始まりの唄29
▽約束
「……サトシくん、いっちゃ、やだ」
か細い声でエリナが呟いた。顔を見ると悲しそうな表情をしている。
「せっかく、おともだち、できたのに……」
友達がいなかったエリナ。初めての友達のサトシともっと遊びたかったのか、サトシの服の裾を掴んで離さない。行かないで欲しい。そう訴えているのがわかる。
サトシはできるだけ笑顔を作ると、服から手を離して貰う為にエリナの手を握り、視線を合わす為に膝を付いた。
「いつかまた、会いに行くよ」
「やだ。ずっと、いっしょにいて」
そうごねるエリナの大きな瞳には、今にも落ちそうな大粒の涙が浮かんでいた。オレだって、ずっと一緒にいたいよ。でも、
「エリナ。オレは弱い。心も力も。でも、それじゃ駄目なんだ。オレは強くならないといけないんだ。此処でエリナと一緒にいたら、オレはエリナ達に甘えてしまう。それじゃ強くなれないんだ」
此処は暖かい場所。安らげる場所。でも、強くなるには適さない場所。背負った罪を償うには適さない場所。
「それに、此処ではいっぱい甘えさせて貰った。修行の休憩を充分にさせて貰った」
ぼろぼろと零れ落ちるエリナの涙。サトシはそれを何度も指で拭う。
「いつか、恩返しがしたい。オレには、力があるんだ。エリナ達に何かあった時、その力で、エリナ達を守ってあげたい。そのためには、強くならないといけないんだ」
「……うん」
持て余した破壊的な力。今までは、押さえ付ける事だけを考えていた。でも今は、大切な人達を守る為の力にしたい。その為には、血の滲むような努力をしなければならない。今のサトシには、その覚悟があった。
「エリナ。お誕生日だったよね。これ、プレゼント」
サトシはズボンのポケットから何かを取り出すと、それを両掌の上に乗せて見せた。
「これ、なに?」
「特別な、精霊水晶」
それは、無色透明の、棘を持つサボテンのような形の水晶だった。
「見ててね」
サトシがそう言った瞬間、サトシの瞳が金色に輝いた。そして、水晶も虹色の光を放ち出した。
「これは、特別な石。魔力を込めると、姿が変わる石」
水晶は光を放ったまま、色を姿を変える。
──この子の瞳は紅玉のように紅い。でも、それよりも、相応しい宝石がある。
買い物の帰り、サトシは再び図書館に行っていた。宝石の図鑑を見る為に。
──瞳は紅い。でも、髪の色はストロベリー。ならば……。
そして、形が落ち着いたと共に光も失った。サトシの瞳も元に戻っている。
サトシはポケットから紐を出すと、姿の変わった水晶の上部の穴に紐を通し、先端と先端を結んだ。そして、それをエリナの首に掛けた。
赤い、大きなハート型のヘッドが付いた、ペンダント。小さなエリナには、まだまだ大きかったが、よく似合っていた。
「ありがとう」
エリナは嬉しそうにペンダントのヘッドを握り締めた。
「これは……、紅玉?に、しては、少し違うような……」
アスカはまじまじと見ている。流石アスカだ。紅玉では無いとわかるんだな。
「はい。これは、ストロベリークォーツです」
別名『女神が宿る石』。
苺のような模様と色味が特徴の石。
エリナはそれを日光に当てた。キラキラと輝くその姿は紅玉にも負けず劣らない。
「これは似せて作ったモノだから本物では無いけれど、ストロベリークォーツにはチャンスを引き寄せる力があるんだって。エリナはオレに勇気を出して話掛けてくれたから、今、こうして、二人は仲良しでいられるんだ。だから、今度はオレから『勇気』をあげる。エリナが勇気を出したい時、これがエリナの手助けをしてくれるよ」
そして、サトシは右手の小指を差し出した。
「約束」
自然とエリナはその小指に自身の小指を絡ませる。『指切り』という約束事をする時の儀式。
「いつか、絶対に会いに行くからね」
「うん」
「エリナのピンチには、絶対に駆け付けるからね」
「うん」
サトシは指をほどくと立ち上がった。
「じゃあ」とラインが言うと、ラインとヒカルと一緒にエリナ達に背を向け歩き出す。
しかし、ものの数メートル歩いたのち、サトシはくるっと後ろを向くとエリナの元へと駆け寄った。
「どうした?忘れ物か?」
首を傾げるアスカには目もくれず、サトシはエリナと目線を合わす為に再び膝を付く。
「もう一つ、いい?」
サトシはそう言うと、エリナの耳元に口を寄せた。
「──ねえ、大人になったらお嫁さんになってくれる?」
心臓が、破裂しそうなくらいに高鳴っていた。顔だって熱い。でも、言いたかったんだ。
「うんっ!」
そう返事をしたエリナは、頬を赤らめて笑っていた。
「じゃあ、やくそくだね!」
エリナは再び小指を差し出したのだが、サトシはその手を包むように握ると、もう片方の手でエリナの肩を掴み、自身の唇をエリナの唇に重ねた。
「──約束」
ぽかんとした顔のエリナにサトシは、コツンとオデコとオデコを引っ付けた。
「……オレの事、忘れないでね」
「……サトシくんも、わすれないでね」
「……うん。忘れない」
「あたしも、わすれない」
君の笑顔を守る為に、もっともっと強くなろう。
自分も守る為に、もっともっと強くなろう。
死んだ母さんを安心させる為に、もっともっと強く生きよう。
もう、破壊だけの力にはさせない。
君を守る為の力にする為に、
オレは、強くなる
一章:始まりの唄…了




