リンゴと蜂蜜3
▽蜂蜜
「ふわあああああっ」
原っぱにごろんと寝転び大きな欠伸。此処、ディスターブ村に来て一か月が経ってしまっていた。
だって仕方ないだろ。この村の連中ったらお人好しにも程があるんだ。こう、毎日なにかしらご飯を貰ってしまっては出ていきにくいじゃん。それに、二、三日に一度は村長に捕まって風呂にねじ込まれるもんだから、割りと清潔でいられるし、王都にいた時より快適過ぎて一生此処で暮らしたいくらいだ。
「……いっその事、村長ん家の子にしてくれないかな」
ふと、リンゴは呟いた。村長の顔は少し厳つくて怖いし、厳しい所もあるし、実際怒るとすごく怖いのだが、村の人達に慕われているとても優しい人だった。こんなおじいちゃんが欲しいくらいだ。
しかし、息子や孫娘という問題が。姉のルアンはいつも優しい笑顔で接してくれるのでいいのだが、妹のツグミはいつも不機嫌そうな顔をしている。特にリンゴの事が気に入らないのか、睨み付けてさえくる。そして、息子のシズカ。妻を亡くした悲しみはまだ癒えず、ずっと休職中の上、基本的に一日中部屋で引きこもって泣いているらしい。
「……駄目だな。やっぱり、早くアセンズへ行かないと……」
流石に既にヒビが入ってそうな家庭に入り込む勇気は無い。それに、元々アセンズ国へ行くつもりだったのだ。そっちを優先にしないと。でも、どうやって?アスカに相談してみるか?馬車でリンゴの髪の毛引き抜いた茶色の髪の男アスカは魔術師らしい。魔術の事はよくわからないが、一瞬で離れている場所への移動ができる魔術とかあるかもしれない。
「……瞬間移動が、オレにも、できたらなー……」
ふわあああ、と再び欠伸をする。さっき食べたおにぎりはお腹を十分に満たしてくれていた。からの、心地よい陽気。睡魔という悪魔が瞼を重くしていく。
……さくさくさくさく
ふと、小さな足音が聴こえてきた。こちらへ向かっているみたいだ。しかし、瞼はとっても重たい。もう、目は開けられない。
……さくさくさくさく
眠い……。そろそろ意識も手放しそう……。
……さく
足音がすぐ傍で止まった。
「……おにいちゃん、ねてるの?」
知らない女の子の声。舌足らずなしゃべり方が可愛い。幼児かな?女の子は成長早い子もいるからな。二才から四才くらい?
「おーい」
なんか、声掛けられてるみたいなんだけど、オレ、とっても眠いから、暫くそっとしておいて欲しいです。
「…………」
静かになった。諦めたかな?
リンゴが睡魔に身を委ねようとした次の瞬間、
──ちゅっ
くちびるに柔らかい感触。それがキスだという事に、そう時間は掛からなかった。
「うわあああああ!なっ、何すんの?!」
突然の出来事にリンゴは飛び起きた。何故か心臓がバクバクと早鐘を打っている。キス自体は初めてじゃないけど、女の子から突然は初めてだった。
「あ、おきた。やったー!」
そこには、菜の花色をした髪を二つに束ねている女の子が座り込んでいた。女の子はこちらを見てクスクスと笑っている。
──その姿が、まるで、陶器のお人形みたいで
時が、止まってるように、見えた。
「あのね、えほんでよんだの。おひめさまは、おうじさまのキスで、おきるんだって!」
いや、時は止まってはいなかった。
「……それじゃあ逆だよ。お姫様は女の子で王子様は男の子なんだよ?」
王子様のキスでお姫様が起きるヤツって絵本の王道じゃんか。流行りかってくらいにいっぱいあるから流石に飽きたよ。
「あれ……?」
女の子は首を傾げる。しかし、すぐに考えるのを止め再び笑顔になると詰め寄ってきた。
「おにいちゃんだよね?リンゴのおにいちゃん」
「……そうだけど」
「やったー!リンゴのおにいちゃんだー!」
「……いや、何で知ってるの?」
この子とは初対面の筈だ。ここミドゥル国は緑の髪が多く、黄色系の髪の人は鏡で見た自分以外見た事が無い。黄色系の髪はもう少し西に多いと聞いた事あった気がする。
「パパとママがね、教えてくれたのー」
「パパとママ?」
「うん!」
女の子は大きく頷く。頭が動く度に束ねた髪がぴょこぴょこ動いて可愛い。
「サユリちゃんのー、パパとママー」
「君は、サユリちゃんって名前なの?」
「うん!サユリ・レモン!」
「サユリちゃん。可愛い名前だね」
えへへ、とサユリは照れた顔をした。いちいち可愛いな。何だかずっと動悸がするけど、嫌な感じじゃない。でも、さっきから何だか変なんだよな。何でかな。
「ところで、サユリちゃんのパパとママは何処にいるの?此処には居ないみたいだけど?」
リンゴは辺りを見渡してみる。此処は物影一つない原っぱ。人間はリンゴとサユリの二人しかいないのはすぐにわかる。とりあえず、小さな子が一人でこんな所に居るのはよくない。可愛いから余計に危ない。もしかしたら迷子かもしれないし。
と、いきなりサユリはワンピースの裾を大きく捲り上げた。オムツは外れてるみたいで白の布パンツが見える。しかし、それよりもお腹に文字が書かれているのが目に入った。
「……[O1-25(おーいちのにーごー)]」
リンゴはその文字を声に出してから一瞬遅れて、この文字がこの子が「アブソルート院」からの追っ手である事に気が付く。そして、この子は最も聞きたくなかった言葉を口から紡いだのだった。
「これがあるから、どこにいても、わかるんだって!」
うそだろ?
──これ、ただの入れ墨じゃなかったんだ
リンゴのお腹にも同じように文字が書かれている。[M1-03(えむいちのぜろさん)]と。これはただの番号が書かれただけの入れ墨だと思っていた。けど違った。
恐らく「魔術」だ。追跡の魔術が仕込まれているに違いない。だったら、こんな文字ごときで何処にいてもわかる筈ない。
「だからね、かくれんぼすると、サユリちゃん、すぐにみつかっちゃうの!」
うそだろ?
──何処に逃げたって、無駄なんだ
何処までも、追い掛けてくるつもりなんだ。
「……ドット、ごめん」
リンゴは俯いて、小さな声で呟いた。
寒気がする。動悸が治まらない。変な汗が吹き出てくる。何者かが、何処からか見ている気がする。……笑ってる気がする。
「……オレ、逃げられない」
せっかく「アセンズ国へ逃げろ」って言って、お金までくれて逃がしてくれたのに。
せっかく、脚の火傷を治す為にと薬もくれたのに。
「……おにいちゃん?」
首を傾げるサユリは不思議そうな顔をしている。
しかし、その瞳に、光は宿っていなかった。
この子は生きた「操り人形」だった。




