#05 "触れられし者"、ですっ!
かつ、かつ……焼きレンガでできた迷路を、二人はかかとを鳴らして進んでいく。
「…………なぁ」
「はい?」
「あれは……なんだ…………?」
顔をひきつらせて、亜人の女は暗闇の向こうを指さす。
「あーれーはー……お肉ですね!」
こんがり焼けた、しかし随分と前に設置されているせいか、すっかり冷めてしまった牛の丸焼きがでぇーんと通路のど真ん中に置いてある。
「………………じゃぁ、あれはなんだ?」
「吊り天井ですねぇー」
少女はのほほんと返して、
「おいしそーですけど、ぜったい触っちゃダメですからねぇー?」
牛の丸焼きに何かが喰らいつくと、鋭いトゲ付きのそれが落ちてくる仕組みになっている罠を少女はそっと迂回する。
「……私を馬鹿にしているのかっ!」
所詮は獣用のトラップである。はっきり言って、亜人の女の憤りは見当違いのものだ。
どんどん奥へと進んでいく。
少女の手にはリンゴに似た果物――こちらにあるリンゴに近い植生をした独自の果物だ――をしゃり、しゃりとかじる。
「所詮はどーぶつ用ですねー」
「貴様は呆れるほどに図太い神経をしているな……」
「食べます?」
「…………」
リスみたいに頬を膨らませた少女に、亜人の女は呆れたようにため息をついた。
「…………おトイレ、どこでしょうかねぇ?」
そわそわ周囲を見渡しながら、少女は小さな声でそうつぶやいた。
「あれは主に水分補給を目的に食べる果物だからな」
その浸透圧はスポーツドリンク並で、とても吸収効率が良い。ゆえに大味だが売れ筋の果物である。
「と、いうかだ……そのへんでしてくればいいじゃないか」
「人としての尊厳はっ!?」
「別に誰に見られているわけでもないだろうが!」
――なお、一度プライベート空間に転移してしまえばいいと少女が気付くのは、それから数十分後の話である。
LEDランタンが照らした先に、水をたたえたフロアが見つかる。
「む……?」
少女を制して、亜人の女はその水を手ですくい口元に近づける。
「……なんだ、これは」
無臭のそれを投げ捨てながら、問うた。
「それはアレですね。トラップじゃなくて、大事な部屋に動物が入ってこないようにするための水で……ほら、ええっと……コーヒーメーカーで使う……あっ、そうそう! サイクロン方式を使ったフタです!」
正しくはサイフォンの原理である。
洗面台などの排水管が横向きのS字型やP型になっているのと一緒で、臭いや虫、ネズミの侵入を防ぐ"排水トラップ"ないしは"ネズミ返し"と呼ばれている。ここは、そういったパーツと同じ目的でもって造られた構造をしていた。
「……だ、そうだが?」
「わけわかんない電波受け取っといて『だ、そうだが?』とか言われてもなんなのかさっぱりですよ!?」
「それはそれとしてだ。これをどうやって越えるつもりだ?」
息が続く程度の距離であればいいが、巨人族の手でその程度のサイズを作るのは非常に面倒くさい。それなりに巨大であるだろうと予想するのは簡単であった。
「"目"を飛ばして向こう側にやれば簡単です。最悪、水をどっかに捨てちゃえばオッケーってゆーか」
「まぁ、それもそうか……」
「ちょーっと待っててくださいね?」
ショートソードを抜き放ち、切っ先でくるりと円を描いた。
「…………」
そして虚空を見つめ、
「……………………あ、真っ暗でどっち進んでいいかわかんないですね。めんどうですし水抜いちゃいましょ」
あっさりと方針転換。
もう一度切っ先で円を描くと、じゅごごごご…………と音を立てて水位がどんどん下がって行く。
「…………それは、どこに捨てているんだ?」
「神殿の外の、適当なとこですね」
非常に迷惑であるが、少女はそんなこと気にせず水を捨て続ける。
「あ、底見えてきた」
LEDライトがレンガ造りの排水トラップの底を照らし出す。
「意外と水が少なかったな」
「いえ、わりとおっきめの穴で捨ててましたし、そうでもないかと」
「…………………………」
――きっと神殿の表は泥沼だろう。
亜人の女は黙って天井を仰いだ。
○
かつ、かつ……焼きレンガでできた迷路をひたすら歩く。元々が巨人族用の巨大な建物なのだ、そもそもが非常に巨大であり縦横無尽に走るそこを、本来ならば数時間で攻略できるようなものではないのだ。
しかし、ここにいる少女にかかれば造作もない。勇者という職業に備わった鋭い直感が、彼女に最短距離を教え続ける。
そもそも獣用の単純なトラップでは彼女たちの足止めにもならない。このダンジョン最大の排水トラップも少女の前では意味を成さなかった。そう、ゲームだったら決まって一回ぐらいは必ず存在する、あっちこっち歩かされて非常に面倒くさい水のギミックをあっけなく攻略してのけたのだ。
まるで攻略本片手にチートコードを打ち込んでゲームを進めているような……、
「――――神託を聞いたときは、まさか、と思ったけれど」
しかし、その快進撃もここで止まる。
「本当に君たちみたいな痴れ者がいるとは思わなかった!」
ぼさぼさ頭の少年が、銀の刀身を持つ黄金の拵えをしたロングソードを引き抜いて、少女たちを睨みつけた。
「僕の名前は――――!」
「アスタリッテさん見てください! 伝説のダンジョンボスですよ! ダンジョンボス!」
「あ、ああ……あの空想上の生物が、神話生物とも言うべきそれが……まさか、実在するとは…………!」
「――――僕の名前はルイス! 太陽神アーロンが使徒、ルイス! 神の敵どもめ、お前たちに少しでも誇りがあるというのなら、名前を名乗れぇ!」
「しかも話の腰折られてもとりあえず話進めちゃう系です! こりゃあーレアものに出会いましたねぇー! はー、ありあがやありがたや…………」
「うむ、まったくこいつは春から縁起がいいなぁ……ありがたやありがたや…………」
「僕を拝むなぁ!」
それと今は夏である。
「くそ、まさか神託の相手が"触れられし者"だとは……これじゃあ改心させることができないじゃないか!」
「それ前回からずーっと言われてるんですけど、いったい"触れられし者"ってなんなんですか?」
「馬鹿なことを言ってる場合じゃないぞ結花! 奴が言っていた使徒、それが本当ならば、オルガに匹敵する"奇跡使い"だぞ…………!」
「いきなり真面目になるのやめてもらえませんかねぇ――――と油断させておいて"召喚:拘束"ぉ!」
じゃらららららら――――!
少年の足元から唐突に何本もの鎖が伸びる。
「――小賢しいっ!」
両手で抑えられたロングソードが、気合いとともに振り回される。横薙ぎの一閃が暴風を生み、太い鋼鉄製の鎖を一瞬で粉々に砕いた。
「げぇー! あれステンレスの倍硬いってヤツなのにぃー!?」
「これだからファンタジーというやつはっ!」
そのファンタジーの代表選手とも言うべき亜人の女は、少女を自身の後ろに隠すように押しのけて左手を伸ばした。
「来いっ、魔神ログ――――!」
「遅いっ!」
刃を閃かせ、少年の剣が空を切る。
――ぶしゃ、と。女の手のひらから鮮血がほとばしる。
「ぐあっ…………!」
その痛みによって召喚過程がキャンセルされる。開きかけた穴の向こうで、真っ黒な瞳を持つ異形の怪物の姿が一瞬だけ見えるも、現れることはできずに門が閉じた。
「"魔神使い"だろうと"異界渡り"だろうと、どっちも門さえ開かなきゃただの人だよ……さぁ、諦めておとなしく投降するんだ!」
そう、どちらも強力な手を持つものであるが、しかしどちらも行動には必ずタイムラグが発生する。行動の早い生粋の剣士とは、とてもではないが相性が悪すぎた。
「く……まさか普通に強いラスボスがいるとか、聞いていないぞ……!」
亜人の女は切られた左手を抑え、呻く。
幸いにして門を開かせないようキャンセルするための攻撃だったためか、すぐさま治療すれば傷も残らずに治癒するだろうが……しかしこうやって遠間から切り刻めると言うその手段があるということが、亜人の女を焦らせた。
――勝てないかもしれない。
――少女を危険な目にあわせてしまうかもしれない。
(この場を切り抜けるには……身体能力の高い戦士が必要だ……!)
たとえば彼女がしっしょーと慕うあの男のような。たとえば聖女と呼ばれるドワーフの"奇跡使い"のような。
そう――たとえば、狼種の獣人族のような。
「――GLLLLOooo!」
"遠吠え"がレンガ作りの廊下を何度も反響しながら三人に襲い掛かる。
「ああああっ!?」
「があああああああ!?」
「ぃひゃああああ!?」
もはや暴力的とも呼べる音響兵器に、悲鳴を上げて三人が両耳を押さえ、思わずしゃがみこんだ。
「ふむ………」
かつん、かつんと足音高く。
「……まぁ、あれで気絶しないだけ素晴らしい身体をお持ちのご様子。わたくし思わず自信を失ってしまいそうになってしまいました」
LEDランタンの光に照らされながら、メイド服のそれが現れた。
「き、貴様は――――!」
「マルガリッテさん!」
「――否っ!」
かつん!
かかとを強く踏み鳴らし、それは声高に叫ぶ。
「わたくしの名は、謎のメイド仮面――マスク・ド・メイドっ!」
「「「…………お、おぅ」」」
どうやら、まだ酔っぱらっているらしい。
なんかパピヨンマスクに似たそれを斜に被っているせいで、ちっとも顔が隠されていない自称マスク・ド・メイドさんを演じる無表情メイドのマルガリッテは、無駄に体をくねらせた不思議で奇妙なポーズを取った。
それはまったく体軸がブレず、完璧に鍛え上げられた肉体を完全に自身の支配下に置いているという証拠であり――そして彼女はそんな体勢からでも少年の喉笛に食らいつくことができるほどのすさまじい格闘能力を持つということを証明していた。
「ふ……ふざけた言動は、僕を油断させるポーズってわけかい…………!」
「いえぶっちゃけめずらしく我が神より神託が来たと言いますがバウバウバウで解読不能で獣人語でおkでございますがとりあえずやってきてみたらなんかしょーもない状態だなぁといいますか……とりあえずたただの通りすがりのメイドでございます」
「わけがわからないよっ!?」
「とりあえず画面の向こう側にいる大きなおともだちから存在が忘れられてるだろう影薄いボッチ属性のお嬢様の大切な数少ない貴重なご友人の方々を傷つけた理由を二百文字以内にお答えください」
無駄にポーズを変えながら、メイドは距離を縮める。
「なお返答いかんによっては殲滅もやむなしでございますとも」
「我が主の神託によればそいつらは我が主の嫁の像を砕きに来た不届き者であると」
「なるほどその身なり、太陽神信仰の異教徒でございましたか――殺す」
「お前も"触れられし者"かぁあああ!」
瞬間、メイドの姿が掻き消える。
それに合わせるように少年が大きく剣を振りぬく。剣の軌跡にいた、少年を切り裂かんと躍りかかったメイドの爪が噛み合って、ぎぃん、という金属音がレンガ造りのそこに響き渡った。
「……あっ、とりあえず先に進んじゃいましょっか」
「おい……おい……!」
実力が拮抗しているその対決を最後まで見届けることなく、少女は無情にも、二人の戦闘を迂回するための"ディメンジョン・ゲート"を開くため、ショートソードの切っ先で円を描いた。
そこにはたくさんの像が飾られていた。
巨人族は文化的に人形を作るのが得意であることも幸いしてか、躍動感あふれる戦神や、毛の一本一本までもが再現されているような神獣、向こう側が透けて見えるほど薄い翼持つ精霊など、芸術的なそれが多く立ち並んでいた。
「ちなみにここ、太陽神の後宮とか呼ばれる部屋だそぉーです」
「……その名称がつけられたところに、男や動物の像があると非常に、その、なんだ……違和感が大きいな?」
「神話じゃなんと男でも孕ませることができるとかなんとか」
「すさまじいな……」
しかもそうした奇跡は太陽神の高位の神官ならできないことはなかったりする。
「それはそれとしてぇー……さっくり御用を済ませちゃいましょっか」
少女はたくさんの神像を見回し、目的の神像を探す。
「早くしないとあの使徒さんが勝っちゃって戻ってきちゃう可能性がありますしねぇー」
「なぜここに巨人族のほかの神官を用意していないのか……私はその理由が全く分からないがな」
「あー、それたぶんここに神様の声がはっきり聞けるよーな信心深い神官がほかにいないからです」
唯一神的な存在があるわけではないため、そうした神の声が聞けるほど信心深い神官というのは、幼いころから神の教えを聞いて育った神官の家系でもないかぎり難しい。
そして巨人族は元々太陽神信仰ではない。そのため神の声が聞ける神官を育てるには信仰の土台がいささか弱いのだ。
「あと、あの人がちょっと邪魔してたり」
少女が指さすその先には、ゆったりとしたトーガに似た服装に身を包む、穏やかな表情をした女神像があった。
それはどの神像よりもひときわ大きく、太陽神信仰にとって重要な位置を占めるものだということがはっきりとわかるものであった。
「……月神ヘレストラか」
それは太陽神アーロンの正妻にして、春と多産と豊穣をつかさどる女神イオストラの姉。真昼に浮かぶ月は太陽に寄り添う愛の深い妻であり、夜は体を休める夫の代わりに信者らを見守る情の強い母であるとされている、心優しき神である。
「まぁー、離婚届出したくても出せない側室のためにひと肌脱いだって感じですかね?」
「それ、下手すると違う神像を壊せとまた神託が下るパターンではないか……?」
「あ、いました、あそこです」
「おい無視するな」
「ひぃっさぁあああつ! "ディメンジョン・カッタ"ァアアアア!」
「だから! 無視するなっ!」
亜人の女が叫ぶと同時、少女の"異界渡り"の能力による"ディメンジョン・ゲート"の応用によって空間ごと切り離された神像が、ずずず……ずぅん、と崩れ落ち、その落下した衝撃で、精緻に作られた鎌を持つ豊穣神の像は粉々に砕けてしまう。
「ふぅー……仕事したっ」
汗ひとつかいていない額をわざとらしくぐいと拭う。
「じゃ、アレがこっちに来ちゃう前に帰りましょっか」
「だから無視……いやもういい」
あきれたようにため息。
「で、マルガ……マスク・ド・メイドはどうするんだ?」
「…………放置でっ!」
「さすがにマズかろう?」
「まぁー、確かに。マルガリッ……メイド仮面さんから私たちの素性が漏れちゃうのは困りますしねぇー……」
んー、と思案顔。
「じゃ、"目"だけ残しておくんで、適当なところで回収しますね」
「……あの頭のおかしな奴がもれなくついてくる、とかそういうオチにはならないだろうな?」
「あはは、アスタリッテさんには言われたくないでしょうねぇー」
「お前にだけは言われたくないだろうな」
まったくである。
○
――そこからの行動は電撃的で、しかし、必要以上の行動をしない落ち着いたものであった。
そもそも人間族のサイズだと巨人族の町では自由に動けないこともあってか、少女たちはそれを理由にいくらでも引きこもることが可能である。その上、"異界渡り"としての能力を使えば痕跡をほぼ残すことなく煙のように消え去ることなど容易い。
巨人族の国は非常に広大であるため、その家ひとつひとつを太陽神の使徒がしらみつぶしに探すことは事実上、不可能。
そして少女には名もなき豊穣神を通して月神の協力がある。
つまりは、あの場から逃げおおせれば勝ちも同然であった――
「――嬢ちゃんたち、巨人族のところに行ってたんだって?」
「はぁー……こっちに来た時はあんな頼りなかったお嬢ちゃんたちも、もうそんな大きくなったんだなぁ……」
「そんな、私なんてまだまだですよぅ?」
久しぶりに給仕として駆け回る酒場には、ゴブリン討伐を終えた冒険者たちがいつものように集まってきている。
――少女の記憶が確かならば、その中の誰も、誰一人として欠けてはいない。
「それより、お兄さんたちのほぉがお疲れでしょ? ゴブリン退治で」
「いやいや! ほとんどコーとクソエルフがだな……」
「俺も! 俺も活躍したんだぜ!?」
「うっせぇーバーカ! てめぇーは精霊任せでちっとも働いてねぇーだろ!」
「それも俺の力だろぉーが!」
「あははっ!」
「ったく……見せてやりたかったぜぇー? 俺の華麗なる活躍をよぉー!」
幾何学的な刺青を体中に施した精霊使いの男が、両腕を大きく振り回してその時のことを大げさに説明する。時折「盛ってんじゃねぇーよ!」だとか、その男の情けないエピソードで茶々が入るのをにこにこと笑って聞く。
「っと、酒が切れちまった。嬢ちゃん、エールお代わり」
「あ、はぁーい」
「おっと、それじゃぁ俺、お祝いにお嬢ちゃんが買ってきたっていう酒頼んじゃおっかなっ! もち、ボトルで!」
「ほぉー、じゃぁ俺にもちょっと飲ませてくれよ。巨人の火酒なんぞ高くて飲めねぇからなー」
「てめぇーは娼館で金使いすぎなんだよ!」
「うるせぇー! ちっとも女にモテねぇーんだよこっちは!」
「あはは! ……それじゃ、私がデートしてあげましょっか?」
「――……マジで?」
「すみませんマジトーンで返されるとは思いませんでしたごめんなさい」
「……」
「………………」
「………………………………手羽で」
「さ、サービスしておきますねぇー…………」
時には落ち込むこともあるけれど、少女はその空気が大好きだった。
肌がひりつくようなスリルのある冒険よりも、冒険の終わった後の、彼らの宴会こそが彼女の魂を揺さぶるのだ。
ああ、帰ってきてよかった。
ずっとこんな日が続けばいいのに――心からそう思う。
「おい、こっち、エール」
――憮然とした表情で腕を組んで、上半身ほぼ裸でテーブルひとつを占領している太陽神の使徒、ルイス少年さえいなければ。
「…………」
「聞こえなかったのか? エールだ。太陽神様の恵みがいっぱいの麦で造った、エール」
「………………なんであなたがこんなところにいるんですかねぇー?」
なのに、捕まえようとか、そうした手出しをしてこないのだ。
――ただ、まぁ、理由は想像がついた。
「僕は常に神の御心のままに動く」
「ですよねー? でもとりあえず、ずっと睨まれてるのはとっても気分が悪いんで、やめてもらえません?」
「………………たとえば」
「はい?」
「たとえば、綺麗なお姉さんが。お前みたいな平たい胸族じゃない、お姉さんが働いていたとする」
「ケンカ売りにきただけなら帰ってもらえません?」
「そのお姉さんの胸や腰、そこに男の視線が集まることは、それは女として誇らしいことだと神はおっしゃった」
「はぁ、そうですか。とんだエロがっぱですね?」
「………………僕の意思とはまったく関係ないけれどね」
「関係ないなら睨まないでくださいって言ってるんですってば」
この人話聞かないなぁと、内心苦々しく思う。
――しかし本来、使徒とはそういうものだ。
少女が口々に言われる"触れられし者"とは、本来はそうした神の声を聴き信心を深めた結果、常識では考えられない言動を取る者たちのことを指している。いつしかそれがキ印の隠語になり、そちらの意味のほうが主流になってしまったが……本来"触れられし者"とは神の使徒のことであり、とても神聖なものなのだ。今ではキ印の隠語だが。
「神は僕におっしゃった。君を見ていろ、と」
「えぇー……嫌ですよぅー…………」
「僕だって嫌さ!」
しかし神託は絶対である。
それが使徒という生き物なのだ。
「ああもう……どういうわけか知らないけれど、君がアーロン様に許されるばかりか、気に入られてしまっているのが何もかも悪いんだ……! なんでそこでヘレストラ様まで出てくるんだよぅっ!」
おそらくはこの使徒に、かの豊穣神の神像を破壊する手伝いをさせようという思惑なのかもしれない。
――もしそれが本当ならば、少女の脳裏に浮かぶのは最悪の結末だ。
いけない、このままだと彼が私の主人公になってしまう――!
「しっしょー! しっしょーお! とりあえず私とデートしてください、デート! 既成事実でフラグなんてぶち壊してやりましょぉー!」
そうして少女は、いつものように男の元へと駆け寄った――
これにて完結。
お付き合いいただき、ありがとうございました。