始まりの唄4
▽公園
少し歩くと公園があった。噴水があり、子どもが遊ぶ所と言うよりデートスポットって感じだ。ど田舎の村なのに何故こんな公園があるのかは永遠の謎。
「今日はここで野宿かな……」
小声で呟いたサトシはベンチを見付けると、そこに女の子を座らせて自分はその隣に座った。辺りは静か。噴水の音と、付いてきたラインとヒカルの話し声しか聞こえない。
ふと、一陣の風がサトシと女の子の間を通った。ふわりとフードは浮き、女の子の髪があらわになる。
赤ともピンクとも言えそうな不思議な色の髪。
どうやってフードに収めていたのか不思議なくらい長い髪。
――髪と瞳の色が違う。
それは、この世界では異端な存在の象徴だった。
この世界の人間は、髪と瞳が同じ色をしているのが普通である。違う色をしている者は、『魔族』や『妖怪』、『神』や神の『眷族』等の人間ではない者。そして、人間ではない者と人間との『混血』や、いきなり力を持った者『突然変異』等の、普通なら有り得ないような、特別な力を持った人間……異端な存在『異端者』だけである。
異端者は不思議な力『魔法』を使う事が出来る。それは、普通の人間には出来ない事。だから異端者達は迫害されてきた。そして、今も……。
サトシは紺青の髪、紺青の瞳。今は同じ色。しかし、魔法を使っている時は違う。紺青だった瞳は金色に輝く。紺青だったから分かりにくかった獣のような瞳が丸わかりになる。魔法も使える。それはつまり、サトシは異端者である事だ。
サトシは魔法使用時のみ瞳の色が変わるが、魔法の使用とは関係無しに瞳の色が違う者もいる。基準は判明していない。ただ、ラインは「偶然の産物」と言っていた。
ラインは茶色の髪に黒色の瞳だ。どこからどう見ても異端者だし、魔力もある。だが、魔力感知以外の魔法が使えない。『魔双銃』という魔術を使う為の媒体が無いと魔術すら使えない。しかも本人は「異端者ではない」とまで言っている。
女の子の髪と瞳の色が違う事が分かったサトシは魔力感知をした。『魔力感知』は魔力を使わなくても魔力を持つ者なら大概は使える能力だ。魔力を使わないので瞳の色も変わらなくて済む。『魔力』には『波動』があり、一人一人違う。同じ波動を持つ者が居たのなら、それは血縁関係である。『魔力』は親から子へ受け継がれる『遺伝』なのだ。
まずはサトシ自身の魔力。今は落ち着いている。多少波動が乱れても、魔術で制御兼封印されているので魔術が押さえてくれる。ただ、過去に二回程、魔術を破壊して暴走した事があるのだが、それはまた今度に。
次は目の前の女の子。……魔力がある。この子も自分と一緒。異端者。
サトシは女の子の瞳を観察した。赤い。いや、赤にしては色が濃い。紅、と言った所か。『血の色』と言う者もいるだろう。実際に自分も『血』だと思ってしまった訳だし。
ただ、自分以外の異端者を見付けると安心する。「辛いのは自分だけじゃない」「自分は一人じゃない」。そんな気持ちになる。「こんな力さえ無ければ……」。何度思っただろうか。サトシはもうすぐ九歳だ。人の集落を出れば魔物が闊歩するこの世界の旅をするには、まだ幼すぎる。それでも、この危険な旅をさせられているのは、自分が異端者だからか……。
いや、目の前の女の子が『仲間』だからと言って、喜んではいけない。異端者は迫害されている存在だ。それに、力を持つという事は、制御出来なければ周囲に害を及ぼすという事。自分の身も滅ぼすという事。今は落ち着いているが、突然暴走する事だってある。『あの時』のサトシみたいに。
と、サトシと女の子とライン以外の魔力を感じた。少し離れた所にいるその魔力の波動はとても不安定。正直言って危ないかもしれない。いつ暴走してもおかしくないくらい乱れている。……警戒しておいた方がいいみたいだ。もし暴走して大変な事になったら……。
そこまで考えて、サトシは胸が痛くなった。
ギリギリ
ギリギリ
ズボンの裾をキツく握り締めて堪える。
ギリギリ
ギリギリ
――痛い痛い。
ギリギリ
ギリギリ
――ああ、誰か
今すぐ、オレを……
「だいじょうぶ?いたいの?」
気が付くと女の子が心配そうにこっちを見ていた。サトシは考え事を始めると周りが見えなくなったり聞こえなくなったりする。自分の世界に入り込んでしまうのだ。集中力が高いのはいい事なんだが、突然考え事を始めてしまう為、はぐれたり迷子になったり。ラインに注意されているのだが、なかなか思うようにいかない。
「大丈夫だよ、ありがとう」
サトシは出来るだけ笑顔で答えた。顔がひきつっているのが自分でもわかる。うまく笑えないのだ。笑い方を忘れた。でも別に困ってはいない。少なくとも今は。それに、この子に声を掛けてもらったお陰で痛いのも飛んだしね。ただ、サトシの下手な笑顔のせいかはわからないが、女の子の表情は全く晴れなかった。それどころか益々暗く曇っていく。むしろそっちの方が大丈夫だろうか。
「……あたしのめ、きもちわるくないの?」
ぽつりと女の子が呟いた。ああ、可哀想に。この子は自分でちゃんとわかってるんだ。自分が迫害される異端者である事を。だからだ。ずっと暗い顔をしているのは。夏なのにポンチョのフードを被り込んで。真っ赤な自分の瞳が嫌いなんだ。きっと瞳の事を誰かに言われたんだろう。「気持ち悪い」って。だって、血の色だもん。怖い。気持ち悪い。
でもサトシは知っていた。女の子は皆、笑った方が可愛いって。だからサトシは口に出した。
「気持ち悪くないよ」
女の子は驚いた顔をする。その表情の変化に、サトシ自身が驚いた。瞳が、キラキラしてる。あれ、見た事ある。前に図鑑で見た宝石に似てる。そう、あれは、
――紅玉だ
血の塊だった瞳が一瞬で宝石に変わった。どす黒かったのに今はキラキラ輝いている。笑顔にしようと思って付いた嘘が嘘ではなくなってしまった。
「宝石みたいで綺麗だよ」
思わず口から出た言葉で女の子の頬がほんのり赤く染まる。瞬間、胸の奥が甘く締め付けられ、顔が段々と熱くなっていくのを感じた。
なんだろう、これ。何か、ドキドキする。ただ、これだけはわかる。女の子はやっぱり可愛かった。サトシと女の子の顔がほころびかけた瞬間、
「くっさ。ナンパかよ」
ラインの呟きが場の空気を破壊した。