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思いー2

 ユリは小学校の授業を終えると、急ぎ足でサクラの待つ公園へと向かった。今日、ユリは自分の家にサクラを招待しようとしていた。

 公園に着くとサクラは一人、ブランコをこいで遊んでいた。

『ごめん、待った?』

ユリが息を切らせながら駆け寄ると、サクラはこぐのを止めた。

『……ううん』

サクラが答えると、ユリはニンマリ笑った。

『じゃあ、行こうか?』

『本当に行くの?』

サクラはなぜかユリの家に行ってはいけない気がしていた。理由はないが、直感がサクラにためらいを与えた。

『もちろんよ。パパとママをびっくりさせるんだから』

ユリはサクラの手を引くと、嬉しそうに駆けていった。

 二人は手を繋ぎながらユリの家へと向かった。

『サクラってどこの学校に通っているの? 年は同じなんだよね?』

『……うん。でも学校には通っていないの。シェリー博士が教えてくれるんだ』

『シェリー博士って、この前迎えに来ていた人?』

ユリが尋ねると、サクラは小さくうなずいた。

『育ての親なの』

『両親は?』

『……知らない』

サクラは冷たい口調で言い放った。

 しばらく、二人の間を沈黙が包んだ。サクラはユリの家が近づくにつれて、自然と手を震わせた。

『どうかしたの?』

ユリが心配して尋ねると、サクラは首を横に振った。

『わからない。 ……何でもない』

サクラは無理に笑顔を作った。ユリはサクラの手を強く握ると、足早に家へと向かった。

 家に着くと、二人は不器用な手つきで夕食を作りながらユリの両親の帰りを待った。

 夜が更けても両親は帰ってこなかった。

『遅いなぁ。ごめんね、サクラ』

『ううん』

サクラはどこかホッとした表情を浮かべた。

『じゃあ、そろそろ帰るね。博士が心配しているといかないから』

サクラは帰る支度をすると、玄関へと向かった。すると、玄関のドアが開き、ユリの両親が帰ってきた。

『ただいま、ユリ』

疑うことなく蘭は声を掛け、サクラを抱きしめた。戸惑うサクラの目からは不思議と涙が溢れ出た。

『ユリ?』

レウシアが心配そうに顔を覗かせると、リビングからユリが得意気な表情で顔を覗かせた。

 蘭はユリの姿を見ると、抱え込んだ子供から距離を置いた。

『驚いた? そっくりでしょう?』

ユリの言葉を両親はうわの空で聞いた。

『サクラ、なの?』

蘭は疑い眼で尋ねた。

『えっ?』

サクラとユリは目を丸めた。

『……そうですけれど、私を知っているのですか?』

サクラが答えると、両親は目を見合わせた。

 レウシアは慌てて玄関のドアを閉めると、とりあえず皆でリビングへと向かった。

『本当にサクラなのね?』

『え、ええ』

蘭はサクラの声を聞くだけで、瞳を潤ませた。

『あなたに会えるなんて』

蘭はサクラを強く抱きしめた。そして、席に座ると蘭は険しい表情でサクラに話しかけた。

『話したいことがあるの』

『止さないか、蘭。二人が真実を知るにはまだ早い』

レウシアは必死に静止したが、蘭は聞く耳を持たなかった。

『もう耐えられないのよ。だって、この子は……』

サクラは心のどこかで、やはり来るべきではなかったと感じた。


「この子は、いつまで寝ているの? 本当に遅刻するわよ」

ユリは蘭に叩き起こされた。

「うーん、起きた」

ユリは寝ぼけ眼で時計に目を遣った。すると、すでに八時を回っていた。

「こんなものを見て夜更かしするようなら旅行の話はなしだからね」

蘭はベッドの横に落ちていた旅行雑誌を取り上げた。

「ごめんなさい」

ユリは飛び起きながら急いで制服を着始めた。

「朝食はどうするの?」

「食べている時間がない。サクラは?」

ユリは制服に着替えるとかばんを開いた。すると、今日の授業の準備がされていた。

「サクラはもう行ったわ」

蘭はため息交じりでユリのパジャマをたたんだ。

「行ってくるね」

「サクラにお礼を言っておきなさい」

ユリはうなずくと、階段を駆け下りた。そして、家を飛び出ると、学校へ走っていった。

 ユリは走りながら昨晩見た夢のことを思い出していた。しかし、その続きがどうしても思い出せなかった。

(ママ、何て言ったんだろう? 確かあの日からサクラと暮らし始めて、すぐに引越しをしたんだよね)

ユリは思い出そうとするにつれて、不安な気持ちになっていった。

(まあ、いいか? 考えるのは止めよう)

 ユリは考えるのを止め、無心で走り続けた。

 しばらくすると、ユリは電柱の陰に人影を見つけた。

(あの老人。 ……確か、表彰時にママと話していた人)

ユリは立ち止まり、電柱を見た。すると、上半身だけのその人影は口を何度もパクつかせた。

(もうすぐだ)

ユリの頭に鈍く低い声が響き渡った。そして、人影は静かに消えていった。

(今の何?)

ユリは気味が悪くて手を震わせた。

「……い、いけない。遅刻する」

ユリはその人影を幻であると言い聞かせながら、再び走り始めた。

 予鈴と共に教室へ駆け込んだユリは息を切らせながら席へとついた。

「ぎりぎり間に合ったね」

「うん。今朝はありがとうね」

ユリが教科書を用意してくれたお礼を言うと、サクラはニッコリ微笑んだ。

 担任が教室に入ってくると、授業が始まった。ユリは今朝見た老人の姿を忘れることができず、気持ち悪さを抱えたまま一日を過ごした。

(ユリ、少し顔色が悪いかな?)

サクラは時折ユリのほうを見て、若干青ざめた顔をしたユリを心配そうに見つめた。

 授業が終わると、ユリたちはすぐに家へ帰ることとした。

「来週はユリの誕生日だね」

サクラは早足で歩くユリと肩を並ばせながら声を掛けた。

「うん」

ユリは冷めた口調で返事した。

「オリール誘ってみる?」

「無理だよ」

ユリは終始顔を強張らせていた。

「ねぇ、どうかしたの? 今朝から様子が変だよ」

サクラがユリの肩に手を置くと、ユリは目を見開き立ち止まった。

 ユリの目の先には今朝見た老人が立っていた。しかし、今度は全身がはっきりと現れていた。

「朝から付け回して、どういうつもりですか? 警察を呼びますよ?」

ユリは声を上げた。

「朝? 何のことだね?」

「とぼけないで」

ユリは老人を睨み付けた。すると、老人は深くため息をついた。

「私は孫を迎えに来ただけだよ。今晩、外食をする予定でね」

老人は二人にゆっくりと歩み寄った。

「久しぶりだね、サクラ。元気だったか?」

「え、ええ。お久しぶりです、シェリー博士」

サクラは身を震わせながら頭を下げた。その様子を見たユリはサクラの手を強く握った。

「記憶は?」

「五年前にすべて……」

サクラの返答にシェリーは深くうなずいた。

「両親さえ忘れるなんてつらかったろう。すまなかったね。しかし、安心して良い。研究では、この現象は互いが出会ってから十五年が限度らしい。 ……もう終わる」

シェリーはすれ違いざまでサクラに耳打ちした。

「今朝も言っていたけれど、どういう意味ですか?」

ユリは眉間にしわを寄せながら尋ねた。すると、シェリーはため息交じりにいよいよ首を傾げた。

「たいそうな口を利くものだな」

シェリーはユリに答えると同時にサクラの顔を窺った。サクラの瞳孔は開いており、冷や汗を流していた。

「そうか。本当に何も話していないのか」

シェリーは呆れ顔を浮かべた。

「お前たちの両親との約束だ。私からは何も話さない。どうしても知りたければ両親に聞いてみなさい」

シェリーはユリを見ることなく答えると、学校へと歩き始めた。

 ユリが振り返ると学校のほうからオリールが駆けてきた。

「おじいちゃん」

オリールは大きく手を振った。そして、ユリたちに目を遣ると、会釈を交わした。

「どうかしたの?」

オリールがシェリーに尋ねると、シェリーは首を横に振った。

「道を忘れてしまったから、こちらのお嬢さん方に教えて頂いたんだ」

シェリーは振り返ると、二人に頭を下げた。

「二人は俺と同じクラスなんだ。同じカナダ出身でメル・ユリさんとサクラさん」

オリールはシェリーに二人を紹介した。すると、サクラとユリは気まずそうな顔をした。

「オリール、予約に遅れそうだ」

「あ、ごめん。じゃあ、二人ともありがとう」

オリールは二人に礼を言うと、シェリーの手を引いた。

 二人はしばらくその場に立ち尽くした。

「何も話していない? サクラ、どういうことなの?」

ユリはサクラに問い詰めた。しかし、サクラは黙ったまま首を横に振るだけであった。

「……ママたちに聞くからいいよ」

うつむくサクラを横目にユリは家へと歩き始めた。

 サクラはユリの前に立ちはだかり、両肩を掴んだ。

「きっと聞いてはいけないことだよ。あれは私たち二人を引き裂く悪魔の囁き。信じる気持ちを失った二人は二度と会えなくなるかもしれない」

「何を言っているの? オルフェウスの話じゃあるまいし」

ユリは苦笑いを浮かべた。しかし、サクラの肩を掴む力が次第に強くなり、冗談で言っているわけではないことがわかった。

「サクラ、やっぱり何か知っているのね?」

ユリはサクラの両手首を強く握った。

「私たち幸せじゃない? もし、ユリがママたちに尋ねてしまったら、私たちは二度と会えなくなるかもしれないの。 お願い、聞かないで」

サクラはその場にうずくまった。

「……わかったよ」

ユリはサクラが消えてしまうのではないかと不安に思い、渋々うなずいた。

 ユリはサクラの体を起こした。そして、寄り添うように家への帰路を歩いていった。

「お願い、お願い」

「わかっているよ」

うわ言のように繰り返すサクラの背中を擦りながら、ユリは答えた。

 家に帰るとユリは階段を駆け上がり、自分の部屋へ入っていった。そして、自分の気を落ち着かせるために何度も大きく深呼吸をした。

 蘭は物音を聞いて廊下へ出た。すると、サクラは涙を瞳に溜めたまま玄関でうつむいていた。

「ケンカでもしたの?」

蘭が尋ねると、サクラは首を横に振った。

 サクラは蘭の胸に泣きついた。そして、今日一日の出来事を蘭に告げた。

「シェリー博士はもう終わるって言っていたけれど、どういう意味?」

「そ、それは……」

蘭は目を泳がせたままうつむいた。

「何か知っているんでしょう?」

サクラは蘭の両腕を掴み、すがりついた。

「私はママたちに二人が想い合えば消えることはないと教えられた。互いが悪い感情を抱かない限りは消えないって。 ……消えちゃうの?」

今にも消えてしまいそうな声で尋ねたサクラを蘭は強く抱きしめた。そして、すべてを話す決心をした。

「落ち着いて聞きなさい。シェリー博士の研究によると……」

蘭はここ数日レウシアが調べていたことをサクラに話した。


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