#03 うなじがむずむず
養生テープでしっかりと目張りした窓のガラス越しに見えるものは、すべてがすべて黄色い闇に染まっていた。
「まさか夜まで続くとはね……」
「リヒト」
「やぁ」
両手に真っ黒なコーヒーが注がれたカップを持ち、エルフの青年は男の隣、窓の外を眺めるようにして並んだ。そのまま無言で片方のカップを差し出すと、男は黙ってそれを受け取る。
「僕も精霊さえ呼び出せればいいんだけどね」
精霊は物や自然生などに魔力が宿り、自我を持った存在である。付喪神の一種に近いか。それらは山には山の、海には海の、森には森の、それぞれの物や土地ごとに気性が変わる。このエルフは、海以外の風や水の精霊とはいささか相性が悪かった。
「僕ができることといえば、今、契約している闇の精霊たちにお願いして強い日差しを少し和らげたり……」
ずっ、とコーヒーを少しすする。
「……視界を完全に奪ったり、精神をかき乱して狂わせて同士討ちさせたり、そういうことしかできないよ」
申し訳なさそうな顔をしながら、ひどくえげつないことをさらりと口にした。
「…………お前と最初に会った時からずっと思ってたけど」
「なんだい?」
「ほんとえげつないのな」
「はははっ!」
本来は日差し除けのための契約であるはずの闇の精霊シャドウを、戦時はそういう用途で従えているあたり、海のエルフがダークエルフと呼ばれるゆえんである。
「まぁとりあえず僕らにハードボイルドなシチュエーションは似合わないということだね。こういうときにこうやると、女性にモテるというフラグというかジンクスがあるようだけれど、なかなかうまくいかないのが残念でならないよ……」
冒険者は非常に縁起やゲン担ぎを大切にする人間たちだ。そのため戦いに赴く前はステーキ食わないとか女の話をしないとか結婚とかプロポーズは禁句だとかちょっと変なルールが出来上がってきている。
「お前はたまに頭悪い方向に全力疾走するよな」
「着々とロリ系ハーレムを作り出しているコーには言われたくないね」
「てめぇだけ外に放り出してやろうか」
「やめてくれたまえよ」
エルフは顔をしかめながらコーヒーを一口すすり、
「話題を変えよう」
そして窓に背を向けて、壁にもたれかかった。
「とりあえず、彼女たち十何人かで偵察させてみているけれどさ」
「お前本気でチートだな」
「君には言われたくないね……で、ええと、そう、偵察させているんだけれども。こうも花粉が多いと彼女たちじゃ視界を確保できないから、難しいね。だいいち、彼女たちは騎士だもの」
「騎士以外と契約すりゃよかったじゃん、魔法使い風のとか、ニンジャとか」
むしろ闇の精霊は魔法使いかニンジャ風の外見を持った個体が主流である。元は魔法使い風の個体しかいなかったらしいが、それもこれも日本のオタク文化ってやつの仕業である。闇の精霊だから黒髪黒目で、騎士みたいな明るい衣装は似合わないよね、なんて思っていたちょっと根暗な彼女たちにとって、日本文化で伝えられた"堕ちた姫騎士"とか"忍び舞うノ一"とかそういう美しい女戦士系は福音以外の何物でもなかったんだとか。
「嫌だよ。優雅じゃないし、なにより可愛らしい顔を隠しててもったいないじゃないか。だから、性格的に僕とは合わないね」
契約は契約でも愛人契約に近い気がしてならない諸兄らもいるだろうが、エルフという種族に限って言えばだいたいその通りだ。彼らがどの種族よりも優秀な精霊使いを多く輩出する理由の一つでもある。
「まぁ、それはそれとして。今回は僕はあまり役に立たないだろうと思うよ」
「あん?」
「この花粉の量だ、エント族を襲っている奴は確実に人間じゃないよ。もっと言うなら、生き物であるかどうかも怪しいね」
エント族が外敵に襲われた際、大量に花粉を飛ばすのは種の保存を目的とした本能的なものではない。外敵の呼吸を阻害して撃退するための立派な攻撃なのだ。それが夜まで続いているということは、いまだに外敵がエント族を襲っているということ、ひいては呼吸を阻害されない相手であるということである――エルフはそう結論付けた。
「そりゃ言い過ぎだろう」
しかし男はそれを否定する。
「真歩ちゃんみたいな魔法を使う奴だっているだろうし、お前みたいに精霊と契約して、風の精霊あたりから真歩ちゃんみたいなモノを作ってもらって身を守るって手もある。俺の世界にはガスマスクや酸素ボンベってのもあるしな。一概に生き物じゃないってのは言い過ぎだ」
あくまでも花粉は視界と呼吸を阻害するだけであり、それらは風が吹けば簡単に吹き飛ぶし、克服する方法なんてものは山ほど存在する。だからこそ、生命体ではないというのは言い過ぎだと男は説いた。
「なるほど、確かにそうだね。どうやら僕の視野は、暗闇の中に閉ざされていたらしい」
「いちいち言い方がアレだけど、まぁ俺も生き物じゃないってのは考えてなかったさ」
「なんだ、お互いさまだったのか」
はははと笑い、コーヒーを一口。
「そうなると知性ある生き物か、そうでなければ生き物ではないということになるんだけれど……前者は僕が闇の精霊で無力化するのは簡単だね。狂わせないまでも、無気力化させてしまえばいいし」
「ただ、後者は地味に厄介だな……銀の武器はあるか?」
「君こそ。金の鎧とかないのかい?」
銀の輝きは魔を払い、金の輝きは呪いを打ち破るのだ。戦場での実用性はともかくとして、実体のない相手をする場合は金銀で作られた派手な武器鎧で身を固めるというのはわりとポピュラーな方法である。
ただしその値段は、文字通り目玉が飛び出るほど、高い。
「最悪、オルガから"祝福"受けるか」
「僕は海神信仰なのにかい?」
「ああ、そりゃあダメだな」
いわゆるゲームなどでは効率などの面から無視されやすい、非常に面倒くさい事例である。"祝福"は文字通り神の加護であり、ドワーフ娘はわりと気軽に使っているが、宗教によっては洗礼に用いるぐらいには神聖なものだ。そのあたり「癒しの奇跡など生命活動に直接かかわるものはセーフ」とそれぞれの法王は発表しているが、それが"祝福"に当てはまるか否かと問われれば、はっきりと否であると答えるはずだ。
「そういうわけで、僕は実体を持たない魔の物に対してとても無力だ」
ただし彼が使役する闇の精霊の騎士団を除く。
「残念だけど僕は後ろに下がって、主戦力は彼女に譲らざるを得ないね」
しかし彼が使役する闇の精霊の騎士団は彼女を数で圧殺できる。いくら消滅しても彼の魔力と契約さえ切れなければ何度でも復活できてしまうのだから。
「というわけで、実体を持たない魔の物であった場合は、僕はこの村を守ることに専念させてもらうよ。楽なポジションで悪いけどね」
残念なことに物量的には彼が一番なので、防衛戦も行わなければいけない可能性を考えるとそれが最善手である。確かにドワーフの戦闘能力は敵に囲まれて初めて本領を発揮するが、しかし防衛戦となると数が揃わなければ守れない場所も出てくるからだ。
「じゃぁ、予定通りあの三人娘はお前に任せる」
「任せてくれたまえ。僕が確実に、君のロリハーレム要員を守り切って見せようじゃないか」
「やっぱりてめぇー外に放り出してやろうか」
「黙りたまえよ裏切り者が!」
○
夕食がすぎてなお、少女は部屋にも戻らず食堂にいた。夕食のカレーのにおいが立ち込めるそこで食休みをしているといえばそうだが、しかし少女の頭の中はずっと謎でいっぱいだった。テーブルに置かれた銀の燭台の、頼りないろうそくの火をぼーっと眺め、ずっと静かに思案している。
「うーん」
エント族が空気中に大量の花粉をばらまくのは、外敵の呼吸障害を狙った防衛行動だ。ほとんどの生物はこの花粉を前に呼吸困難となり、長時間その中にいれば高確率で塵肺を患い、最悪の場合は死に至る。
「……うーん」
エント族が花粉を出したであろう瞬間は、おそらく少女が花粉でできたモヤを村で発見したころであろうと仮定すると、昼から夜まで、エント族は花粉を何時間もずっと出し続けていたことになる。
「…………うーん」
三つ編みの先端をくるくると指先でいじる。少女が考え事をする時の癖だ。
「真歩ちゃん、どったのん?」
それをよく知るツンツン頭の友人が声をかける。
「もしかして、なんかそこはかとなく陰謀のにおいがする感じ?」
楽しそうに、むふー、と鼻息を荒くした。
「あはは……」
昔は図書室でファンタジーノベルを物静かに読んでいたおとなしい女の子だったというのに、いったい何がきっかけでこうなってしまったのか……少女は思わず苦笑いを浮かべる。
「そうゆうんじゃないよぅー? でも……うん、なんてゆうか、ちょっと気になる感じ? 不思議だなぁー、って」
「ほほぉー」
その言葉を待っていたとばかりに、ツンツン頭は三つ編み少女の差し向いの椅子に座った。
「真歩ちゃんを悩ます謎かぁー」
男に習ってぶら下げたほとんど何も入っていないウェストポシェットから、カップを二つ、ココアの粉が入った瓶をひとつ、パックに入った牛乳に、小さな鍋に、よくアウトドアで使う小型ガスコンロなどを手際よくテーブルの上に並べていく。
「…………なんでも入ってるねぇー」
「何にも入ってないよぅー。どれもこれも、ちょっとしっしょーのプライベートなお部屋から拝借してるだけ」
「怒られるよぉー……」
「ちゃんと許可は取ってるからだいじょーぶ! だから、しっしょーにはナイショだよ?」
「あはは……」
内緒ということは実際に許可をとっているわけではないらしい、ずいぶんと面の皮が厚い女である。
「それでそれで? どんな謎があったりしちゃったりするの?」
余計なエサあげちゃったなぁーと、少女は少し後悔した。
「えっとね……まぁ、結花ちゃんが言うほどの謎ってわけじゃないんだけど」
「うん」
「こんなにずっと花粉が飛んでるのに、エント族を襲ってるってゆう敵さん、息苦しくないのかなぁー、って」
「でも、花粉症じゃないなら大丈夫なんじゃない?」
的外れなことを言いながら、小さな鍋に牛乳を注いで、小型ガスコンロで火にかける。
「真歩ちゃんって濃いめが好きなんだっけ?」
「あ、うん。濃いめがいいな」
スプーンを使わず、ココアを瓶から直接カップに目分量で落とした。
「で、えと、そう。花粉症は関係ないよ、結花ちゃん。ほら、埃っぽい部屋だと咳込んだりしちゃうでしょ?」
「おおっ、なるほどぉ!」
ぽん、と手を打つ。
「呼吸してない相手、つまりゾンビかぁー!」
そう自信満々に言い放つ。
「別にゾンビじゃなくても、防塵マスクとか、いろいろあるよね」
しかし少女はあっさりとそれを否定した。
「私が気になってるのはそうゆうんじゃなんだ」
三つ編みの先を、指先でくるくるともてあそび、
「エント族を襲ってる相手って、なんで何日も続けて襲ってるんだろうなぁ、って……たくさんの花粉の中でも大丈夫だとしてさ、エント族って足遅いし、力弱いし……もうとっくにどうにかなっててもおかしくないのに…………なんでだろ? 不思議ぃー…………」
目の前に友人がいると言うのに、少女はまた思索の海へと漕ぎ出した。
「とりあえず、わかんないならしっしょーにも聞いてみようよ」
施策の海に漕ぎ出そうとした少女を引き留めるように、口を開く。
「――――お兄さんに?」
「うん」
ツンツン頭は猫舌なので、ほどよく生ぬるい程度に温まった牛乳を火からおろし、カップに注いでいく。あたり一面に、ふわりとココアの香りが広がった。
「しっしょーこの道長いし、それにほら、三人寄れば文部科学省?」
「文殊の知恵ね」
「そうそう、それそれ」
覚える気がないように、適当にコロコロと笑いながら同意する。
「なにも真歩ちゃんだけが悩む必要はないと思うな。だって真歩ちゃんができることは、真歩ちゃん一人分しかないんだもん。私と真歩ちゃんがいれば、私と真歩ちゃんの二人分になるのといっしょで……一人より二人がよくて、二人より三人がいいんだよって、テレビでゆってた」
「あはは…………」
受け売りの言葉を臆面もなく堂々と口にする友人に、思わず少女の口の端に苦笑いが浮かぶ。
「でも、うん。そだね。私じゃ何考えても、何もできないもんね」
「うん、そうだよ」
連れてきてもらっていると言う立場だ、危ないことには関わることができないだろうし、近づくことすら許してくれないだろうと、二人は男の顔を思い浮かべながら言う。
「だからね、あわよくば真歩ちゃん、しっしょーから許可をもぎ取ってきてほしいなっ。いーい感じに言いくるめて、涙見せちゃったりして!」
「あはは………………」
なるほどそれが本音なんだねと、少女は苦笑いを浮かべることしかできない。
「真歩ちゃんだって、はやくエント族さんとお話ししたいんだもんね!」
彼女の友人は、自分の利益だけではなく、こっちの利益まで提示する、悪知恵が働く女の子なのだから。
「保証はできないかなぁー……」
「あっれぇ?」
ツンツン頭が素っ頓狂な声を上げる。少女の目の前にはコーヒー片手に窓際に並ぶ男と、エルフ、そして少女が予想もしていなかった先客がいた。
「瞳子ちゃんじゃーん。なになに? 抜け駆け? 色仕掛け? しっしょーに? 三角関係? でもそれ作者によってワンパでタルいか、ドロドロでみんなの胃を削っちゃって人を選ぶからいいことないよ? エンディングでヒロインに感情移入してたおばちゃんだけカタストロフが味わえるだけだし」
「えと、カタルシス、だと思うなぁ……」
「兄ちゃんと付き合ってお小遣いもらえるんだったら考えなくもないけど。てか瞳子、ひと回りも年上がカレシとか無理かなー」
ツンツン頭がまくしたてるようにいつもの妄言を口にすると、三つ編み少女が間違いを指摘し、日焼け娘が呆れたように視線を送る。
「お前らよくもまぁ本人の目の前でそんなアホなこと話せるなぁ」
「好かれてるんですよぅ♪」
「いや、ライクはあってもラブじゃないかなぁー?」
ころころと笑いながらおどけてさえずるツンツン頭が口にした言葉を、日焼け娘が即座に訂正した。
「ま、茶番はこれくらいにしましてー」
「茶番って……結花ー、自分の存在全否定してだいじょーぶ?」
「いや私遊び人でも旅芸人でもないし。てゆーか、そんなことより、瞳子もしっしょーになにか御用?」
「んー」
険しい表情を浮かべて首筋をさする。
「なんてゆうか、こう、このへん……後頭部だっけ?」
「うなじかな?」
「あ、たぶんそれ。そこがさ、こー、ムズムズする感じがして」
「ほほー」
ツンツン頭が瞳を輝かせた。
「なんかヘンな病気か、虫刺されかなぁーって、オルガさんに診てもらったんだけど……なんもないって。でさー、不安なら兄ちゃんに診てもらえって言われて。なんか兄ちゃん、顔広いし物知りだって、オルガさんゆってたから」
「……お兄さんって、やっぱりすごく物知りなんですか?」
「言うほど物知りじゃないなぁ」
とは言うが、七ヶ国語も話せるようになるほど、この世界を歩き回ったこの男が物知りでないわけがない。
「まぁー不安がらなくても大丈夫だとは思うぞ? 虫刺されっぽい跡もねぇーし、アレルギーだったらちょっとお手上げだけど、それにしては肌も荒れてねぇーし。つるつるすべすべでうらやましいくらいだ」
「ほほー」
ツンツン頭が男をじとりとした目で睨む。
「しっしょーはぁー、瞳子ちゃんのー、たまご肌ってゆーかー、うなじをー、なで回したとぉー?」
「指先でツツーッと撫でていたね」
「豚さんには聞いてませんよ?」
「君は本当に僕に辛辣だねっ!」
「私、豚さんがセクハラしてきたことを忘れてませんし?」
「瞳子もわりと空気読まないほうだけど、さすがにあれはないと思ったわー」
「いいかいリトルレディ? 過去という名の錨を上げるんだ。そして友情という名の帆を張り――」
「セクハラという名の嵐でマストを叩き折ればいいんですね」
「君は本当に僕が嫌いなんだねっ!!」
まぁこうした海のエルフのキザっぽいセリフを好むのは夢見がちな純潔の乙女が基本である。残念ながら三人娘こと現代っ子たちはさほど夢見がちではないのだ。
「くっ……彼女たちはどうして、お互いを尊重しあう友情とはダイヤモンドのように硬く、そして美しい存在なんだとなんでわかってくれないんだ…………!」
「知ってます? ダイヤモンドって金槌で叩くとガラスみたいに割れるんですよ?」
「火にくべると燃えるんだってねー」
「下手なカラットのダイヤモンドより、イミテーションダイヤのほうが価値が高いことなんてざらですよ?」
「君たちはほんとうにいろいろと台無しにしてくれるね!」
「あはは、嫌ですねぇー。本当に嫌いなら視界の端にも映しませんよぅー」
ツンツン頭はころころ笑う。
「私、案外こー、しっしょーとか、酒場で憎まれ口叩きあってる仲にあこがれてるんですよ? だからこれは、ちょっとした愛情表現です」
「そ、そうなのかい……?」
「という設定はいかがです?」
「台無しだよっ!」
「あははっ」
エルフを楽しげにひとしきりからかうと、
「さてー」
話題を変えるように手を鳴らした。
「実は私たち、しっしょーにちょっと、おうかがいしたいことがありました」
「なんだ、今度は俺をイジって遊ぶのか?」
「それはそれでちょっと心惹かれますがー……」
んー、と考え込むようなフリ。
「でも、ちょーっと、事情が変わっちゃいまして。ええ、瞳子ちゃんのおかげで」
「は? 瞳子のせい?」
日焼け娘が問い返す。
「ううん、おかげ、だよー?」
訂正し、
「実は私、瞳子ちゃんのムズムズに心当たりが」
「ほう?」
「なに、やっぱ虫かなんか?」
「ううん。違うよ?」
ドヤ顔で溜めて、
「危機感知判定に成功したんだよっ!」
妄言を吐く。
「……はぁ?」
「ききかんちぃ?」
胡乱げな視線が集まる。
「あっ、信じてませんね?」
「ちょっと君はいつもの自分の言動を振り返ってみるといいんじゃないかな?」
エルフの青年が、お前いっつもしっしょーとか呼んで慕ってる男を妄想の中で散々殺してるやん、という感じのセリフをオブラートに何重にもくるんで指摘した。
「まぁその件については後日前向きに考えてみることと検討してみようかなとおもうところですが」
「君ねぇー……」
「いいですか豚さん? 瞳子ちゃんの副職業にある、盗賊ってゆうのはですね? なんだか悪いイメージにとらえられやすくて最近のゲームじゃちっとも見かけなくなってきたなぁー、なんて思うような感じですけど、古くはTRPGとかでダンジョンのトラップを見つけたり奇襲にいち早く気付いたりで技能的にはむしろ軍人さんのレンジャーに近いんですよ? そのレンジャーって名前もなんか最近のTRPGじゃ野伏ってゆう別の職業に割り当てられちゃってますけどっ! でもでもっ! 本来の盗賊って技能はパーティーの命綱なんですっ! 最近じゃ斥候って職業に分類されちゃってますけどねっ!」
――熱弁が始まった。
「いいですか? そういった古き良き盗賊の生きるTRPGのノベルスだと危機感知判定とかはたいてい『虫の知らせ』とかゆう感じに言い表されてて、その場合の代表的なものが首の後ろ、つまりうなじがムズムズしたりチリチリしたりするってゆう表現になっているのですっ!」
「…………はぁ」
エルフは気の抜けたような、彼女はいったい何語を喋っているんだい? といった表情を浮かべながら、間抜けな声を上げた。
「つまりっ! 今まさに瞳子ちゃんは私たちに危機が迫っているということを教えてくれているというわけですよっ! そう、たとえばここがゾンビ的サムシングに襲われて壁とかが」
ド――――――――……………………………………ォォオオオン
「と、このよーにですねぇ!」
「いや待て、マジでデカい音がしたぞ!?」
「くそっ、また彼女のバカな妄言かと聞き流してたらこれかい!」
「その前にしっしょー、豚さん。私になにか、言うことありません?」
「いや結花そんなことゆってる場合じゃないっしょ!?」
「とっ、とりあえずお兄さんに――――"空気の被膜"!」
慌ただしく浮き足立つ四人の中で、唯一、ツンツン頭だけがのほほんとした表情を浮かべながら――いや、妄言だと切り捨てたことに対する謝罪がないとふくれっ面をした。
「てかオルガは!?」
「オルガさん!? えと、たしか――えと、ほら、あっち! あっちいくって!」
「お風呂?」
「それっ!!」
風呂という単純な単語すらとっさに出ないほど慌てて屋敷の彼方を指さす日焼け娘に、ツンツン頭は軽く指摘してやって、
「はいおちつこぉー!」
ぱぁん、と両手で激しく音を鳴らす。
「真歩ちゃんみんなに……お兄さんにはかけたから、豚さんと私たちに"空気の被膜"おねがーい」
「あ、うんっ」
「瞳子ちゃんムズムズだいじょーぶ?」
「え!?」
「ムズムズ」
「あ、治ってる!」
「じゃー、もーこんな感じのはないからだいじょーぶ。でもいちお、注意しててね?」
実に冷静に、少女たちに指示を回した。
「……君、意外と冷静だね?」
「伊達に学校とかで、テロリストの人質になったらどーしよー、って妄想はしてませんからねぇー。いつ非常事態が起こっても大丈夫なようにシミュレーションしていたといいますか」
「ヒュゥー……僕、君のことを勘違いしていたようだよ。正直、見直したね」
「いやぁー、それほどでもぉ……」
照れたように後頭部をかくが、要するに中二病が完治していないということである。
「それじゃ、しっしょー」
「なんだ」
「わかってるかと思いますけど」
「ああ……オルガは任せろ」
「やー、しっしょーはやっぱり頼りになりますねぇー」
「ま、俺もお前を見直したよ」
男はぽん、とツンツンと跳ねた髪を、くしゃりとなで回す。
「…………えへへ」
少女は思わぬ出来事に、顔を真っ赤にしてデレデレとほおを緩めた。
「ではしっしょー! 私はみんなを安全な場所に連れていくオシゴトがありますのでっ!」
びしりと敬礼。
「事が済んだらてきとーに戻ってきますねっ!」
「おう!」
彼女は未熟だろうが、男と同じ"異界渡り"だ。安全な領域など異界のはざまなどに用意ぐらいはしていると、そう思っていた。
「ではでは、お互いにご武運をぉー!」
この時の男はまだ知らなかった。少女が企んでいることを――――
エルフのヒミツその1「えげつない」
おしろいダークエルフとかいたよね。
エルフのヒミツその2「ろくでもない」
モテるためならなんだってしてやる!
エルフのヒミツその3「いやらしい」
エロいという意味で。