#03 サムライウサギ
兎種フレミージャ氏族。
紅い瞳に茶色がかった体毛、長くぴんと立った兎耳。平均して百八十という大柄な体躯と強い縄張り意識を持つ戦闘民族であり、アマゾネス然とした文化様式――女が戦い狩りをし、男は村の外にはほとんど姿を現さない――を持っていた獣人族である。
「魔王軍サムライウォーリア抜刀隊、フレミージャ氏族、ミカヅキ。只今を持って部隊の指揮権を返上、並びに隊長殿の作戦指揮下へと戻らさせていただくでござる」
片膝をついてこうべを垂れ、兎娘は獣人語でもって、今なお変わらぬ男への忠誠を示した。
「ごくろう」
「は、お言葉ありがたくっ」
「あと、できれば帝国語で。俺、そんなにペラペラ、無理」
「御意に」
その場はレンガ造りで安っぽい絨毯が敷いてある安宿だが、それはまるで時代劇で見る侍のような情景だった。
「何喋ってるかわかんないですけど、なんかしっしょー、すごく大物って感じのオーラが出てます。カッコいいですねっ」
「てか、いがーい。兄ちゃんってヒラだと思ってた。顔的に」
「失礼だよぅ……」
「そも"異界渡り"の才能を持っておる時点で一般兵など、それこそ逆に才能が必要じゃろ。しかもこやつは相当な手練れじゃし」
「まぁー確かに。空気送ってる時点でなんだこいつ意味わかんないって感じですし……あれ、そうなるとこれはあれですか? テンプレでゆーなら物語の中盤で主人公に死んだと思わせておいてまさかの敵キャラ化、しかもなんか全身まっくろけな鎧着て顔隠れちゃってるけど視聴者には声でバレバレって感じで戦って主人公の強化フラグと引き換えに死んじゃうってポジになりません?」
どちらにせよ結局死ぬポジションである。
「…………この不穏当なことをのたまって隊長殿を貶めているような少女はいったい隊長殿の何でござろう?」
兎娘は縄張り意識が強い獣人族である。彼女はツンツン頭をじろりと睨んで、問うた。
「知らない子だな……」
「ほう」
「しっしょー!?」
「や、じごーじとくっしょ」
日焼け娘が飴を咥えながら答えた。
「冗談はさておいて」
「笑えないんでやめてくださいよぅ」
「エリザベスの雇ってる見習い」
「なんと姫様もいらっしゃるのでござるか!」
「元気にやってるよ、なぁ?」
ドワーフ娘に同意を求めると、
「ん? ワシぁよう知らんけど、メイドのほうならよう見るなぁ」
「なんと筆頭侍女様まで!」
紅い瞳が希望に満ちて、輝く。
「ならば今すぐにでもサムライウォーリア抜刀隊が再編できるでござるなっ!」
「ああ、うん。とりあえずその件はエリザベスのほうに投げるとして……」
面倒くさい話題にはならないよう、男は言葉を選ぶ。
「…………で、お前なんであんなところで吊るされてたの?」
「うぐぅ」
ピンと立った耳をへたらせ、たらりと汗を流す。
「せ、拙者実は隊長殿を探していたのでござる」
「うん、で?」
「それはもう必死に探してござる」
「うん、で?」
「それはもう大陸全土を徒歩で歩き回り、ついでにのんびりうまいものめぐりをしながら…………」
「うん、で?」
「…………気が付けば路銀が底をついてござる」
「仕事せぇーや! 誰だって紹介してもらえるだろうが」
冒険者の集まるような酒場に行けば、日雇いの仕事はそれなりに紹介してもらえる。別に彼らは仲介業をやっているわけではないが、そうやって「行けばとりあえず仕事がもらえる」というエサで顧客を確保しているのが冒険者の集まる酒場なのだ。
「ですが! 名誉ある抜刀隊隊長代理としてそんなことに身をやつすなど!」
「そんなんドブに捨てちまえ」
「そ――そもそも! 勝手に姫様と筆頭侍女様つれて出奔した隊長殿が悪いでござる! どうせ姫様と侍女様はべらせて爛れた生活していたんでござろう!?」
「アホか」
そんな事実はないと一蹴。
「てゆーか、出奔とか何があったんです?」
「別に?」
「三日三晩互角に戦ったあげく意気投合して朝帰りしちゃうような仲になったドワーフの聖女殿がなんか当時の国王を討つと息巻いていたのにほいほいついていっちゃったのでござる」
ざわり、と。波立つような波紋が広がる。
「ロリコ――――――ッ!?」
「まてぃ! ワシとこやつはそういう関係ではないっ!」
「あっ、兄ちゃん瞳子にあんま近づかないでね?」
「だから俺とこいつはそういう仲じゃ――――真歩ちゃん無言で下がらないで一番傷つくから!」
まるで男の周りに見えない壁のようなものが現れたかのように、三人娘は男からそっと距離をとった。
「てゆーかしっしょー、しっしょーってそんなアホみたいに強かったんですか? 昔は」
「昔は、ではなく今でも強いぞこやつは。ちぅか、こなれた今のほうがよっぽど強い。物理にめっぽう強くて、機動力高いから魔法ガンガン回避する、あげく射程がめちゃくちゃ長い、しかも武器まで壊してくるんじゃぞ?」
「あっ、それは確かに強いです」
「ってゆーことは……オルガさんもめちゃくちゃ強いの?」
「俺と相性最悪だよ、こいつは。ドワーフってだけで的ちっちゃいし、ドワーフの武術はめちゃくちゃ優秀だし、それだけも厄介なのに外敵ことごとく打ち破るって加護受けた奇跡使いだから、基本異界経由してる俺にとっちゃ弱点突かれるような感じだぞ?」
「あっ、それは確かにヤバいです」
「なっはっは」
ドワーフ娘は胸を張った。
「まぁ確かに、これで手足がもうちょい長かったらなぁ、とは思う」
「ワシも確かに、これでもう少し手足が短ければのぉ、とは思うな」
「やっぱりロリコンじゃないですかぁー!」
「だからロリコンじゃねぇ!」
「でも朝帰りしちゃうくらい仲良くしたんでしょ?」
「停戦交渉してただけだ、こんな奴と戦ってられっか」
「ワシはともかく周りへの被害が甚大じゃからな、こやつ放っとくと」
「でも朝帰りしちゃうくらい"仲良く"したんですよね?」
「…………お前は俺をロリコンにしたいのか」
「あはは、じょーだんですよぉー」
ぎろりと殺気立たれながら睨まれると、ツンツン頭は笑ってごまかした。
「で、話が逸れたけど。なんで俺を探してたんだ?」
「なんでもなにも、簡単な話にござる」
ふんすと鼻を鳴らして、
「あれは隊長殿が三日三晩戦い抜いた相手と朝帰りしちゃうくらい"お楽し"んでこられたあげく拙者に部隊の指揮権を預けて姫様と筆頭侍女様とドワーフの聖女殿で両手に花を通り越したハーレム形成してご出奔なされた後の話でござるが――」
三人娘から向けられた、冷たい視線が突き刺さる。
「お前は何か、俺に悪意でもあるのか」
「そんな、まさかっ!」
「しっしょー…………手、出しちゃったんです?」
「出してねぇーよ」
「ホントですか?」
「ほんとだよ」
「不能ですか?」
「不能じゃねぇーよ失礼な奴だな!?」
「でもでも、爆乳、ロリ、クーデレ。そんなにそろっててよく我慢できたなぁ、と」
「や、我慢も何も。こやつ娼館の常連じゃったし」
「「「「うわぁ……」」」」
「しょうがねぇーだろ男だもん! てかジェイダまでなんでどん引きしてんだよ!」
「ミカヅキでござる! 絶対にミカヅキでござる!」
「まぁー旅の仲間の体と金に手は出さなかったんじゃ。おかしな空気漂わせて旅するよりはよっぽど立派なもんじゃろ」
「え? ――――あ、うん、そうだな!」
「おいおぬし誰に手を出した! メイドか!?」
「いや待つでござるよ! 隊長殿は最低でもこれくらいの! 拙者クラスでなければと常々言っておられた男にござる!」
兎娘のたゆんと揺れる柔らかい水蜜桃が下から持ち上げられ、強調される。三人娘は思わず気圧され「うわぁ……」と呟いた。
「しかしながら筆頭侍女様は洗濯板! いや、ややもすれば洗濯板より凹凸の少ないまな板! まな板にござるよ!?」
「お前それちょっとあのクソメイドにチクるわ」
「お許しくだされ隊長殿拙者なんでもするでござるゆえ!」
「ん、いま何でもするって――」
「ややこしくすんな、結花っ」
「はぁーい」
ツンツン頭はちろりと舌を出した。
「……………………それで? お前はなんで俺を探していたんだ?」
気を取り直すように、ため息交じりに男は問うた。
「実は…………拙者、その…………現在ナウでホームがレスしたクラスにジョブをチェンジしてしまい申して………………」
言いづらそうに、しかし突然、
「拙者何でもするので助けてくだされ隊長どのぉおおおお!」
堰を切ったように縋り付いた。
○
日本刀の分類における太刀とは、刃渡りがおよそ三尺以上のものを指す。刃渡りが二尺五寸を超えるなら柄は八寸五分以上でないと扱いづらい。このため柄も合わせれば四尺に届くかといった長さとなる。これがいわゆる大太刀野太刀と呼ばれるものだが、これよりもはるかに長い柄を持つものは長巻と呼ばれる分類になる。
――さて。
「おなかいっぱい! 元気いっぱい! 夢いっぱい! エネルギー充填百二十パーセントにござる!」
石畳に鞘の先をずんと突き立てた、その異形なる武器ははたして野太刀か長巻か。
四尺超える刀身に、二尺に届かんばかりの柄があり、反り浅く、剣幅広く、まるで鉈か包丁か。それはおよそ戯画の中より飛び出したかのようで、三人娘はただただ威圧されるばかりであった。
「なんですか、あれ。ほんと、なんですか、あれ」
「…………冗談と悪乗りの産物」
外国人に「日本にはまだ忍者がいるんだぜ」的な悪乗りで、某狩りゲーで見るようなサイズのそれを教えてみたら、冗談みたいな太刀が仕上がった。重量にして八キロ以上はあるはずのそれを楽々振り回すんだから獣人族まじパネェという話である。
「マンガだってもーちょいおとなしいっしょー……」
「魔法の国はちょっと頭おかしいです」
「他人のことは言えんじゃろ、おぬしらも大概じゃし」
異世界のしかも神殿に神話で語られるような伝説の武器とか祀られちゃってるリアルファンタジーの国、日本の生まれの三人娘も確かに大概であった。
「隊長殿より受けた一宿一飯の恩義、拙者この剣に誓って絶対に返して見せるでござるよ」
「あー、うん。頼むわ」
一晩の宿代はともかく、夕食と夜食と朝食までねだり喰らった欠食兎娘に、男はどこか投げやり応じ、
「それじゃ、あの半分崩れた神像を壊すから……」
半ば砂に埋もれた、下半身しか残っていない神像を指さす。
「斬ればよいのでござるな!」
「砂運び」
「承知いたし――――………………はっ?」
「砂運び」
男は腰に巻いたベルトポーチから「それ四次元ナントカか?」とか「お前はゲームの住人か」と思わず口にしたくなるようなお手軽さで金属製のスコップを取り出した。
もちろん実際にベルトポーチの中に入っているわけではない、"異界渡り"の能力の基本の使い方で、自宅の押し入れに転送しているだけだ。
これは別にベルトポーチを経由しなくてもできることだ。しかし、宇宙飛行士が無重力に慣れすぎて地球に帰ってきたらペンやコップを地面に落としてしまうのと同じように、普段からこうやっておかないと散らかし癖がついてしまうから、それの予防である。
「見えなくても別に差し支えないけど、やっぱり見えたほうが効率はダンチだからな」
「えっ」
にっこり笑って兎娘から大太刀をひったくり、代わりにスコップを握らせた。それはアルミ製の、軽くて頑丈で、そこそこお高いやつであった。
「こっちは俺が預かっておこう」
「えっ」
するするとベルトポーチに入っていくそれをあっけにとられたような表情で見つめる。
「えっと…………拙者、一人で、ござるか?」
ふと、三人娘のほうを見やる。
「よーし、おぬしらは今日も勉強じゃあー」
非情にもドワーフがそう宣言した。
「宿題やですー!」
「なら砂運びかの?」
「宿題しまーす!」
「はいはい、シート敷くから石どけてー」
「わかったぁー!」
ツンツン頭は軽く手のひらを反して、いそいそと小石を片付ける作業へと移った。
「いや、あの…………た、隊長殿ぉ………………?」
男を見上げる兎娘の切なげな瞳は、
「抜刀隊なら土木作業はできて当たり前だよな」
すぐさま、絶望に染まった。
「拙者がんばったでござる、がんばったんでござる!」
全身砂まみれになって、兎娘は自身の扱いについて断固抗議した。
「これは何かご褒美をくださっても許されるレベルにござる!!」
一人でえんえんと砂運びである。男が神像を壊すたびに膨れ上がる砂を、どんどんあふれてくる砂をえんえんとどかし続けたのだ。何度心が折れそうになったか知れないくらいだ。
一宿一飯どころか一宿三飯の恩義を自身の剣にまでかけて返すと言ったくせに、報酬を要求するのは正当な権利だと主張して、兎娘は男よりも大柄な、百八十を超す長身で男の後ろをついてゆく。
「……ニンジンでいいか?」
うんざりしたふうに応じる。
「拙者ウサギではござらんっ!」
人間相手に「バナナでいいか?」とでも言うようなもんである。
「ですがニンジンはありがたく受け取るでござる。有機栽培がよいでござるな」
「あ、うん、そう」
バナナ好きの人間が「フィリピン産がいいなぁ」と言ってるようなもんである。
「しかし、しかしながらっ! ニンジンとご褒美はまったくの別物にござる!」
「ああ、そう……じゃぁ今度からミカヅキって呼んでやるよ」
「それはもうずっとずっと前のご褒美でござるよっ!?」
「あれ、そうだっけ…………?」
「そうでござるっ! それなのに隊長殿は拙者のことミカヅキって呼ばなくなって…………!」
「ああ、はいはい、ごめんごめん」
親にもらった名前をそんな簡単に捨てていいのかという言葉を飲み込む。逆ギレされたら余計に面倒だからだ。
「じゃ、何が欲しいんだ?」
「そうでござるな……まず暖かい家と食事でござろう?」
「うん」
「あと暮らしていくための職」
「うんうん」
ここまでは妥当であった。
「そして拙者そろそろいい年になってきてしまい申したので、そろそろ子供が欲しいでござる。男らしく気が優しくて戦士としての腕が立ち、拙者のことたくさん甘やかしてくれる系の男子のお嫁さんになってフルメンバーでサッカーの対抗試合ができるくらいの子供が欲しいでござる」
「なるほど」
春と多産と豊穣をつかさどる女神イオストラを信仰しているため、要求する子供の数がハンパない。そもそもフレミージャ氏族がアマゾネス然とした文化様式を持つに至った理由が、この神様信仰してるせいで性欲が強くなってしまい男がガリガリに痩せて戦えないとかいうアホな理由なのだから当然か。
なおこのせいで「ウサギ女のハニトラとかただの拷問ですやん」とかいう内容のことわざがかなりの数だけ存在していたりする。
「わかった」
「おおっ」
「――――ニンジン三本な」
「たいちょうどのぉおお!!」
彼女がのたまった妄言を半分以上聞き流して男が答えると、兎娘は絶叫じみた声を上げて抗議した。
「耳元で叫ぶな」
「ちぅか、あんまり叫んで崩落したらどうするんじゃ」
「そーですよー、私とかしっしょーだけならとりあえず上空に逃げられますけど」
「瞳子まだ死にたくないんですけどー?」
「えと、粉じん、吸い込んだら、危ないですよ?」
「なんかみんな冷たいでござる!」
兎娘の悲鳴を引きずりながら、六人の人影は地下神殿を後にする。
薄暗いそこから出ると、彼らの瞳に、ちょうど沈みかけた夕日が飛び込んでくる。
「わっ、まぶしーです!」
「まぁ"照明"あっても基本暗いとこいたからな」
そのうち目が慣れるさ、と。
「うぇええ、もうホコリで髪とかぐちゃぐちゃー」
「今日は余計にひどかったね。砂、運んでたからかなぁ?」
「なっはっは。ワシらはまだましじゃ」
一番汚れているのはあやつじゃ、と兎娘を指さす。確かに汗でドロドロ、髪はぐしゃぐしゃ。明るいところに出てきたせいで、それが余計に目立っている。
「うぅ……拙者、隊長殿に汚されたでござる…………」
「それ、違う意味に聞こえるからやめろよ」
数ある兎種に関することわざ的に、違う意味にはなかなかとられづらいというのは救いかもしれない。
「ま、とりあえずごくろうさんじゃ。あとはワシが神殿にこのことを報告すれば、仕事はこれでおしまいじゃから……一杯いっちゃう?」
にんまり笑ってジョッキをあおるしぐさ。
「もちろん」
「じゃ、いっちゃおうかの!」
「拙者もご相伴にあずかりたく!」
「てーか瞳子それよりお風呂はいりたーい!」
「しっしょー、この国温泉ないんですかー!」
「ないな」
「ないのぉ」
「えー! なんでー!?」
「えと、このあたり、火山ないから、かな?」
三つ編み少女が自身の見識を口にする。
この世界のドワーフは比較的涼しい火山ではない山の山頂に住んでいる種族である。だいいち火山の近くなんてよほどの理由がない限りは危なくて住めたものじゃないのだ。安全でかつ良質な鉄が掘れる山があればそこに集中するのは道理だろう。
「こっち、地震、少ないもん。たぶん、大陸プレートの境目とか、あんまり走ってないからだと思うんだけど、軍事機密? とかで調べられないし」
宇宙に人工衛星が打ち上げられて、インターネットで気軽に世界の各所を調べられるような世界ではないので、地図は軍事機密に値する。大陸プレートなどを調べようとすると、そもそも正確な地図を作らなければいけなくなるので、こちらではそういったものを調べることはできないのだ。
「日本はええのぉー、適当なとこ掘れば温泉が湧き出してくるんじゃろ? いや、さすがに地震は勘弁じゃが」
地震が少ないから地震が怖いというわけではない。怒り狂った地の精霊や、それと契約した精霊使いの引き起こす"地鳴り"なんてものが普通に存在する世界だからだ。むしろどこぞの誰かから攻撃を受けているのではと身構えてしまうくらいである。
「まぁー、温泉はあきらめるんじゃな」
「せめて温泉の素とかいれてほしーですっ!」
「ならんわっ!」
ドワーフの主神である鉄と炎の神には妹がいる。名をアルドヴィスーラ、潤いて強く汚れなき者と言い表され、幼い少女として描かれる水の女神である。彼女は鍛冶のさいに使う焼き入れの水などを守護すると言われており、戦士よりは職人が信仰する神だ。
もちろん人によるが、だいたいのドワーフたちは身を清めるために神から与えられた水に混ぜ物など言語道断、というスタンスを持っている。
だから天然の温泉とかドワーフたちにとってはすごくうらやましい話なのである。天然ものなら神からの恵みであるからだ。
「うぅー……今日もただ熱いだけのお風呂…………」
水の女神から与えられた清らかなる水を、鉄と炎を神の御力によって温めるのである。熱ければ熱いほどよく、肩までつかって百数えるのは当然とされてるのはまぁごく自然なことだろう。
「拙者、熱い風呂は好きでござる。肌を刺すようなあの熱が我らの闘争本能を刺激するようで……」
兎種的にはそれに「せいよく」というルビが振られる。
「それより酒じゃ、酒! やー、我らが鉄と炎の神の妹、水の女神が与えたもうた命の雫をキンキンに冷やしてじゃな、こー、火照った体にキューッと流し込まねば、ワシぁ国に帰った気がせんのじゃ!」
「わかるわぁー!」
「じゃろ? じゃろ!」
水の女神がいるだけに、ドワーフの酒はうまい。
そのうえ文化的にも元々戦士が多く、次いで職人が多い国であり、歴史的にも侵略者と戦い続けたために高い結束力を育てなければならなかった国なのである。いわゆる飲みニケーションが育ちやすい土壌にあって、酒が発達しない理由はないのだ。
「拙者も酒は好きでござるよ。へその下の腹の奥底からかっかと火照るあの感じがたまらなく……」
「しかし本当におぬしが人間なのが残念でならんなぁ。ほんと、これで手足が短ければ割と本気でおぬしとのことを考えるやもしれん」
「まぁーお前の手足が長かったら俺もわりと本気でお前とのこと考えてたと思うよ? 手足が長けりゃな」
「なっはっは」
「はっはっは」
「…………あの、拙者、さっきからさりげなく無視されてござらんか?」
「してないよ?」
「なにを言うておる?」
「そ、それならいいのでござるが…………――――っ?」
息の合った二人の返答に、なんか腑に落ちないといった表情を浮かべたのも数瞬、
「隊長殿」
異音をキャッチしたかのようにその大きな耳をピクリと動かして、先ほどまでのゆるい空気を吹き飛ばすくらいに真剣な表情を向ける。
「数は?」
「一匹、されど大きいようでござる」
「ふーん、こんなところにねぇー……?」
「まぁー管理しちょるゆうても、そこそこ広いからのぉ。どっかのバカが放したとも限らんし……」
「まぁそりゃそうだけど」
「逃がしたものでなければ、おおかた、ボス争いに負けて群れから追われた個体にござろう。子供だろうが、あれはすぐに大きくなるでござる」
歴戦の冒険者であり熟達した戦士である三人は、真面目な面持ちで話を進める。話についていけないのは新人である三人娘だ。
「なんです? なんか、襲ってくるんです?」
「猛獣? もしかしなくても、猛獣?」
「怖いの、やだよぅ……」
三つ編み少女が怯えたような顔表情を浮かべ、日焼け娘に縋り付く。ツンツン頭はリーダー格らしく堂々としているが、声はどこか震えていた。
「大丈夫にござるよ、この足音はただの――」
六人の中でもっとも耳の良い兎娘は、紅い瞳を細めて笑う。
「――陸海豚にござる」
その顔はまるで、狩猟本能を刺激された肉食獣のようであった。
侍兎のヒミツその1「じつはかしこい」
母国語である獣人語に加えて帝国語を操ることができ、そのうえ日本語の読み書きが完璧なトリリンガルである。
侍兎のヒミツその2「発情期」
獣人族にはだいたいある発情期だが、しかし兎種には発情期がない。
なぜなら常に発情しているようなもんだから、厳密に定義できないのである。
2015/04/27 不適切な表現と思われる単語を修正