始まりの唄21
▽図書館
朝食後、サトシはエリナとアスカと一緒に隣町の図書館に来ていた。本当は買い物に行く予定だったのだが、エリナが「一緒に遊ぶ!」と駄々をこねた為、買い物は、エリナがお昼寝をしている午後からに変更したのだった。
「すごく大きい……」
図書館に着いて真っ先に口に出たのが、図書館の外装の感想。実は此処、国で二番目に大きい図書館。何故こんな小さな田舎町に大きい図書館があるのかと言うと、この町は何も無い故に暇を潰すのに本を読むしかなく、読書家が多くなってしまった。だが、そこそこ貧乏なので、沢山本を買う事が出来ない。そこで、本の回し読みが始まったのだが、なんか色々と収拾がつかなくなり、それなら読み終えた本を図書館に寄贈し、管理して貰おうとなった。ところが、あまりにも寄贈本が多かった為に、図書館に入りきらなくなるばかりでなく、本で床が抜ける恐れがある為、住民がお金を出しあって何十年か前に建物を大きく建て替えたんだそうだ。
「図書館は初めて?」
「はい」
図書館に着いてからサトシはずっと忙しなくキョロキョロとしていた。それもそうだ。本は、家か幼稚園か小さな本屋でしか見た事が無く、大量の本を見るのは初めてなのだから。こんなドキドキは、旅立ちの日に初めて海を見た時とよく似ている。エリナの事をほったらかしにして、ふらふらと館内を歩き回るくらい、サトシは興奮していた。
右見ても左見ても上を見ても、本、本、本、本。手の届かない所ははしごを使うんだな。螺旋階段を上れば、館内が見渡せる。そうすると、本当に本に囲まれた気分になる。あ、絵本のコーナーにエリナの姿が。こっちに気付いたのか、手を振っている。
サトシも手を振り返し、エリナの元へ行こうとした瞬間、ある本が視界に入った。宝石と鉱物の図鑑である。サトシは図鑑を手に取ると、自然と紅玉のページを探す。図鑑には難しい言葉が沢山書いてあって、子どもの読む物ではなかったのだが、興味を持つ事も書いてあった。
「七月の誕生石……。宝石言葉は、情熱・熱情・純愛・勇気・自由……」
「宝石の図鑑か?」
「わあ?!」
気付いたら、アスカとエリナが傍にいた。びっくりして、つい本を閉じてしまった。
「興味があるのか?」
「いや、そこまでは……。なんとなく気になっただけです……」
「そうか……」
アスカは残念そうにしている。何でだ。
「サトシくん。えほん、いっしょによもう!」
「あ、うん。じゃあ、この図鑑片付けないと」
「私が片付けておくから行っておいで」
「あ、ありがとうございます……」
図鑑をアスカに渡した途端、エリナがサトシの手を握った。小さな手。力を込めたら折れてしまいそう。サトシはわりと力が強い。本気を出せば林檎くらいなら片手で粉砕出来る。小さなエリナの手なんて、簡単に折る事だって……。
「……くすくす。可愛い~」
「……手を繋いでる。仲良しなんだね~」
気付いたら、既に絵本のコーナーにいた。小さな子どもを連れたお母さん達がこっちを見て笑ってる。
「……きょうだいにしては似てないね~」
「……小さな恋人かな~?」
こっ、恋人……?!話し声につい反応してしまった。しかも、ずっと手を繋いでいたはずなのに、今更になって手を繋いでいる事に気が付いた。今まで女の子と手を繋いでも何も思わなかったのに、段々と恥ずかしくなってきた。
「サトシくんは、どれをよむ?」
エリナが笑顔で顔を覗き込んでくる。可愛い。目をキラキラと輝かせて、こっちをじっと見てる。あれ?胸が、ドキドキが、止まらない。顔も熱い。待って。そんな可愛い顔で首を傾げないで。余計に可愛い。
「……どれでもいい」
いや、絵本なんかどうでもいい。今はエリナを眺めていたい。この胸の高鳴りが、とても心地よい。ずっとこのまま、この時間が続けばいいのに。
「じゃあね、これー!」
ぱっと、エリナは手を離すと何処からか絵本を持ってきた。表紙には真っ赤な兎のイラストと共に「アセンズの昔話 因幡の白兎」と書いてある。
「……これは、」
白兎が向こうの島に行きたいが為にワニを騙して報復に合うだけでなく、意地悪な神様に嫌がらせまでされる話だ。旅立ちの直前に家で読んだ。最後にはちゃんと優しい神様に助けて貰えるのだが、これは最初にワニを騙した白兎が悪い。自業自得というやつ。
「……これは、ウサギさんが可哀想な目に合うお話だから、止めておこう?」
「?わかったー」
ご飯前に折り紙のウサギさんを貰ったから、ウサギさんのお話が読みたいのかな?
「ウサギさん、ウサギさん……」
「ウサギさん!ウサギさん!」
二人は「ウサギさん」を連呼しながらウサギさんの絵本を探し回るのだった。




