始まりの唄13
▽おままごと
「サトシくん。はい、どうぞ」
夕飯後、サトシはエリナから食べ物に見立てた積み木が乗ったお皿を受け取ると、これをどうしようかと考えた。夕飯はカレーだった。人参が星形。星形が好きか聞かれた理由がやっとわかった瞬間、もっと早くに知っていれば、楽しみに待ってたのにと思った。いや、知らずに星形を見付けた時の驚きとトキメキも素敵だけどさ。
「サトシくん。おいしい?」
「う、うん」
サトシとエリナとヒカルは今、『おままごと』をしている。しかし、サトシはおままごとをした事がなく、何をしていいのか全くわからない。それに気付いたのか、ラインが輪に入ってきた。
「サトシは、おままごと、した事無いのか?」
「……無い。家の中では基本的に、絵本を読んでるか、お絵描きしてるか、積み木で遊んでた」
隣の家に住んでいたお姉ちゃんは、おままごとを卒業した後だったらしいし。
「ラインは?」
「ん~……。多分無い」
ヒカルが積み木が乗ったお皿をラインに渡しながら尋ねた。成る程。一緒にいる人を家族に見立てて、ご飯を配るのか。
「曖昧な返事だね」
「小さい頃の事は全然覚えてないからな」
ラインはお皿を受け取ると、「いただきます」と言ってから積み木を食べるフリをした。「美味しかったです、ご馳走さま」と言ってヒカルにお皿を返した。記憶に無くとも、やり方は知っているみたいだ。
「アスカは?」
「私も小さい頃した事が無い」
「じゃあ、エリナちゃんとおままごとしないの?」
「……善処はしているんだがな」
「苦手だ」と言ってアスカは苦笑した。サトシもそれに同意する。おままごととはつまり、『家族ごっこ』の事だろ?誰かが『父親』になり『母親』になり『子』になって、『家族』と『家庭』を演じる遊び。だが、サトシがこれをするには欠点がある。
そもそも、サトシは父親を知らない。物心ついた時には既に父親は居なかった。母親に尋ねた事もあったが、悲しい顔で「ごめんね」と言うだけだった。「ならば、自分が父親の代わりになろう」と思った時期もあったが、わからないモノになろうだなんて無謀にも程がある。
――――……ざわり
「「――っ?!」」
「えっ、何?!サトシもラインもどうしたの?!」
急にサトシとラインが険しい顔をして外に飛び出したのでヒカルが追いかけてきた。アスカも一緒だ。
「この村に着いてから、ずっと不安定な魔力を感じててさ。嫌な予感がしたから注意してたんだ。で、予感的中。それが暴れ始めた」
「でももう止まった。今は落ち着いてる」
「……どしたんかなぁ」
変わった訛りで呟いたラインは腕を組み首を傾げた。このまま暴れてるのならば止めに行こうと思っていた。武力行使になってしまうが、魔力が暴れてしまった異端者を気絶させてしまえば、魔力の暴走は止められるかもしれないのだ。気絶させても駄目だった場合は、魔力が無くなるまで戦うしかないが。
「処置が早かったのかもしれないな」
「処置?」
「ああ。魔力の暴走を抑える薬があるらしい。最新の技術で、作るのが難しく、作れる人があまりいないが」
「……そんなのが、あるのか」
ラインとアスカの話を聞いていて、胃がキリキリと痛み出したサトシはズボンの裾をキツく握りしめた。
――あの時、その薬があれば、今頃……
「サトシ。中に戻ろう」
ラインの呼び掛けに、サトシは黙って頷いた。モヤモヤする。なんだか落ち着かない。
モヤモヤモヤモヤ
落ち着け、落ち着け
ギリギリギリギリ
痛い、痛い
リビングに戻ったが待っていたのは、おままごとの続きだった。サトシはお皿に積み木を乗せると「はい、どうぞ」と言って、隣の男の子の前に置いた。
「……それ、誰に渡したの?」
ヒカルがサトシとお皿を交互に見ている。
「は?いるだろ?此処に男の子が」
……居ない。そこにはクッションしかなかった。ヒカルの顔が真っ青になる。
「お前、見えるのか?!」
「見えなくなった。意識したからだ」
「どういう事?」
「無意識だと波長が合うって事か?」
アスカの問いにサトシは頷いて答える。
「振り返った時とかに一瞬だけ『血塗れの女の人』とか『頭に矢が刺さった男の人』とか見えたりする」
「嫌ああああ!やめてよぉ!」
ヒカルとエリナが抱き合って怯えていた。二人共、幽霊駄目なのか。
「幽霊が見えるという事は、魔術師の才能があるぞ」
「そうなんだー」
アスカとカオリは少しずれてる気がする。
「で、どんな男の子が居たんだ?」
「ラインやアスカさんと一緒の茶色の髪をした男の子だった。ずっとカオリさんの傍にいたよ。エリナ、お姉ちゃんになるんだね」
「――え?」
サトシの最後の言葉に、今度はアスカが顔を青く染める。そんな中、カオリが音を立てずにこの場から立ち去ろうとしていた。カオリの顔も青かった。
「――カオリ?話があるんだが?」
アスカがゆっくりとカオリに迫る。
「あ、あの。えっと……」
「エリナ、そろそろ寝るんだよ。サトシ、エリナを頼んだ」
そう言い残し、アスカはカオリを連れて何処かへ行ってしまった。
「……もしかして、余計な事を言っちゃった?」
「いや、いずれはわかる事だから」
「カオリさん、妊娠してたんだね~。エリナちゃん、弟くん、楽しみ?」
「うん」
幽霊の話から逸れて怖くなくなったのか、エリナはニッコリとした。
「『きょうだい』かぁ。いいなぁ。あたし、一人っ子だから、『きょうだい』欲しかった」
オモチャを片付けながらヒカルは羨ましそうに言った。サトシも一人っ子だったが、今は姉がいる。ウドゥンでお留守番をしているのだ。今頃何をしているのかな?一人で寂しくないかな?ふと、そんな事を思った。