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魔神少女結花ちゃんっ!  作者: 神楽風月
「ドワーフの国を探検ですっ!」 - 魔神少女Lv.2
5/17

#01 魔神少女と地下神殿

予定より遅くなったことをお詫び申し上げます。

 神を信じ神に認められることで人は奇跡を神に願うことを許され、そして神はその者のために奇跡を起こす。その奇跡の大きさや強さは個人の魔力の強さではなく、神が人々にどれだけ信仰されているかによる。

 ゆえに奇跡使いは優れた宣教師である場合が多く、またその神を崇める教会に聖者として登録されたものも多い。ゆえに彼らは神の教えに生き、教えを広め、教えに殉じてゆく日々を過ごすのだ。

 ――まぁ、それはそれとして。

 信仰を集めた神が力を得て聖者に力を貸す、ないしは奇跡を起こすということが現実的にあり得る場合、宗教というのはしばしば特殊な状況を発生させる。



 酒場の騒がしい喧噪のなかでも、のんびり一人酒をするものはそれなりにいる。むしろその喧噪を肴にして一杯ひっかけるのが好きなものがそうしたスタイルをとって呑んでいるといったほうが正しいかもしれない。

「ちぃとばかし手を貸してほしいんじゃが」

 男もその一人だったが、それは両手になみなみとエールが注がれたジョッキを持って近づいてきたドワーフ娘によって終わりを告げる。

「冒険するなら喜んでっ!」

「ぬしではないわ。ほれ、おとなしく仕事にもどらんか、しっしっ」

「ちぇー」

 ほんの数か月前にある魔神使いの秘術によって勇者(ブレイバー)という職業(クラス)に当てはめられ、この世界に冒険目当てでやって来てるけどなんやかんやで給仕(ウェイトレス)のアルバイトしかさせてもらえないツンツン頭がしゃしゃり出てきたのを、ドワーフの娘はすげない言葉で追い払った。

「……手ぇ貸せって、改めてそう言ってくるってこたぁ、なんぞ面倒なことでも頼まれたのか?」

 男はドワーフ娘から突き出されたジョッキを受け取って、それに応じた。

「んー、まぁ、なんじゃ。私事(わしゃくしごと)じゃな」

 "た"の発音があやしいドワーフ訛りでそう言いながら、渋い顔をする。

「どうもワシの名前の登録されちょる教会の近くっちゅーか、管轄でなぁ、ちぃと厄介なもんが見つかったようでな?」

「オルガん名前があるトコって……わりと多くね?」

「ああ、すまん。ワシの実家近く」

「おしゃべり火山のそのまた向こうじゃねぇーか」

 地理的には非常に遠い場所にある、ドワーフ語から帝国語に翻訳するさいの誤訳がそのまま通称になってしまっただけで実際はもっとまともな名前の火山の向こう、そこに彼女の生まれた鉄と炎の神を崇めるドワーフの国が存在する。

「そこのふもとの森のトコに」

「そのまたさらに向こうじゃねぇーか!」

「なんと地下神殿が見つかってじゃな」

「しかも地下神殿かよっ!!」

 下手をすると崩落で生き埋めになってしまう可能性すらあるためか、男は嫌そうに声を荒げた。

「え、なに、アンデッド退治? だったら専門はあっちで呑んでるマックスだろぉー」

「いや、神殿とはゆうても墓地ではないからな? ワシはまだ見とらんから知らんが、もとは地上にあったもんらしい」

 信仰にもよるが、地下に共同墓所がある神殿は特に珍しくはない。が、それではないとドワーフの娘は首を振って応じた。

「装飾的にどーもかなり古いやつで、なんちゅーか、邪神の像がある可能性が高いとかなんとか」

「そんなんもうとっくにどうにかなっててもおかしかねぇーだろ。元が地上にあったんだったらなおさら……いやまぁ稀に奇跡だなんだでがっつり形残してるところあるけどさぁ」

「じゃから、確認してくれっちぅ話じゃ……な? 厄介じゃろ?」

 言って、吐き出しそうになる苦い感情を自分の顔ほどもあるジョッキになみなみと注がれた苦いエールでもって胃の腑に流し込む。

「――――ぶはぁー!」

 おやじ臭いしぐさで、一気にあおったエールの後味を堪能するかのように大きくため息をついた。

「オルガ、ヒゲ」

「おっとっとっ」

 異文化交流の産物か、ドワーフといえば女であろうとヒゲにだんご鼻であったのはもはや大昔のこと。笹簿耳というにはいささか幅広の、ドワーフ特有の大きくとがった耳がなければ人間の女児に見える姿で白いひげを拭うさまは奇妙な滑稽さがあるが、男にとってはもはや見慣れたものであった。

「まぁーなんじゃ、そんなわけで男手が欲しいんじゃよ。ともすれば邪神の像が見つかるやもしれん」

 ここでいう邪神とは、世間一般でいう災いをもたらす邪悪な神のことでもあるが、これに加えて終末思想や破滅願望が強く出ている宗教の神も指す。

 別段特定の宗教を貶めるつもりはないが、たとえば終末史を持つキリスト教はそのままこの世界では邪神と呼ばれる。たとえその目的が世の救済であったとしてもだ。

 こうした神が力を持つと非常に厄介なことに世界を滅ぼしてしまう。洗礼された者――信者以外は皆殺しということなど普通であるかのように滅ぼしてくる。これを国単位でやらかそうとしたのが魔導の国の王であり、現在では魔王と呼ばれているものだ。

 そのため終末思想を持つ宗教はほとんどの国が参加し締結した条約によって禁じられており、場合によってはこれを壊滅させるべく軍が動くこともある。いわゆる魔女狩りにも似た活動が、国の主導でもって今もなお行われる可能性があるのだ。

 現在ではこうした遺跡などで邪神の像が見つかると、

「徹底して壊さねばならんでな」

「ほんとめんどくせぇ依頼(はなし)だな」

 信仰対象にされないようにするため、とにかく跡形もなく壊すのが通例となっている。

「なぁなぁ兄ちゃん、どうせ壊すんなら瞳子(とーこ)も連れてってよ。美術品とか金目の物とか、壊しちゃうんだったら貰っちゃってもいーでしょ?」

 日焼け娘から日焼け盗賊娘(シーフ)に転職した、小遣い稼ぎに同級生のツンツン頭の勇者様(ブレイバー)についてきたけどいつの間にか給仕(ウェイトレス)やらされてて、でも十分稼げるからいーかな、なんて思い始めている銭ゲバが割って入ってくる。

「ダメ、もれなく壊す」

「金の像とか」

「そういうのは砕いたあと溶かして別な用途に使うから。たとえば無人の土地なら国の物になるよ」

「ちぇ、そうなんだ」

「ちゅーか仕事せい、仕事。いちいちワシらの話に割って入るな、しっしっ」

「いーじゃん? 瞳子(とーこ)もーちょい稼ぎたいんだ。うち、ビンボなのよ」

 媚びたような声で、男のほうにねだる。

 当てはめられた職業(クラス)のひとつに武芸者(ソードダンサー)があるせいか、装備制限的にオリエンタルな薄着の動きやすそうというか動いたらズレて脱げたり見えたりしちゃわない? といった服装なのだから、その筋の人にはたまらなかっただろう。

「まずBになってから出直してくるんだな」

 しかしおっぱい星人から平たい胸族に向けられたのは、辛辣な一言であった。

「あれ、兄ちゃん確か、最近太ももにも目覚めたんちがうっけ?」

「うーん、もうちょっと肉付きがよくないとなぁ……てかどこで聞いた?」

「みんなで話してるじゃん。てか瞳子(とーこ)、けっこー下半身がおデブなんだけどなぁ……」

 下半身のラインをほとんど隠してしまうサルエルパンツの布を絞って、少女は足のラインをあらわにした。

「んー……八十点」

「おしいっ」

「いいから仕事にもどらんかっ!」

「はぁーい」

「お前も子供の太ももに八十も点をつけるでないっ!」

「へーい」

 追い返される日焼け娘に背を向けて、男はドワーフ娘から渡されたエールをあおった。

「――えと、手羽先の素揚げ、おまちです」

 まるで入れ替わるように三人娘最後の一人、三つ編み眼鏡の少女が大きな手羽先が三つ乗った皿を持ってやってきた。

「ん? 俺ぁ頼んでないよ?」

「ワシも頼んどらんぞ?」

「あ、はい。あっちのテーブルの方が」

 三つ編み少女が指さしたのは、口の端を吊り上げてニヒルに笑う小太りというには大きすぎて関取というには小さすぎる小結でも言うべき体をした成年――死霊使いであった。

「それでですねっ、えと、そういうところって、古代魔法(ハイ・エンシェント)の文献とかって残ってないですかねっ?」

 おそらくそれが聞きたかったのだろうが、真面目に仕事をするあまり近づけなかったらしい。そこへ死霊使いが足を運べるよう気を回したようだ。

「……あやつにソーセージの盛り合わせを」

「ソースはヨーグルトでな」

「あっ、はい」

 なお死霊使いはヨーグルトソースが苦手である。

「それと、真面目にやっとるおぬしへのご褒美に教えてやるが――」

「自分の価値下げるもんを保存なんてしてるわけないだろ?」

「――ちぅわけじゃな?」

「あ、はい、なるほどです」

 合点したと少女は頭を下げてパタパタと厨房へと駆け出していく。それを見送ってすぐ、ドワーフ娘はいいところをかっさらっていった男を恨めしそうに睨んだ。

「っかー、エールがうめぇ」

 とぼけたようにあおって、そう口にする。

「……で、じゃ。引き受けてくれんかの?」

 いまだ責めるような瞳は継続したまま、問うた。

「まぁ、最近あの三人娘のせいで迷惑かけてるし。いいぞ? 引き受けても」

 "異界渡り"というやや特殊な技能を持つ者として、同じ能力を持つ勇者(ブレイバー)のツンツン頭が「しっしょー!」だの「やっぱり師匠とのロマンスって必要ですよね」だの「ポイントは昔の女を吹っ切れていない師匠に片思いししてるけど結局果たされなくて本命さんとくっついちゃう的な展開で……」などとわけのわからないことをほざきながら後をついてこようとするせいで、彼は最近、まともに依頼を受けていないのだ。

「おぬしならそう言ってくれると思っとったわ。金欠じゃろうしな!」

「え? あ、うん」

「なんじゃ歯切れの悪い……」

 まぁその三人娘を雇っている魔神使いのお嬢様が「うちのが迷惑かけておりますわっ!」と実に満面の笑顔でいろいろ支援してくれるわけで、

「まぁいろいろあるんだ」

 まるで実質的に新生魔王軍に加入させられているようで、あれなんかこれあいつの策略なんじゃねぇ? とも思いつつも普段生活する分にはとくに問題のない状況であった。

「まぁワシには関係のなさそうなことじゃしどうでもよいが、いや、よかったよかった。これでようやく一人確保できたわ」

「…………んん?」

 聞き逃せない一言に唸り声を上げた。

「いつもの二人はどうした」

 男は問う。

「あやつら面倒じゃと断りよった!」

 ドワーフ娘はそれにそう答えた。

「あやつら面倒じゃと断りよった!!」

 二度重ねる。

「ちぅわけでワシとおぬしの二人だけじゃな、今回は」

「おいちょっと待て」

「なんじゃ?」

「二人で何をするんだ」

「地下神殿ぶち壊しにいくに決まっておろう。それとも何か、おぬし邪教とはいえ神聖な神殿で畑耕して種蒔き(エロいこと)するわけでもなかろ?」

「これがほんとの()作人ってかやかましいわ」

「まぁもーちょい手足が短けりゃワシとしては構わんが」

「お前がもーちょい手足が長けりゃ俺としても構わんが」

「おぬし巨乳好きではなかったか?」

「恋人にしたいタイプと嫁にしたいタイプは違うだろ。一緒になるならお前が一番だわ。手足短いけど」

「ほほう、そう思われとるんなら悪い気はせんなぁー、まぁ手足は長いが――――おおい、こっちに手羽の素揚げ追加じゃー」

「――――へぇーい」

 酒がまわり始めてきたところで褒められたせいか、気を良くしたドワーフ娘が大声で追加注文をする。それに日焼け娘が返事を返した。

「で、えーっと、どこまで話したか…………えー、あー、そうだ。お前、場合によっちゃ石でできてる邪神像とかなんかをぶち壊すって重労働させる気なの?」

「時によっては鉄じゃなぁー」

「そのまま埋めちまえ」

「壊さんといかんじゃろ」

「発破せぇや」

「手ずから壊したほうがいろいろ安上がりなんじゃよ……」

 発破するにも、それが大規模になることが想定されれば非常にややこしい手続きが必要だ。まぁ魔法使いなんてものは気軽に爆弾が作れる危険人物なんだから国が厳重に管理するのは当然である。

 せっかく条約があるんだから国がやればいいじゃんともいうが、しかしながら軍隊に相当する騎士団の人数は多いというわけでもなく、そして警察機構と一体化しているので下手な数が動くと国の治安が悪くなる。結局自分たちのところに仕事が回ってくるので無意味なのだ。

 そして面倒なことにドワーフ娘にとってこれは一種のボランティアだ。神殿に名前が登録された聖人なんだし、管轄内の出来事は神からの試練だと思ってくださいね、的なノリでこんなことを頼まれることなんて割とよくあることなのだ。

「しかしまぁ、おぬしがいれば百人力じゃ! その身に宿りし異界の力、存分にふるうがいい!」

「てめぇこのやろう」

「人手が欲しいなら私も行きますよしっしょー!」

「いいからおぬしは仕事せぇ、しっしっ」

 しつこいツンツン頭を、ドワーフ娘は手を振って追い払った。



    ○



 電池式のLEDランタンに照らされた石造りの遺跡――地下神殿の中を五名の人影が、足元に注意しながら慎重に進んでいく。

「冒険者っていったらやっぱり遺跡ですよねっ、しっしょー!」

「誰が、しっしょー、だ」

「あまり騒ぐな。音が響いて耳が痛くなるし、振動で崩落するやもしれんぞ」

「そーだよ、瞳子(とーこ)まだ死にたくないし」

「かび臭いよぅ……」

「そら長年地下にあったらカビの一つも生えるわな」

「体に悪そですねー」

「だから着いてくんなって言ったんだよ」

「危険を恐れて冒険はできないと思いますっ」

瞳子(とーこ)思うんだけど、リスクも背負わず一攫千金は無理じゃね?」

「えと、二人に押し切られて……」

「あんまり喋るでない。肺に粉じんが入ると危険じゃぞ?」

「「「はーい」」」

 猫の首には鈴をつけろと言うが、しかしながらそれが失敗するとこうなる。



 "異界渡り"というのは条件さえそろえば割とホイホイ異世界へと移動できる存在である。これを利用すると、屋外で自分のプライベート空間と接続して重たいバックパックいらず、野営準備いらずなどといったチート旅行術が可能になる。

 "異界渡り"は徒歩と馬とドラゴンと空飛ぶほうきぐらいしか移動手段のないこの世界において常に「一緒に旅行したい人ランキング」のトップを飾り、あんまり飾りすぎて殿堂入りしてしまった存在である。

 それはそれとして、これを悪用するとひどいことができる。

 たとえば自分の存在を異界に収め、気配も魔力も存在感すら消し去って対象を追跡するといった方法だ。これはとあるサムライウォーリアの男がよく使う手で、このため"異界渡り"は「こいつ絶対にストーカーだろランキング」の不名誉な一位を常にかっさらい、あまりにもかっさらいすぎて殿堂入りしてしまった存在である。

「というわけで今後はお前に投票するわ」

「やめてくださいよっ!?」

「てか、どこの雑誌ー?」

「いつもの酒場の、悪乗りの産物」

「トトカルチョやるなら瞳子(とーこ)も一枚噛んでみたいー」

「賭け事は犯罪だよぅ」

「投票すること前提で話すすめるのやめてくれませんかねしっしょー!」

「おぬしがやったことはそれだけのことというわけじゃな……っと」

 止まれ、と身の丈よりも巨大な大戦斧を担いだドワーフ娘が片手で制する。

「ここが一応、最深部らしい。大礼拝堂じゃ」

 壁や天井が崩れたせいで、つながるはずのない道がつながってしまっているらしい。突然大きく広がった空間が五人の目の前に広がっている。

「短いダンジョンですねぇー」

 実際に入って五分も経っていない。

「普段使う神殿を、なぜ迷路にするんじゃ?」

 だが当然の話である。ドワーフ娘の言う通り、そんな迷路みたいなつくりにする必然性はいったいどこに存在するのだろうか。どこかの王侯貴族の城のように攻め込まれた時を考えて一部を迷路にするのとわけが違うのだし。

「そんな正論聞きたくないですっ」

 ロマンに生きるツンツン頭は耳をふさいだ。

「……特に大きく損傷しているのはここぐらいみたいじゃなぁ」

「そーだな」

 耳をふさいでいる女の子を無視して、二人は遺跡の話に切り替えた。

「ちぅことは……おい瞳子とやら」

「なぁーに?」

「ちょいと奥のほうを照らしてみてくれんか?」

「これあんまり遠くまで明るくできなんだけどなぁー」

 言って、ランタンを高く掲げる。

 しかしそのランタンは近くを広く明るくするための器具であって、遠くを照らせるようなものではない。日焼け娘の言う通り奥のほうは闇に閉ざされたまま、まったく覗き見ることができなかった。

「じゃが、ここがかなり奥深く、そして天井が高いことはわかったではないか」

「強がりかな」

「違うわ、あほう」

 軽口をたたく日焼け娘に一言そう告げて、

「ほれ、次はおぬしじゃ」

「は、え、私ですかっ?」

 三つ編みの賢者(セージ)に声をかけた。

「明かりの魔法を投げい」

「な、投げる、ですか?」

「そうじゃそうじゃ」

「えと……」

 樫の杖を両手で握り、小さく「照明(ライト)」とつぶやく。すると杖の先端に丸いソフトボールサイズの光球がふわりと浮かび、周囲を柔らかく照らし始めた。

「で、えと……ていっ」

 ラクロスのシュートのように、杖を振る。先端に灯った光球が、ぽーん、と山なりを描いて遠くへと投げられた。

「おー、ナイッシュー」

「ナイッシュー!」

 男がそう口にし、立ち直ったツンツン頭がそれに続く。

「いざとなったらそれを――」

「相手の顔面に叩きつけてやるんじゃ。いーい目つぶしになるぞ?」

「――そんなに危なくないしね」

 以前に酒場でやられたことの意趣返しだとばかりに、ドワーフ娘はふふんと笑って見せた。

「ま、それはそれとして、じゃ」

 責められる前にと話題を切り替える。

「ようやく見えるようになったか。なんともデカい神像じゃあ……」

 数十メートルは離れているというのに、ドワーフ娘は四十五度ぐらいの角度で首を上に向ける。

「わぁー……」

 そこにはツンツン頭が思わず怖気づいたようなため息を漏らすほどの巨大な邪神像が佇んでいた。



「大きさとか、意匠とか、見たところ、たぶん当時の主神級だと思います」

 三つ編み娘が自身の見識を述べる。

「女神で、ヴェールで顔を隠していて、右手に麦穂の、左手に大鎌。権能から、地母神ゲーと同一視されちゃって消えた、このあたりの豊穣神かと」

「死神と違うの? 鎌持ってるし、顔隠れてるし」

 ツンツン頭が問うと、

「死神ってゆうのは、最高神に仕える農夫、って意味もあるんだよ? 魂だけで、現世を彷徨っちゃうのを防ぐために、あの世に導いてあげる神様なの。あと、豊作にしてくれたり、輪廻転生とかの権能もあるよ」

「ヒンドゥー教のシヴァ神に近いな、破壊と再生の神様っていう意味では。世界規模か個人単位かってとこか

「実際、最高神の次に来ることも多いの。まぁ、ワシんところは違うが」

 三つ編み娘が答え、神官であるドワーフ娘とそれと付き合いの長い男が補足する。

「死神が悪いの、って認識があるのは、たぶんキリスト教のせい。死神いないし、影響受けちゃった童話とかに出てくるの、死神は神様じゃなくて、そうゆう名前のナニカだもん」

「ふぅーん」

「で、兄ちゃん。こんなデカいの壊すん?」

「まぁ残したところで、って感じはするけど……」

「まぁー真歩の見識通りなら残したところで影響はなかろうが、死神の側面があると邪神に堕ちることもあるしの。信者もおらんじゃろうし、いたとして今まで拝まれた形跡もない。なら壊したほうが後腐れもなかろ」

「……だけど、さすがにこのサイズを人力ってな冗談だろぉー」

 男は眉根を寄せるが、

「おぬしなら片手間じゃろ」

「しっしょーなら片手間でしょー」

 男のポテンシャルを知るドワーフと、同じ系統の能力者であるツンツン頭は無情なことを言う。

「おま、どんだけ疲れると思ってんだ!」

 "異界渡り"は人によって能力を使用するためのコストが違うので一概には言えないが、彼の場合、使用時に持久力(スタミナ)を消費する、というどこかのゲームっぽい仕様だ。要するに彼は能力を使いすぎると動悸に息切れ、わき腹の痛みが発生するのである。

「酒ぐらいは奢るぞ? 実家そこじゃし、ワシの名前で神殿の部屋借りられるし」

「ご家族にご紹介ってやつですねー!」

「ワシに両親とかおらんがな」

「………………」

「黙られても困るんじゃが」

 やっちゃった、という顔をするツンツン頭に対して、ドワーフ娘は別にどうってことはないと苦笑した。

「どうせ嘘じゃし」

「こいつのオヤジめちゃくちゃヒゲ長ぇでやんの」

「ついちゃいけない嘘とか、あると思いますっ!!」

 だまされたぁー! と顔を真っ赤にして抗議する。

「でさぁー、別にそーゆうのいーけど、あんまり遅いと瞳子(とーこ)親に叱られるんだよねぇー」

「だからついてくんなって言ってただろうが」

「夏休みでやることないし?」

 三人娘は"異界渡り"の機動力を最大限に利用したアルバイターなのだ。生活スタイル的に日帰り冒険者とかそんなタイトルでゲームかラノベが売り出されてそうな感じの。

「…………宿題はしたか?」

「すーがくたすけて」

「しっしょー、国語以外お願いしますっ!」

「私、感想文がぁ」

「お前らなぁー!」

「今度酒場のに聞けばよかろ。ちぅか、そんなことよりも」

 ドワーフは神像を指さして、

「さっさと壊さんといつまでたっても帰れんぞ?」

※この作品は特定の宗教を貶めるようなものではありません。

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