始まりの唄6
▽自己紹介
「あ……、えっと……」
ナンパと勘違いさせたくないサトシは、言い訳を考えていた。何て言ったらナンパじゃないと説得出来るだろうか。
「ナンパじゃないよ」とか?いや、ナンパだと肯定してるみたいだ。
「さっきのは冗談だよ」?なんだか酷い奴みたい。
率直に「自然と口から出たんだ」?駄目だ。これが一番ナンパっぽい。
と、そんな事より重要な事を思い出した。まだ、この女の子の名前を知らない。
「えっと、オレはサトシ。サトシ・ドラゴン。君は?」
「あたしは、エリナ!エリナ・ベリー!」
明るい声で答えた女の子の顔がほころぶ。良かった。笑ってくれた。
「あのね、あたしのかみ、『ストロベリー』ってなまえなんだって!おとうさんがいってた。あたしのなまえとにてる」
エリナと名乗った女の子は興奮したように一生懸命に喋りだす。
『苺』か。成る程。親も考えたな。『苺』なら赤い瞳とも合う。サトシは微笑むと「うん、似てる。可愛い」と返事をした。するとエリナは、嬉しそうに照れくさそうに、頬を赤く染めて微笑んだ。瞬間、サトシの鼓動が大きく跳ねた。同時に『嬉しい』という感情が心の中を占めていく。
――もっと笑って欲しいと思う。そして、やっぱり笑顔が可愛かった。
「サトシくんは、どこにすんでるの?ちかく?」
エリナが瞳を輝かせて尋ねてきた。つい数分前まで、この世の終わりみたいな顔をしていただけあって、ギャップが激しい。
「ううん、近くじゃないよ。旅をしているんだ。此処には立ち寄っただけ」
「たび?」
首を傾げるエリナに、サトシは頷いた。
「住んでいる所を離れて、一時的に他の土地に行く事。あの茶色の髪のお兄さんのラインと、薄碧色の髪のお姉さんのヒカルと一緒に旅をしているんだ」
そう言ってサトシは噴水の方を見た。ラインとヒカルが何か話をしているかと思ったら、ヒカルだけ何処かに行ってしまった。
「じゃあ、サトシくんは、とおくからきたの?」
「うん。此処よりずーっと東にある、『ウドゥン国』っていう大きな国からきたんだ。此処、『ミドゥル国』より大きい」
サトシは鞄からメモ帳と鉛筆を取り出すと、簡単に世界地図を描いた。ミドゥル国を真ん中に描き込み、その周りに大小様々な島国を描き足していく。エリナはまだ、少ししか文字が読めないので、国名を書かれてもわからないのだが、
「すごーい!サトシくんは、なんでもしっているんだね!」
大袈裟と言っていい程、大きく跳び跳ねた。とても楽しそうだ。「そんな事無いよ」と、サトシは描いた紙をメモ帳から破り取り、エリナに手渡した。
「オレは長老に教わっただけで、ラインの方が色々知ってるし、ヒカルなんか案内人だけあって、この国の事なら何でも知ってる」
とか言いながらも少しは嬉しかったりした。たとえお世辞でも褒められるのは嬉しいが、子どもは違う。純粋に褒めてくれてる。いや、決して、ラインとヒカルが全く褒めてくれないって訳じゃないからね。……ラインはあまり褒めてくれないけど。
「そういえば、エリナは何処に住んでいるの?」
照れを隠す為に逆に尋ねてみた。聞かれたんだから聞いたっていいはずだ。するとエリナはサトシの手を優しく取って言い放った。
「つれてってあげる!」
「えっ?!」
状況が把握出来てないサトシは、半ば引きずられるようにして、エリナに連れていかれる。
「ちょっと!あたしの林檎、返しなさい!」
と、何処からかヒカルの怒鳴り声が聴こえ、視線を移すと、ヒカルが山吹色の髪をした少年を追いかけ回していた。少年の手には一つの林檎が見える。
「うわっ!追っかけてきた!」
少年は驚愕を顔に浮かべると、スピードを上げた。しかし、すぐに何処からか鎖の付いた鉄球が飛んできて少年の脚に絡まり、結果、少年はド派手に転ぶ事になった。ただ、林檎だけは手放さなかった。
痛そう、大丈夫かな。……あ、殴られた。
サトシは、ヒカルの鉄拳を食らった少年に哀れみの眼差しを向けていると、ラインがニヤニヤしながらこちらにやってきた。
「デートもいいけど、ちゃんと帰ってこいよ~」
冷やかしである。腹が立ったので、サトシは何も言わず睨み付けると、そのまま、エリナに引きずられていった。