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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【幕間】恵みに感謝を
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幕間 恵みに感謝を

「サートルが明らかに嘘を()いているの」

 エルダは机の上に乗り出し、蜂蜜色の短髪の少女に向かって言い放った。アイスティーをストローで吸っていた少女ルヴィーは、目をぱちくりする。

「へえ、どんな嘘?」

 エルダは周囲をきょろきょろ見てから、声を潜めた。

「……風俗店に入ったのに、入っていないと言い張る嘘」

「はい? 剣術馬鹿のサートルが、ふ――」

 復唱しようとしたルヴィーの口をとっさに手で押さえる。一瞬周囲の視線がこちらに向かれたが、すぐにその人たちは視線を戻し、自分たちの談笑に戻っていた。

 町の一角にある喫茶店で、エルダは最近仲良くなったルヴィーとお茶をしていた。そこで思い切って彼女にぶちまけたのである。

 二人の共通の友人であり、エルダにとっては幼馴染の少年。彼の様子が最近おかしいのだ。

 ルヴィーは腕でエルダの手をどけて、口を解放させる。黒髪を一本に結んだエルダは頬を赤くしながら自分の席に座り、脇に垂れ下がっている髪をいじった。ルヴィーがストローで氷を揺らすと、涼しげな音がした。

「つまりエルダは入っていく現場を見たんだ」

「お使いにでている時に……。自警団の先輩と一緒だった」

「時間帯は?」

「夕方かな」

「いつサートルがその店を出たかわかる?」

「気になって聞いたら、『そんな店行ってねぇよ!』って言い返された」

 むすっとしながら、エルダはフォークでケーキを突き刺す。口にいれると甘い味が広がるが、気分はちっとも晴れなかった。黙々とケーキを口の中に運んでいく。

 ルヴィーもケーキを食べ進め、お互いの皿が空になった頃合いを見計らって、彼女は口を開いた。

「少しは落ち着いた? エルダ」

 両手でカップを持ち、紅茶を一口飲む。

「多少は。でもまだちょっと……」

「とりあえず私がいる前でサートルと話をしたら? 逃げようとしたら、結界張って動きを止めるから」

 にっこり微笑むルヴィーを見て、エルダは寒気立った。人間の動きを止めるほどの結界は非常に強力で、触れでもすれば即座に人を痺れさせると言われている。

「い、いや、ルヴィーの手を煩わせるのは悪いから、今回はいいや」

「わかった。何かあったら言ってね」

 アイスティーを飲み干したルヴィーは荷物を持って立ち上がる。エルダも慌てて席を立った。今日はお茶だけでなく、町中を回る予定である。勘定を済ました後に、店の外に出た。



 外は至る所で色鮮やかな装飾がされていた。なぜなら、これから町をあげての祭りが開催されるからだ。肌寒かった季節が終わり、花が咲き誇り始める時期に開かれる祭りは、大地に恩恵を与えている土の精霊――ノームを崇めるものである。

 ドラシル半島では四大元素の精霊たちと、半島の中心にあった大樹からの恵みを受けることで、成り立っていると言われていた。そのため大小差はあれ、たいていの町村ではその土地に恩恵を与えている精霊を尊ぶ祭りが開かれるのだ。

 エルダが住んでいるラウロー町では、領内でもきっての大規模な祭りを開く町である。祭りが十日後にも関わらず、既に町民の心は祭り一色のようだ。

「ルヴィーはお祭りの日、何しているの?」

「父さんの手伝いで、結界が切れていないかの見回りかな」

 町の外にいるモンスターから住民を守るために、町は巨大な結界で覆われている。その点検をするようだ。

「エルダは店休みでしょ。遊びに行くの?」

「特に考えてない。前日までの仕事が忙しいらしいから、当日は休んでいるかもしれない」

 宝珠細工師であるエルダは、店にいる師匠とともに、眩い光を召喚する光宝珠(こうほうじゅ)や、結界を召喚するのに必要な結宝珠(けつほうじゅ)などを磨いたりしている。宝珠は磨き、輝かせることで、本来ある力を引き出すことができるのだ。

 他にも、常時身に付けるであろう、自分専用の物を召喚するのに必須の魔宝珠(まほうじゅ)を細工したりするが、最近は磨く仕事が大半だった。祭りで大量の数を必要としているらしい。それゆえ明日から祭りの前日まで、丸一日作業することが決まっていた。

 ふと、看板にある貼り紙に視線が向いた。綺麗な服を着た、美しい女性が舞っている絵が描かれている。

「土の精霊へ捧げる舞の絵ね」

 ルヴィーが貼り紙に描かれている文字を読んだ。エルダは女性の絵にそっと手を添える。

「すごく綺麗な舞をするのよね。自由席からしか見たことないけど、遠目でも素晴らしかった覚えがある」

「前の方は指定席だっけ。何らかの紹介がないと、取れないんでしょ?」

「そう。自由席でも場所によっては充分観られるけどね。ただし朝から並ぶ必要がある」

 祭りをあてもなく見るくらいなら、この舞のために席取りをしたほうがいいかもしれない。

 それほど――惹きつけられる舞だった。

 再び歩きだそうとすると、視線がある一点で固まった。見慣れた薄茶色の髪の少年サートルが前から歩いてくる。隣には胸の大きい女性が並んでいた。隙なく化粧をしている彼女の顔を見て、記憶の端にあったある人物を呼び起こす。

 サートルが先輩たちと風俗店に入る前に、店の中から顔を出した女性だ。

 ルヴィーは彼が歩いてくるのに気づくと、口元に軽く手を当てた。

 エルダは幼馴染の少年をじっと見つめる。だが彼は気づかず、女性と楽しく話をしていた。

 口を一文字にして、エルダは大股で彼に向かって歩き出す。遅れてルヴィーが駆け足でついてくる。

 もう少しでぶつかるというところで、サートルはようやくこちらに気付き、顔をひきつらせた。

「エ、エルダ……?」

「今日は鍛錬の日じゃなかったの? サートル」

 声音を一段落として問いかけた。数日前に会った時、次の休みは祭りの一週間前と聞いている。

「た、鍛錬だったさ。今は用事があって町にでていて……」

 しどろもどろになっていると、隣にいた女性がサートルに顔を近づけた。

「ねえ、サートル君、この子が噂の幼馴染?」

「そうです……」

 頭をかきながら、視線を逸らされる。その仕草を見て、無性にイライラしてきた。

「可愛い子ね。ペンダントの魔宝珠(まほうじゅ)、自分で細工したのよね? すごい! お姉さん、そんなことできないわ」

(サートル、この女性に何を話しているのよ。どうして私のことを知っているのよ!)

 こちらが知らない人間から、さも知っているかのように話されるのは、気分がいいものではなかった。

 女性はじろじろとこちらを見てくる。とても居心地が悪い。居ても立っても居られなくなり、エルダは回れ右をした。

「さっさと鍛錬場に戻りなよ!」

 そして足早にその場から去った。



 その後、エルダはルヴィーと買い物をしながら町を歩いていたが、ほとんど上の空での応対だった。ルヴィーに話しかけられても数瞬の間を置いてから反応していたため、帰りがけには溜息を吐かれる始末だった。

「エルダ、逃げずにサートルと話してみな」

「逃げてない」

「頬を膨らませていう台詞じゃないから。それじゃあ、またね」

 十字路の一角でエルダとルヴィーは別れた。まだ陽は暮れ始めていないが、エルダの反応の悪さを察して、早々に別れを申し出たのだろう。悪いことをしてしまったと思いながら、エルダは俯きがちに歩き出した。

 少年だと思っていたが、彼も来月には十八歳になる。もう立派な大人だ。風俗店に出入りしていようが、綺麗な女性と歩いていようが、エルダには関係ない。

 だがもやもやした嫌な感じがしたのは、事実である。

「弟が隠れて何かしているのを気にしてしまう、姉の心情ね……」

 はあっと息を吐き出し、地面から顔を上げると、頭に浮かんでいた少年と目があった。今は一人で、先ほどよりも表情は綻んでいる。

「あ、エルダ、いいところに!」

 意気揚々と小走りで近づいてくるのを見て、エルダは眉をひそめてサートルを見た。

「何?」

「祭りの日、休みって聞いた。それならこれ一緒に行こうぜ。俺も興味あるし」

 サートルが差し出したのは、細長い紙が二枚――エルダが気になっていた舞の指定席券だ。目を丸くして、彼に視線を向ける。

「これって……え?」

「お前、観たいって言っていただろう。先輩に聞いたら、券を仲介してくれるお姉さんを紹介してくれたんだ。その後どうにか頼み込んで、その人から譲ってもらったのさ」

「先輩、お姉さん……まさかさっきの人――」

「そう、あの人だよ。実は祭りの重要幹部の一人らしい」

 サートルは頭をかきながら、視線を明後日の方向にむける。

「風俗店に行ってないって言ったのは、嘘だ。最初のきっかけがほしくて行っただけだ。……あんな気を使う場所、二度と行かねぇよ。騎士団追っかけた方が俺には楽しいからな。――お姉さんの機嫌をよくさせるために、頑張って手に入れたんだ。行かねぇって言ったら、怒るぞ」

 エルダはぽかんとした表情で、サートルのことを見上げた。そしてくすっと笑みを浮かべる。彼の発言を聞いて、心にあったしこりが溶けてなくなっていた。

 チケットを両手で持ち、にこりと微笑んだ。

「ありがとう。当日楽しみにしているね」



 * * *



 土の精霊に捧げる舞は、華麗でしなやかで、美しいものだった。

 一人の女性が中心で舞い、その周囲に四人の女性が盛り立て役として舞っている。その一人が、サートルが直接会って交渉していた女性だった。

 扇を持った手を上下に動かし、軽やかに飛び上がる。まるで土の精霊が軽々と足を運んでいるかのような動きだ。くるりと回ったり、笑顔で動く姿を見ていると、思わず心が躍るようであった。

 土の恵みを表すかのように、照明は暖色系の光宝珠が使われている。エルダが磨いたものも含まれているのではないかと思うと、とても嬉しくなった。


 この大地にいつまでも恩恵が与え続けられるよう、人々は願い、想いを舞に託す。

 精霊たちに感謝をしながら、今日も宝珠に想いを込めて、召喚し続けるだろう。




 恵みに感謝を 了

(第5回Text-Revolutions公式アンソロジー「嘘」の参加作品)

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