだ。静観していたヴァランも同様にカップに口を付ける。

 二人につられて飲んだが、さっき熱かったのが嘘のように冷えていた。

「さて、どうする……かな」

「……迷う必要など、あるのか?」

 黙っていたヴァランがカップを置いて、サートルのことを見据えた。サートルはおどけた表情をしていたが、その視線を受けて、すっと真顔になった。

「十八歳の誕生日は、他の誕生日とは比べものにならないほど、重要だ。だが別にその日に宝珠を受け取って、召喚しなければならないという決まりはない。あとで宝珠を受け取ってもまったく問題はない。それよりも城に行く方が、お前の人生にとっては重要じゃないのか?」

 ヴァランはサートルが抱いていた想いを、はっきり口に出して代弁してくれた。膝に乗せていた拳が、ゆっくり開かれる。

「サートル、騎士になりたいんだろう。その騎士がどんなものか、目にするべきじゃないか? 己の道をきちんと見定めてきたらどうだ?」

 今までサートルは、騎士になって多くの人を護りたい、とぼんやり思っていた。

 おそらく強く気高い姿に、憧れを抱いていた部分があるのだろう。

 しかし実際に騎士がどういうことをしているのか、よくわからなかった。以前町を訪れた騎士団のクラルやセリオーヌに話を聞いたが、いまいち実感が湧かなかった。民を護るためにモンスターと対峙する、王国内の秩序を護るなど、口に出して言われても、掴みどころがない。

 だがさすがにこの目で見れば、何をしているかが頭に叩き込めるはずだ。


 迷う必要など、ヴァランの言うとおり――ない。


「そうだな、せっかくの機会、逃すべきじゃないな。親父とお袋には事情を言って、誕生日会は帰ってきてからにしてもらう!」

 意気揚々と言うと、ヴァランは表情を緩めた。エルダは眉を潜めていたが、それは和らぎ、脇に垂れ下がっている髪を耳にかけてから言った。

「そうね、その方がいい。誕生日に騎士団の人と一緒に過ごすなんて凄いことじゃない! きっといい思い出になるよ」

「ああ、ありがとう。いい土産ば――」

「ちょっといいか、ここで」

 唐突にヴァランが二人の会話に割り込んできた。突然のことにサートルとエルダは二人で見あう。老爺は席を立って、棚の上から一通の手紙を持ってきた。それをエルダの前に出してくる。

「この前、わしの弟子の一人から手紙が届いた。最近店の軌道が乗り始めて余力ができたから、こっちに来ないかというものだ。老いぼれに何を言っているんだと思ったが……どうだエルダ、わしの代わりに様子を見てきてくれないか?」

 少女はきょとんとした。

「私ですか? 場所は?」

 ヴァランは一拍置いてから、サートルとエルダを眺めて言い放った。

「ミスガルム王国だ」

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