始まりの唄2
▽ミドゥル国ディスターブ村
「村に、到着~!」
先陣を切って歩いていた少女が、ぱっと回れ右をした。薄碧色をしたボブヘアーの髪が大きく揺れる。
しかし、彼女の瞳に写し出されたのは、少し離れてトボトボと歩いている少年だった。少年の紺青の髪が太陽に照らされてキラキラと輝いているのだが、それとは対照的に、この少年からは負のオーラが出ていた。
「……って、あれ?サトシ、どうしたの?」
少し大袈裟に少女が声を掛ける。しかし、昨晩からこんな様子だったと、すぐに少女は思い出した。
「……オレは、」
口を開いた少年サトシは陰湿な目で少女を見遣る。髪と同じ色をした瞳は何故か暗く濁って見えた。
「毎回毎回、仕事の度に、ラインに、置いていくなと、言ってんのに」
「昨晩の仕事の時も置いていかれたんだ?」
こくんっと頷いたサトシは、そのまま項垂れた。ただでさえ方向音痴なのに置いてくなんて酷過ぎる。そんな落ち込んだ様子を見た少女は更に声を掛けた。
「うわぁ~。いつもの如く、哀れな少年だねぇ、君は」
……いつもの、
如く……
哀れ……?
その言葉はサトシの胸にグサーっと突き刺さり、まるでトドメを刺したかのようだった。
サトシは同情されるのが嫌いなのだ。哀れまれるなんてもっての外。彼は更に落ち込んだ。
しかし、復活も早い。すぐに顔を上げると、後ろの方で離れて歩いている、昨晩からの落ち込みの原因である青年へと駆け寄った。青年は呑気に団子を食べている。そして、
「ラインのっ、クソバカー!」
青年ラインの顔面目掛けて蹴りを入れた。しかし、これはフェイント。真の目的は団子である。
ラインはデニムのズボンのポケットに手を突っ込むと、サトシからの連続攻撃を紙一重で避けた。そして、ポケットから領収書を出すとサトシの額に貼り付けた。
「甘いね。人をクソバカ呼ばわりするから、こうなるんだよ」
にやぁ、と口角を吊り上げ笑った後、最後の一つを口へと運ぶ。そして、もうすでに団子が残っていない所謂『ただの串』をサトシに手渡し、満足げな表情をした。
サトシに至っては遺憾な様子で領収書と串を見つめている。
「ふぁてふぁて(さてさて)、こぉんばん(今晩)ほまふ(泊まる)宿を、ふぁがふぁ(探さ)なくちゃ」
ラインは団子を口に入れたまま喋った。行儀の悪い食べ方だ。親に教わらなかったのだろうか。いいえ。彼は(煩い)親がこの場に居ないからやっているのです。
「宿なら無いよ?」
「?!」
少女が言ったのとラインが団子を飲み込むタイミングが一緒だったみたいだ。ラインは団子を喉に詰まらせた。
「……やっぱりクソバカ」と、サトシは見下すように呟く。その姿はまるで「行儀の悪い食べ方をした酬いだ」とでも言いたげだ。
一方、少女は踞っているラインの背中を力一杯叩きながら、
「隣の街にならあるのにねぇ~」とか「公園で野宿かねぇ~」とか、まるで他人事のように言っている。
本来ならば背中ではなく胸元を叩くんじゃないのか?とか思いながら、サトシは少女に声を掛けた。
「ヒカルはどうするつもりなんだ?」
「あたし?」
少女ヒカルはラインの背中を叩きながら振り向くと、ニッコリと微笑んだ。
「あたしは、広くて寝れそうなお家でも探して、夜中に忍び込んで泊まらせてもらおうと思って」
それを聞いたサトシは絶句した。ヒカルの提案は明らかに不法侵入だ。尤も、トレジャーハンターの彼女にとっては朝飯前なんだろうが、面倒を起こしたくないサトシにとっては、いい迷惑。
「そ……、それ……、イイネ……」
未だ叩かれ続けているラインは白い歯を見せて親指をグッと上げたので、
「阿呆か」
冷ややかな目をしたサトシが、ラインの頭にチョップを追加した。