始まりの唄5
▽女の子の大冒険
明日はあたしの誕生日。なんて事は関係なく、ただ、冒険したい気分だった。お気に入りの薄い桃色のワンピースを着ていたからかもしれない。
赤ともピンクとも言える色をした長い髪の女の子は、お昼寝をしたフリをしてお母さんを騙した後、お布団から抜け出し、ポンチョを片手に家を飛び出した。
「エリナ、何処に行くの?」
「どうしようかな」
ポンチョを羽織り、フードを深く被った女の子は一人で喋っている。
「リエナは?」
「どうしようかな」
「いっしょにいこうよ」
「うん。そうする」
辺りを見渡し、警戒しながらとりあえず市場へ向かう。迷いはしない。道はあの子が覚えてるから。
「それにしても、今日はどうしたの?いきなり脱走なんかしちゃって。あたし、びっくりしちゃった」
「んー。すてきなことが、おきそうなきがして」
「成る程ー」
「あぶないことがあったら、コッソリおしえてね」
「りょーかーい」
そして、女の子は口を閉じた。市場が見えてきたからだ。市場では人が賑わっている。いつもはお父さんとお母さんと一緒に買い物に来るのだが、今日は『一人』だ。ゆっくり見回れる。
と、そんな中、お父さんと同じ茶色の髪が見えて、慌てて物陰に隠れた。
「お父さんじゃないよ」と頭の中で声がしたのでそっと見てみると、お父さんではなく知らないお兄さんだった。女の子は安心して、ほっと溜め息をついた。お父さんに見付かったら怒られちゃうもんね。
そして、お兄さんの方をよーく見てみると青い髪の男の子がいた。どうやらお兄さんと喧嘩をしているみたい。男の子は大きな剣を持って振り回している。女の子は男の子をよく見てみると、ある事に気が付いた。――瞳が金色なのだ。
「あたしといっしょだ!」
髪と瞳の色が違う人は自分以外で見た事が無かったので、女の子は嬉しくなって男の子に近付いていった。男の子が剣を振り回している事などすっかりと忘れて。
「一応、此処は、市場だぞ?!」
「――え?あ……、あ、あわわわわわっ!」
一瞬にして剣が消えたかと思ったら、いきなり男の子が振り返った。あれ?瞳の色が、髪と一緒……。と思った瞬間、男の子とぶつかってしまった。二人はその場に尻餅をついてしまう。
「ぶつかってごめんね。痛い所とか無い?」
男の子は女の子を立ち上がらせるとワンピースやポンチョに付いた砂を払い、女の子の手を握り歩き出した。歩きながら男の子に声を掛けられたが、女の子は俯いて首を横に振って黙っていた。
だって、悲しかったの。仲間だと思ったのに違うみたいなんだもん。
「ううん。この子、魔法使う時だけ瞳の色が変わるみたい」と、頭の中で声が聴こえる。じゃあ、魔法を使っていない時は髪と同じ色なんだ。いいな、羨ましい。
辿り着いた場所は公園だった。この公園には噴水とベンチと申し訳無さげに小さな砂場がある。この村の子ども達は砂場で遊ぶ以外は此処には来ない。なのに年に四回も掃除させられるのだ。
男の子と一緒にベンチに座ったものの、男の子は難しい顔をして黙っていた。何故此処に連れて来られたのかわからず女の子も黙っていると、風でフードが外れてしまった。長い髪があらわになる。
「この髪の色はストロベリーって名前だよ」ってお父さんが言っていた。可愛い名前。あたしは、髪の色が好き。でも、瞳の色は嫌い。血の色と一緒だもん。知らない人が「気持ち悪い」って言ってたの聞いちゃったんだ。……やだな。もう、帰ろうかな。
いい事がある気がしてお出掛けしたのに、いい事無かった。それにそろそろ帰らないとお母さんにバレてしまう。女の子はチラリと男の子の方を見たら、男の子がズボンの裾を強く握り締めていた。顔色も悪くて苦しそうだった。
「だいじょうぶ?いたいの?」
もしかして、さっきぶつかった時に怪我しちゃったのかな?
「大丈夫だよ、ありがとう」
男の子は不器用な笑顔で答えた。何で、そんな顔で笑うの?よく見たら、男の子はとても暗い目をしている。何で?
「……あたしのめ、きもちわるくないの?」
ぽつりと女の子が呟いた。あたしの事「気持ち悪い」って言った人は皆、笑ってなんかいなかった。変なものを見る目で口を顔を歪めていた。なのに、この子は一生懸命笑ってくれる。何でなの?
「気持ち悪くないよ。宝石みたいで綺麗だよ」
――え?
そんな言葉を掛けられたのは初めてだった。頬を赤く染めて紡ぎ出された男の子のその言葉は、偽りなど無いように見えた。暗く濁ったような瞳をしていた男の子の瞳が、今はキラキラと輝いて見える。胸の奥が温かくなったのを感じた。
男の子と女の子の顔がほころびかけた瞬間、
「くっさ。ナンパかよ」
茶色の髪のお兄さんの呟きが場の空気を破壊した。