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魔神少女結花ちゃんっ!  作者: 神楽風月
「私、冒険者になりたいですっ」 - 魔神少女Lv.1
4/17

#04 魔神少女、勇者になる。

 人と会う場合、自宅に招くでなく喫茶店やホテルのロビーなどを利用するということはわりとよくあることだろう。

「ほほう、ここがおつむの弱いお嬢様のおたくですか」

「違う」

「冗談でございますとも」

 冗談かそうでないかを判断するにはいささか難しい顔をしているメイドは言う。

「しかしながら、ホテルのロビーとは。はてさてその方のご自宅はおんぼろかごみ屋敷か…………」

「お前ほんと失礼なやつだなっ」

「ははは」

「で、実際のところはどうなんですの? わたくし、そういった風習に疎くて」

「他人を家に上げたくないか」

 喫茶店でも自宅ではないということに変わりはないが、しかしコーヒー一杯で数時間粘るようなことをするより、無料で開放してくれていてそこそこきれいなホテルのほうが何かと便利だということである。

「防犯上の理由」

 あとは他人の目があり、何事かあればすぐに通報してくれるだろうという期待だ。もちろんこれは喫茶店でも変わらないが、ホテルのほうが警察もよりスムーズに動いてくれるような気がするからだろう。

「まぁ――警戒されてるってことだな」

 相手は冒険者(あらくれもの)なのだから自宅に上げたくはないし、そして人の目があればそう乱暴もしないだろうという思惑である。

「まぁひどい!」

「しかしながらお嬢様、彼に限って言えばまぁ妥当なところかと。なにせわたくしに尻壁でネギを強要いたしましたし」

「してねぇーよっ!」

「ははは」

 冗談にございますと、メイドは一笑に付した。



    ○



「いる?」

 日焼けした黒髪の、その三人の中でももっとも小柄な少女が問うた。

「いる、みたい」

 三つ編みに大きな眼鏡をした、もっとも大きな少女が応じる。

「でもなんか私の知らない人もいるなぁー」

 亜麻色のつんつんヘアーをした痩躯の少女が付け加え、

「真歩、わかる?」

「ん、んー…………獣人族」

 見識ある三つ編みの少女が答えた。

「牛かな」

「……じゃ、ないと思う。耳の形からして、山羊種の……角がなくて、おっぱい大きいから、たぶん、ザーネン氏族」

「残念氏族?」

「ザー、ネ、ン。すごく偉い人だよぉ……?」

 獣人族は一部の氏族を除いて魔法への適性が低い――裏を返せば、それは一部の氏族は魔法の適性が高いということである。その一部の氏族が獣人族の国の貴族という高い立場で遇されていた。

 だが、

「もうないじゃん、国」

 棒付き飴の包装をペリペリ剥いた日焼け娘の言う通り、西の果てに栄えた魔導の国はもう存在しない。

「やーね、勉強するのが増えちゃって。あーあ、あたしも昭和生まれだったらなぁー。あんまし勉強しなくてもよさそーでうらやましいや」

「昭和の人に怒られるよぉ……」

「あのお兄さんって昭和生まれなんかな?」

「一九八九年まであったから、まだ二十代の人もいるんだよ?」

「ほら、国語の武美せんせーとか」

「あれ、武美ちゃん平成生まれって言ってなかったっけ?」

「一月七日までしかないから、かなぁ……?」

「なんちゃって平成じゃん!」

「先生に失礼だよぉ!?」

「まー、それはそれとしてだけどさ?」

 くわえた飴をちゅぽんと口からはずし、それでくるくるとのの字を書く。

「ぼーけんしゃになるのに、わざわざあの兄ちゃんに取り入る必要なくね?」

瞳子(とーこ)ってばバカだねぇー」

「いやまー勉強嫌いだけどさ、バカはなくね?」

「いーい、瞳子(とーこ)

 言い聞かせるように日焼け娘を見つめ、

「異世界ファンタジーものでいちばん必要なものはなんだか知ってる? ――それは保護者だ!」

「……はぁ?」

 こいつファンタジーオタが脳まで回って……と、日焼け娘は呆れた瞳でつんつん頭の少女を見つめ返した。

「異世界系のローファンタジーってだいたい召喚系と転生系って分かれているんだけど、転生系は成長するごとに知識をゲットできるからいいとしても召喚系ってあっちの知識まったくないじゃん? 法律なんてとうぜんわかんないじゃん? そういう世界観ってだいたい情状酌量とかないじゃん! 最悪死刑じゃん!!」

「あ、あー……うん?」

 熱弁するつんつん頭の少女に、日焼け娘は思わずうなづく。

「そこで必要なのが保護者! パパママとかそういう意味じゃないよ? 昨今のファンタジーノベルはなんてゆーかボーイミーツガールでなんかとっても偉いお嬢様に召喚されちゃった系が多くてちっとも苦労しないあたり食傷気味だったりするけどさ、でもそれくらい権力なくちゃいろいろやっちゃったときとか揉み消せないし!」

「なに言ってるかわかんないよぉ、結花ちゃあん……」

「…………てーか、あの兄ちゃんに取り入る必要なくね? てーか、もーちょい偉いっぽい人んところに行く必要なくね? なくね?」

「ちっちっち、甘い甘い。あのお兄さん"異界渡り"なんだよ、私とおんなじ! しかも召喚系なんだよ! これは師匠フラグだよ……! 実は英雄だとかそんな感じのを隠した感じで妙な修行させたりするんだけど修行パートってあんまり人気ないからあっさり終わってそれっきり出番がなくなっちゃうタイプの! 中盤ごろにようやく再登場したかと思ったらなんかすごいトンデモ理論に基づいた最強の秘奥義を託して死んじゃうタイプの! でも結局ラスボスには自分で編み出した必殺技のほうが強いってゆーね!」

 ひでぇこと考えるやつもいたもんだ。

「ちなみに四天王の三番目あたりにいるえらいエロい服着た女の人と実は元恋人同士だったりして、死んだら三番目がひどい落ち込んでさらに闇落ち加速しちゃったりして! 三番目が負けた時の最期の言葉があの人の名前だったりする感じかなっ!」

「そこまで聞いてねぇー……」

 興奮で暴走気味の友人に、日焼け娘は脱力する。

「これを逃す手はないねっ」

「いや、あたしらにメリットがないんだけどさぁー?」

「とーこ、よく考えてみなよ…………ここにいろいろと慣れた男の人がいます、そして私たちはまだ十六の女の子です。どーなる?」

「…………楽ができる?」

「そっ! 瞳子(とーこ)お小遣い欲しいだけだし、楽できる範囲で楽しちゃうのがいいんじゃないかなっ!」

「なるほどなー」

 ひでぇこと考えるやつもいたもんである。

「もちろん真歩にだってメリットあるよ? ベテランなら自分しかしらないすごい遺跡とか知ってるかもしれないしっ!」

「い、遺跡よりも魔法のほうが、いい、かなっ?」

 黒魔術とかオカルトにやや傾倒している三つ編み眼鏡っ娘は、おずおずといったていで返す。

「冒険者は横のつながりがすごいんだよ、もはやテンプレって感じで! 魔法使いならたぶん老人多いし、英雄の子孫とかそんな感じの先生が見つかるって!」

 そいつらもまたテンプレ通りならいろいろ教えたら死ぬ可能性が高い奴である。ひでぇ話もあったもんだ。

「いーい? ふたりとも。今回のターゲットはあのお兄さん。JKなりたて女の子三人組が、ちょっと好感度高い感じに行ったらけっこーコロッといっちゃうよーな感じだからできるだけかわいくいくよ?」

「…………瞳子(とーこ)思うんだけどさ、ハニトラとかそーいうのって注意してんじゃね?」

「質プラス数に勝てる男などいないっ!」

 ツンツン頭は断言した。



    ○



「岡本結花です!」

 ツンツン頭が元気よく声を上げ、

「か、河内真歩(かわちまほ)です、同級生ですっ!」

 続くように三つ編み娘が、

北村瞳子(きたむらとーこ)、同じクラスー」

 最後に日焼け娘が簡単な自己紹介をする。

「三人そろって、よろしくおねがいしまーす♪」

 そのセリフに合わせて可愛らしくポーズをとったり、頭を下げたり、軽く手を上げるだけで済ませたりと三者三様ではあるものの、やる気がありますといったふうの三人娘に思わず男は呆けた表情を浮かべた。

「…………ちょっと待ってね」

 三人娘の対面に座った男はそれを片手で制する。

「なんか二人ほど増えてるんだが…………?」

「ははは」

 ハーレムとは恐れ入りましたと、一歩引いた位置からメイドが嗤う。

「向かって右から板、微、普でございますね」

「お前言葉が通じないからって冗談でもそういうこと言うんじゃねぇーよ」

「冗談ではありませんよ? とても重要なことですとも。ええ、とても。あなたが大きな胸に躍らされ、不利な契約書にサインをしないとも限りませんでしょう? ええ、前科がございますしね? ええ、あなたは大きなものが大好きなのでしょう?」

「くっ……!」

 いささか責めるようなメイドのセリフに、男は言葉を詰まらせた。

「…………あなたたち、ご両親はどうなさいましたの?」

 経済界の魔王になるべき器のお嬢様は、はたから見れば仲良くイチャついてるようにしか見えないけれどそれを指摘したら「別になんでもない」と口をそろえて言ってしまいそうな感じになっている二人の様子を思考の隅に追いやって、三人娘に優しい声音で問いかけた。

「あ、大丈夫です。私たちの親、わりとアルバイトとかそういうのに寛大なんで」

「…………」

 そういう問題なのかしら? お嬢様は笑顔を張り付けたままそんなことを考える。



「ええっと?」

 気を取り直したように、男は口を開く。

「君ら、本気で冒険者になりたいと?」

「はいっ、なりたいです!」

 ツンツン頭が答える。

「……君は?」

「いっぱい稼げるってきーて。うちビンボなのよ」

「盗賊キャラっぽいですよねー、スレた感じとか」

瞳子(とーこ)は犯罪者じゃないやい」

 ツンツン頭の一言にツッコむ。

「…………君は?」

「あのっ、勉強です! 魔法の!」

 そう応じた三つ編み眼鏡ッ娘は、三人娘の中で唯一の良心っぽい雰囲気がした。おそらくツンツン頭と日焼け娘を取り持つ感じの参謀役だな? と男は分析する。

「でもそれ、卒業してこっちに留学すればいい話だよね?」

 この手合いはうまく引き込んでやると、勝手に動いて仲間を説得する。当たればうれしい程度の分断工作として、彼女の動機に深く突っ込んだ。

「魔法は、若いほうがいいって、早く覚えないと伸び悩むって聞いて!」

「……俺は魔法に詳しくないからちょっとわかんないなぁ」

 そんなんだからいつまでたってもダイショーグンになれないのである。まぁもっとも、彼のような"異界渡り"なら魔法を覚える必要性などほとんどないせいでもあるが。

「そ、そちらの方なら知ってるかと!」

「え、わたくし?」

「はいっ、ザーネン氏族の方ですよね!」

「あら――――よく知ってますわね?」

 まさかこのことで水を向けられるとは思ってもみなかったらしい、お嬢様は意外そうな顔をして少女を見つめ返す。

「いちお、見識はあるつもりですっ!」

「そうなの」

 彼女と契約したら優秀な賢者(セージ)になりそうだわなどと考えながら、

「正直に申し上げますと、ええ、確かに若ければ若いほど大成する可能性は高いですわ。しかし、それはほかのどの分野においても同じことでしょう? やる気があるのなら、後でいくらでも取り返せる程度の差ですわ」

 当たり前の話をした。

「わ、私が勉強したいのは古代魔法(ハイ・エンシェント)です!」

「あら、まぁ、そうなの?」

 意外なものが出てきたと、驚いたように口元へ手をやる。

「なんだ、それ?」

「失われし古の魔法ですわ。まぁ、字面のかっこよさからいわゆる――ええ、まぁ、十四歳あたりで罹患する精神疾患の方々が学ぼうとするようなもので……」

「ちゃんとした分野がありますよぅ!」

 顔を真っ赤にして反論する。

「……実際のところは?」

「なにぶん古いものですし、今のものと比べてひどく非効率的と言いますか、昔の宗教観が混ざってると言いますか、そのせいで廃れた側面があるのは否めませんが……まぁ、今じゃ禁呪になるであろう魔法がいくつかございまして……」

 少し溜めて、

「そのひとつが、癒し」

 もったいぶるように、口にした。

「それぞれの教会に指定された聖者や、使徒に選ばれた神官、奇跡使い。彼ら以外で癒しが使えるのはいませんでしょう?」

「まぁ、確かに」

「なので、ま、よくあることですわ」

 現実として他者を治療する奇跡を起こせるものはそれなりの数が存在する。奇跡使いの数だけ神様がいるとも言われているが、そのうちマイナーな神様よりもメジャーな神様のほうが効率的というか強力である。ドがつくほどマイナーな神本人が全霊を賭してかけた呪いですら、メジャーな神の神官がちょっとがんばれば解呪できてしまう……それくらいの差がある。

 そのためマイナーな宗派にとっては、奇跡以外の癒しの魔法はあまり存在してほしくないのだ。神にとって信仰とは力であり、それを手っ取り早く集めるのが癒しの魔法であるからだ。

 それがほかの魔法系統にあるということは、さまざまな教義を守りつつ信仰するメリットがなくなるということである。信仰を得られなくなった神は力が小さくなってしまい、その神官はいずれ魔法が使えなくなるかもしれないという切実な話になるのだから。

「もし復活したら魔術的医療技術が大きく進歩するんです!」

 ちなみに日本では現在魔術的医療は行われていないというか、認可されていない。以前に大きな詐欺があったからである。

 あと現状で世界三大宗教の神を力の背景とした奇跡使いは存在しない。どうやら信仰がどこかでねじ曲がっているらしいのだ。

 なお日本の神道の神様はどれも世界的にマイナーすぎて声は聞こえど力がない状態である。あとお供え物次第なので物質的もしくは金銭的に無理だったり。

「私、日本で最初の施療術師になりたいとゆーか! 困ってる人を助けたいってゆーか!」

 その気迫に思わず、真歩ちゃん立派すぎる、天使かと、そう感じずにはいられなかった。

「やーん! 真歩ちゃん立派すぎる天使かぁー!」

 ツンツン頭と日焼け娘がその天使に抱きついた。



「――しかしながら、実に面倒くさい話になっているようでございますね」

 唯一日本語が喋れないために蚊帳の外であったメイドは説明を聞いて、ようやくといったふうに事態を飲み込んだ。

「わたくし個人が私的なことを申し上げますと、もうとっとと契約で縛ってこっち来れないようにしてしまえ、といったところですが……」

 ちらり、と。彼方で三人きゃっきゃうふふと何らかの話題に花が咲いている三人娘を横目で見やる。表情からして「手ごたえあったよっ」とか「いい感じ!」などと、そんなことを言っているようであった。

「……後日に先延ばししてゆく、牛歩戦術は取れないのでしょうか? えええ、ぶっちゃけ無理なのはわかっておりますが。しかしながらマイナーゴッドに仕える奇跡使いとして言わせていただくと、どうやらわたくしよりもあの乳の大きな小娘が学ぼうという古代魔法(ハイ・エンシェント)はもうずっと遺失のままでいてくれたほうが嬉しいわけで、あの女だけここでリタイアさせるにはさて、いかにするべきでしょうかねこの巨乳好き」

「なんで俺に喧嘩売るようなこと言うのかねこの侍女(ぬりかべ)は」

「喧嘩している場合ではございませんっ!」

 お嬢様が一喝、

「まず、牛歩戦術に持ち込むのは下策でしょう。ひとりは曲がりなりにも"異界渡り"、契約で縛らなければ、あれは勝手に危険なことに手を染めますわ。わたくしの目は誤魔化せません」

「我々の業界ですと、お嬢様の目は節穴でとても有名ですが」

「何の業界でして!?」

「しかしながら、それを差し引いたとしてもさっくり契約で縛ってしまうのが一番であるということは間違いないということでよろしいでしょうか? であれば、もう二度と我々の世界に渡航できなくしてしまいましょう、ええ、わたくしの神のために」

「変な縛り方すると破たんして契約そのものが無効になるけどな」

 だから"異界渡り"の異世界への渡航が非常にややこしいことになるのである。場合によっては首が百八十度回った状態になってしまったり不意に地面をすり抜けて埋まったり座った状態のまま突然猛スピードで横滑りしたりと生物学や物理学に喧嘩を売る存在になってしまうこともあるのだ。

「ではざっくりと渡航してはならないでよろしいのでは?」

「ざっくりと、というのは一見シンプルですが後々の大問題に発展しやすいものですわよ? 彼女の人生、どうなるかわからないですし」

「まぁ最悪メジャーな神殿に解呪してもらいに行きゃいいしな」

 魔神使いの契約は個人間で行われる呪いなのだ。力のないマイナーな神官はさておいて、多大な信仰を集めるメジャーな神にただの一個人の呪いがかなうはずもないわけで、これを力技で解決することなど非常にたやすいことである。

 特に異世界でもっともメジャーで多大な信仰を集める商売の神はその性質上契約にも非常にうるさい。不正な契約(とりひき)はしないさせない許さないが合言葉(きょうぎ)であるため魔神使いの天敵だ。まぁ、私腹を肥やそうと不当な契約をする商人などが物理的に少なくなってくれているのは救いかもしれないが。

「ああ、こんな時こそ、お嬢様が未来視できる魔神との契約を果たされていれば……」

「不確かな未来予知しかできないくせにあんな恥ずかしい服装を要求する魔神と誰が契約しますかっ!」

「あれはあれで実に趣深いと思いますが……それはそれといたしまして、そもそもの話」

 メイドはふたたび三人娘を見やり、

「あれらは我々の言語を解するのでしょうか?」

 少なくともツンツン頭は言葉が通じずに酒場で大騒ぎが発生した。それぐらいは男からの伝聞で聞いている。しかし、ほかの二人が少なくとも帝国語を話せるかどうかまでは確認していなかったのだ。

「…………ちょっと聞いてくる」

 男が少し離れたテーブルで時間をつぶす三人娘へと歩いていく。

 ほんの十数秒とかからない距離にいるその三人娘が、近づいた男に楽しげな表情で二、三言葉を交わす。よろしくお願いしますねぇー、とどこか媚びたしぐさをした。

「………………三つ編みの、真歩さん。帝国語なら片言だけどできるな」

 きびすを返して戻ってきた男がそう口にする。

「まぁ古代魔法(ハイ・エンシェント)なんぞを勉強したいというのであれば少なくとも帝国語か獣人語はできなければおかしいという話になりますが」

 ほんの少し前の話になってしまうが魔法にもっともすぐれた国は魔導の王国、つまり獣人たちの国であった。その国の存亡がかかった戦争を経験している世代はいまだ健在であるため、魔法使いが覚えて損はないのが獣人語である。

 まぁもっとも、その中で魔法に優れているのは山羊種などをはじめとした氏族――当時は国を牽引していた一部の貴族または研究者であった者たちで、そうした者はだいたい難民救済という大義によっていろんな国に重要技術ごと吸収されたというかそれぞれの研究機関に軟禁もとい厚遇されているので会えるかどうかといえば不可能と答えるべきだったりする。

「しかしながら口八丁手八丁で渡航禁止の契約ができないとなりますと、わたくしの神消滅に一歩近づいてしまうということになりますが」

「私事じゃねぇーか」

「しかしながらそうなりますと、わたくしもなりふり構わずどうにか信仰を守るため一つの手段を思いつくわけでございます。いわゆる――わたくしにいい考えがある」

 メイドが無表情なのはいつもと変わらないが、どこか決め顔といった雰囲気を漂わせてお嬢様に言い放つ。

「それはおおむね失敗するフラグだな」

「ははは」

 男が茶々を入れるように口をはさむ、それにメイドは笑わない顔で笑い声を上げた。

「なにをおっしゃるこのやろう」

「遺憾ながらわたくしもコーさんに同意ですわ。あなた、ろくなことを思いつきませんもの……」

「ろくなこととは心外ですお嬢様」

 メイドはお嬢様にあらためて向き直り、

「そういったセリフはまずわたくしの案を聞いて、熟考なさってからおっしゃってくださいませ」

「……そこまで言うのであれば、言ってごらんなさい?」

「かしこまりました」

 こほん、と咳払いを一つ。

「お嬢様が雇ってしまえばよいのです」

「…………はぁ」

 一瞬だけぽかんとして、しかし意味が分からないと言った風に、ため息にも似た言葉を返した。

「ネズミに曰く、猫の首には鈴をつけろと申します。であれば、この男の元ではなくお嬢様が雇ってしまえばよろしいのです。お嬢様はちょうどあつらえたかのごとく魔神使いですし、そのうえ金には困っておりませんし、そろそろ魔王軍総勢二名参上とかいい加減やめていただきたいといいますか」

「……お前まだ魔王軍とか言ってんの?」

 それは中二病(イタい子)を見るような目であった。

「よ、よろしいじゃありませんのっ! これでも継承権もち、亡くなった国の復興は私の夢であり義務ですわよ!?」

「……お前たしか魔王の娘の従妹だったよな? ぎりぎりで継承権ないんじゃないか?」

「ぎ、ギリギリありますわ!」

「具体的には?」

「と、当時は………………な、なな、ばん、め?」

「いえ、八か九番あたりでございます」

「サバ読んでんじゃねぇーよ」

「ちょ、ちょっと数え間違えただけではないですかっ!」

 開き直って、

「そんなことより! わたくしのことよりもっ! あの三人のことですわっ!」

 三人娘を指さした。

「お嬢様、それは失礼に当たります」

「たまにそういうところアレだよなぁー、お前」

「そんな、ふたりしてぇー!」

 ちょっと親しいふうな口調に戻りつつある男に嬉しさを感じるものの、それよりも何よりもお嬢様にはそうやって男に責められるのが何よりも辛かった。

「お嬢様涙目顔真っ赤でマジかわ…………こほん。まずこの話のキモとなるのはお嬢様が持つ魔神契約の能力にございます」

「……わたくしの?」

「ええ。首に鈴をつけるという意味でお嬢様が雇うということにはメリットが数多くございます。そのうちもっとも大きな理由として――三人娘の戦闘能力、つまるところは自衛の能力でございますが、これの向上はまず急務になります」

「あの方たちの? ……それは、どうして?」

 お嬢様が問うと、メイドは呆れたように肩をすくめた。

冒険者(あらくれもの)どもの世間一般での扱いと、それに親しい小娘らの社会的客観的印象。それに伴いまして、はたしてどれほど活きのいい(・・・・・)自称一般人がいらっしゃるか、といったところでしょうか」

「あー…………」

 誰よりもすぐに納得したのは、現役であるその男であった。

「腐った卵で済めばいいな?」

 見た目の威圧感とは重要でる。敵対するメリットよりもデメリットのほうが大きく感じる背格好というのは、それだけで抑止力になるのだ。はたしてその抑止力のない少女たちに、いったいどのような災いが降りかかるのか?

 少なくとも、自衛手段を持たせておくことに越したことはなかった。

「そして言語の問題もございますが、それはそれ、お嬢様のお力によってどうにでもなるでしょう。ええ」

 メイドは男を指さした。

「実例がここにございますので」



    ○



「岡本結花です! 勇者(ブレイバー)だそーです!」

 革の胸当てなどで急所(ポイント)をガードしたツンツン頭が元気よく声を上げ、

「か、河内真歩です、賢者(セージ)になりましたっ!」

 続くように三つ編み娘が身の丈ほどもある樫の杖を胸の前で握りしめて、

「北村瞳子(とーこ)。えーっと、武芸者(ソードダンサー)兼業で、あと不本意ながら盗賊(シーフ)ー」

 最後にどこかオリエンタルな雰囲気の動きやすそうというか動いたら脱げるんじゃね? みたいなセクシー路線の薄手の布の服を着た、日焼け娘が簡単な自己紹介をする。

「三人そろって、ここで働くことになりましたぁー♪」

 酒場のカウンター付近、いつもなら吟遊詩人が弾き語りをしている酒場の奥で、三人はどこか媚を売るようなポーズをとった。

「…………ごめんね君たち(リトルレディ)、ちょっと待っててくれたまえ」

 その場にいたすべての人間が呆然としている中、最初に動き出したのはいつぞやにツンツン頭をリトルレディと呼んだエルフの男であった。

「コーのバカはどこだぁ!」

 残念、馬鹿(ホシ)はすでに異界に渡った後である――

 この話までがプロローグみたいなもの。

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