始まりの唄17
▽だいぶ元気になった
顔が、熱い。
胸が、苦しい。
家の裏に逃げ込んだサトシは踞った。胸を押さえ、微熱混じりの溜め息を漏らす。
心臓が、早い。
あの子の笑顔が、頭から離れない……!
「……どう?『恋』って何かわかった?」
顔を少し上げるとラインがすぐ隣で中腰でサトシを見つめていた。サトシは軽く頷くと、再び踞る。
「言っとくけど、先に気付いたの、ヒカルちゃんだからね」
「……ヒカル、が?」
再び顔を少し上げ、ちらりとラインを見る。ラインはさっきまでとはいかないものの、優しい顔をしていた。あ、オレにもそんな顔を向けてくれるんだ……。初めてラインを近くに感じた瞬間だった。
「……エリナちゃんの事、好き?」
「――――っ!」
ラインの言葉で、冷めかけていた体温が再び急上昇した。早鐘を打つ胸は、もう、収まってくれないかもしれない。
――好き
好き、大好き……
「……うん」
サトシは再び踞ると軽く頷いた。「そっか」とラインは呟くと、あろう事か、サトシの頭をぽんぽんと軽く叩いた。急な出来事に、サトシの思考が停止する。
そう。組み手以外の接触は、これが初めてだったのだ。
嬉しいような怖いような、複雑な気持ちが頭の中を占め始めたサトシの気持ちなど気にも留めず、ラインは更に距離を縮めてきた。
何?急に一体、何?!混乱状態になる。にも関わらず、今度は顔までも近付け、ラインは囁いた。
「――エリナちゃん。明日、誕生日らしいぞ」
「え」
なんですって?
「いや、正確には今日だった」
「え?え?」
「どうするよ、サトシ」
「えっ?えっ?えっと……今はプレゼント、買えない」
今は夜中だから、店は閉まってる。
「そうだな。じゃあ、どうする?」
「えっと……、朝、買いに、行っちゃ、ダメ?」
「お小遣い、足る?」
「……微妙」
コンフェイトを買ったばかりなのだ。コンフェイトは割りと高い。
「値段によっては前借りしてやってもいいぜ」
「……どうした。今日は何か変」
ラインの優しさに不信感を抱き始めたサトシ。裏がありそう。
「……何か企んでる?」
「企んでねえよ。子どもの恋って微笑ましいから応援したいだけだっつーの」
「……本当に?」
「むしろ何で疑うんだよ」
「お前が珍しい事するからだ」
「……さっきまで可愛かったのに、もう可愛くない」
「誰が『可愛い』だ」
むすっとしたサトシの顔を見て、ラインは笑いだした。今度は何なんだ。
「お前、だいぶ元気になったな」
「はあ?」
「旅に出る前のお前ってさ、『この世で一番不幸なのは自分だ』みたいな顔してたからさ。表情コロコロ変わるようになるまで元気になったんだな~って」
「…………」
しみじみに言われると恥ずかしい。確かに自分でもだいぶ元気になったとわかってはいるが。
長老に助けられてからは、誰も信じられなくて、誰とも会いたくなくて、ずっと部屋に閉じ籠っていた。日の光も当たりたくなかった。何も口にしたくなかった。このまま朽ちて死ねばいいとさえ思っていた。死んでもおかしくない程の火傷を負っていた筈なのに、火傷の後は無く、怪我も無くなり、何も無かったかのような姿の自分を見て、「死ぬ事も許されないのか」と絶望していた。
そうか。その頃に比べたら、だいぶ元気になったんだな。『恋』を知る程に……。
「おーい。また考え事してるぞー」
「あ」
いけない、いけない。また飛んでた。
「ま、いいか。隣の街にお店が色々あるみたいだから朝飯食ってから行こうか」
サトシは頷く。予定外の出費だが、嫌な気はしない。自分が選んだもので笑顔になってもらえるのなら、こっちも嬉しいから。珍しく、朝が楽しみに思えた。