プロローグ
それは、五年程前の事だった。オポルト国の小さな村が、たった一晩で壊滅した。
燃え盛る炎の中、巨大な紺青の龍が暴れている。民家は次々と破壊され、瓦礫へと変わった。人々は逃げ惑い、死者と負傷者で溢れかえった。
その暴れ回る龍の近くで青年が嘲っていた。
彼の茶色の双眼は正気を失っており、長い黒髪を揺らしていた。両耳を飾るシンプルな装飾の赤いピアスが鈍く輝いている。
そして、彼の右手は赤く塗れていた。傍らには女が横たわっており、胸から血を流し瞼を固く閉ざしている。
そんな様子を遠くから見ている青年がいた。
彼の茶髪は汗で濡れ、黒色の双眼は驚愕によって揺れている。
目の前で起きている現象を受け入れられずに、ただただ、安全な場所で立ち尽くしていた。
何故、こうなってしまったのだろうか。問い掛ける相手など居ないまま、彼は壊れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「……ぎ、ん……」
震える声で言葉を紡ぐ。
「……ノ、リン、さま……」
彼の声は龍の咆哮で掻き消される。
「……どう、し、て……」
意図もしてないのに涙が溢れてくる。不思議と、龍も泣いているように見えた。
そして、夜明け前。龍の周りに沢山の光の鎖が現れた。鎖は龍に巻き付き、拘束していく。
――たすけて……
何処からか声が聴こえてくる。
――たすけて……
青年は龍を見つめた。君なの?泣いてるの?応えてくれる人なんか居ない。
――たすけて……
青年はただ、見ている事しか出来なかった。
しかし、この時はまだ青年は知らなかった。全ての不幸は、この龍から始まっている事を。それは、自分も深く関係している事を。
これは、この青年がこれから出逢う「ある少年」を中心とした、切ない物語……。