#01 やっかいごと
酒場はいつものようにがやがやとした喧噪に包まれている。男はいつものように、それを肴にしてちびちびとエールをなめていた。
「しっしょー! 私たちせっかく夏休み中なんですから海とかに連れてってください!」
過去形である。
本来ならばエプロン装備で並み居る強敵たちを迎え撃たなければならない戦士が隣に座って、雑談に興じているのだ。
「いや、仕事しろよ」
「ですけどしっしょー。私のシフト終わるころにはいっつも帰っちゃってるじゃないですかー」
「そうか?」
「そうですよぅー。最近はなんだかオルガさんとよく並んで宿屋に……」
「お前ほんと俺のことロリコンにしたいのなっ!」
「いえ別に?」
ツンツン頭はこてんと首を傾ける。
「ただ最近、オルガさんと仲いーなー、って」
「アイツと俺は元々常宿が一緒なだけだ。あと、部屋は別々だよ」
彼とドワーフ娘は割と長い付き合いで、今でも仕事に誘い合う仲だ。だからこそ同じ宿で連絡を取り合いやすいようにしているとも言える。
「でもまんざらじゃないんですよね?」
「悪意ある質問にはノーコメントだ」
「ちぇー」
「いいから仕事しろ」
その言葉を告げると、タイミングよく酒場の扉が押し開かれる。
――酒場には不釣り合いな、ド派手な服装を着た者たちが目に飛び込んできた。
金に飽かした金糸に、ふんだんに使われた赤と青の布が目に痛い。歩くたびに腹がぽよんぽよんと上下に揺れる。その後ろからついてくる黒いスーツ――燕尾服だが、立場をかんがみて執事服と呼ぶべきだろうか――を着た背の高い優男が、入り口近くの椅子を引く。主人と思しきお貴族様は、つるっつるの頭をハンケチで拭いながら、偉そうにふんぞり返って席に座る。木製の椅子がギシィッ! と軋んだ音を立てた。
何の気はなしに扉のほうへと目を向けた冒険者が、その奇抜でこの場に不釣り合いな行動にぽかんと口を開ける。お前どうしたと言いながら見やった冒険者も思わずあっけにとられ……酒場に沈黙が伝染していく。
「…………お客さんだぞ?」
「あ、はぁーい」
あっけにとられていたツンツン頭が男の言葉で再起動、パタパタと靴を鳴らして、新しく来た客に駆け寄っていった。
「あんな趣味の悪いお貴族様、喜劇でしか見たことがないぞ…………?」
現実にいるんだなぁ、と。男は小説よりも奇怪な現実を飲み込むように、ジョッキに半分もないエールを一気にあおる。
「けっこぉ昔にはやった衣装ですねぇ……」
「あ、真歩ちゃん」
「どもです」
三人娘で一番真面目に働いている賢者の三つ編み少女が、男の前にエールがなみなみ注がれたジョッキと、手羽先の素揚げを置いた。
「昔流行った、って?」
「あ、はい。ロングヘアーにパンタロン? みたいな……」
「……パンタロン?」
「こー、ラッパみたいな裾のズボンってゆうか……」
眼鏡を押し上げて、少女は説明する。
「とりあえずです。ああゆうの、普通に毎日着なれてるって感じだから、下手しちゃうと、けっこう田舎から来てる人かなぁ、って……」
「あー…………」
魔法による通信技術は多少なり存在していても、それは軍用か、とても裕福な貴族ぐらいしか使っていない。しかもこの世界は別にインターネットがあるわけではないので、地方ならば流行が数世代遅れでも別に珍しいことではないのだ。
「紋章とか、わかる?」
「少しだけ…………でも、えと、隠されてます。こっちにはタータンチェックみたいなの、そういう文化はほとんどないですし……」
つまり、服の模様から判断する、ということも不可能だということだ。
「うーん……」
新しく来たエールをちびりとなめて、男は小さくぼやく。
「厄介ごとのにおいがするなぁー」
「いらっしゃいませぇー」
ツンツン頭はつとめて笑顔でそう口にする。じゃないと奇抜すぎて笑ってしまいそうだったからだ。
「…………はっ」
奇抜な服装の貴族は、少女を頭のてっぺんからつま先までじっとねめつけ、なんだガキかと興味が失せたような顔をする。
「酒はいい、どうせたかが知れてるだろうしなぁ!」
ぶははと豚のように笑い、
「そんなもんより仕事だ仕事。おい、この酒場で一番強い冒険者を出せ」
大声で、一言。
その言葉に、興味本位で聞き耳を立てていた冒険者らは一気に興味を失った。ああこいつもアホの一味なのかと、仲間との酒宴に戻っていく。
「なんだなんだ、このあたりの奴はどいつもこいつも臆病だな!」
そんな暴言には慣れている。
害獣駆除に人を駆りだすくせに、こういう人種は感謝の一つもしないのだ。さぁーてこの罰ゲーム、誰に押し付けようか……そんな雰囲気さえある。
「…………マスター呼んできますねぇー」
笑顔を張り付けて、少女は背を向け――べぇー、と舌を出した。
デカい。
もうその一言だけで説明不要な、髭もじゃでムキムキでお前いっつもどこからこの店に出入りしてんの? と聞きたくなるような三メートル近い体躯の中年オヤジ――彼こそがこの店の店主、四分の一巨人族のバーナードその人である。
「なんか、オヤジさん久しぶりに見たな……数か月ぶり?」
「なんか前よりデカくなってねぇ……?」
「ああ、うん、そんな気はする……」
店にいるとその威圧感のせいで客足が遠のくので、基本的に彼は給仕に表を任せてずっと厨房にこもりっきりなのだが……その給仕も彼の威圧感のせいで長続きしない者が多く、三人娘が来るまでは時々彼の姿を見ることができた。
最近は怖いもの知らずであんまり自分を怖がらないツンツン頭によく甘い顔をするらしいが、基本的には礼儀を知らない冒険者にゲンコツを落とすために日々の鍛練を欠かさない益荒男である。
それが天井に頭をこすりながらずん、ずん、と近づき――貴族の目の前で軽く腰を落として顔を近づける。
「…………何の仕事だ?」
「ひ…………っ!」
怖い。
もうその一言だけで説明不要かもしれない。ドスの利いた低い声で、天井に頭をこすりながら威圧感たっぷりに見下ろしてくるのだ。しかもあまりにもデカすぎて照明が隠れ、そのため顔に影が落ちて表情が読み取れなく、なのにぎょろりとした双眸がまるで獲物を睨みつけるような熱を持っているのだ。
貴族の喉からひきつった悲鳴が上がっても仕方のないことだろう。
「もう店主ひとりだけでいいんじゃないかな……」
誰かがぽつりとそう漏らす。
巨人族は人間に近い容姿ながら、氏族によってまちまちだが平均して十メートルはある体躯を持つ威圧感たっぷりの存在である。そのため人間族との交流があまりうまくいかなかった歴史がある。
これはその再現、縮図のような絵面だ。思わずそう漏らしてしまった、その誰かに一切の罪はないだろう。
「あの店主のばぁちゃんだっけ、巨人族なの…………」
「店主の祖父マジ勇者だな」
「日本には巨人とか妖精に興奮するサイズ差フェチっていうのがあるらしいからな……」
「「「また日本か」」」
「人の故郷を勝手に変態国家にすんな!」
ちなみに店主は生粋の帝国人だ。しかし日本が変態国家なのは――葛飾北斎の「蛸と海女」に始まり近年の二次元作品とかのせいで――ちょっと否定しづらい。
「……………なんの、仕事だ?」
その外野の声をまるきり無視するように、より低い声で再び問うた。
「つ、強い冒険者」
「何のためにだ?」
「わ……我々の領地近くにいる、エント族の討伐だ!」
いわゆる最強論というものは個々人それぞれに持論があり、その持論を踏まえたうえで自身が最強、と掲げる武闘家は数知れない。
投げや極め、蹴りや拳すべてを使うから総合格闘技のチャンピョンこそ世界最強と唱えるものもいれば、身長と体重差が大きければそれだけで有利であるため、相撲最強説を推すものもいる。乱世の時代に生まれ、相手を殺しに行く古武術こそが強いというものもいれば、いやいや最新の軍隊式格闘術こそ最強だと手を上げるものがいる。
さて――数多くの冒険者たちを見てきた店主は、いったい何を最強とするか?
「"異界渡り"、それと"神官戦士"……ちょっと来い」
「「えー……」」
単純な話として、最強を謳うからにはあらゆる能力が高く備わっている必要がある。
"異界渡り"。
その性質から来るでたらめな機動力に回避能力、防御性能。それが物質であれば破壊できないものはないという攻撃は事実上の射程無限。個人差はあれど能力にかかるリスクはべらぼうに低く、連続使用が可能。条約や魔神使いの契約で縛られていなければ、文字通り世界を終わらせることが可能な戦闘能力を誇る"個人"である。
"神官戦士"。
先に述べた"異界渡り"に対抗するのであれば鉄と炎の神を信仰する聖人が望ましい。彼らの信仰する軍神は外敵をことごとく打ち破る権能を持ち、異界由来の相手に絶大な攻撃力と耐久力が加護として与えられている。
しかも彼らは神の使う奇跡の一端、"癒し"や"祝福"などが使用できる。高い身体能力をより高め、優れた治癒能力で多少の傷など構わず戦い続ける彼らは文字通り一騎当千の"戦士"なのだ。
「いいから、来い」
その二人をもってして「あ、殺される……」と思わせる威圧感とともに、その言葉が発せられた。
「「はい…………」」
死刑宣告でも受けた囚人のような足取りで、名前を呼ばれた二人はゆっくりと店主のいるテーブルに近づいた。
「…………うちの一番たちだ」
相性の問題から、どちらが一番などとは一概に決められない。しかしその二人をセットで出すなど、子供の喧嘩に騎士団を持ち出すような感すらあった。
「人手が必要なら…………こいつらとつるんでる"魔神使い"と、"精霊使い"あたりが…………」
魔神使いや精霊使いは契約した魔神や精霊たちを利用するため、どちらも人海戦術をとるのにはとても向いた職業である。しかも魔神や精霊は個々の能力が高いため、その二人まで持ち出したら割とシャレにならない戦力になる。
それなのになぜか社会的地位は低い。これは余計なことしかしやがらない某団体が、帝国制をとっている国の騎士団に文句言ったら冗談じゃすまないので、代わりに騎士団ではない彼らを貶めているせいだからだ。民衆はそういう声がデカいやつの意見に染まるのだから、広報活動とは本当に偉大である。
有事になったら俺らも騎士団なのに、ほんとにあいつら頭悪いなぁ――とは冒険者たちの意見だ。
「ふ、二人で十分だ!」
「そうか」
名前を呼ばれた亜人の女とエルフの男はほっと胸をなでおろす。それを恨めしそうに、男とドワーフ娘が睨みつけた。
「仕事の内容と、報酬は、この二人と交渉しろ。それと……」
ぐるりと背を向けて、
「うちの酒は、高いのもちゃんとある」
それだけ言い残して、ずん、ずん……と酒場の奥へと歩き出した。
○
エント族。
日本語に訳すと「樹木人」あるいは「顔のある木」となる。彼らは樫の木やブナの木によく似た体を持ち、オジギソウと同じく主葉枕への水分移動で運動する、高い知性を有し人語を解する植物人間ともいうべき種族だ。
彼らは明確な寿命が未だにわからないほどの長寿であり、確認できただけでも数千年と生きていた個体も存在する。しかし一方でそれほどの歴史を持っている彼らには特定の文化というものが存在しない。彼らの持つのんびりとした気性や、食事として水しか摂らない――正確には水分と水分に溶け込んだ多少の栄養素――ため、そうした文化的欲求が育たちづらかったからではないかと言われている。
しかし、だからと言って彼らが未開の人種であるかといえばそうでもない。
エント族はその高い知性から弁が立ち、自身の体――どんぐりに似た木の実や、解熱殺菌作用のある葉――を交渉カードにして他種族との共存関係を結んできたのである。ゆえに彼らの文化は共存する種族の文化を色濃く反映しており、それゆえに彼らは世界中に広く生存圏を持つ種族なのだ。
「えと、エント族は基本的に人型なの。ほかの種族と共存するうえで、そのほうが便利だから、っていう理由だって言われてるからで、実際は四本足とか、六本腕とかもできちゃうみたい。あと、人型だからって私たちみたいに機敏に動けるわけじゃなくて、けっこう、のんびりした感じ。あと性格ものんびりしてて、日光浴しながら、足――根っこ? を湖にちゃぽんってつけて、日がな一日弁論大会、ってゆうのが、エント族特有の文化、ってゆうのかな? そんな感じ」
「文化ってーか、やることないから縁側でお茶すすってダベる爺ちゃんじゃん」
「あはは…………」
三つ編み少女が見識を披露し、それに日焼け娘が率直な感想を述べる。
「ま、まぁ、他の種族と共存してきた文化があるから、自分たちの文化をあんまり持たなかった、ってゆうのがエント族だよ」
誤魔化すようにして、三つ編み少女は眼鏡の位置を両手で正した。
「それでね、私――このエント族さんに会ってお話ししたいって前から思ってたの!」
そして珍しく言葉じりを強くして、言う。
「お兄さん、まだ交渉中だけど……終わったらすぐに連れてってくれないか聞きたいな、って思ってる!」
「真歩ちゃん、私も協力するねっ!」
「ありがとう結花ちゃん!」
二人はひしっ、と抱き合う。
「…………その件についてはどーでもいいけど、瞳子もその変なお芝居に混ざんなきゃだめ?」
それを呆れたような目で見つめる日焼け娘が呟いて、
「美しいリトルレディたちの友情を間近に見れて僕はとてもうれしい……けれどそれをなんで僕の前でやるのかな?」
ひきつった笑顔を張り付けて、キザな言いぐさをするエルフの男が問う。
そう、この小芝居は精霊使いのエルフ――先ほど名前の挙がったリヒトの目の前で公演されていたのだ。
「え? リヒトさんかアスタリッテさんが一番、しっしょーと仲がいいからですよ?」
何をあたりまえのことを、とツンツン頭が応じる。
「こないだはやりすぎちゃったので、口添えしていただければなぁー、と」
「僕をあの二人の生贄にささげる気かい!?」
「あはは、そんな、まっさかぁー!」
手のひらで彼をあおぐようなしぐさをして否定する。
「リヒトさんって、わりと女の人の頼みごとが断れないってマルガリッテさんに聞いたからですよ?」
「喫茶店で働いてたときにずいぶん稼がせてもらったーって聞いたよ」
「リヒトさんは女の子にだらしないんですよねっ!」
「君たちは本当に歯に衣着せない物言いをするね!?」
しかし事実である。
彼ら海沿いに住むエルフたちは、生まれながらにしてあの広大な海原を見て育つせいで自由奔放というか、いろいろとおおらかというか、だらしのない性格をしているものが多い。しかも港町であった彼の生まれ故郷では立ち寄った港の数だけ、それどころか港に立ち寄った回数だけ妻がいるような海の男が非常に多く、彼の父親もそんな男の一人だった。
おかげで彼には顔の知らない異母兄弟が五人以上存在し、それが原因で親が離婚と結婚を繰り返し、彼が冒険者になる遠因を作り出した――が、この話は本編には何の関係もない。
「しかし僕はコーとそれほど仲がいいわけじゃない」
「あれ、そうなんですか?」
「ああ……」
エルフの青年は目頭を強く押さえながら鎮痛な面持ちを作る。
「コー……いや、奴は! 奴は太ももに魂を売った! それどころか嫁にするなら貧相野蛮なドワーフがいいと口にしたんだ!」
三人娘の視線が一瞬で冷たいものへと変わる。
「豚さん豚さん、屠殺場はあっちですよ?」
ツンツン頭は酒場の入り口を指し示し、
「アスタリッテさんのところいこっと」
三つ編み少女は彼の存在を否定するかのように後ろを向いて、
「店長に変態エルフからセクハラ受けたって報告しとこ」
日焼け娘は就業中だというのに棒付きの飴を取り出して咥える。
「ちょ、待ってくれ! 君たちの望みは何なんだい!?」
三者三様だが一貫して「この変態が」といった態度にエルフの性年が追いすがるように立ち上がった。
○
エルフの青年が、どこか女ウケしそうな物悲しい顔をしてそのテーブルに近づき、言い放つ。
「コー! 僕を助けると思って何も聞かず僕と彼女たちを連れて行ってくれないかい!?」
「うるせぇ、帰れ」
「そうじゃそうじゃ、エルフは帰らんかい」
男とドワーフ娘はコンマ一秒もしない反応速度で、それをすげなく断った。
「…………どぉしよ、豚さん思ったよりも使えないよ?」
「所詮は変態だからじゃね?」
「いくらなんでもあんなエルフさんと一緒とか、変態さんに失礼だよぅ……」
失礼なのはお前たちだ、とは誰も口にしない。このエルフのせいで数多くの冒険者どもが夢破れたという私怨がそこにはあった。
「…………やっぱりミカヅキさんに紹介?」
「うん。いくらなんでもそれくらいは役に立つはず………」
「やっ、やめてくれたまえよっ!?」
そんな生まれながらのナンパ師であるエルフをして、やめてくれと言わしめる兎種たちの業の深さよ。伊達に「兎女の彼氏とか拷問の果てに死ねと申すか(意訳)」という格言が各種族に残っているわけではなかった。
「なんだリヒト、ミカヅキとお近づきになりたいのか? ……なんなら俺、アナウサギの知り合いもいるから紹介してやるけど」
「コー! 君実は僕のこと嫌いだね!?」
「こちとら昔の抜刀隊の兎どもがミカヅキ経由して男紹介しろってうるせぇーんだよ、わかれよ」
「わかりたくないねっ!」
「ハーレムだぞ?」
確実に死ぬが。
「いいから僕を助けると思って僕ごと彼女たちを連れて行きたまえ! だいいち――」
エルフの青年は男に指を突き付けて、
「君はエント族の言葉を話せるのかい!?」
通訳の必要性を説いた。
「コー、君がどれほどの言語を話せるかは知らないけどね」
「七か国語ぐらいだな」
「どれほどの言語を話せるか知らないけどねっ! エント族はその文化的に、他種族の言語が混じった、すごく面倒な会話をする者たちだよ!」
感覚的には日本語の端々にやたら発音のいい英語やスペイン語、ロシア語などを織り交ぜてくるような言語である。面倒くさいと言うか、彼らエント族との会話に慣れていなければ頭がついていかないというレベルだろう。
「僕はこれでも東西エルフ語に始まり、精霊語、帝国語、獣人語……さらには有角族特有の訛りにも精通した言語のエキスパートさ!」
その言語のほとんどは、彼が過去に言い寄った女が使っていた言葉である。
なお東西ドワーフ語はない模様。
「ほら、これで連れて行かない理由なんてないだろう? ないよね! ないと言ってくれたまえよ!!」
「わー、変態さん必死ー」
「ちょっと引くわー……」
ツンツン頭と日焼け娘が「うわぁー……」という顔をして、三つ編み少女は黙ってエルフから三歩退いた。
「それに、ほら! 僕たちは親友じゃないか!!」
「お前が一方的に裏切り者とか言いやがった件について」
「君は海原を見たことがあるかい? なら今度一緒に海を見に行こう。あの白い砂浜と青い空に挟まれた、ただただ透き通り、寄せては返す大きな海原が、きっと僕と君との間に残るわだかまりを綺麗に流し去ってくれるはずさ」
「うるせぇ、海水浴ぐらい毎年行ってたわ」
お嬢様に召喚される前までだが。
「そもそもだ、いくらエント族だろうがそこまで普段通りの面倒くせぇ話し言葉なんぞは使わねぇーよ」
日がな一日弁論大会を行ってしまうほど高い知性を持つ種族である。相手に気を使って丁寧な言葉を使うなんてことは朝飯前である。もっとも、しっかりと考えて話す彼らのゆったりとした言葉が、さらにゆったりとした言葉になってしまうという弱点はあった。
「ああ、大海原を守りし偉大なる海の神よ。僕はこの頑迷な友人の心をどうすれば開くことができるのでしょう!」
「神頼みしてんじゃねぇーよ精霊使い」
もちろん精霊使いが神頼みしてはならないという規律はない。しかし、なんとなく演技がかったそれを目の前でやられたら非常に癪に障るのは誰がやっても同じことである。
「……く、くく。君がそれほどまで強情だとは思わなかったよ」
一転、エルフはどこか邪悪な笑みを浮かべ、
「この僕がこれほど頼んでいるというのに、君たちはどうでもいいと言う! ならば! 僕は最後の切り札を使わざるを得ない!」
どん、とテーブルに手のひらを叩きつけて宣言する。
「僕は彼女たちの面倒を見ない!」
「…………はぁ?」
あっけにとられ、そしてその意味不明な言葉に妙な声を上げてしまう。
「するとどうなると思う? ……彼女たちはきっと君たちを追いかけるだろうえねぇー! いや、むしろ僕が手引きしてやってもいい!」
「なっ」
男の脳裏に、先日の、鉄と炎の国に向かった時のことがありありと思い出された。
「ふははははは! さぁどうするコー……あのとき、おとなしく僕を連れていけばっ! そんな後悔に駆られたいのかぁあああい?」
余談だが海沿いのエルフは日焼けで肌黒くなるため、森で暮らしているエルフからはダークエルフという蔑称で呼ばれていた時代がある。それは長い歴史の中で得た経験から、皮膚病のリスクを低下させるため、日陰を作る闇の精霊シェイドと契約していたことも原因であった。
「僕を連れて行けば、僕は彼女たちをこの一命に変えて守って見せよう……だぁがぁ? 僕を連れて行かなかった場合は、どうなるか知らないけどねぇえええ!」
そしてこのエルフ、今は白い肌をしているが、それは湾岸沿いのさんさんと降り注ぐ熱い太陽から逃れただけであり――本質はダークエルフである。
「くっ…………!」
「こ、こやつの腹の、なんとおぞましいことか!」
「ふはははは! なんとでも言えばいい! そして僕はその上で問うさ――契約するか、否かをねぇえええええええ!」
その顔、完全に悪役であった。
三つ編み少女のヒミツその1「ロングヘアーにパンタロン」
'70年代ぐらいに流行ったファッションらしい。また、このころにホワイトデーが開始されたりもした。あとビートルズ解散。
それはそれとして、なんで知ってんだろうねこの子?
三つ編み少女のヒミツその2「目的のためなら小芝居もする」
三人娘の中では常識人だけど、意外としたたか。