#01 徴兵令ですっ!?
がしゃん、がしゃんと音を立ててその酒場に足を踏み入れたのは、銀の乙女だ。華奢で白い肌をした体を、特別な意匠が刻印された銀の鎧で覆い隠し、高いところで結った長いプラチナブロンドを左右に揺らしながら、その女は鋭く怜悧な銀と橙のオッドアイで酒場の中を睥睨する。
「あ、いらっしゃいませぇー」
その場違いな装備に、以前に貴族がやってきたときと同じような静けさが伝播していく――しかし前回の経験が生きたか、パタパタと靴を鳴らして、職務に忠実な三つ編み少女はその女に駆け寄った。
「おひとりさま、ですか?」
昔の少女ならば、多少なり恐れを見せていただろう。しかし、ここ最近にわたって繰り返された冒険や、この酒場を常連とする厳つい男たちを相手にするうち、少女には物怖じしない度胸がついていた。
「いや、後からもう二人……そうだ、ミュラー殿はいるだろうか?」
笑顔で接客する少女に返されるのは、凛とした声。
「はぁ、ミュラー……みゅらー……?」
少女は聞き覚えのない名前に「はて?」と首をかしげる。
「えと、ちょっと、こちらのお席でお待ちいただけますか?」
「うむ、待とう」
しゃんと伸びた姿勢のまま、入り口にほど近い空席にすっと腰を落とす。
「飲み物はいかがしましょう?」
「すまない。一応、まだ職務中だ。酒を口にするわけには」
「でしたら牛乳やミネラルウォーター、ジュースもありますよ」
「その心遣い、感謝する。せっかくだから、牛乳をいただこう」
「はい、それでは少々お待ちください」
注文を頭に刻み込んで、丸い木製のトレーを胸に抱えながらパタパタとその女を後にする。そのままカウンターの向こう、衝立で目隠しされた厨房に叫び声を上げた。
「すみませぇーん、マスタァー。マスターのフルネームってなんでしたっけぇー?」
店主の名前はバーナードだが、そういえばファミリーネームはちゃんと聞いたことがない、もしかしたら彼こそがミュラーかもしれないなぁと少女は声を張り上げた。
「…………バーナード・ローランド・イ・ガウラスだ」
ぬぅ、と大きな顔が衝立の向こうから現れる。どうやら自分の身長に合わせて一段も二段も低くなっているらしい厨房から見えるその男こそが、この酒場の店主である四分の一巨人のバーナードである。
「コーもそうだったが、お前も帝国の文化にはあまり慣れていないだろうから言うが、ローランドは俺の親父の名で、ファミリーネームはガウラスだ。イは単にファミリーネームの前につける言葉になる」
「へぇー、なるほどです」
「……しかしなんだ、急に」
「えと、ミュラー、って人がいないかって。さっき来たお客さんに聞かれちゃって」
「ミュラー? ……ああ、コーだな」
「えっ――」
意外な名前が挙げられて、しかし同時にそれが少女の頭の中でつながる。
「――お兄さん、三浦ってゆうんですか?」
「ああ……本人は、三浦だ、と言っていた」
少女は、数か月も世話になっているハズの男の姓を、いまさらながらに知った。
樫の木で作られた頑丈なテーブルの下に、四人の人影がある。
「おい、コー。一体何をやらかしたんじゃ? 銀の鎧に君影草の意匠とか……ありゃあ皇族近衛隊ではないか」
「知らねぇーよ!」
「しーっ! 声が大きい……皇族近衛兵のオッドアイの乙女といえばジェラルディンじゃないか。ジェラルディン・クリストフ・イ・クリストファー。それほど偉いレディじゃないけれど、剣の腕は男にだって負けないと噂だね。近代魔術をそれなりに使うとも聞いているよ」
「貴様は本当に女好きだな」
「男に生まれておいて女性を気にしないだなんて、そんなのただのかっこつけじゃないか。僕は自分の心に素直なのさ」
「だからといって気が多いのは感心しないと言っているんだ。貴様私の妹たちにまで手を出そうと――」
「アスタリッテ、そういうのいいから……こっから逃げっぞ?」
「おいコー、逃げたらワシらにまるでやましいことがあるみたいではないか!」
「じゃぁなんで隠れたよ、オルガは」
「………………まぁ、その? ワシ、いちおう聖職者じゃし? こんな場末で呑んだくれて騒いどるのは風聞が悪いというかじゃなぁ…………」
「ほれみろ。リヒト――は、女遊びが過ぎたかその辺として」
「僕はきちんと後始末するよ!?」
「声がデカい! ……アスタリッテはどうよ?」
「私か? 私は疚しいところなど別にないが、このあいだこの服装を憲兵にとがめられてしまってな。腹が立ったので、その……魔神ログで記憶とかちょっとな」
「おめぇーなにやらかしてんだよ!?」
「うるさい! というかだ、そういう貴様はなぜ隠れた!?」
「いやー、あー、そのー…………国家権力に名指しで呼ばれたら、なんとなく怖くね?」
「ヘタレがっ!」
「うるせぇーよ!」
こそこそと言い合って、
「てゆーかみなさん、なに隠れてるんです?」
「「「「うひゃぁああ!?」」」」
気配を消してちゃっかりとその集団に紛れ込んでいたツンツン頭が突然くちばしをはさんだことに、悲鳴を上げた。
「こっそり会話にまざってんじゃねぇーよびっくりするだろ!」
「しっかり気配なんか消してきおってからに!」
「うっかり魔神を呼ぶところだったではないか!」
「すっかり能力を使いこなせるようになったのは嬉しいとは思うけどっ、そういう悪戯は僕たちじゃなくてコーだけにしてやるんだ!」
「そんなに責めないで下さいよー」
少女は四人をあおぐように手を振って答えた。
「で……お前、いつからいた?」
「話はぜんぶ聞かせてもらいました」
「ちょっとあとでなんか奢ってやるからおとなしくしてろ」
「しっしょーって私に対する信頼とかこー、低いですよね」
まぁいきなり妄想で暴走する女の子のどこを信頼しろというのか。
「まったくだな……」
「ちょっとアスタリッテさん変なところから電波受信してないでなんかしっしょーに言ってやってくれません?」
「いや、別に私が言うことはなにもないぞ?」
「でも今回たぶんアスタリッテさんのターンというか、そういう展開ですよ? きっと」
――残念なことに、ツンツン頭の妄想はすでに暴走していた。
「えと、お兄さんに……結花ちゃん?」
まぁ四人も固まってテーブルの下に隠れてたらかえって目立つというもの、
「みんな揃って、何やってるの……?」
不思議そうに首をかしげて、三つ編みの少女は問うた。
「なんだかしっしょー疚しいことあるんだってー」
「ねぇーよ!」
「えと、お兄さん。ないなら疑われることしちゃダメだと思いますよ?」
正論である。
「あ、それでですね。あの人、お兄さんに会いたいみたいでしたよ?」
「そのー……いないって言ってくれないかなぁー?」
「疚しいことがないなら、ちゃんと会わないとだめですよ。お兄さんここにきてるのみんな知ってますし」
「というかコーのお客というわけかい? ……なぁーんだ、じゃぁ僕は大丈夫というわけだね」
エルフが朗らかに笑って立ち上がる。
「ああくそっ! てめぇーずるいぞ!」
「何のことかな?」
「でも豚さん、しっしょーから豚さんに言って聞かせるってだけでつもりなのかもしれませんよ? 下手に逃げたら捕まっちゃうとか」
「…………コー、僕らは親友だよね」
心当たりがあるのか、エルフは再びしゃがみこむ。
「うるせぇーよ裏切り者がっ!」
「あの、自首だと罪が軽くなると思いますよ?」
「僕は罪を犯してなんていないよっ!」
「じゃぁーなんで座ってんだよ」
「…………いいかい、コー。美しい女性に声をかけないのは、それだけで罪なんだよ」
「てめぇー魔女んところに送ってやろうか」
「――お兄さん」
少女の静かな、それでいてはっきりとした声が響く。
「あんまり待たせちゃだめですよ?」
花がほころぶように笑って、しかし口調はまるで命令するように。三つ編みの少女はしゃがみこむ男達を見下ろしながら、言う。
「「「「「……はい」」」」」
少し前まではもうちょっと気弱な子だったのになぁ…………その場にいた五人は気持ちを一つにした。
○
「えー、あー、そのー……」
銀と橙の瞳が泳いだ。
「……まさか猊下とのお忍びデート中とはつゆ知らず」
「「違う」」
気まずそうに告げられた言葉が、即座に二人の言葉によって否定される。
「え、ですが、その……では、こんな場末の酒場で、いったい、なにを…………?」
「あー、そりゃー、そのー……」
今度はドワーフ娘が視線を泳がす。
「…………視察、的な?」
「なるほど、そうでしたか」
同席しているエルフと亜人の女をそのオッドアイで見て、となると彼らが付き人か、と勝手に納得する。
「…………実に失礼だと思わないかい?」
「しっ、黙っていろ……」
誤解されていたほうが好都合だと、亜人の女はエルフの呟きに突っ込んだ。
「……豚さん豚さん、げーか、ってなんですか?」
お前まで同席する必要はねぇーだろ、とは思うだろうが、しかしあのときの三つ編み少女の有無を言わさぬ威圧感に流されて同席してしまっているツンツン頭が問うた。
「ああ、ほら、オルガは聖女だからね……偉い神官に対する敬称だよ」
「なるほどー」
正しくは鉄と炎の神を信仰する教会の、その総本山に勤める高僧だからである。聖女という呼称は、その総本山である神殿でもっとも強い奇跡を起こすことができることから来ているだけであって、聖女だから猊下と呼ばれているわけではない。
「では、お忙しいところ大変申し訳ないですが、早速本題に入らせてもらっても、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ。のぅ? コー」
「まぁ、わざわざ皇室近衛隊なんてのが来るぐらいだし……」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げて、
「ではコー殿」
男に向き直り、こほん、と喉の調子を整える。
「私がここに来たのはそう大層な話ではない」
じゃぁなんで皇室近衛隊がわざわざこんな場末に出張ってくるんだよ、とはその場の誰もが思ったことだろう。しかし口にしたら厄介ごとに巻き込まれるだろうし、店主から「俺の店を場末とはなんだ……!」と鉄拳制裁を受けるかもしれないので誰もが口を閉ざした。
「コー殿。率直に言おう。皇室近衛隊に入れ」
「やだよ」
「えっ」
「えっ」
依頼を通り越して命令だったためか、男は率直に否定の言葉を発する。頼み方が悪いともいえるが、まさか断られるとは思わなかったオッドアイの女は思わず間抜けな声で問い返した。
「…………こんな仕事よりも、名誉だが?」
「いや定時に帰れないし夜勤あるしガチガチの肉体労働だしでちょっと三十目の前のおっさんにはきついですし……なにより戸籍まだ日本にあるんで」
騎士団入隊ということは、つまり軍属するということだ。
そもそも日本は憲法で戦争を放棄しているため日本は戦争を行えないのは元より知られているが、戦争に参加するために他国軍に入隊しようと渡航する場合、憲法を違反した罪で逮捕されてしまう。まぁ、めったに適用されないが。
ともあれ、この法の存在は帝国側からすると非常に好ましくない。たとえば邪教がはやったとして、それを駆逐するのにそれぞれの国から軍隊を出しましょうという話になった場合、日本だけが何もしない――つまりこの"異界渡り"の男がまったく協力してくれないかもしれない、という懸念があるのだ。
「というか、俺の担当は、ケイトさんだったんじゃ? 先週も会ったはずなんですが」
あと別にどうでもいいけどお前なんか俺とオルガで態度大きく違わねぇ? 確かに身分大きく違うけど人にものを頼むって態度じゃねぇーよなそれ――という文句はきっとややこしくなるだろうなと心の内にとどめた。
「ああ。このたび騎士団から皇族直下に管轄が移動されたのでな。私も暫定だ」
「あ、そうですか」
帝国の騎士団は皇族の下の防衛相の管理下にある。これが何を意味するかというと、皇族の命令で騎士団が動かなかったり、時と場合によっては防衛相がクーデターを起こすかもしれない、ということになる。だいたいの国で軍事組織がクーデターを起こすのは、軍隊が持つ強力な兵站能力――ようするに単独で活動できる能力が高いためだ。
そうした最悪の状況から皇族を守り抜いて、たとえば諸外国に助けを求めるための時間を稼ぐなどといったことも行うのが皇室近衛隊なのである。
まぁ実際のところそんな非日常なんてめったに起こらないわけで、基本的に皇居周辺の警備や皇族の警護などが主な仕事である。
(こいつらヒマなんかなぁー…………?)
んなわきゃあない。
帝国というだけにトップである皇帝がすべての実権を握っているわけで、多少なりほかの大臣に仕事を丸投げしていようとも結局最後は皇帝が承認しなければいけないため多忙きわまるスケジュールで動いている。近衛兵という名前通り、そんな皇族の側に控えて警護するわけだから、当然ながら彼らも多忙である。
「大事な警護ではなくこんなところに回されるくらい下っ端というわけだ」
亜人の女が大変に失礼なことを口にした。
「……否定はしない」
明らかに不機嫌な顔をする。
「だがコー殿が言っているようなキツい仕事なんてものはほとんどない。必要なのは信用と実力だ。コー殿は異国の者とはいえ、我らは貴殿を信用に足ると信じているし、また実力は確かなものだと確信している――……今ならなんと爵位と領地が与えられるぞ、うらやましい限りだ」
「……はぁ、土地ですか」
男は複雑な顔をした。
なぜならそれは、明らかにこの間問題を起こしたあの三段腹貴族のところだろうと予想がついたからだ。
あんな特産品も何もなくて税収もたかが知れているくせに仕事ばかりは一丁前にあったせいで三段腹貴族が邪教に手を染めたんだろうなと思わせるような領地なんぞもらったところでしょうがないのである。
「これでコー殿も金持ちの仲間入りだぞ? 冒険者家業などつづけたところで生涯得られる金銭などたかが知れているだろうしな」
「いや、金には困ってないですし……」
冒険者の仕事は害獣駆除や傭兵家業が主なものだと認識されているが、実際は辺境の地に住む一族から信頼を勝ち取って彼らから薬を仕入れたり、また新薬のために新種の動植物を探して秘境を文字通り冒険するといったものも含まれている。
このうち薬の調達というのは信頼を勝ち取って仲良くなった者たちからしてみれば非常に割のいい仕事だ。この国で使われる約三割の薬は何らかの形で冒険者が関わっているくらいに頻繁に行われていたりする。
最近は三人娘のお守りということでそうした薬の仕入れなど割のいい仕事には行っていないが、彼らが本気で働いたら普通に豪邸の一つや二つが立つくらい儲けることだって可能である。
というかそもそも、だいたいの冒険者を見てもらってもわかる通り、彼らは普通に武器や鎧を装備している。そうした実践で使えるような質の良いものといえば非常にお高いわけで、逆説的に彼らはそれを恒常的に使っていられるほど稼ぎがよいのである。
それでもなおバカにされている理由は、秘境から帰ってきたときの汚らしさからくるイメージや、冒険者に罵声を浴びせることに文字通り命を懸けている愚か者がこの国にいるから、であろう。
「軍人嫌い、軍事力嫌いはどこにでもいるからな。国力を削ぎたい他国の工作員という場合もあるが」
「は?」
「こっちの話だ」
虚空に向かって人差し指を立てながらよくわからんことをのたまった亜人の女は、そう言って話題を切り上げる。
「あー……話の腰を折られた感じではあるんですが、まぁ、こっちの回答は変わりません。丁重にお断りします」
「そうか……それは残念だな。気が変わったらいつでも言ってくれ。我々は貴殿を歓迎する」
「はぁ、そうですか」
引き受ける気なんてねぇーよ、とは口が裂けても言えない。国に喧嘩を売ってもどっこい生きてられるぐらいとかそんなレベルではない戦闘能力を持ってはいるが、そんなことしてまで面倒なことをするほどバカじゃあないのである。
(俺ごときにわざわざ会いに来てそれ言うとかこいつらほんとヒマだなー……)
「言っておくが"異界渡り"のことを"ごとき"と断じる貴様はちょっと自己評価が低すぎるぞ?」
「…………人の心の声とか読まないでくれっかな?」
「さてな、私はかっこの中を読んだだけだが……」
亜人の痴女はわけのわからんことをのたまった。
「誰が痴女だっ!」
「……いい病院を紹介してやろうか?」
「余計なお世話だっ!」
魔神使いとは本当にたまにわけのわからんことを言うから困りものである。
「では、別件だが」
そんな空気を無視するように、オッドアイの女が切り出した。
「えっ、話終わりと違うんですか?」
「あたりまえだろう」
「まぁ物語が進まんしな」
――魔神使いは本当にわけのわからん電波を受信する困り者たちである。
「――ゴブリン族の群れ?」
男は眉をひそめた。
「ゴブリンってずいぶんと王道ですねぇー」
「……ちなみに、先ほどから気になっていたのだが。この少女はいったい何なんだ? とがり耳ではないようだが……猊下のお弟子さんでしょうか?」
ここにきてようやく、オッドアイの女はツンツン頭のことについて問うた。あまりにも自然にこの話に参加していたことで、身内か何かだろうと思っていたのである。
「いや、ワシのじゃのうて」
「あ、初めまして。岡本結花です。勇者の職業を当てられてます。オルガさんじゃなくて、しっしょー……コーさんのほうのお弟子さんです。はい」
「そういうわけじゃ」
「なるほど……」
少女はあえて"異界渡り"であることを伏せる。
なぜならそのほうがカッコイイからだ。
「改めて、私は皇室近衛隊、ジェラルディン・クリストフ・イ・クリストファーだ……職業、ということは獣人族の国のものと所縁があるのか?」
「そんなところですねぇー」
「なるほど……つまり飼い主はエリザベスか」
魔神使いの術理にも流派があり、その中でも職業を当てるものは獣人の国であった亡国の王室にのみ伝わっている。戦うすべを知らない異界の者を兵士として仕立て上げるその技術は完全に門外不出、西に在りて日の沈まぬ国と謳われた大国の根幹であったものだ。
当時の帝国はこの技術の接収が出来ず、これを伝えるものは現在、旧魔王国の姫エリザベスのみとされている。
「ようするに"異界渡り"を敵に回したくないだけだがな」
「だから、お前は、いったい何を言っているんだ」
「なに、単なる補足だ」
「ん、あれ? つまりそれってつまりしっしょー軍属しちゃったら割とマズかったりします? 技術的な意味で」
「そうだな、まずいだろうな。こいつ一人軍属するだけでもヤバいのに、そんな技術まで帝国に与えてしまえば割とマズいな。魔神使いの私が言うんだから間違いない」
割と、というレベルではない。
「うっはー! それちょっとテンション上がってきちゃいますねぇー!」
その危険性があるのは彼女も同様だ。カッコイイからという動機ではあったものの、自身もまた"異界渡り"だということを伏せた彼女の判断は正解だ。バレていればいったいどのような汚い手を使われて隷属を強要されたか分かったものではない。
まぁ、下手な小細工をしたところで神出鬼没で汎用性の高い"異界渡り"の能力を使えばどうとでもなることは多いし、仮に洗脳や隷属の魔法を使ったとして、それがバレれば物理的に国を消されるか、もしくは何もない真っ暗な異世界に飛ばされて発狂死させられるという大きなリスクを負うハメになるので、まずはやらないだろう。
そもそも密室で二人きりで会わないのはそういったやり取りを防ぐためだ。誰だって洗脳されたくないし"行方不明"にもなりたくないのである。
「いやぁー私の目に狂いはなかったとゆーか! やっぱり過去の大英雄的なポジションにいたというわけで次はしっしょーからよくわかんない不思議な修行とかやらされちゃったりするパターンからのトンデモ理論に基づく最強秘奥義伝授イベント発生のフラグがあっとっと鼻血が…………!」
そんな難しいことなんてさっぱり考えていないツンツン頭は、耳まで真っ赤になるほど興奮しすぎたせいで、少女の鼻から赤い雫がぽたりぽたりとテーブルの上に落としてしまう。少女はそれを見るやいなや慌ててハンカチを取り出して鼻にあてつつ、はしたなくも袖口でテーブルの滴を拭った。
「…………この子は"触れられし者"か何かか?」
眉をひそめてオッドアイの女は問う。
「俺にもよくわからないです」
男はそう答え、
「まぁ、素質はあるな」
亜人の女はそう補足する。
「その"触れられし者"って前にも言われたんですけど、それって魔神使いの素質かなにかです?」
その席にいた全員がツンツン頭から視線を逸らした。
「話を戻そう」
視線を逸らしたまま告げる。
「コー殿にはこのゴブリンどもを何とかしていただきたい」
「あー……そういうものの専門は魔神使いであって俺に話を通す理由がわかりませんが?」
この世界のゴブリンは異界の生物兵器――つまり魔神という分類に区分される者たちである。
彼らゴブリンは人間の五歳程度の知能と肉体を持った生物であるが、しかしその程度と侮ってはならない。
たとえば、どうすればより効率的に相手を殺傷せしめるかという問いに対して、彼らは尖った石からナイフや斧、槍を作るという解を得ることができる。
たとえば、どうすれば相手からの攻撃を軽減することができるかという問いに対して、彼らは体に蔦や動物の毛皮を巻いて鎧とすることができる。
たとえば、どうすれば相手を落とし穴に落とすことができるかというという問いに対して、彼らは木の枝葉で穴を隠ぺいしたり、他者と協力して落とし穴まで追い込むという手段を思いつく。
たかが五歳程度の体と頭しかない、そう侮れば簡単に命を落としてしまう相手――それがゴブリンである。
「と、いうかだよ? 僕らが言うのもまぁ筋違いかもしれないけれど、ゴブリンともなればもはや国が動くべき事案じゃあないかな?」
五歳程度の知能を持つということもさることながら、ゴブリンの生態で最も厄介であろう点は、その高い繁殖能力である。
彼らは三ヶ月程度の妊娠期間を経て、一度に五匹から多いときになれば八匹ほど生まれる。しかも生育速度が速く、数十時間で言葉を発し二足歩行を始めてしまう。
それでいて寿命は十年と非常に長い。
「単純な話だが、魔神使いの男は少ないからだ」
なにより脅威である点、それはゴブリンが単為生殖生物に近い生態をしていながら、しかし子を産むために他生物の雌の腹を使用する――つまり頭の悪いエロゲーのような生態を持つということであろう。
下手に女がとらえられると、奴らは非常に速い速度で繁殖してしまうのである。
「……軍人ならそんな言い訳が通るとでも?」
「通らんのは百も承知。しかし、同時に失敗することは許されないからこそ――冒険者に依頼する。栄光ある我らが帝国騎士団とともに、速やかにゴブリンを討伐せよ」
それはいわゆる、
「皇帝陛下の勅令である」
師匠のヒミツその1「三浦孝太郎」
誰もコーとしか呼んでないから、実は誰も知らない。
――いや、知っとけよ弟子。
ちなみに帝国の命名規則は「名・父名・イ・姓」である。なので「○○さんちの××さんの子△△」と、フルネームで名乗るとだいたいの家族関係が分かるのだ。