#02 鉄と炎の国
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"異界渡り"の能力は別に異世界へと移動するだけの能力ではない。それは代表的な例として挙げられるものであるが、しかし本質ではない。
「よっと――」
像へ向かって、男は軽く手を掲げる。像は手のひらを向けられたとたん、像の表面からざぁーっと砂が湧き出す、いや、像が砂になっていく。
「うわぁ、なにあれキモい」
「キモいゆうな」
"異界渡り"の本領、それは空間掌握能力である。異界を介して、たとえばAからBに物体を移動させるのは言うに及ばず、物体Aの中に物体Bを転移させることで物体Aの結合を破壊する、といったことも可能だ。
応用すればどれほど強固な物体をも斬り裂くことのできる魔剣を作り出せるし、相手が生物ならそんな面倒なことをしなくても、頭の中に針の一本でも転送すればいい……まぁ、後者はあまりにもえげつないんで条約で禁止されているし、契約するさいにもそうした利用法については強く縛られている。
ただ"異界渡り"のこうした能力は工事などで非常に重宝されるため、"異界渡り"自体の数はさほど多くはないにも関わらず、こうした構造物の解体技術はわりと普及しているのが現状であった。
「なに送り込んでるんですか?」
「空気」
「空気!?」
当然、人によって感性は違うので向き不向きはあるが、"異界渡り"にとって空気のような「手でつかめないもの」を転送するのは苦手である。水のような、不定形だが手で触っている感覚があるものであれば話は別なのだが。
「慣れだなぁ」
しかし神官であるドワーフを知人に持つ男にとっては、こうした神像を壊す方法として何度も繰り返してきたことだ。ツンツン頭のほうは冗談めかして茶化したつもりだったが、ドワーフ娘が片手間と言ったのは本気だったのだ。
しかもコストはこの男の持久力のみである。動悸息切れが激しくなろうが、めまいがしようが、わき腹が痛くなろうが、彼女がこれを利用しない手はない。
「おぬしも今のうち習っておくんじゃな。ワシゃこやつよりも優れた解体業者を知らん」
業種の分類的には解体業者ではなく冒険者である。
「覚えてくれると俺がすごく楽」
なお彼がこれを行っている最中は、おおむねマラソンしているときと同じぐらいだけカロリーを消費するらしい。
もちろん男だって体を鍛えて長時間の能力行使に耐えられるようにはしているが、
「これ、でかいし」
いかんせん敵は大質量である。
リズムよく短く呼吸を繰り返し、声を荒げないようにしてできるだけ疲労を抑えようとしているが、しかしながらそれには限度というものがあるのだ。
「あっ、私まだそうゆう高度なことできないんで、見学してますねー」
「このやろう」
「だってしっしょー、説明がわかりづらいです」
なお"異界渡り"の能力は本人が本能的にというかなんとなくで使える能力なので、教えようがないというか擬音ばかりの説明がまかり通る世界である。男が少女に向けた初日のレッスンで「斜め四十五度で溜める感じ」の一言に集約されるくらいだ。
ツンツン頭から向けられた、いったい何を言っているんだ、という顔を男は一生忘れないだろう。
「というわけでがんばってくださいっ!」
「ではヒマじゃろうし、宿題でもせい」
「仕事くださいしっしょー!」
「じゃぁ手伝ってくれ、空気ぶちこんで砕くだけでいいから」
「弾けさせると崩落する可能性もあるでな、こやつみたいにざらざらっと砂っぽくせんといかんぞ?」
「おとなしく宿題しますっ!」
「このやろう!」
「ふぅー…………ふぅー…………!」
じっとりと浮かんだ汗をぬぐう。
「ダメだ、これ以上は俺の体力が持たない」
神像も半ばまで砂と化し、崩れたところで男はそう宣言する。
「おいおい、あと半分じゃろぉー」
「ばかっと砕くだけならもうちょっと楽なんだけどな!」
細かく大量に空気を送るから持久力も大量に消費してしまう。規模は大きくとも大雑把なほうがかえって楽なのだが、しかし神像が大きく崩れた衝撃で崩落してしまう可能性も考えると、こうして小さく削るしかないのが現状であった。
「まぁしようのないことか……ほれ」
自身のバックパックから一本の瓶を取り出す。それは魔法の世界お得意の水薬――ではなくて。
「これ苦手なんだよなぁ」
日本で普通に売っている、一本千円はするような栄養ドリンクであった。
「我慢せえ」
「へぇへぇ――――うげぇ…………!」
きゅるきゅるとふたを開けて飲み干すと、すぐに吐き出したくてたまらないと言った風に顔をしかめた。
「…………」
「なんだ、どうした?」
「いえ、ゲームとかだとやっぱり『やくそう』とか『きずぐすり』とか『スタミナポーション』とかそんな感じのがあるじゃないですか? 飲まないのかなぁー? って」
「なんだそのゲーム脳……」
「真歩ちゃぁーん!」
ゲーム脳だと揶揄されて、ツンツン頭は見識に強い三つ編み少女に助けを求めた。
「えと、なくはない、けど。お医者さんの処方箋が必要だよ?」
「いやなとこリアルっ!」
「ちなみに健康保険なんぞ利かないからな、当たり前だけど」
「しかも製法はその薬師一門しか知らん門外不出の技術らしいからのぉ。数も出回らんから、一本で三アーユもする高級品じゃ」
現在のレートで三万四千二百円也。
そして物価が安い≒国民の給金が安いという図式はこの世界にも当てはまる。三万四千二百円というのは酒場の給仕の月給のほぼ半分だ。
「高いですねっ!?」
「そらそうじゃろ。飲んだはしからパッと効くような劇物、どう考えたって原材料からして国から規制がかかるわ」
「しかも材料の一部はタバコとか麻の育成資格みたいなんが必要らしいからなぁー」
風のうわさ程度の信ぴょう性である。
「てーか、門外不出のレシピって中に何が入ってるかわかったもんじゃねぇー……」
「そんな正論聞きたくなかったです……!」
なお日本などでは販売されていない。成分内容がわかんないのに販売するような国はどこにもないのだ。まかり間違って常習性の強いものが入っていたら現代のアヘン戦争にまで発展しかねないし。
「ちぅわけで買うときは自己責任じゃな。一応帝国が販売の許可出しとるから、麻薬は入ってないじゃろ、麻薬は」
「そうだな、麻薬は入ってないだろうな」
「もぉやだぁー!」
ツンツン頭の悲鳴が上がる。
「まぁーそれはそれとしてじゃが……どうするよ? このまま酒場に戻るのもよいが」
入り口付近でキャンプするか――そんなつもりでそう口にした。
「あー、ならせっかくだし、ドワーフの国の観光ってのもいいよなぁ、久しぶりに」
「えぇー……?」
だが男はドワーフ娘にとって思いもよらないことを言い出した。
「ワシにとってはただの帰郷じゃろぉー……」
「観光! 観光したいですっ!」
泣いたカラスがなんとかかんとか、ツンツン頭は立ち直ったように片手を上げて発言。おずおずといったふうに三つ編み少女も小さく手を上げ、
「わ、私も観光がいいなぁ、って」
反対一、賛成二の状態となった。
「瞳子ちゃん、どーする?」
「瞳子も観光かなぁー?」
ぬぅ、とドワーフ娘が唸る。
「いちお、瞳子たち親に危ないことしてないってことでこっち来てるし。アリバイ作りってゆーか」
「あー、まぁー、そういう考えもあるか…………」
この中で唯一、地元に帰っただけになるドワーフ娘は悩ましく絞り出す。
「それに、ドワーフの歴史はとっても興味深いんですよっ!」
三つ編み少女が付け足す。
「興味深い?」
「はいっ」
本人からしてみれば「そうかのぉ?」といった具合である。
「真歩ちゃんだけじゃなくて、私もドワーフは大好きですっ! ほら、ドワーフと仲良くなったら伝説の剣的なものが手に入るかもと思うわけなんですよっ! 北欧神話とかでドヴェルグの作ったすごい剣とかありますしっ! アンドヴァリにイーヴァルディー、ミョルニルグングニルドラウプニール!」
興奮したようにツンツン頭は声を張り上げる。ただ、最初の二つはドワーフの名前だし、他の三つも槌に槍に腕輪と、どれひとつとっても剣は挙げられていなかった。
「そんなもん、ないわ」
「がーん!」
まぁ当然である。
「ちぅかドワーフじゃからと期待しすぎなんじゃ、おぬしらの世界は。やれ優れた剣を打て、七色に輝く首飾りを作れ……ワシが神官と聞いたら『神殿に安置されてる伝説の武器ってどんなのですか?』とか、アホか。おぬしらの国だって神殿とかにそんなもんなかろ?」
「あるよ?」
「ありますよ?」
「あるねぇー……」
「ありましたっ!」
「きさまらのせいかっ!」
日本は現代に残る数少ないファンタジー世界である。
「ドワーフの歴史は侵略者との戦いの歴史、鉄と炎の歴史じゃ」
ドワーフの国は山岳地帯にあり、日本人のイメージとは裏腹に比較的涼しい土地柄である。本来は木々の生い茂った美しい山であったが、当時の事情から鍛冶冶金のために大量の木炭を確保するため伐採が行われ続け、現在では禿山と化している。
ふもとの森はその名残で、現在は神殿が管理運営している自然保護区だ。
「ワシらは見ての通り矮躯じゃからの。ぶっちゃけワシでさえ、他種族見るまではすらりとしたモデル体型と言われていたくらいで……」
そう自慢する彼女の身長は百三十もない。これで大人であるなら妖精とでも言われたほうがしっくりくるくらいで、事実、過去の侵略者たちはドワーフを珍しい生き物として時の権力者に献上するために襲ったという歴史もある。
「まぁー、そのせいで大昔は女子供しかおらんと言われておったらしくてな。昔のドワーフが女だろうとヒゲを生やしていたのは、ま、ナメられんようにじゃな」
女子供しかいないのだから、攻めるに易かろう――大昔の侵略者のほとんどは、そう考えていたと言われている。
ゆえにドワーフは女であろうとヒゲを生やして、女ではない、子供ではないとアピールしてきたのだ。今では異文化交流のし過ぎでシュっとした可愛らしい女の子がモテるみたいな風潮だが、男はいつまでもヒゲにこだわる。頭がハゲ散らかして気にしないが、ヒゲがハゲ散らかしたら非常に気にするのが彼らである。
「あれ、じゃぁ今は剃ってるんですか?」
「いや女にヒゲ生えてきたら気持ち悪いじゃろ……」
「え、えぇぇええ……?」
あれ、女もヒゲを生やしてたって言ってましたよねしっしょー? と困惑顔でツンツン頭が男を見やる。
「男性ホルモン注射すりゃ生えるかもな」
「そんな生理的な正論は聞きたくなかったですよっ!?」
そらそうだ。
「まぁ女は付けヒゲじゃな。こう、自分のを切って……」
ドワーフ娘は自身の髪を指で作ったはさみで切るしぐさをしたのち、鼻の下に持ってくる。肩に届くかといったくらいの長さだからか、それはちょびヒゲのようにも見えた。
「ドワーフ製のカツラとか、すごく有名なんだって。すごく自然だって。私のパパも使ってるよ? 職場でもまだバレたことないって」
「お、おう……」
三つ編み少女が非情なことを口にして、日焼け娘は不憫そうな顔をしながらためらいがちに生返事を返した。
「あれですね、トールの奥さんが持ってた、本当の髪みたいに伸びる純金の髪、ってやつですね。なるほどなぁー」
北欧神話にもカツラはあったのだ。
「まぁカツラの髪が伸びる伸びないはさておき…………ほぅれ、見えてきたぞ?」
身の丈はある大戦斧を担いでおきながら呼吸の一つも乱さないドワーフ娘は、遠くに見える巨大な神像が飾られた城砦を指さした。
「あれが鉄と炎の神エーニュアリオスが守りしドワーフの国。ワシの生まれ故郷、鉄と炎の神を信仰する神殿の総本山じゃ」
ドワーフの国は侵略者と戦い、これを撃退し続けた歴史を持つ。彼らの信奉する主神は鉄と炎の神エーニュアリオス。魔を払い外敵を打ち破る軍神の側面を持つ猛き神であり、小ぶりな体躯とは対照的に、かなり肉厚な鉄の鎧を着こみ巨大な斧や槌を手に持った姿で描かれ、二頭の猛牛に牽かれた戦車を駆って常に先陣を切るとされている。
その巨大な武器は矮躯であったドワーフが、他種族に畏怖されるような比類なき戦士となりたいという願望の表れだ。だからこそドワーフたちは、見るからに凶悪な、他の神話では野蛮な武器とさえ言われるような斧や槌を操るようになった。
ドワーフたちの守護神でもあるので、ドワーフたちの城門にはよくエーニュアリオスの神像が配置されている。ここは宗教の総本山でもあるので、普通よりもかなり巨大なものだが。
「これがエーニュアリオス様じゃ」
「はぁー、おっきぃですねぇー……」
「しまった、スマホの充電切れてる!」
「私いけるよ、並んで――」
ツンツン頭と日焼け娘が慌てて神像に駆け寄る。
「俺が撮るから一緒に並びな?」
「あっ、ありがとうございます」
白無地のスマホを男に渡して、三つ編み少女もパタパタとかけていく。
「――――いちたすいちはー?」
「「「にー!」」」
「残念"古い"だ」
「「「えっ!?」」」
笑顔にするための男の渾身のギャグが、三人娘にはまったく伝わらない。意味が分からないといった表情をとった瞬間が、カシャリと人工的なシャッター音で切り取られた。
城門を守る、身長の倍はあろうハルバードを持ったドワーフの警備兵の近くで、その仲間たちが待機している簡易なつくりをした平屋の管理事務室でパスポートなどを見せる簡易な入国審査を済ませ、五人は城門を潜り抜ける。
「――――おおーっ…………おおぅ?」
ツンツン頭が歓喜の声を上げて、しかしだんだんと疑問の声に変わり、そして首をかしげる。
「しっしょー! 岩をくりぬいたみたいな家がありませんっ!」
「んなもん、ねーよ」
「がーん!」
「でも、このあたり、わりと古いレンガで…………昔の家、今も使ってるのかな?」
「じゃな」
ドワーフ娘は肯定する。
「城址都市ちぅか、そういうやつじゃ。まぁ観光資源になりそうな堀とか城壁は一部を残して壊してな。あとは、ま、人口も増えとるし、今もまだ拡張しとるちぅ話じゃが……まぁ観光なら中央部のほうがよかろ、当時の城は一応旅行者向けに開放しとるはずじゃ」
「ひとり三エーグするんだっけ」
「の、はずじゃな。値上げしてなければ」
「しっしょー、奢ってくださいっ!」
「兄ちゃん奢ってぇー?」
「えと、あの、私は自分で出します……」
「真歩ちゃん以外は自分の財布から出せ」
「差別だよしっしょーっ!」
「ロリコンおっぱいせいじーん!」
「うるせぇ黙れ」
なおこの国の八割以上はドワーフで、残り二割は観光客や受け入れられた魔導の国の獣人だ。人口のほとんどが合法ロリというそれ系の人間にはたまらない天国である。
なので、
「…………」
そっちの趣味の人はちょっと警戒される。具体的には、でっかいハルバードを持った警備兵がじぃーっと睨みつけてくるのだ。
「ほら目ぇつけられちゃった!」
「まぁ余計なコトせんかったら大丈夫じゃろ。ワシを部屋に連れ込みいかがわしいことをするとかな?」
「しねぇよ」
「なっはっは。信頼しとるぞー」
ひとしきり笑って、
「さて、メシにでもするかっ!」
「ドワーフ料理ってどんなのが有名ですかね?」
「なんでもうまいぞ? ただし牛肉以外じゃな!」
彼らは主食としてイモ類――昔はサトイモの近縁種であったが、近年では寒冷地での栽培に適した品種のジャガイモ――や、山羊の肉や乳の加工品が多い。また牛は神獣ということで口に入れることが禁じられている。
「しっしょー、どんなのオススメですかね?」
「まぁたいていのものはうまいな。味、濃いけど」
鍛冶冶金が盛んであったためか、ドワーフ料理は非常に肉体労働者向け――脂っこいというか、ボリューミーな料理が多いのだ。
「あと、だいたいの料理に牛乳が使われてる」
牛肉は禁忌ではあるものの、しかし一方で牛乳は神獣からの恵みとされている。これを飲むと神獣の力を授かる、加護があると広く信じられているのだ。
「げぇー、瞳子牛乳きらーい」
「勝負強くなれんぞ?」
ドワーフたちは戦場へ赴く際、牛乳を好んで口にしていたという。
「とりあえず……ヤギのラム肉に牛乳で作ったソースかけたやつが一番ポピュラーってか、ドワーフ料理を代表する家庭料理だな」
「ワシもそれは得意じゃ」
「店ごとに微妙に味が違うんだけど……あそこまだ残ってっかなぁー」
「馴染みの店ってやつですねしっしょー! やっぱり冒険者っていったら馴染みの店で焼肉エールできゅっと一杯がデフォですもんね!」
「……言っとくけど、酒は飲まさせないぞ?」
「でも生水怖いですよ?」
「大丈夫、お前らに飲ませるのは牛乳茶だから」
「瞳子、コーラがいーなー?」
「蜂蜜酒が飲んでみたいでーす!」
「ちゃ、チャイでいいです」
「真歩ちゃんにだけ奢ってやろう」
「「オーボーだぁー!」」
「うるせぇ、そう思うならちったぁ慎みを持てや」
ドワーフ料理の基本である牛乳を使ったソースの味は、かなりホワイトソースに近い。その基本のソースに様々な手を加えるのがドワーフ流の家庭料理だ。男の気に入っているその店はそのドワーフの家庭料理を出す大衆食堂であり、ここではソースに二種のチーズを溶かしこんでいるので非常にコクが強い。
「さすがに毎食これだと口飽きするけど、たまに懐かしくなるんだよなぁー」
「わかるっ!」
労働者向けの濃い味を、さらに強いコクで強調しているのだから毎食食べるようなものではない。お祝い事で食べる家庭の特別料理、そんな料理だ。
「あそこのおばちゃんかなりいい年してるからなぁ、死んでないといいんだけど」
「そう簡単に死なんと思うがの」
そう言い合いながら城門跡前からまっすぐ伸びる目抜き通りを、中央遠くに見える巨大な灰色の城めがけて突き進む。背の低いドワーフたちに合わせられた町並みだからか、すべてがすべて小さな家屋だ。だが入り口が大きく作られているのは、それぞれが巨大な武器を持って飛び出すためなのだろう。
その文化様式を興味深そうに見る三つ編み少女は、なるほどまるでおのぼりさんだ。それとなく警戒してくれているドワーフ娘が、ほっこりとはにかんだ。
「えーっと……戦車通りを駆け抜けて、お城の見えるその前の、十字路右に入ったら、っと…………げっ」
数え歌のような独特のリズムを口ずさんで先頭を行く男があげたのは、嫌なものを見たという驚愕の声。
「どうした、まさか店が潰れていると――――げぇ」
その隣、ドワーフ娘もカエルの潰れたような声を上げた。
「? どーかしたんです?」
ツンツン頭が先頭の男の袖を引きながら質問し、
「どれどれ……?」
日焼け娘はその肩越しに覗き込むようにして視線の先を確認し、
「…………あー」
見識に優れた三つ編み少女がまるで納得したかのような声を上げた。
「頭にリボンみたいな長い耳、赤い目、茶色い体毛、おっきい体と……間違いないです」
獣人族兎種フレミージャ氏族――通称、首狩り兎。
「ふっふっふ……!」
それが店の軒先で、気が強そうに吊り上がった瞳を伏せて、不敵な笑い声を上げている。
「――――見つけたでござる!」
キリッ、という音さえ響きそうなキメ顔。
「ござるっ!?」
「しかも日本語っ!」
「あいつ日本かぶれなんだよ」
訳知り顔で、しかしいやそうな顔をして男は眉根を寄せる。
「日本にいまだ忍者がいるって思い込んでるんだぜ?」
「あー」
「よくある勘違いだねー」
「いないのにね」
しかしゲニンとかニンジャファイターとかマスターニンジャとかそういう職業は実在するのがこの世界である。
そら勘違いもするわけだ。
「でぇー、えーっと…………どこのどちら様です?」
「元魔王軍サムライウォーリア抜刀隊」
「フレミージャ氏族、戦士ミカヅキにござる」
「ジェイダだよ」
「ミカヅキでござる! 絶対にミカヅキでござる!! そんなありきたりな名前は捨てたでござるっ! 絶対にミカヅキがいいでござるぅ!!」
男の紹介を引き継ぐようにして自己紹介。間髪入れず訂正されて、兎娘は駄々っ子のようにその体を大きく揺らした。
「はー、魔王軍ですかー」
ファンタジーに傾倒しているとはいえ、ツンツン頭もそれなりに常識は備えている。いちいち二次と三次を混同はしないのだ。
まぁ、その代償のごとくまれによくある頻度で妄想を垂れ流すが。
「てーか、瞳子思うんだけどさ」
ポケットから棒付きの飴を取り出して、しかしこれからご飯だったなぁと思い出してそれをしまいなおす。
「とりあえずなんでぐるぐる巻きにされてんの? なんで吊るされてんの? この姉ちゃん」
そう、吊るされている。
軒先に。
ミノムシのように。
「助けてくだされー! 隊長殿ぉー!」
「たいちょー?」
兎娘の悲壮な叫びに、ツンツン頭はその内容に首をかしげた。
「おい、コー、見てみぃ――――こやつ食い逃げじゃ!」
「え、マジで? ――――おおうマジかよ! ばっかでー!」
「なはは! ばっかじゃなー!」
「うわぁああああん!」
首から下げられたドワーフ語のプレートには、「この者、この店での食い逃げの罪により刑罰執行中」という文章が踊っている。
これは羞恥刑という刑罰の一種だ。地球世界ではアメリカの一部の州で行われており、公共の場で自らの犯罪を告白するプラカードを掲げるなど犯罪者に恥をかかせることを目的とした刑罰である。
犯罪抑止に役立つという意見もあれば、人権の問題などもあって反対意見もある刑罰である。が、この国ではわりと公然とやられている。外敵を打ち破るという権能を持った軍神を祀っているようなドワーフの国で、しかもその総本山で、罪を犯した外人がこうやって吊るされるだけで済んでいるのだ。罰則としてはかなり優しいほうだろう。
「やー、でもよかったの。一応、生活は保障されとるではないか」
「マズい飯だけどな」
地球世界のは最近は美味いらしいが、こちらの世界ではそうでもない。なぜなら刑務所の料理が美味かったらそれが目当てで再犯する浮浪者が出るからだ。人権団体がどうのこうのわめくこともあるが、その時は「良薬は口に苦し」だとか「体に良い粗食だからまずいんだ」という言い訳で通している。
「くぅ……せっかく隊長殿を見つけたというのに……この身が情けない……!」
今にも「くっ、殺せ」とか言い出しそうな雰囲気である。
「さて、ひと笑いしたし、飯にすっかー」
「「「はーい」」」
「あっ、待って! 待って!? 隊長殿!! たいちょ――――たいちょぉおおどのぉおおおお!」
がんばれ兎娘。君の刑期は、あと半日だ――!
"異界渡り"のチート能力その1「武器防具破壊」
コーくんにはぜひぜひ女騎士の鎧を剥いでもらいたいと思う反面、鎧脱がしたらそれは女騎士じゃなくてただの女だろう! とも思う。