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魔神少女結花ちゃんっ!  作者: 神楽風月
「私、冒険者になりたいですっ」 - 魔神少女Lv.1
1/17

#01 魔神の少女、異世界に立つ

 荒くれどもがあつあつの肉塊にむしゃぶりついて、たらりとしたたる濃い肉汁をすすっては苦いエールで喉の奥へと流し込む。

 まるで音程のあっていない吟遊詩人の下世話な弾き語りにガハハと笑っては肩を組み、追いかけるように調子っぱずれな歌を歌いだす。

 世間では彼らに口さがない悪口を漏らすが、はたして彼らが一斉に仕事をしなくなれば困るのはどこのどいつか。そんな事を真面目に考える人間がいったいどれほどいるものか。



「おう、そういやお前ら! 珍しくお褒めの言葉を頂戴したって話じゃねぇか!」

「どうせ農家からだろう」

「がはは、ちげぇねえや」

「おっと、俺をなめてもらっちゃあ困るね! ――おっぱいのでけぇ美女だったぜ!」

「てめぇこのやろう!」



 大型の獣を相手に、剣や斧で、たったの数人で戦いを挑む彼らのなんと無謀なことか。狩人が歓迎されるのは小さな村や害獣に悩む農家ぐらいで、都市部の人間は知恵足らず、野蛮とすら叫んでいる。

 ああそう見えるだろう。

 彼らもそれを自覚している。だが横柄な態度をとるものはここにいない。そんなことをしてしまえば仕事がなくなってしまうことぐらい誰でも知っている。自分たちは牙をむく自然に立ち向かう存在だが、同時に自然に生かされている存在であることを誰しも理解している。

 ――名を、冒険者。

 最低野郎と罵りたければ罵るがいい。いったい誰から食料をもらい、いったい誰に守られているのかを知らぬ知恵足らずと笑われたけければ。



 黒く変色した頑丈な木製の床を踏みしめて、酒場に足を踏み入れた。明らかに体重の足りない痩躯は、少女にいっそう場違いな雰囲気をまとわせている。

「おっとぉ、小さいのが来るにはここは早いじゃろぉー?」

 いち早く気付いたのは、負けじと矮躯の少女。

 笹簿と呼ぶにはいささか幅広の、とがった耳は彼女がドワーフ族であることを証明している。すでに出来上がっているのか、とがった耳の先まで真っ赤に染まっていた。

「お前も小さいだろ」

「おっと、これはし()り!」

 酔いと"た"の発音が若干怪しい独特のドワーフ訛りで言葉が変になるのすら可笑しいのか、ドワーフの女は手のひらで額を打ってけらけらと笑った。

「こんなところに迷い込んで、どうしたのかなリトルレディ?」

 長身だが痩躯、顔の横幅にも等しいほどに長い笹簿耳はその男をエルフだと訴えている。ドワーフの女から席ひとつ開けて座っていたエルフの男は立ち上がり、自身の心臓のあたりに手を添えて少女の前にひざまずいた。

「エルフがナンパしとるぞぉー!」

「やべぇあの女の子孕ませられる! 憲兵を呼べぇー!」

「君たちは本当に失礼だなっ!」

 子供ができづらいエルフの男は、女ならば割と誰にでも声をかけるという噂がある。事実かどうかはさておき、少女もそうした種族柄を聞いたことはある。

 少女がエルフの男から一歩身を引いたのは、自衛的な感覚だった。

「ほら、怯えてしまったじゃないか!」

「おぬしが怖がらせているんじゃろ」

「おーし囲め囲めぇー! イケメン気取りのエルフのくそ野郎を魔女(ババァ)んところに放り込めぇー!」

「なにをするんだぁー! や、やめろぉー!」

「ガハハ、搾り取られてくるんだなぁー!」

 酔っ払いどもがひざまずいたエルフの男を囲んで少女から引きはがしつつ、酒場の外へと連れ去った。

「怖がらせて悪かったな、小娘」

 続いて少女の前に立つのは、水牛のような黒い角が生え、青い肌をし、白目の部分が真黒な金色の瞳を持つ亜人の女だった。

 およそファンタジー小説における痴女的悪魔っ娘とでもいうような恰好をしたそれが胸の前で腕を組んで高圧的に見下ろすものだから、少女は思わず「ひぃ」と喉を鳴らして後ずさる。

「おいてめえが怖がらせてちまってどうすんだよっ!」

「……なんだと?」

「せめて目ぇの高さぐれぇ合わせろよ、だからてめえは栄養がタッパと山羊みてぇな乳と角にいってるとか言われてんだ」

「キサマァ! 今私の角を侮辱したか! 有角族の誇りを侮辱したかっ!」

「いや侮辱なんかしてな――」

「差別主義者め! ぶっ殺してやる!」

「――ぁあああああ痴女が襲ってくるぅううううう!?」

 目の前に少女がいるというのに、亜人の女はそれこそ通報されても文句の一つも言えないような鬼の形相で殴り掛かっていった。

「…………あー、すまんな。血の気の多いアホどもが多くて」

 最後に少女の前に立ったのは、最初に少女を見つけたドワーフの女だ。最初の位置から三歩ほど入り口に近づいた少女に向けて、申し訳なさそうに苦笑する。

「さて、本題じゃ。おまえさん、いったいなんのようがあってこんなとこに来た?」

 少女とほぼ身長が同じであったドワーフの女はできる限り朗らかな笑みを浮かべて問いかける。

「あ、えっと、その……私、お兄さん、探して」

「……ちょっと待ておれ」

 少女の言葉をドワーフの女は片手で制し、背を向ける。

「キサマらぁ! 静まれぇーい! 静まれ――……静ま……静まらんかぁあああ!」

 しびれを切らすにはいささか短すぎる猶予でもって、ドワーフの女は手近な椅子をつかみ上げると、一番うるさい、先ほど野次を飛ばした男に殴り掛かっていった亜人の女めがけてそれを全力投擲した。

「ぐぇーっ!」

 木がばかんと乾いた音を立てて砕け、同時に仮にも女が上げる悲鳴としてそれはどうなんだと思うカエルがつぶされたような声が酒場に響く。痛烈な椅子の一撃で亜人の女は一瞬で意識を刈り取られ、同時にその暴虐によって酒場はしんと静まり返った。

「よし、静まったの」

 満足げにフンスと鼻を鳴らす。

 その恐怖政治にも似た静けさの中で、ドワーフの女は腕を振りかざしながら堂々と周智した。

「この娘の言葉がわかるものはおるかぁ――――!」



「西エルフ語じゃねぇな」

「お前バカか。耳をよく見てみろよ耳を。丸耳じゃねぇか!」

「丸耳でも西エルフ語の女はいるぞ、たくさんいるぞ! かわいいのがたくさん!」

「んなドマイナーな地方語フェチの話はどーでもえーわっ! てーか角ありのは?」

「そこに転がってる痴女んところの地方のは知らんけど、俺の知ってる有角族の言葉はダメだった。ちなみに西のだ」

「痴女は確か西生まれって聞いたぜ」

「マジかよ。ドワーフ語はどうだ?」

「ワシ西のしか知らん」

「おいここには西のしかいねぇのかよ! 東か中央のはないのか!?」

魔女(ババァ)んところに行っちまったイケメン気取りのくそエルフがたしか東のほう出身だったはずだ」

「使えねぇなアイツ!」

「しかもあ奴、女口説くためにいろんな地方語知っとる言語オタじゃぞ?」

「なんで肝心な時に魔女(ババァ)んとこなんて行ってんだよあのくそ野郎!」

「くっそ……とりあえず帝国語試してみる」

「お前ちょっと自分が何語で話してるかよく思い出せ」

 自分たちが荒くれ者だとは理解しているが、だからといってわざわざ諍いを起こして自分の首を絞めようとするバカはいない。そんなのが冒険者なんていうそれほど後ろ盾のない仕事をやれないわけだ。

 そして彼らの請け負う仕事の一つに、実は秘境に住む原住民から薬草や秘薬を譲り受けに行ったりするという仕事もあるので、彼らは意外にも複数言語に堪能である。

 それを生かす仕事に就こうとかそういうことを考えられないのが、彼らが愚かな証拠でもあるが……ともかく、自分たちの知る言語が通じない――そんな事例に遭遇した彼らがとった行動とは、少女が操る言語を探るための会議であった。

「東と中央はわからんけど、西のが全滅ってなちょっとおかしいよな」

「同じ大陸だから少なからず似てるものだしな」

「大陸のどことも貿易もしてないような孤島なんぞここ数百年見つかってないし、そんなもんもうここにゃ存在しねぇって言われてるから……そうなると」

「異界かっ!」

「おい魔神使いはいるかぁ!」

「そんなドマイナーなもんの使い手が都合よく――」

「そこに転がっておる痴女がそれじゃな」

「誰か水もってこい!」

「コップじゃねぇぞ! バケツだかんな!」

「めんどくせぇ、精霊使い!」

「ウンディ――――ネ!」

 全身に幾何学的な刺青を施した男が両手を上げて突然叫ぶものだから、少女がびくっと肩を震わせる。同意に酒場のすみに転がされていた亜人の痴女にバスタブをひっくり返したような大量の水が降り注ぐ。

「――ぶるぁあ!」

 女がそんな声を上げるのはどうかと思うすごい雄叫びとともに亜人の女は飛び上がった。

「な、何が起こった!? 天変地異か!?」

「おおい、アスタリッテ」

 ドワーフの女は目を白黒(?)させる亜人の名前を呼んだ。

「ああ、オルガ。私はいったい……」

「んなこと後回しじゃ、後回し。それよりホレ」

 比較的見た目が人間に近い人懐っこそうな顔をしたほかの冒険者たちから身振り手振りで勧められた椅子にちょこんとお行儀よく座り、誰かがおごった甘いホットミルクをすする少女を指さした。

「言葉が通じん。異界の言語やもしれん」

「確かに私は魔神使いだが……」

 異界の住人、特に奇怪な姿をしたどこぞの世界の意志ある生物兵器たちの力を借りて戦うのが魔神使いという魔法技能職である。その生物兵器たちを指して魔神、それが住む世界を魔界と呼ぶのだが、しかし稀にそうした場所以外に接続することもあるので、彼女のような魔神使いは異界の言語に堪能であった。

 当たり前だが無数にある異界すべての言語を網羅できるほど人は賢くはなく、同時に長生きではない。接続先を間違えるとまったく使えない異界につながるし、望んだ異界に一生繋ぐことができないものもいる。時には気が狂って死ぬのもよくあることだ。

 使役の対価に痴女い衣装を強要されてはいるものの、彼女のように堂々と魔神使いを名乗れるほどの実力を持つものは希少な人材である。

「だからといって異界の言語は一つじゃないし、異界の言語すべてを網羅しているわけではないといつも言っているだろうが」

「いいからやっとくれ」

「まったく、簡単に言ってくれるな……」

 愚痴をこぼすも、少女の前に立つ。

 なんの成長もしていない、腕を組んだ威圧感あふれる仁王立ちであった。

「小娘っ! 名を名乗れぇい!」

 魔神に対してはわりと横暴な態度のほうが使役しやすいせいか、彼女はいつものように強い言葉で問いかける。

 びくりと体をすくめるが、言葉を理解した様子はないことは見て取れた。

「小娘っ、名乗らんと焼くぞ!」

 言語を変え、もう一度問う。

 しかし怯えた態度を変えることなく、言語を理解しているようすもなかった。

「……は、はやく名を名乗れ」

 まるでいじめているような錯覚に陥ってしまった彼女は、やや語尾を緩めて問うた。

「あっ、その……岡本結花(おかもとゆか)です」

「きさま日本人かっ!」

 びくりと体をすくめるが、言葉がようやく通じてくれたことを喜ぶように少女はこくこくと何度もうなづいた。

「えっと、あの、私、お兄さんを探して……あっ、お兄さんって言っても家族とかじゃなくって」

「近所の男か」

「あ、いえ、こっちに旅行しに来て、そのとき、通訳の人で……」

「お礼でもしに来たのか」

「いえ」

 少女は小さくかぶりを振って、

「お兄さんみたいな冒険者になりたくて!」

 くりくりとした瞳をきらきらと輝かせて言った。

「……ちょっと待ってろ」

 亜人の女は片手で制し、少女に背を向けた。

「大変だ。うちのバカにあてられて冒険者になりたいとかほざいてる……!」



「おいおい、どうすんだよ……」

「いや、追い返せばよくね?」

「おま……かわいそうだろ! あんなキラッキラした目ぇしてるんだぜ!? それを、おま、あんないたいけな少女に帰れと言えるか!?」

「見たところ十五、六といったところじゃな」

「マジかよ大人じゃねぇか!」

「うちのバカが言うには、日本という国は二十からが成人として認められるらしいが?」

「マジかよババァ地獄じゃねぇか!」

「それよくもまぁワシの目の前でいえるの?」

「んなことよりてめえらの仲間――元凶はどこ行きやがったんだよ!」

「そういや、今日はまだ見てないな」

「あー、なんでも国に帰らんといかんのじゃそうな」

「税金がどうのこうのと言っていたな」

「かぁー! 使えねぇー!」

 すっかり酒気の抜けた冒険者たちは、いかにして少女に冒険者という職業をあきらめさせようかという話し合いを始めていた。

 少女のような夢を持ってやってくるものは稀にいるのだ。憧れだけでこの世界に飛び込んでしまうロマンチストが。

 挫折しても冒険者という職はおおむねキャリアにならないことが多いので、いわゆる脱サラした夢追い人なんかは夢と現実のギャップに悩まされながらもあの安定した日々に戻ることもできず、依頼先でそのまま帰らぬ人となることが多いのだ。

 未来ある若者のため、心を鬼に、時には姿かたちを吐き気を催すような邪悪で冒涜的なナニかに変えて追い返すというのも先達としての責務なのである。

「えと、あの……」

「気にするな、お前が探している男を探しているだけだ」

「あ、はい」

「心配せずミルクを飲んでいるといい。おかわりは自由だ」

「あ、ありがとうございます」

 ちなみにミルクの代金は元凶へのツケである。

「――おい誰かあのバカにさっさと連絡してここに来させろ!」

「げ、しびれを切らしちまったか?」

「いや、まだだ。しかしながら、私の小粋な魔神トークでなんとか持っているといったところだが」

「ちっ、こうなりゃなりふり構っていられねぇ! 誰かあのバカんところに使い魔みたいなの送れるやつぁいるか! 精霊とか」

「日本の環境がわからねぇ、こっちの精霊が存在してられるかちっと怪しい」

「くっそ、魔神使い!」

「姿かたちが完全に異形のナニカしかいないな。平べったい蛇のようなやつはいるが……下手に自然に還られても向こうが困るだろ」

「あー。外来種がどうの、環境破壊がどうのと言っておったなぁ」

「しゃあねえ……死霊使い、幽鬼(レイス)的なものは行けるか!?」

「操るほうは死体(ゾンビ)専門ですな」

「なんでそれ専門なんだよ!?」

幽鬼(レイス)じゃ人手になっても肉壁にはならんでしょう!」

「ごもっともだけどさぁ!?」

「誰も彼も使えねぇ!」

「じゃぁテメエは何ができるんだよ!」

「あいつの持ってたパソーコンでルーン文字を刷ることができる! 大量にだ!」

「てめぇこそ使えねぇ――――!」

「もはや議論を交わしているのか口論しているのかが怪しくなってきましたな!」

「しかたあるまい! こればかりはやりたくなかったが、ワシに妙案がある!」

「それはおおむね失敗フラグだってアイツが言ってたぞ!」

「ええいたわけめがっ! ワシの妙案に不備なぞないっ!」

 謎の自信とともに、ドワーフの女は木製のテーブルにひょいと飛び乗る。それを演説台のようにして、彼女は大きく腕を振り上げた。

「みなのもの、円陣を組め! チャネリングじゃぁ――――!」



    ○



「助かったよ、ほんとうに。あの魔女(ババァ)にどうにかされる前に助けてくれて、助かったよ……」

「どうせナンパしたんだろうけど。魔女(アレ)に搾り取られて廃人になられても困るしなぁ」

「何を失礼なことを! 僕はただ酒場に現れた可憐な花――リトルレディに対して紳士的な態度で望んだだけだというのに!」

「やっぱお前魔女(ババァ)んところに放り込んでやろうか」

「冗談でもやめてくれたまえよ!」

 服も髪もボロボロになってしまったエルフの男が、今にも泣きそうな声から一転、目を見開いて悲鳴を上げる。

 ああうるさいと指を耳につっこんで、この国の人間からしてみれば「巨人族の血が混ざったドワーフのような男」とでも言われそうな、ソース顔系の日本人がウザったそうに顔をしかめた。

 このエルフの男が怯える魔女(ババァ)とはいったいいかなるものなのか、それを語るにはいかんせんこの小説は全年齢対象のため難しい話である。彼女を言い表すための文章は九割がた自主規制のため残念なことに接続詞ぐらいしか表示できないのだ。仮に挿絵があるのなら、残念なことにそのページの半分以上をスミ消しとするしかないだろう。

 とりあえず「対価のせいで痴女という概念を突破した変態魔神使い」だと思ってもらえればまず間違いない。異界に接続するという魔神使いの性質ゆえに奴は容易に第四の壁を突破してくるので諸兄らも注意されたし。

「しかし君も意外に早く帰ってくるものだね。魔神使いの特性ゆえかな」

「手続きが早く終わっただけだよ、魔神使いだったらどれだけよかったことか……」

 なお彼のこの世界での分類はサムライウォーリア。

 同カテゴリーの中だと近接職にしてはトップクラスだが、どうしてもニンジャファイターには劣る程度の力しかないけれども成長したらダイショーグンになって剣と魔法を中途半端に使いこなせる指揮能力に長けた中ボスぐらいの強さにはなってくれたりするがやっぱりニンジャファイターのほうが強いよねって言われる程度の強さを持った、召喚獣である。

 授業中に勝手に召喚されて混乱しているところを金髪巨乳の美人さんのおっぱいとラージバストと巨乳に押し切られてホイホイ契約書にサインをしてしまったである。

 それからいろいろなことがあって彼は仲間とともに黒幕だったその金髪巨乳の美人さんとなんやかんやした後ついでに国ひとつ潰したけれども、その期間は当然のごとく学歴職歴にならないので先行き不安な国民年金に老後の人生を掛けるはぐれ召喚獣のサムライウォーリアとして立派に冒険者を続けているのだ。

 そろそろダイショーグンになりたいお年頃である。

「……言っておいてなんだけど、君はあんな服を着てみたいのかい?」

「お断りだな!」

「そうだね! あれが僕の仲間(チーム)であることが僕の人生における二番目に大きな汚点だよ!」

「一番目は?」

「ドワーフの女がいるということかな?」

「ああやっぱり」

「やはり巨人族の女のようにおっぱいは山脈のごとくあるべきだよ!」

「お前最低だな! でも否定はしねぇ! 俺もおっぱいはデカいほうがいいからなっ!」

「そうだとも! ああ君が仲間でほんとうによかったよ! 僕の人生の最大の幸福は君が親友ということだ!」

「でも最近ふとももにも目覚めてきたんだよな」

「君は今、僕の人生で最大の裏切りをしたっ!」

 そういったどうでもいい会話を、街灯のない、店や民家から漏れる明かりで照らされたそれなりに見通しの利く目抜き通りを通り抜けていく。

「――そういえば妙に静かじゃね?」

「そうだね。普段ならこの大通り、もっとバカ騒ぎがあってもおかしくはない」

「何があったと思う?」

「君はどう思っているのかな?」

「とりあえず人のこと野蛮人とか言ってるアホどもの襲撃」

「ああ、ありうる」

 非常に軽くけらけら笑いながらも、エルフの男は一メートルもない三叉の槍に手を触れた。エルフの男として魔法も使えなくもないが、彼は東の湾岸沿いに住まう海エルフ、波や潮風の精霊とは懇意だが、このあたりに住んでいる風の精霊とはちょっと仲が悪いのだ。

 対してはぐれ召喚獣サムライウォーリア、彼は腰に差した日本刀――備前長船の現代刀、お値段およそ二百万――しか扱えない。警戒するように刀の鍔に指を置く。

「あれ嫌いなんだよなぁ」

「あの女性は実に美しかったが思想が悪かったね」

「ほんとにな、おっぱいデカかったのに!」

「大きいのに悪い人間はいない、きっと偽乳だったんだ!」

「ならしょうがない!」

 はたから見ればお前ら酔ってるのかと口にしたくなるような巨乳に対する絶対的な信仰をその胸に、彼らは慎重に、しかして小走りぎみに酒場へと急ぐ。



    ○



「夫が浮気しているかもしれないじゃと? ……なるほど、それは辛いのぉ」

「ダメダメそこであきらめちゃ!」

「目の手術……成功するといいね」

「人が本当に死ぬのは誰も思い出さなくなった時ですぞ!」

「明日はホームランだねパパぁ!」

 それはおよそ、チャネリングが成功している図ではなかった。

 なんで円陣を組んでおきながらそれぞれ明後日のほうを向いてやっているんだというのもあるが、ひとりひとりがまったく違う相手につながってしまっているのもいったいどういうことなのか。

 通信相手に熱中して、慎重な面持ちで飛び込んだ二人に誰も気付かない。

「む、ようやく来たか元凶(バカ)

 いや、たったひとりだけ気付いた。

 常日頃からどこかの異界につながる痴女であった。

「誰が痴女だ!」

 そう虚空に叫ぶていどにはどこかの時空から受信する電波は実に良好らしい。

「…………何があったんだい?」

「ん? ああ、ちょっとチャネリングをな」

「え、なんで?」

「………………なんでだったか」

 異界に接続しているせいかたまにこの亜人は覚えが悪くなる。

「まぁいい、お前に客だぞ」

「俺に客?」

「ああ客だ。そこに座ってミルクをちびちび飲んでいるだろう?」

「…………妙に顔が真っ赤なんだけど」

「熱気にあてられたのかもな」

「なんかゆらゆらしてるんだけど」

「局所的地震だろう」

「お前実は酒とか飲ませてんじゃね?」

「私を愚弄する気か! この差別主義のはぐれ召喚獣ふぜいがっ!」

「お前のその発言が差別主義だとなぜわからん!」

「とりあえず二人とも黙ってくれないかい?」

 すぐにカッとなる亜人とサムライウォーリアをなだめるように割って入ったエルフ。

「ええい元はといえば貴様が魔女(ババァ)のところに行ったのが悪いんだ!」

「僕、きみらに押し込まれただけだよね!?」

「やろうぶっ殺してやる!」

「ぶっ殺すとか言ったね!? この僕に向かってさぁ!!」

 しかし亜人はそう割って入られるのが気に食わないらしい、悪魔の形相でもって腕を振り上げエルフに殴り掛かる!

 しかしこのエルフ、周りから女癖が悪いと共通認識で思われてはいるものの、湾岸沿いの生まれで非常に気性の荒い女どもにも揉まれてきた男である。殴り掛かってくる女に一切の容赦なんて存在しない。用意した銛を持っていながらなぜかそれを握った拳で容赦なく殴り返す!

「キサマ武器を抜くとはもはや容赦はせんぞぉおおお!」

「最初に殴り掛かって来た君が悪いのだ!」

 ようするにこいつもここの酒場の奴と同じ穴の狢であった。

「………………お嬢ちゃーん、俺に用事ってなにかなー?」

 単純に影が薄いからといえばそれまでだが、その不毛なる闘争を「こいつなんでサムライウォーリアのクラスで呼ばれたの?」と疑いたくなるような見事な気配遮断術でするりと抜ける。

 そんなんだからいつまでたってもダイショーグンに転職できないのだ。

「あ、おにーさん」

「ぶわっふ酒くせぇ!?」

 いつの時点でミルクカクテルなんてものに変わったのかはわからないが、思わずたじろいでしまう程度には少女は酒を嗜んでいたらしい。

「っていうかここにカクテルなんて崇高なものがあったの!?」

 あったんだからしょうがない。

「わたひ、ぼーけんしゃになりに来ましたぁー!」

「……ちょっと待ってね?」

 気分よく答える少女の発言を片手で制し、サムライウォーリアは少女に背を向ける。

「未成年に飲酒させたバカと追い返さなかったバカはどこのどいつだぁ――――!」


 ※お酒は20歳になってから!

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