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宝珠細工師の原石  作者: 桐谷瑞香
【前日談】若き芽の輝き
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若き芽の輝き(1)

「エルダちゃん、あの子どこに行ったか知っている? 昼前に買い物に行かせたきり、未だに帰ってこないの」

「どこら辺に買い物に行かせたんですか? サートルが油を売っている場所なんて、数えるほどしかないと思いますが」

 エルダは脇から垂れ下がっている黒髪を軽く後ろに払いながら、幼馴染の母親に顔を向けた。頭の中ごろで一本に結った黒髪も揺れる。

 ここはエルダの父が経営している古着専用の仕立屋の裏口。ちょうど夕飯の買い出しに行こうとしたときに、彼女が現れたのだ。サートルの母はちらりとエルダの背後に視線を向ける。

「北の商店街に行かせたの」

「北は自警団の鍛錬場が近くにありますね。たぶんそこで剣でも振っているんですよ」

 エルダは右手を腰に当てて、はあっと溜息を吐いた。

「私、これからそちらの商店街に行くので、ついでに引っ張ってきますよ」

「本当? そうしてくれると助かる。ごめんなさいね、いつも」

「気にしないでください。日が暮れる前に戻ってきたいので、私はこれで」

 買い物かごを片手にエルダは歩き出した。町の西に位置しているここから北にある商店街に向かっていく。周囲を見渡し、幼馴染が歩いていないかを確かめながら、賑わっている通りを進んで行った。



 ここはミスガルム領の北に位置しているラウロー町。領の中心部にあるミスガルム王国の統治が行き渡っている町の一つである。今は歴代で最も優れていると言われている国王がまとめ上げているため、近年稀にみる繁栄をしているそうだ。

 この町は領内でも五本の指に入る賑わいを見せているらしいが、他の町に行ったことがないエルダには実感できないことだった。

 夕飯の食材を求める人でごった返している商店街を、エルダは進んでいく。時折鼻に入ってくる香ばしい匂いは、空いたお腹に刺激を与えてくる。寄り道したいのを我慢して、町の北にある自警団の鍛錬場に向かった。

 鍛錬場に近づくと、金属同士が混じり合う甲高い音が耳の中に入ってくる。エルダはある大きな建物の前に辿り着くと、その脇から奥にある広場に向かって顔を出した。

 その広場では二十人近い男たちが、武器と武器を打ち合っていた。おおかたの人間は剣だが、槍やハンマーなどを握っている人もいる。盾を持って攻撃を防いでいる人もおり、多種多様な物を用いて皆鍛錬に励んでいた。

 その中で小柄な少年がショートソードを大きく振りかぶっていた。相手をしていた青年は彼の斬撃を易々と受け止め、すぐさま跳ね返して少年を後退させる。

 少年は「おおっと」と言いつつ、踏ん張ると、腰を低く屈めて青年に突っ込んだ。

 反撃されると思っていなかったのか、青年は虚をつかれた表情をしている。だが隙を見せたのはその一瞬だけで、少年の突進攻撃をさらりとかわすと、彼の背中に回り、武器を持っていない手で彼の背を押した。

 勢いよく押された少年は立ち止まることができず、数歩進んで土に膝を付けた。

「またやられた……」

 両手を地面についた少年は、がっくりとうなだれる。青年は剣を肩に乗せて、口を開いた。

「身の軽さを生かした動きは悪くないが、全体的に動きが単調過ぎるぜ。単調さをなくすために、自分だけでなく周りを見て動けって言っただろう?」

 相手をしていた青年は口でこそ厳しい内容を言っていたが、表情はにこやかだった。彼に手を差し出された少年は、その手を取って、立ち上がっていた。

 エルダは周りの模擬戦も一段落したのを確認すると、広場の中を小走りで突っ切っていった。汗を拭っていた青年たちはエルダの姿を見ると、苦笑いをしている。

 それを横目で見つつ、腰に左手を添えてコップに入った水を飲み干している明るい茶髪の少年の傍に、エルダは駆け寄った。彼はエルダの姿を見ると、目を丸くしている。

「エルダ、何やっているんだ?」

「何やっているんだ、はこっちの台詞よ、サートル! おばさんがいつまでたっても帰ってこないって嘆いていたのよ。陽も暮れ始めているのに、なに道草食っているの!」

 両手を腰に当てて、エルダは口を尖らせる。サートルは空に視線を向けて、目を瞬かせた。

「あ、本当だ。結構時間がたったみたいだな」

 呑気な発言を聞いて、エルダはカチンときた。

「あんたね、いい加減にしなさいよ。行き当たりばったりなんて、いつまでも通じないの。いい歳なんだから、ちゃんと将来のこと考えなきゃ!」

「わかっているさ。だからこうして鍛錬しているだろう! 俺はミスガルム王国の騎士になるんだ!」

 ショートソードを空に突き刺して、高らかと宣言する十七歳の少年。

 エルダはその後ろ姿を見て、深々と溜息を吐いた。

 果たしてこの少年は知っているのだろうか。騎士になるには、多くの者が見習い騎士という段階を踏むということを。そしてその見習い騎士には、彼よりも若い少年少女たちが日々鍛錬に励んでいるということを。

 騎士になるのに年齢は決まっていないが、二十代前半までが標準的な年齢と言われている。今から見習い騎士になって騎士を目指したとしても、遅いというのが実状だった。それらのことを順序立てて、彼に説明する必要がありそうだ。

 しかし今は夕飯に近い時間帯。まずは連れて帰ることが先決である。

 エルダはサートルの腕を持って、ぐいっと体を引き寄せた。

「とにかく帰るよ。このままだと夕飯抜きにされるよ?」

「それは嫌だ! ――すみません、お先に失礼します!」

 サートルは相手をしてくれた青年にショートソードを返し、彼に向かって深々と頭を下げる。青年は笑顔で受け取ると、二人を送り出してくれた。

 そしてエルダはサートルを連れて、再び人の波が絶えない商店街へと戻っていった。



 サートルに買い物に付き合わせて帰路に付くと、彼は手振り身振りを含めて今日の成果を話してきた。エルダは紙袋を両手でしっかり抱えて歩いていく。

「自警団の班長に筋がいいって言われた。これなら騎士になるのも夢じゃないよな!?」

「……サートル、騎士になるのは簡単なことじゃないよ。まずミスガルム王国に行かないと。そこで騎士になるための勉強や鍛錬をしなくちゃいけないって聞いた。苦手な座学もちゃんと聞けるの?」

 彼はにやけながら首を傾げる。彼の仕草を見たエルダは頭を抱えた。

 ラウロー町では十五歳までの子どもには、学校に行ける権利がある。経済事情の関係で全員が通っているわけではないが、他の町よりもかなり高い割合の人間が通っていた。

 そこで基本的な読み書きや学問を教えられるのだが、サートルの座学の成績は著しく悪かった。試験を受ける度に赤点の連発。先生から幼なじみであるエルダに、彼の成績の悪さに関して相談されたほどである。一時(いっとき)、つきっきりで試験勉強をしたが、さっぱり理解していないのを知った時は、乾いた笑いしかでてこなかった。

 実技に関しては同じ歳の少年の中では優れており、そちらでは誉められることがよくあった。

 典型的な筋肉馬鹿の少年が、文武両道である騎士になれるとは到底思えない。

「でもさ、特例で見習いなしで騎士になる人もいるんだろう!? 今の団長も見習いを数年飛ばして騎士になったって聞いたぞ!」

「あの団長さんは頭も良くて、剣の腕も一流だったから、すぐに騎士になれたの。サートルとは元が違うのよ」

 騎士団創立以来、初の女性団長ということで世間を賑わせたため、あまり関心がないエルダでさえ、彼女のことについては多少知っていた。とても強く、多くの男たちを蹴散らした女性。女でも活躍できる世の中だと知らしめた一例だった。

「でもさ、すごいことをすれば、騎士になれるのは本当だろ!? 俺がこの町で活躍すれば――」

「――おじさん、今日も黙々と剣を打っていたよ。注文もたくさんきていて、猫の手も借りたいくらいってぼやいていた」

「……猫の手でも借りればいいじゃねえか」

 興奮して話をしていたサートルの表情が、一転して冷めた表情になる。しまいにはそっぽを向いてしまった。

 サートルの父親は鍛冶職人で、刀剣を専門に製造している。祖父の時代から細々と行っていたが、凶暴なモンスターが人間を襲う回数が増えるにつれて業績は徐々に拡大、今では五人の人間を雇って刀剣を打つ日々が続いていた。

 サートルはその家の長男――つまり跡継ぎ候補である。

「俺なんかいなくてもどうにかなっているし、別にいいだろう。俺は剣を作る側じゃなくて、振る側に回りたいんだ!」

 すっかり気分を害した少年は、エルダを置いて先に歩いていく。エルダは駆け足気味になりながら、彼の後を追った。

「サートル、もうすぐ十八歳だし、腰を据えておじさんたちと話してみたら? そうでもしないと、魔宝珠(まほうじゅ)がもらえないよ?」

 少年は立ち止まって振り返り、エルダの目を空色の瞳で見据えてきた。逆光の影響で彼の細かな表情は読みとれなかった。

「――お前の方が先に十八になる。どうするんだ、何を召喚するのか決めたのか?」

 言われたエルダは顔を固まらせる。最も突いてほしくないことを、彼は躊躇いもなく抉ってきたのだ。彼はそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。

 しばらくエルダは呆然と立ち尽くしていたが、我に戻ると、ゆっくり歩き出した。



 ミスガルム領はドラシル半島の上にあり、その半島内では“魔宝珠(まほうじゅ)”と呼ばれる珠が各地に散らばっていた。それは何らかの物や事象を召喚する、特別な宝珠だった。

 名称が付いている代表的なものとしては、光を発するのに特化した光宝珠(こうほうじゅ)、結界を張るために必要な結宝珠(けつほうじゅ)と呼ばれるものがある。皆で共通して使える宝珠の種類は数えるほどしかないが、魔宝珠の注目すべき点はそこではなかった。

 自分だけの召喚物を作り出せる魔宝珠が、十八歳の誕生日に一つだけ与えられるのだ。

 それを得た人々は思い思いに自分が望んだものを召喚していった。たとえば騎士や傭兵など戦いに特化した人物であれば己の武器を、予言者であれば水晶玉を、学者であれば分厚い辞書などを召喚物としていた。

 そんなもの、購入すればいいのではないか、という考えを持つ人もいる。しかし購入した物はいつか劣化するし、持ち運びは不便であるという点から、召喚物を自分が最も使うであろう物にする人が多かった。つまりその召喚物を決めた時点で、己の将来像が自然と映し出されてくるのだ。

 そのため、逆をとって将来を考えた上で召喚物を決めるという慣例ができていた。

 それが実状であるので、未だに将来のことが考え切れていないエルダが魔宝珠を手にするのは気が進まなかった。

 十八歳までに何を召喚するか明らかにすべきというきまりはないため、後々召喚してもいい。だがエルダの周りには、既に召喚物を決めている友人が多かった。先日も一足先に十八歳になった友人が、もらった当日に竪琴を召喚していた。

(お父さんたちは焦るなって言ったけど、本人たちが十八歳の誕生日と同日に召喚しているから、あまり説得力がないのよね)

 自分の誕生日まで何週間もない。せめて指針くらい決めなければ、落ち着いて誕生日を迎えることはできないだろう。

 陽はだいぶ落ちてきたのか、エルダから出ていた影が長くなっている。その影の先端を見て歩いていると躓いてしまった。衝撃で紙袋の中に入っていた物がいくつか飛び出る。

 その場に落ちた物は手早く紙袋の中に入れたが、赤い丸い果実だけは転がってしまった。慌てて追いかけると、転がった先にいた女性が果実を拾ってくれた。紺色の長い髪を下の方で結っている美しい女性だ。

「これ、貴女のかしら」

「すみません、ありがとうございます」

 果実を受け取ると、女性はじっとエルダのことを見てきた。

「何でしょうか……?」

「――何か悩んでいるようね」

 思わずどきりとした。顔に出ていただろうか。

「まずは自分の立ち位置や能力を見極めなさい。貴女くらいの歳で自分の適性なんてはっきりわからないものだから」

「は、はあ……」

「焦らないで歩けば、きっと道は見えてくるはずだわ。だから道を間違えず、進みなさい」

 そう言うと、女性は颯爽とエルダの横を通り過ぎていった。

 エルダは振り返って、去っていく女性の後ろ姿を眺める。綺麗な紺色の長い髪と、凛とした佇まい。この町では見たことがない人だ。どこからか流れてきた者だろうか。

 意味深で、まるで予言めいたことを発した女性が気になりつつも、エルダは再び自宅までの道のりを歩き出した。

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