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COLORS☆MAGIC  作者: 朱月えみ
1章:始まりの唄
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始まりの唄25

▽暴走


翌朝、いつも通りサトシはラインと組み手をしていた。今日はアスカが朝食を作る当番らしく魔法戦の練習は出来なかった。


休憩を始めた頃にカオリがタオルと麦茶を持ってきた。汗だくだったので遠慮なく戴く。冷たい麦茶が火照った身体によく沁みる。麦茶を一気飲みしたラインは「トイレ!」と言って去っていった。サトシがタオルで汗を拭いていると、カオリがサトシの事をじっと見ている事に気付いた。


「……えっと」

「あっ!ごめんね、じっと見ちゃって。気になるよね」


そりゃ、まあ。サトシは返事をせずに苦笑いをする。


「ずっと気になってる事があって、つい、ね。……サトシくんはラインくん達と旅をしているんだよね」

「はい」


「サトシくんのお父さんとお母さんって、どうしているのかな?って」



オレの、


お父さんとお母さん。



ギリギリギリギリギリギリ



「……お父さんは、会った事無いから、知らない、です」

「えっ?ごめんなさい、あたし」

「お、母さん、は……、かあ、さ、ん、は……」


カオリの言葉を遮ってサトシは口を開いたが、胸が痛くて続きは喋れなかった。



ギリギリギリギリギリギリ

ギリギリギリギリギリギリ


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い



「……サトシ、くん?」


胸を押さえ膝を付くサトシにカオリは「大丈夫?!」と何度も声を掛ける。しかし、サトシの耳にカオリの声はもう届いていなかった。



お母さんは

おかあさんは

オカアサンワ


母さんは……



オレが、殺した。



「――ぅ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」



「きゃあああああ!」


サトシが叫んだ瞬間、カオリは何か見えない力で吹き飛ばされてしまった。


「うわっ!」


偶然にも戻って来たラインがカオリを受け止める。


「カオリちゃん、大丈夫?!」

「うん……。でも、サトシくんが……」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


血に染まった母の姿が、沢山の死体の山が頭によぎる度に、胸が引き裂かれるように痛み、空に向かって叫び続けた。

そんなサトシの身体から、押さえ付けられていた膨大な魔力が漏れ始めた。瞳は金色に輝き、犬歯は剥き出しになっている。地面は足元から徐々に凍りつき、周囲を氷の世界へ変えていく。そしてそこから、茨のような氷の柱が次々と現れた。それはまるで、誰も近付けないようにしているみたいだった。



沢山の大人が怖い顔で言うんだ。死んで償えって。

紫の魔術師が悲しい顔をするんだ。



「とりあえず、何故こうなったか教えてくれる?」

「えっと、サトシくん、まだ子どもなのにラインくんと旅をしているから、お父さんやお母さんってどうしているのかな?って、聞いたら急に……」

「ああ、しまった……。カオリちゃんにも説明しとくべきだった……」


サトシの状況を見て頭を抱えるライン。この村に来てからサトシの様子がおかしい事には気付いていた。だから、アスカにはサトシの事を話しておいた。だが、カオリには、動揺するかもしれないと思い、話さなかったのだ。それが今、仇になったらしい。

騒ぎを聞き付け、アスカとヤマトがやってきた。ラインはアスカに許可を取るとカオリに簡単に説明をする。


「――サトシは、生れつき膨大な魔力を持っていて、ある日、自分で制御が出来なくなって暴走して、村が一つ無くなった。その時にサトシの母親は亡くなったんだ」



力に堪えれなくなって


ばくはつがおこって


母さんが、それに巻き込まれて


死んだ。



真ん丸の月の朱が、燃え盛る炎の赤が、吹き出る血の紅が視界に広がる。


「そして、サトシの母親は……。カオリちゃん、あなたの大親友です」

「っ?!ノリン……」


知りたくなかった事実を突き付けられたカオリは壊れたマリオネットのようにその場に座り込んだ。瞳を潤ませて、肩を震わせている。


「……ノリンが、死んだ。そんな……」


泣きそうな声で呟く。だが、そんなカオリの声もサトシの耳には届かない。咆哮が全ての音を掻き消していた。



オレのせいで死んだ。


オレさえいなければ、母さんは死なずに済んだ。



ミンナガイッテタ。


『お前のせいだ』『バケモノ』『近寄るな』『この村から出てけ』


母さんは優しい人だった。

バケモノだって知っていながらもオレの事を愛してくれた。



なのに……

なのに、オレのせいで……。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


サトシの咆哮も、魔力の漏れも、氷の進行も止まらない。サトシの身体が青い炎に包まれているように見える。魔力は通常、魔力が見える者以外の人の目には見えない。しかし、強い魔力を持つ者の魔力が大量に漏れた時、普通の人間にも見えるようになるのだ。その膨大なサトシの魔力に当てられて、ラインは目眩を起こし地面に膝を付いた。


「くっ……、なんて魔力だ。話には聞いてたが、ここまで濃いとは思ってもいなかった……」


ラインの魔力感知は普通の異端者よりも精度が高過ぎる為、強い魔力を感じると身体に負担がかかってしまう。

よろめきながら立ち上がり空を見上げると、サトシの魔力の影響か、暗雲が漂い始めた。ゴロゴロと雷が鳴っている。


「――天候までも変化する。これが『ドラゴンの力』ってわけね……」


そして、未だ咆哮を続けるサトシを見つめる。


「さて、どうしたらコイツを止められるかねぇ……」

「力ずく、っていうのはどう?」


この騒ぎで起きてきたヒカルがいつのまにか隣に立っていた。冷たい目でサトシをじっと見ている。


「……村一つ壊滅させたサトシをオレごときが倒せる訳ないでしょ」


体術でなら負けないが、今のサトシは完全に正気を失っており、手加減なんかしてくれそうもない。それに下手に刺激を与えると、魔法を使って攻撃される可能性もある。魔法戦ではラインはサトシに敵わない。魔法には魔法か魔術で対抗しないと、きっと大怪我じゃ済まされない。最悪、殺されるかも……、いや、『あの日』と同じ事に……。



──たすけて


『あの日』聞いた声を、光る鎖に捕らえられた龍を思い出して、ラインは首を横に振った。魔術は駄目だ。また怖い思いをさせてしまう。


「なんとか落ち着かせる方法を早く考えないと……」


一応、旅に出る前にも暴走した事は何度かあった。だが、その時は『力ずく』で止められる人がいたから何とかなっていた。しかし、今はいない。


「……『あの人』がいないと、『力ずく』じゃないと駄目なのか」


そう呟いた瞬間、ラインの横を小さな何かが通った。


「――エリナちゃん……?」


エリナがサトシへ向かって歩いていた。眠そうな顔をしているが、口は一文字にきゅっと閉じられている。迷いなくずんずんとサトシの元へ歩くエリナを誰もが見守っていた。本来ならば「危ない」と止めるべきなのに、何故か止めなければという考えが浮かばなかった。


「――サトシくん」


サトシの目の前まで辿り着いたエリナは、声を掛けながらそっと抱き締める。


「……おれが……母さん……を……」


あろう事か、サトシの咆哮が収まった。魔力の漏れも氷の進行も収まってきている。


「……こ……ろし……オレノ……セイ……デ……」

「……サトシくん」


ぶつぶつと呟くサトシは俯いていて表情は読み取れない。しかし、それでもエリナはそっと語りかけた。


「サトシくんが、そんなにじぶんのせいにしちゃったら、おかあさん、きっとしんぱいで、ちゃんとてんごくにいけないよ?」



そんなに自身を責めていたら

母さんはきっと心配で

ちゃんと天国に行けない。



「──ぁ……」



そうだ。オレは、いつまでも、死んだ母さんに心配かけさせちゃ駄目なんだった。ちゃんと天国に行って、幸せになってもらわないといけないんだった。立派になって。安心させないといけないんだった。



ほろりと、涙が溢れた。



でも、でも、


「……死んで、償えって言うのなら、何で、ちゃんと、殺してくれなかったの?」


今、此処で生きているのは、何でなの?


「……何で、母さんが死ななきゃならなかったの?」


父さんが迎えに来てくれないのは、何でなの?


「……母さんに、会いたい。母さんの所に逝きたい……」


触れたい。声が聴きたい。

淋しい。ただただ、寂しい。



「……う、……うわぁああああ」


エリナが羨ましかった。お父さんとお母さんと一緒に暮らせて幸せそうで。自分に無いモノを持っていて。羨ましかったんだ。


胸の痛みは、嫉妬。

欲しかった『幸せ』を持っているエリナへの嫉妬心。


オレは淋しかったんだ。父さんと母さんが居なくて。まだまだ、親の愛情が欲しかったんだ。


胸の痛みは、孤独。

与えられるべき親からの愛情が足りない故の孤独心。


怖かったんだ。沢山の人が死んでしまって。たった一晩で優しかった人達が壊れてしまったから。


胸の痛みは、重圧。

意図をせずとも犯してしまった罪。この小さな背中に背負うには重たすぎる十字架。


「……だいじょうぶだよ」


エリナはそう言うとサトシの頭を優しく撫でた。実は言うと、母さんが死んでから一度も泣いてなかった。この泣かなかった五年分の涙が一気に溢れたかのように、瞳から大粒の涙が次から次へと零れ落ちていく。


「だいじょうぶ」


エリナの顔を見たら優しく笑っていた。そうしたら、次から次へと、母さんとの楽しかった思い出が浮かんできて、悲しい気持ちや苦しい気持ちが徐々に温かい気持ちに変わっていった。


胸の痛みは、優しくされたから。


「うん……。大丈夫……」


たとえ、愛していた人を失い、沢山の人に忌み嫌われても、愛されていた事実と、新しく出来た大切な人達があれば、赦されない罪と背負い続けなければならない罰も、越えていけるような、そんな気がする。


だから、安心して天国に行ってください。


母さん……。



そして、この日以来、サトシは魔力の暴走を起こす事は、記録上、一度も無かった。

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