#04 冒険者になる、ということ
陸海豚。
陸にいるのに海の豚とかわけのわからん語呂を持つが、もちろん単なる通称だ。生物学的にはげっ歯目、ようするにハツカネズミやビーバー、カピバラと同じ仲間である。
そのため陸海豚は非常にカピバラによく似た外見をしている。
げっ歯目の特徴である丸い耳にとがった鼻、細長い尻尾に、なによりつぶらな瞳。種全体として丸々と太りやすく、キュルルという鳴き声を発し、カピバラ同様ペットとして人気が高い。
ただカピバラと違って水辺には棲まず、森林地帯でキノコや山菜をはじめとした野草類から小鳥や蛇のような小型の動物まで何でも捕食する雑食性を持ち、固い殻に覆われた木の実すらもやすやすと噛み砕く鋭い牙で木をかじり倒して営巣し、十数匹規模でのコロニーをつくる。
何より大きく違うのは、彼らの気性は非常に荒いということだ。
それらはカピバラと同じく体長が百三十を超え、その体重は六十キロを超える。たわしのような剛毛の下には分厚い皮下脂肪が蓄えられており、下手な肉食動物――オオカミなどだ――の牙など意に介さない体を持っている生物だ。普通に戦えば人間に勝ち目などあるわけがない。日本ならば自衛隊や猟友会が鉄砲を担いで出張るほどである。
もちろん、きちんとペットとして育てる分には問題はない。気性は荒いが、群れのボスを定めコロニーを形成する程度には社会性の強い生物なのだ、きちんとしつければ芸も覚えるほどに賢い。だが一度でも敵意をむき出しにすればその限りではない。鋭い牙で人間など容易く引き裂き、生来の雑食性から人間すら喰らう。ゆえに育てきれなくなった飼い主が勝手に森などに捨ててしまうという事例は数が知れない。
はっきり言えば、特定危険生物――野生のものは多くの国で、害獣に指定されている。
「狩るでござるか? それとも、駆逐するでござるか?」
兎娘は薄く笑いながら野太刀の鞘の先を地面にずんと突き立てた。
「あー……ちょっと待ってくれ」
「御意」
男は少しばかり逡巡したのち、兎娘を制する。
「君らには二つの道がある」
三人娘に向き直り、男は問うた。
「冒険者ってぇーのは、まぁ、いろんなことを頼まれる。だから猟師みたいなこともする。だから俺たちは普通に、動物を殺す。生かしておいたら人間が暮らすのに邪魔になるからだ。放っておいたら、何人犠牲になるかもわかったもんじゃない」
それを後からノコノコやってきた自称正義の味方らは、糾弾するのだ。
動物を殺すなんてそれでも貴様ら人間か、と。
「冒険者を続けるつもりがあるなら、ついて来きてもいい。ただ、そうでないなら今すぐ帰ってもらう。さすがにまぁ、送ってくけど」
重ねるように男は問う。
「別に君ら三人がこれを見逃すのは悪いことじゃないし、君らが俺らの手伝いをするのも別に悪いことじゃない。でもそれは、傍目でみたら悪いことだと言う奴らは必ず出てくる。それに――――お前らは、耐えていけるか?」
少女は考える。
「………………」
三つ編みの少女は、友人である彼女が知る限りでは気の弱い女だ。元々は魔法の勉強、もっと言えば失伝した古代魔法の研究をやりたいがためにこちらへ来ている。生き物を殺す、そのことについて責められるということには耐えられないかもしれない。
「んー………………どーしよっかねぇー?」
もう一人の友人、ツンツン頭の娘は気楽そうな口調で持って問う。
彼女はもともとファンタジー小説を好んでいた、もう少しおとなしい感じの少女であった。それがいったいどこでどうして、なんでこうなったのか。その心の内やきっかけなどは、よくわからないが……ともあれ、彼女は必要ならば仕方ないと、割とあっさり受け入れそうではあった。
責められても、きっと反論するくらいにはサバサバとした態度をとるだろう。
「…………」
自分はどうだと自問する。
目的は金だ。彼女は自負するだけに、金銭的にそれほど裕福ではない。上には兄が、下には妹がひとりと弟が一人。四兄妹を、親は女手一つで育てている。
金さえ手に入れば別にどうでもいいとも思う一方で、はたして自分に、そこまでの覚悟があるのかという疑問は残る。
しかし同時に、慣れてしまえば一緒だろうと思う自分もいる。
「ごめん、瞳子にはちょっと難しいかも。わかんないや」
不安を隠すように、いつものように飴を取り出して、咥える。転がすでなく、しかし噛み砕くでなく、ただカリカリとかじる。
「それじゃしっしょー、とりあえずそうゆう難しいの後回しにしたいんで、私たちお先にドワーフの国に行って予約とかしてきますねっ!」
ツンツン頭はそういって、選択するのを放棄した。
「ん、わかった。それじゃとりあえず昨日とおんなじところに送るから――」
「あ、だいじょーぶです。とりあえず瞳子ちゃんと真歩ちゃん連れてくぶんにはまったく問題ないくらいに成長してますからっ!」
えっへん、と胸を張った。
「…………壁に埋まったとかやめろよ?」
「ああ、いつぞやの隊長殿のようにでござるか?」
「思い出すなっ」
「なかなか立派なご子息をお持ちでござった!」
「お前ちょっと黙れっ」
「あはは、だいじょーぶですよー」
ツンツン頭はころころと笑う。
「とりあえずこう、どこで○ドアー! って感じにすれば事故なんてそうそう起きませんもん」
バカなふりしてわりと賢い――正確にいうならずる賢い――ツンツン頭は腰の剣を抜く。
「まっほーじんをかっきましてぇ――――――ディメンジョンげぇぇええと!」
鼻歌交じりに、気軽に空間同士を接続した。
「あっ、どうもですー」
どこかの誰かと目でも合ったのか、会釈しながらその次元の穴をくぐっていく。
「真歩ちゃーん、瞳子ちゃーん、早くしてくれないと私、眠くなっちゃうよぉー!」
三人娘のリーダー、能力を使うたびに睡眠欲求が増していくツンツン頭の勇者様はそんなふうにおどけながら、友人である自分たちを手招きした。
「ううむ、うまい具合に逃げられたのぉ」
大戦斧の石突を、づん、と地面に突き立てた。
「そんなもんでござるよ。面倒くさいのは後回し、よくあることでござる」
「ずるっこいっつーか、これからずっとのらりくらりと躱してくとか考えたくもねぇー」
冒険者だから絶対に害獣を倒さなきゃならないとかそういうことはない。冒険者の中にだってもちろん、宗教的な戒律に触れるからやらない、という神官は普通に存在する。そういう者は通訳や薬草集め、そのほか臨時の神父として活躍したりしている。
だから、動物を殺せないなら辞めろ、というのは暴論である。しかし同時に、こんな危険な仕事よりももっといい職を探せ、というのは未来ある少女たちに向けた冒険者たちの総意でもあった。
「ま、おいおい考えるといいでござるよ隊長殿。拙者むつかしいことわからんでござるが」
「脳筋兎は気軽だなぁーおい」
「褒めたところで拙者体を差し出すしかできんでござるよー」
「冗談でもねぇ……」
腎虚とか腹上死とか、男にとっては一種のロマンではある。が、実際にやりたいかどうかと言われれば話は別だ。
「でぇー……誰が征く?」
「おっと、そうだな。逃げられないうちに決めないと……」
「ワシならば、いつでも行けるぞ」
建前は決闘なので、野生生物との闘いなら追い立て役などはさすがに必要とはするものの、基本的に一対一で剣やら斧やらの近接武器ぐらいしか使えない。だからこそ問うて、しかし自分ならいつでも準備万端だと示した。
「足で決めてはいかがでござろう!」
「おぬしそれワシがドワーフじゃと知ってゆうておるじゃろ?」
ドワーフは矮躯で、当然だが相応に足が短い。その長さの比率から言えばドワーフとは決して鈍足ではない。ないのだが、絶対的な速度で言うならば当然のごとく鈍足だ。このせいでドワーフの格闘術は基本思想が退かず進まずどっしりと構えて迎え撃つという形になったのだが……まぁ、それはともかく。そうした身体的な理由により、足の速さで決めるなど断固反対の立場である。
「そっちがドワーフだからとかそういうこと拙者ちっとも考えてないでござる!」
対して獣人族兎種。
獣人族は基本的に魔法にさほど適性がないが、代わりに身体能力が非常に高く――だからこそ魔法に優れた種が貴族や王族であったのだ――特に兎種は足が長く筋肉も発達しているため飛び跳ね走ることに関してはかなり高い能力を誇り、その長い耳が捉える音の精密さもあいまって、フレミージャ氏族が伝える伝統的なゲリラ戦術は地上最強の一角として数えられている。
ゆえに彼女らは"首狩り兎"と呼ばれていたのだ。
「拙者、ただ単純に拙者が得意なことを言ったまででござるっ!」
ドヤァ……と。兎娘は満面の笑顔でのたまい、胸を張った。
「そんなこと言ったら俺、能力使っちゃうけどな」
「そんな、ご無体なっ!」
とはいえ、地上最速と謳われる虎種やらには足の速さで敵わないし、当然ながらテレポート系よりも速いなんてことはない。
「じゃんけんじゃな」
こちらの世界にもじゃんけんはある。まぁ三すくみの概念さえあれば成立する構造の簡単なゲームだから当然だ。ただ、
「グーチョキパー?」
「狐斧職人じゃろ?」
「火草水が分かりやすいと思うでござる」
微妙に手の形というか、やり方が違うのである。日本でも狐拳やら虎拳やらがあったので当然と言えば当然か。
「んじゃ間をとって熊人蜂な。異論は?」
「よいでござる」
「しかたないの」
同意を得て、男は指の関節をぱきぱき鳴らし、兎娘は軽く飛び跳ねて体を温め――ドワーフ娘は、斧を掲げるようにして構えた。
「"鉄と炎の神よ、我に戦士の祝福を"」
瞬間、どぅ、と足元から闘気のごとく炎が噴き出す。奇跡使いが用いる技の中で、対象の身体能力を上昇させる"祝福"だ。
信仰の強さによって上昇する能力やその幅は違うが、それなりにメジャーな神を信仰している彼女の"祝福"は動体視力も上昇するのだ。この状態なら振り下ろされる相手の手を見て自分の手を変えるなんて余裕である。
「あ、汚いでござるよっ!?」
「外敵ことごとく打ち破る、鉄と炎の神はこうゆうとる――勝つために全力尽くしてなぁにが悪い!」
「ならば拙者は既成事実をつくるだけにござるっ!!」
脱兎のごとく――いやまぁ兎種だからごとくでもなんでもないような気がするが――そう言い残すや否や大地を蹴って走り出す。そのしなやかで強靭な足腰は彼女をまるで重力なにそれおいしいの? といった速度で飛び出した。
「コー!」
「よっしゃ任せろ――見よう見まねっ! ディメンジョンゲェエエット!」
「タッグとは卑怯なぁあああああああ――――!?」
着地するはずの地面が消えて、兎娘は次元の穴に堕ちてゆく。
「――――ああぁぁあああああああ!!」
そして男たちの後方に、ぐしゃ、と頭から着地。
「なはは! ワシ、出陣――――――!」
「バインドかっこ物理!」
「――――ぐわー!?」
自分の手を次元の穴に突っ込んで、ドワーフ娘の足をがっしりつかむ。半ば飛び出していた状態だったがため、ドワーフ娘はべしゃりと顔面から地面に叩きつけられた。
「落ち着け戦闘狂ども!」
片や軍神を崇めるドワーフの神官で、片や"首狩り兎"と呼ばれた戦闘民族である。二人を端的に表した、言いえて妙な言葉であった。
「ぐぅ……しかしじゃな」
「しかしもかかしもねぇ。じゃんけんでそんなお互い大人気ねぇーことやるんならじゃんけんはなし。くじだ、くじ。一番長いやつ引いたのが勝ちな」
男は腰をかがめて、てきとうな雑草に手を伸ばし、
「あいや待たれい!」
兎娘に止められる。
「隊長殿はイカサマしほうだいなので触れてはいかんでござる! さんざんカモられた拙者が言うんだから間違いないでござる!」
「待て待て、別に俺は戦闘狂でもなんでもねぇーぞ?」
「じゃぁおぬしは抜けておけ」
「いやいや、待て待て。女が戦場にいくのをはいそうですかと見送るのはさすがに男としてどうよという常識がだな……」
「そういえば、陸海豚は珍味じゃったな?」
「――……ちっ!」
「独り占めする気でござったか!」
「油断も隙もないやつじゃな!」
カピバラもそうだが、原産地では捕獲されて食肉として流通していた時期があった。最近ではもっと美味しい肉はたくさんあるし、見た目が可愛いという理由で食べるものは少ないし、食べようとすると某団体が非常にうるさいのでなかなか出回らないものだ。
ただ害獣として駆除したあとの肉がもったいないからと供養がてらに食する地域はいまだに存在するし、伝統的な食文化だとしていまだに流通させている国もまだ存在する。
このあたりはイルカ捕鯨問題にかなり近くややこしいため、どこかの誰かが言った陸海豚という揶揄が今日においての通称となったのだ。まぁ主に冒険者などの間でのみだが。
「うるせぇー、こんな時にしか食えねぇーんだよ!」
「こやつ開き直りよった!」
「いくら隊長殿とはいえこれは許されざることでござる! 許されざる裏切りでござる! 何か罰を与えるべきでござる!」
「は? 何言ってんだお前、そういう罰ゲームってのはビリが受けるもんだろぉーが!」
「ほぉー、では隊長殿がビリだったら何をしてくれるでござるか? 男、酒、男でござるか!?」
「男ふたつ入れてんじゃねぇーよ!」
「じゃぁーとりあえずおぬしがビリなら有り金全部で高い酒をじゃな、ワシらに奢ってもらおうか」
「拙者は名物料理をたらふく!」
「あー、いいぞ! だがミカヅキ、お前がビリなら水だけな!」
「水だけでござるかっ!?」
「そんでオルガ、お前は神官鎧で市中引き回しの刑な」
「あっ、あれはダメじゃろぉ…………!」
「うるせぇ。俺に有り金全部ベッドさせるんだ、相応なリスクは負ってもらう!」
さぁ用意しろと、男は兎娘に命令を下す――――!
○
炎を象徴する、脱着しやすいワンピース型の赤いクロースアーマー。その上から黒鉄のプレートメイルを身にまとう。斧を意匠化した紋章は鉄と炎の神を崇める教会のもので、それが刺繍されたきらびやかなコートを羽織っている。ここに斧頭の巨大な大戦斧か戦槌を携えれば、鉄と炎の神を信奉する神殿の正式な、しかも高位の神官の戦装束だ。
これを着用した者が士気高揚のために演説や鼓舞を行うという目的もあってか、デザインも特殊というか、個性的だ。着用者とその時代によって微妙にデザインが変わり、彼女のはいささか、可愛らしい。戦乙女然とした風体で、なるほどこれで先陣を切って進めば兵士の士気も上がるだろう。まぁ、本人の羞恥心を犠牲にするが。
「はっ……恥ずかしくてっ、死にそうじゃあ……!」
別に平時は装着してはならないというわけではないが、本来は式典で用いたりするものなので、彼女が感じている感覚を現代日本的に直して言うと「別になんのイベントもないのに燕尾服で町を歩く感覚」だ。いや、デザイン的には「ビジネス街をコスプレ衣装で歩く感覚」かもしれないが。
とがった耳の先まで真っ赤に染めて、瞳を羞恥の涙で潤ませて、戦斧を両手で抱きしめるように握りしめる。当然、顔を隠しては羞恥心も半減であるという理由でヘルムなんぞは神殿に置きっぱなしである。
「いいじゃないか聖女様、みんな尊敬のまなざしで見てくれてるぞ聖女様、警備兵さんが斧掲げるなんてめったにないよな聖女様、このままゆっくりデートしようぜ聖女様」
男はここぞとばかりに煽る。
「くっ……殺せぇ……!」
「なんてことを言うんだ聖女様! そんなこと言っちゃダメだろ聖女様!」
「くぅ………………!」
顔を伏せて小さな声を漏らす。
「…………隊長殿は、相変わらずどSでござるなぁー」
一歩間違えばああなっていたのは自分だっただろうと、兎娘は小さく身震いする。
「まぁーでも、市中引き回しの刑はさすがにやりすぎかなとは思うんで」
「ふんふん、いったいどうするのでござるか?」
「このまま酒場に突入します」
「や、やめ――――!」
「あの三人娘と早く合流してやんないとなぁー。腹ペコで待ってるだろうし」
「拙者も腹ペコでござる! いい運動した後は気持ちがいいでござるなっ!」
くじ引きであたりをひいた兎娘は、満足げに胸を反らした。
「あっ、悪魔め…………!
「定義の上だと魔神だな」
魔神使いの名称問題のあおりを受けたせいで召喚獣が正しかったりする。
「――――可愛い鎧って実在するんですねっ!?」
ツンツン頭が興奮した様子でドワーフ娘にかじりつく。
「は、離れぃ…………!」
「いやいやもったいないですよぉー! ……頭なでてもいいです?」
「子供扱いするでないわっ………!」
「いーじゃないですかぁー! これくらいのことじゃぁブヒれるアニメでけっこーわりと普通にやってる百合ん百合んなシーンとかとくらべたらっ!」
「ええい非生産的な!」
「そんなことゆうと全世界の同性愛者を敵にまわしちゃいますよっ!」
「ワシが関わらん範囲なら勝手にやって構わんわっ、巻き込むなと言うておる!」
「よいではないかよいではないかぁー! オルガさんいっつもチェインメイルにダサいサーコートなんだもーん!」
「はぁーなぁーせぇー!」
「やぁーでぇーすぅー!」
私見だが、ドワーフの怪力をするりと抜けるようになめらかな動きで抱き着くさまは、幼女に絡みつく大蛇というかそんな感じの趣があって大変よいと思います――そんなふうな感想が漏れてしまいそうなくらい、ツンツン頭はドワーフ娘にぴったりと抱き着く。
「ははは……ま、可愛い鎧は実在するさ」
「助けんか、コォー!」
「やだよ俺だって時々そいつ怖いんだもん」
稀に妄想炸裂で「とりあえずしっしょーには片思いって感じで」だとか「物語的には初恋の人とくっつかないでヒロインのほうに流れるのがオイシイんで」だとか口走るのだ。オイシイとかそういう感覚で恋愛対象を決めるあたりに空恐ろしいなにかを感じてしまうのは普通のことだろう。
こう、理解できない、という意味で。
「えと、士気向上を目的としたもの、だよ。いちお、ヨーロッパのほうに、人の顔っぽく作って、カイゼルヒゲっぽいのつけた、兜もあるし」
もっきゅもっきゅとほお袋を作る兎娘のとなりで、三つ編み少女が見識を披露する。
「いいなー、いいなー、欲しいなー……」
「ヒゲ兜?」
「可愛い鎧ですよぅ!」
「完全オーダーメイドだから、ちょっと、お値段つけられない、かなぁー……?」
彼女の鎧は名義的には私物ではなく神殿のものなので文字通り値段がつけられない。素材からして宗教的な儀式を執り行い聖別したとかそんなレベルなのだ、時代が時代なら下手すると祭器とか呼ばれていただろう。ドワーフ娘が殉教したら聖遺物か。
「この様子だとビキニアーマー的なのもありますかねぇー?」
「ねぇーよ」
「ないじゃろ」
「あったとしてそれは鎧としてどーなのよ?」
「ない、と、思うなぁー……」
「あるでござるよ?」
「「「「「あるのっ!?」」」」」
山羊のリブ肉をごくんと飲み込んで、兎娘が事もなげに答えた。
「里に伝わる伝統的な夜戦用の戦装束で、なんと男の士気が上がるでござるよ!」
なお彼女の氏族は女が戦うアマゾネス文化である。男が戦に出るなどあるはずがないので、まぁ、つまりはそういう用途である。
「お前の部族はほんっとそういうのに事欠かねぇーな!?」
「さすがの私もそれは着るのをためらいますねぇー……」
「結花とやら、勇者とは勇気ある者――つまり時には町をビキニアーマーで闊歩するのもまた勇気あるものだと思わんでござるか?」
「さすがにそうゆう勇気は持ってないです。てかドヤ顔で語らないでください」
「持ってるって言ったら瞳子友達やめてたわー」
「あははー、じょーだんうまいねぇー!」
「えっ、本気だけど?」
「えっ?」
ツンツン頭と日焼け娘がそんなふうに言い合っているのを傍目に、三つ編み少女は無言で席をずらし、兎娘から距離をとる。
「ところで、あの、お兄さん」
ついていけない会話というよりついていきたくない会話を思考の端においやって、少女は男に問いかける。
「こういうお仕事の、報酬とか、どうなるんですか?」
「…………聞きたい?」
逆に男は問い返す。
「あっ、はい、だいたいわかりました、いいです」
「察しのいい子は好きよ」
実はしかるべき筋に豚海豚の肉を卸せばそれなりにまとまった金になったりする。まぁ、彼女らの酒代で消えるようなレベルだが……まぁ、今回仕留めたのは兎娘だ。彼女の懐に収まってしまったので、男の収入は実際ゼロであった。
「あっ、しっしょーナンパとかよくないと思います! 真歩ちゃんばっかり優遇よくないです!」
「そーだそーだ、ロリコンは病気だよ兄ちゃん」
「ロリコンで思い出したのでござるが、最近は日本から輸入したスク水を下に着るスク水アーマーなるものが拙者の里で開発されて――――」
「兎の姉ちゃん、そーゆーのいいから黙って食べててくんない? 瞳子のごはんもあげるからさ」
「わかったでござる!」
「とりあえず息するみたいに俺をロリコンにするんじゃねぇー!」
「…………じゃがワシにデートしようだのゆうとったじゃろ?」
「オルガてめぇー!」
「なはは! 死なばもろともじゃぁー!」
ツンツン頭に後ろから抱きすくめられながら、自棄になったドワーフ娘が叫ぶ。
「みなのもの、よぉ聞けぃ! この男、あろうことか嫁にするならワシがよいとゆうておったぞぉ――――!」
言うや否や、がたりと立ち上がる私服姿のドワーフ数名――おそらくは、休暇中の警備兵さん。
「あ、ちょ、待って待っ――――俺は巨乳派だぁ!」
がんばれ男の子、ここはロリコンも羞恥刑で済む国だ――!
聖女様のヒミツその1「可愛い鎧」
士気向上のために可愛い鎧を着てくれるぞ!
平時は恥ずかしがってしまうところもまたよし!
聖女様のヒミツその2「死なばもろとも」
お前を殺してワシも死ぬ。
このセリフ、なんだかヤンデレっぽいですね?