始まりの唄11
▽神の子
「……タメ口って、おかしくね?」
お風呂に行ったサトシとエリナを見送ってから夕飯の支度を始めた四人だったが、ふと、ジャガイモを切っていたラインが呟いた。何の事だと、アスカとヒカルがラインを見る。
「アスカとカオリちゃんとオレじゃあ、オレが絶対に歳下じゃん……」
そう言って溜め息をつく。
「……ちょっと見ないうちに歳を越されてしまった」
「…………」
「たしか、二人と初めて会った時はヒカルちゃんくらいの歳だったはずなのにぃ……」
「初めて会った時はラインの方が年上だったんだが……ライン。お前は幾つになったんだ?」
「永遠の二十歳……」
「たしか、『十八』と言っていたと思ったんだが?」
「ナンノコトカナ?ボク、ワカンナイ」
「こっちの台詞だ」と言いたげな顔でアスカは黙ってしまった。そんな事はお構い無しにカオリはにこやかにラインに話し掛ける。
「ラインくんは、『あれから』ずっとどうしてたの?」
「転々と。今は子守り」
「サトシくんが『ウドゥン国から来た』って言ってたけど、何故遠いミドゥル国なんかに?」
「『長老』って呼ばれてる怪しいジイサンに『行け』って言われたから」
「長老?」
「ねえ、ライン?長老って結局何者?」
黙々とお肉を切っていたヒカルが話に割って入ってきた。
「あたし、長老に依頼されてラインとサトシと一緒に旅をしてるけど、依頼主の事、全く知らないんだよね」
「オレも全然知らない。サトシとリノンちゃんを拾ってきた変態としか」
「ふうん。後でサトシに聞いてみよ~っと」
「あ、お手洗い借ります」とヒカルは手を洗ってからその場を立ち去っていった。
「……エリナちゃんの事なんだけどさ」
ヒカルの姿が見えなくなってから、ラインは声のトーンを下げた。
「あの子は、一体、……何?」
髪と違う瞳の色。それだけじゃない。あの子の中には、膨大な魔力が宿っている。ただ、アスカとカオリは違う。二人共、魔力は無い。ただの人間なのだ。本来、ただの人間同士から異端者は生まれない。異端者は異端者からしか生まれない。……突然変異以外は。
「……あの子は、『神の子』。私が調べられる限りでは、そう考えている」
「神の子……?」
「この世界の神話に出てくる女神の御遣いだ。同じ時代に生まれた同じ痣を持つ女の子五人の事を指す」
「五人もいるのか?!」
「ああ。ただ、それくらいしかわからないんだ。何の目的でこの子達が生まれてくるのか、何故五人なのか、何故女の子なのか、全く文献に残っていないんだ」
「そう……、か」
サトシは相変わらず何かしら問題を見付けてくるな……。ただでさえ、この村には今、異端者が六人も集まってる。何か起こるかもしれない。
「ライン。さ」
「あの、サトシが呼んでます」
アスカが何か言いかけた途端、ヒカルが戻ってきた。どうやらサトシの方でトラブルがあったらしい。
「……私が行ってくる」
アスカはとりあえず後で話す事にしようと、切り終わった人参をヒカルに託し、キッチンを出た。本当はサトシの事についてラインに聞きたかったのだが、この場合は仕方がない。それにしても、トラブルとは一体どうしたのだろうか。やはり、子どもに子どもの世話は難しかっただろうか。
お風呂場を覗き込むと、サトシがエリナの洗髪に悪戦苦闘していた。エリナの髪が長いのでなかなか泡立たないようだ。
「洗うのは私がしようか」
声をかけるとサトシは安堵の表情を浮かべた。
「お願いします。髪を洗うのは流石に無理でした」
「エリナを洗うのは私に任せて、君は自分自身を洗うといい。長旅ではなかなか洗えないからな」
「ありがとうございます」
サトシは礼を言うと、自分自身を洗い始めた。丁寧に洗う子だな。几帳面なのだろうか。いいえ。潔癖症なのです。そして、お風呂好き教のヒカルによる英才教育の賜物なのです。
サトシが全身を洗い終えた頃、エリナの全身も洗い終えた。「あの髪をどうやって洗ったんだ」と言いたげな顔をしているサトシは黙ってエリナと一緒に湯船に浸かる。
その際に、アスカはサトシの背中の痣を見てしまった。その痣は、青龍の本当の姿によく似ている。
「……サトシ。その背中のは?」
「えっと、……痣って事以外は、よく知らないです」
アスカの質問に困った顔で返事をするサトシ。本当に何も知らなさそうだ。ラインだったら何か知っているのかも知れない。やはりラインとゆっくり話し合う必要があるな。
後は大丈夫だとサトシが言うので、アスカはキッチンに戻る事にした。夕飯のカレーは、もうすぐ完成するみたいだった。