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コンテスト

 新学期が始まって二ヶ月以上が経ち、連日雨が降り続く季節となった。

「そろそろあれの季節だね」

「そうそう、今年は誰が選ばれるのかな? きっとオリールは確定だよね」

女子たちが小声で話し合うのを男子たちは聞き耳を立てた。

「お前、誰に投票するの?」

「えっ、まだ決めてない」

男子たちの話にも同じように女子たちは耳を傾けた。

 教室内が浮き足立つのを感じて、オリールは不思議な顔を浮かべた。

「何の話?」

オリールがユリとサクラに尋ねると、二人はクスクス笑った。

「さあ、ね」

「直にわかるよ」

二人が答えると、タイミングよく担任が入ってきた。そして、ホームルームが始まった。

「さて、皆が新学期に慣れてきたということで毎年恒例のミス・ミスターコンテストを行います」

担任は嬉しそうに紙を配り始めた。すると、オリールはあからさまに首を傾げた。

「そうか。オリール君は初めてだね。その用紙に好きな異性の名前を書いて廊下にある応募箱に入れるの。上位五名が掲示板で発表され、男女一位の人たちは表彰されます」

「へー」

オリールは相づちを打つと、横目でユリとサクラのほうを見た。

「ふーん」

担任がニヤリと笑うと、オリールはたちまち顔を赤らめた。

「なになに?」

「えっ、誰?」

女子たちがどよめき始めると、オリールはさらに小さくなった。

「はいはい。そういうことで、この話はおしまい。次の話に移りますよ」

担任が手を叩くと、徐々に静まっていった。それと同様にオリールの顔色も良くなった。

 放課後、オリールは女子たちに囲まれていた。

「オリールは誰に入れるの? 私?」

「バーカ、あんたなんかに入れるわけがないでしょう」

他の男子たちはその光景を見て、つまらなそうな顔を浮かべながら帰っていった。ユリとサクラも話をしながら、困った顔をしているオリールの前を通って帰っていった。

 下校中、二人はコンテストの話をしていた。

「ちょっと可哀想だったかな?」

ユリは立ち止まって校舎を見た。すると、サクラも立ち止まって振り返った。

「オリール? うーん、女の子に囲まれて可哀想なことはないんじゃない?」

サクラは再び歩き始めた。

「それで、ユリは誰に投票するの? オリール?」

「まだ決めてない」

ユリはサクラに駆け寄ると、用紙を取り出した。

「サクラは?」

「私は興味ないから投票しないよ」

「今年も? サクラって好きな人いないの?」

サクラは笑みを浮かべながらうなずいた。

「ウソだ。誰?」

「いないよ」

サクラは夕陽が沈むのが見える長い一本道を駆けていった。ユリは急いでその後を追いかけた。

 家へ帰り、二人と蘭は夕食を終えた。そして、サクラは風呂に入り、ユリと蘭はリビングでくつろいだ。

「そういえば、今度またコンテストがあるんだ」

ユリは用紙を取り出し、蘭に見せた。

「そう。去年はユリが二位でサクラが三位だったわね」

蘭は用紙を手に取った。

「一昨年はサクラが二位で私が三位」

「今年は毎年一位だった子が卒業したからどちらかが一位ね」

蘭は優しく微笑んだ。ユリはお茶をすすると一息ついた。

「取れるかな?」

「もちろん。二人とも私の子なんだから。表彰式にはカメラを持って行くからね」

蘭の顔を見てユリもつられて笑顔になった。

 蘭はユリの頭をなでた。

「それで、ユリは誰に投票するの?」

ユリは恥ずかしそうにうつむいた。

「オリール君?」

ユリが小さくうなずくと同時にサクラがリビングに入ってきた。

「何? 何の話?」

「な、何でもない。さぁ、私もお風呂に入ってこよう」

ユリは立ち上がると、慌てた様子で風呂へと向かった。

 部屋で着替えを持ち、風呂場のある一階に下りてくると、リビングからは笑い声が洩れてきた。

(ママ、さっきのことサクラに話していないかな?)

ユリは不安に思いながら風呂に入った。

 サクラは蘭と話しながら牛乳をコップに注ぐと、リビングへ向かった。そして、ユリの座っていた席に座ると、蘭の持っている用紙に目を遣った。

「コンテスト?」

「ええ。今年は二人のどちらが一位かなっていう話」

「そんなの、わからないよ。かわいい子は一杯いるんだから」

サクラはタオルで髪を拭いた。

「なれるわよ」

「あんまり興味ないなぁ」

サクラは他人事のように笑った。

「ところで、サクラは誰に投票するの?」

「ん? 誰にもしないよ」

蘭はジッとサクラの目を見た。すると、サクラは視線を逸らし、牛乳を飲んだ。

 恋する乙女の表情に蘭はクスクス笑った。

 

 一週間が経ち、コンテストの応募が終わった。

「はい。それではコンテストの結果は今週中に掲示板にて行います。皆、浮かれるのもいいけど、勉強のほうも怠らないように」

ホームルームが終わると、多くの生徒が互いに誰に投票したかを聞いて回った。

「結局誰に入れたの?」

ユリは後ろの席からサクラの背中を突っつくと、サクラは笑いながら首を横に振った。

「ウソだ。この前、部屋で書いているところ見たんだから」

「入れてないって」

サクラは逃げるように教室を出て行った。

「ごめん、待ってよ」

ユリは急いでサクラの後を追った。その様子をオリールはジッと見ていた。

「それで、オリールはあの二人のどちらに入れたのかな?」

一人の女子がオリールに尋ねた。

「俺は……」

周囲の騒ぐ声にオリールの声はかき消された。オリールは静かに立ち上がると、カバンを持って教室を出て行った。

 サクラに追いついたユリは、サクラのカバンを持って機嫌をとった。

「ごめん、もう聞かない」

そう言うものの、ユリはもどかしそうにしていた。

「本当に入れていないの。入れようと思って名前を書いたけれど、入れるの止めちゃった」

サクラは夕陽を見つめた。その横顔はあまりに大人っぽく見えた。

「で、ユリは誰に入れたの?」

「え? ……教えない」

ユリはサクラにカバンを返すと、駆け出した。

「誰?」

サクラはユリを追いかけながら尋ねた。

「おしえなーい」

ユリは振り返り、イーっと歯を見せると再び走り始めた。

 本当は二人とも互いが誰の名前を書いたかを聞きたくなかった。二人は互いの気持ちをごまかす様に夕陽の中へ溶け込んでいった。

 

 週末にコンテストの結果が掲示板に貼り出された。それと同時に生徒たちが集まり、賑わいをみせた。

「やっぱり、男子の一位はダントツでオリールか。女子もやっぱりユサク姉妹だね」

「えっ、どっちが一位?」

通りがかった女子が隣にいたクラスメイトに尋ねた。

「サクラが一位でユリが二位」

「へー、姉妹対決はサクラの勝利か。でも、一票差だね」

 登校してきたユリとサクラは、真っ先に掲示板に集まる人たちが目に留まった。

「サクラ、結果が出たみたいだよ。行こう」

「う、うん」

ユリはサクラの手をとると、掲示板へと向かった。

「あ、ユサク」

「フルールだってば」

ユリはいよいよ呆れ顔を浮かべた。

「ごめん。それよりお二人さん、コンテストの上位を独占しているよ」

「へー、どれどれ」

二人は掲示板に目を遣った。

 結果を見るなりサクラは罰の悪そうな顔をした。

「男子はやっぱりオリールか。あっ、サクラ一位じゃない。やったね」

ユリは自分のことのように声を弾ませ、手を叩いて喜んだ。

「でも、一票差だからほとんど同率だね」

サクラは、はにかみながら言った。

「まあまあ、せっかくだから一番をもらっておきなよ」

「……そうだね」

ユリが明るく振舞ったおかげで、サクラは気負いをなくした。

 サクラは自分が主になるイベントを嫌った。

(気を負う必要ないのに)

ドッペルゲンガーであるサクラが陽の目を見るのを嫌う様子をユリは憂いの表情で見つめた。

 ユリは目一杯の笑顔を作った。

「表彰は来週の月曜だって。ママ、きっと張り切って来るよ」

「うわ、嫌だな」

「ご愁傷様」

二人はフフフと笑いながら教室へと入っていった。

 教室の入り口ではオリールが友達と話していた。

「よっ、ベストカップル」

サクラとオリールが肩を並べると、一人の男子が声を上げた。それと同時に教室中から拍手が起こった。

「おめでとう」

「お似合いだよ」

さまざまな声が飛び交う中、ユリは拍手をしながら一人自分の席へと向かった。

「もう、やめてよ」

サクラは嫌がる仕草を見せながら、恥ずかしそうに席に着いた。

 サクラが自分のことを気にしていることに気づいたユリはおめでとうと笑顔で笑いかけた。

 授業が終わると、二人は真っ直ぐ家に帰った。

 ユリが急ぎ足で歩くのに対し、サクラはゆっくり歩いていた。終いに痺れを切らしたユリはサクラの手を引いて歩き始めた。

「ママ、コンテストの結果が出たよ」

玄関を開けるなり、ユリが声を上げた。すると、リビングから蘭が顔を覗かせた。

「どうだったの?」

「私が二位でサクラが一位」

ユリは声を弾ませた。一方でサクラは横で照れくさそうに笑った。

「何で二位のあなたのほうが嬉しそうなの?」

「だって、サクラが一位だったんだよ。サクラ自身は照れるばっかりで全然喜ばないし」

ユリはサクラの顔を窺った。

「そんなことないよ。感極まっております」

サクラは妙な言葉遣いで頭を下げた。

「さあ、そんなところで話していないで中に入りなさい。ケーキ、買ってあるわよ」

蘭は二人に穏やかな顔をして微笑みかけた。二人は目を見合わせると嬉しそうにうなずいた。

 二人は男子の結果を含めてコンテストの結果について蘭に伝えた。

「……で、月曜日に運動場で表彰式があるんだ。雨の場合は体育館」

「それは楽しみね。何を着ていこうかしら」

蘭はクローゼットの中を思い浮かべた。

「本当に見に来るの?」

サクラが慌てた様子で尋ねると、蘭は当然と言うが如く大きくうなずいた。

「当たり前でしょう。ママとしてはオリール君を見ておく必要があるからね」

蘭が張り切るのと反比例してサクラのテンションは下がっていった。

「私、二位でよかった」

ユリはホッと胸をなで下ろした。

 学校での出来事を一通り話し、三人が夕食を終えると、レウシアが帰宅した。

 ユリは玄関に飛び出すと、レウシアの鞄を手にとって、リビングまで連れてきた。そして、ユリと蘭は嬉しそうにコンテストの話をし始めた。その横でサクラは何度もため息をついた。

「よかったね、サクラ。残念だけれど月曜は仕事でいけないな」

「別に来なくていいって。どうせ校舎内には入れないんだし」

サクラの言葉を聞くと、蘭は残念そうな顔をした。

「入れないの?」

「当たり前でしょう。ママはフェンスの外までよ」

サクラは呆れた表情で言った。

「蘭、あまり迷惑をかけないようにしなさい」

レウシアは強く念を押した。すると、蘭は途端にしょんぼりした。そのやり取りをユリはクスクス笑いながら見ていた。

 月曜日になり、快晴の中表彰式の日を迎えた。蘭は必死の説得の末に特別校舎へ入ることを許され、家のカメラとサクラのカメラの二台を首から提げて教師たちの横に立った。

(恥ずかしいな。早く終わってよ)

サクラは何度もため息をつきながら手をまごつかせた。

「緊張しているの?」

隣に立っているオリールが声を掛けた。

「違う。あれが恥ずかしくて」

サクラは蘭を横目で見た。オリールは鼻歌まじりで肩を揺らし、リズムをとる蘭の姿を見て声を殺して笑った。

「そんなに可笑しい?」

「いや、うらやましいんだよ。俺には写真を撮ってくれる人もいないからね」

オリールは珍しく悲しそうな表情を見せた。

 オリールはあまり自分のことを話さないため、サクラは家族構成さえ知らなかった。

「ご両親は?」

「母はいないんだ。父は仕事が忙しいらしくて出張三昧。とてもこんなところに顔を出さないよ。今は祖父と暮らしている」

オリールは少し寂しそうな目で遠くを見つめた。その横顔をサクラも哀しそうに見つめた。

 お構いなしのフラッシュが光った。サクラは驚きながら蘭のほうへ顔を向けると、蘭は親指を立てて、グッドとポーズを作った。

「写真ができたら一枚くれない?」

オリールは笑いを堪えながら、サクラの顔を窺った。

「何枚でもあげるよ。よかったらママごともらっていいよ」

サクラが大きくため息をつくと、オリールはいよいよ堪えきれずに笑いをもらした。そして、オリールが親指を立て蘭に向けると、蘭はためらうことなくシャッターを切った。

 ユリは朝礼台の前で他の生徒と一緒に並んでいた。

(楽しそうだな)

ユリは二人のやり取りを寂しそうに見つめていた。

 校長の長い話が終わると、二人は順番に朝礼台の上で表彰された。

「ウィリアム・オリール君。おめでとう」

オリールが表彰状を受け取り、朝礼台を降りると入れ替わるようにサクラが台に上った。

「メル・サクラさん。おめでとう」

「ありがとうございます」

サクラは表彰状を受け取り、顔を上げると、どこからか冷たい視線を感じた。

(何だろう? 嫌な感じ。でも、どこかで感じたことがある)

サクラは手を震わせながら周りを見渡した。その様子を不思議に思った蘭は同様に周りを見回した。そして、校舎の外にいる老人を見つけると、蘭は驚きのあまり唖然とした。

(何であの人がここに?)

蘭は慌てて校舎の外へと駆けていった。サクラとユリも振り返ると、その老人と目を合わせた。

 老人は駆けてくる蘭の様子を見て呆れ顔を浮かべ、その場を立ち去ろうとした。

「待って」

蘭が声を上げると、老人は立ち止まった。

「まさか本当に二人と暮らしているとはな。二人が出会って直に十五年か。もう長くは続かないぞ」

老人の言葉を聞くと、蘭の顔が青ざめた。

「どういうことですか?」

「まあ、人体実験を繰り返し、社会追放された私には関係ないことだ」

「なぜここに?」

蘭が尋ねると、老人は朝礼台のほうを見た。

「孫の晴れ舞台を見に来ただけだよ」

「ウィリアム・オリール?」

老人は鼻で笑うと、うなずいた。

「安心していい。君たちに会ったのは偶然だ。干渉する気もない」

老人は振り返るとゆっくり立ち去った。

「待って、シェリー博士」

蘭は必死に声を掛けたが、シェリーは立ち止まることなく歩いていった。

 ユリの頭にサクラと出会ったときの光景が浮かび上がった。すると、ユリは息苦しさを感じ、その場で胸を押さえて倒れこんだ。

「ユリ」

サクラは表彰状をその場に落とし、ユリのもとへ駆け寄った。サクラの声を聞き、蘭も慌ててユリのもとへ駆け寄った。

「急いで保健室へ」

教師の一人がユリを抱えあげると、蘭はその腕を掴み、首を横に振った。

「家に連れて帰ります」

蘭は教師からユリを受け取ると、荒い息をつくユリを背中に抱えた。

「サクラ、手伝って」

「う、うん」

サクラはカバンを取りに教室へと向かった。

「大丈夫だよ、ユリ」

蘭は赤ん坊をなだめるように優しく声を掛けた。

 ユリは安心したのか、次第に呼吸を落ち着かせると、蘭の背中で静かに寝息をたてた。


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