始まりの唄20
▽リンゴ
朝ご飯の前にヤマトに連れていかれた場所に山吹色の髪をした少年が一人、スヤスヤと眠っていた。
「……昨日、ヒカルに殴られてたヤツだ」
「見てたのか」
「うん。で、誰?」
「『リンゴ』と言っていた」
「リンゴ?」
「最近、この村に住み着いた子どもだ。何処から来たのかはわからないが」
アスカが説明していると、自称リンゴの少年が目を覚ました。リンゴは身体を起こし大きな欠伸をすると、「お腹空いた」と一言呟いた。
「……あれ?オレは見世物じゃないよ?」
「お前、飯はどうするつもりなんだ」
ヤマトが訪ねると、リンゴはしばらく悩んだ後、にっこりと笑った。
「市場で林檎盗ってくる」
いやいや、何を言っているんだ。それは、やっちゃいけないやつ。
「そう言うと思ってだな、この人ん家の朝ご飯にお邪魔させて貰えるように話をつけといた」
ヤマトはアスカを指差してリンゴに説得をし始めた。泥棒を止めなければいけないもんな。「いいの?」とリンゴはアスカを見る。
「ああ。お金が無いのはわかるが、いつも林檎ばかりでは栄養も偏るからな」
それは、しょっちゅう市場で林檎を盗ってるという事か?お店の人はさぞかし困っているはずだろうが、誰も通報はしないのか?
「じゃあ、お言葉に甘える」とリンゴは嬉しそうに言った。
「そういえば、お前、誰?」
アスカ宅へ向かう道中、リンゴがサトシの方を見て首を傾げる。ようやくオレの存在に気付いたか。
「……サトシ。お前こそ誰?」
「オレ、『M1-03(エムイチのゼロサン)』。アダ名は『リンゴ』」
……今、何て言った?聞き間違いでなければ『M1-03(エムイチのゼロサン)』って聞こえた。どういう事なんだ。
「サトシは俺の幼馴染みなんだ」
「そうなんだ。サトシは髪の毛、青いね。何処の人?」
「青い髪はアセンズ国特有だ」
サトシの話のはずなのにヤマトが説明している。実際はオポルト国出身でウドゥン国育ちなので、この手の質問には正直困るのだが……、そうか、アセンズ国特有なのか。しかし、それを聞いたリンゴの表情が少し曇っている。何かあるのだろうか。
「アセンズに何かあるのか?」
「……『アセンズに行け』って言われたんだ」
「誰に?何で?」
リンゴは黙って首を横に振ると、そこから家に着くまで何も話さなかった。
アスカ宅に着くと、突如現れたヤマトとリンゴに、エリナが警戒していた。サトシの背中にぴったりと引っ付き、二人を睨んでいる。
「えっと……、オレの友達のヤマト。そして、」
「その友達のリンゴだよ」
リンゴはエリナに笑顔を向けた。エリナはまだ警戒している。
「サユリちゃんと一緒くらいかな?三、四才くらい?」
「……うん」
「いつも、お父さんとお母さんと一緒に市場でお買い物しているよね」
「うん」
エリナの警戒が解けてきている。リンゴにだけ。
「……リンゴは小さい子好きなの?」
「うん。小さい子が元気だとオレも元気貰った気がするし、お世話するのも好き。赤ちゃんのオムツ換えも寝かしつけも出来るよ。施設にいた時は新入りの世話をするのは当然だったしね。……あ」
リンゴは折り紙を見付けると、慣れた手付きで折っていく。すると、あっという間にウサギが出来上がった。リンゴからウサギを受け取ったエリナは、ウサギみたいに嬉しそうに跳ねていた。なんだか、リンゴにエリナの心を奪われた気がする。胸の辺りがモヤモヤと言うかイライラと言うかムカムカと言うか変な感じがする。
「施設にいたと言っていたが、何の施設だ?」
「……孤児院。悪い事をしている大人が、悪い子どもを育てる悪い孤児院」
「……なんてね。ご飯食べよう」とリンゴは微笑む。これ以上は踏み込むなと言っているみたいに。
「あ!林檎だ!しかも、ウサギさん!可愛い!あ!目玉焼きがお花模様だ!エリナちゃんは毎日、こんなに可愛いご馳走を食べれるんだね!いいなあ」
大袈裟にはしゃぐリンゴに、エリナは「うん!」と嬉しそうに答える。しかし、サトシとヤマトの心には、しこりが残ったみたいな気持ちになったのだった。




