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動き出した刻ー1

 一週間が経ち、学校は夏休みに入った。そして、間もなくユリの誕生日を迎えた。

「ユリ、誕生日おめでとう」

「ありがとう。さぁ、中に入って」

夏休みということで昼間から続々と友達が集まり始めた。

 ユリは礼を言いながら、友達を家の中へ招いた。

 食卓には豪勢な料理が並んでいた。ところ狭しと並べられた料理はサクラのときよりも若干豪華に思えた。

「今日はありがとう。一杯食べて行ってね」

「はい。ごちそうになります」

蘭とレウシアはユリの友達一人一人にあいさつをして回った。

 立食パーティーのように皆は食べ歩きながら友達と会話を弾ませた。

 誕生会も終わりを迎える頃、クラスメイトの一人が忍ぶようにユリに歩み寄った。

「これ、オリールからプレゼント」

「えっ、オリールは今日が私の誕生日だと知っているの?」

ユリは決まりが悪い顔をした。

「大丈夫よ。男子禁制だから呼べないって言っておいたから」

「ありがとう」

ユリは笑顔で言うと、プレゼントを受け取った。そのやり取りをサクラは微笑みを浮かべながら見守っていた。

 陽が傾き始めると、遅くならないうちに誕生会はお開きとなった。

「今日はありがとうね」

メル家は一家総出で玄関前に並び、手を振った。

「いえいえ。こちらこそ、ごちそうになりまして」

「料理おいしかったです」

各々はあいさつを交わすと、目一杯手を振りながら自分の家へと帰っていった。

 見送りが済むと皆は家の中へ戻り、蘭とサクラは食卓の片付けをした。ユリとレウシアはプレゼントをユリの部屋へと運んだ。

「あ、それは私が運ぶね」

レウシアが持つプレゼントの一つをユリは大事に抱えた。

「落とさないから大丈夫だよ」

「いいの」

ユリは聞く耳を持たず階段を上がっていった。

 ユリはプレゼントを運び終わると、早々にレウシアを部屋から追い出した。そして、早速オリールからのプレゼントを開けた。すると、中には写真立てが入っていた。

「あ、かわいい」

イラストタッチのさまざまな動物が描かれた写真立ては年頃の女の子の心を揺さぶるには十分であった。それが興味のある異性からなら尚更であった。

 中にはユリとオリールの二人の顔がアップで写っている写真が入っていた。ユリはオリールの顔を見つめながらニヤついた。しかし、一つの疑問が脳裏を過ぎった。

(この写真、いつ撮ったんだろう?)

日付の入っていない写真を眺めながら、ユリは首を傾げた。

「ま、いいか」

ユリは包装紙を丁寧にたたむと、机の中へと閉まった。

 写真を机の上に飾ると、ユリは後片付けを手伝うために一階へ降りていった。

 片付けはすでに済んでおり、蘭たちは紅茶を入れてくつろいでいた。

「飲む?」

「うん。もらう」

顔を覗かせたユリの返事を聞くと、蘭は紅茶を入れに立ち上がった。

 ユリが紅茶を受け取ると、四人はリビングでくつろいだ。

 ユリは皆の顔を窺った。どうしてもシェリー博士の言葉が気になり、タイミングさえ合えば聞き出そうと考えていたからである。そして、ユリがそのように思っていることは皆が知っていた。まるで騙し合う関係のようにギクシャクした空気の中、夜が更けていった。

 話を聞くのは無理だと悟ったユリは、今日は諦めることにした。

 風呂に入り、寝る準備を済ませたユリは一足先に自分の部屋へ戻った。

(たぶんサクラも何か知っている。知らないのは私だけ。ドッペルゲンガーであるサクラが知っているのに……)

ユリは家族から差別されている気がして不満に思った。

 ユリは写真立ての前に伏せながら眠ってしまった。


『もう耐えられないのよ。だって、この子は私の子よ』

蘭はかん高い声を上げた。二人は蘭の言葉を聞くと、たちまち首を傾げた。

『どういうこと?』

ユリが尋ねると、レウシアは深くため息をついた。

『……仕方がない』

レウシアは難しそうな顔をして話し始めた。

『あれはユリが三歳のときだった。ユリとユリに瓜二つの子供が公園で遊んでいた。驚いて私たちが近づくとその子は突如消えてしまった。そして、次の日も次の日も同じ現象が続いた。予てから私たちは人間と関わる超常現象について研究しており、それがドッペルゲンガーではないかと考えた』

『ドッペルゲンガー?』

二人はいよいよ訳がわからなくなった。

『そう。ドッペルゲンガーとはその人の分身のようなもの。それを見たものは数日のうちに死ぬと言われている。このままではユリが死ぬと思い、私たちは上司であるウィリアム・シェリー博士に相談した』

シェリーという言葉を聞くなり、サクラは身を震わせた。レウシアはサクラの肩を抱き寄せた。

『シェリー博士は私たちにその子を連れてくるよう指示を出した。私たちはユリを使ってその子を博士の研究室へ誘導すると、博士は二人を隔離して研究し始めた。脳波の測定から感覚の実験、DNA検査などを行ったが一方には何も反応が出なかった。私たちはその存在を人に在らざるものとして、ドッペルゲンガーと確信した。驚くことにその頃から、その存在は独自の意思を持ち始めた。私たちはこの存在に情が移る前に二人を在るべき形に戻すことにした。そして、博士が一方を預かり研究することに同意し、一方は私たちが育てることとなった』

サクラは研究と銘打たれた実験を思い出し嗚咽した。蘭はサクラの背中を擦ると、強く抱きしめた。

『博士がひどい実験を行っていることを知り、私たちは何度も引き取りたいと願い出たわ。しかし、実際問題として解決策が何もないため、引き取ることができなかった。引取り、私たちの子が目の前で消えるかもしれないと考えると怖くて……』

 蘭は下唇をかみ締めた。

『私は消えてもいいから、例え少しの間でも家族と暮らしたい』

サクラの言葉を聞くと、蘭は真っ直ぐ涙を流した。

 蘭はサクラを強く抱きしめると、ゴメンね、と何度も何度も言った。

『ドッペルゲンガーを見たら数日のうちに死ぬんでしょう。でも、私たちは何年も生きている。だから大丈夫だよ。私もサクラと暮らしたい』

ユリはレウシアの目を見て言った。すると、レウシアは頭を抱えて考え込んだ。

『あなた。博士の研究でこの子たちのためになるものは、ろくになかったじゃない? これが最後の機会かもしれない。サクラを連れて逃げましょう』

蘭の言葉を聞き、レウシアはいよいよ何が一番よい選択かわからなくなった。

 レウシアは家族と暮らしたいという自分の気持ちを優先することにした。

『……そうだな。二人とも私たちの子だ。とりあえず、蘭とユリは必要最低限の荷物を持って、蘭の両親のところへ行っておいてくれないか? 私は他の荷物を輸送してもらうよう手配してから後を追う』

レウシアは不安な顔は見せまいと、表情を強張らせた。

 蘭は早速行動を始めた。

 サクラは怯えるようにリビングの隅でうずくまっていた。

(博士が帰宅し、私がいないことに気づけば、公園へ現れる。そして、公園にいなければ自分がよく遊んでいた瓜二つの少女のことを思い出し、きっと迎えに来る)

サクラは小さな体を震わせていた。すると、ユリは隣に座り、ただ黙ってサクラの手を握った。

 蘭は自分とユリの荷造りを済ませると、リビングに戻った。そして、レウシアと抱き合い、しばしの別れを偲んだ。

『先に行っているね』

『ああ。私もすぐに行く』

レウシアは蘭とキスを交わした。

『二人ともママの言うことを聞くんだよ』

『……わかった』

レウシアは子供二人を抱きかかえると、頬にキスをした。ユリは泣き出しそうな声で返事をすると、レウシアの頬にキスを返した。しかし、サクラは遠慮していた。すると、レウシアは片目をつむり催促してみせた。

『ごめんなさい。私のせいで……』

『いずれはこうなったさ。今まで待たせてすまなかった。 ……さぁ、キスをしておくれ』

サクラはレウシアの言葉を聞くと、ぎこちなくキスをした。レウシアは嬉しそうに笑い、サクラの頭を撫でた。

『さぁ、行きなさい』

蘭はうなずくと両手に荷物を抱えて家を出て行った。二人も手を繋ぐと後を追って家を出た。

 レウシアは閑散とした家の中で、家族の温もりをかみ締めながら荷造りを始めた。


(……そう。それから半月が経ち、パパがおばあちゃんの家に来た。そして、サクラと私たちは暮らし始めた)

ユリは静かに目を開けた。まだ陽が上っておらず、部屋は薄暗かった。

(実に都合のいい記憶だ)

ユリの頭の片隅に鈍く太い声が響いた。

「誰?」

ユリは部屋中を見渡したが、影一つ見当たらなかった。

(よく思い出せ。真実を見て、自分のあるべき姿を取り戻すんだ)

「何を言っているの?」

ユリは壁に向かって話しかけた。

(ならば、私が見せてやろう)

不気味な声が頭に響き渡ると、途端に気配がなくなった。ユリは気味が悪くて寝付けなくなった。

 朝陽が町を赤く染めるのを見ながら、ユリはやつれた顔で起き上がった。


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