出会い
小学校三年生になったユリは授業を終えると、下校途中にある公園へと掛けていった。両親は共に研究員としてどこかの研究室に勤めていたが、詳しくは聞かされていなかった。一人っ子のユリは日が暮れるまで公園で過ごすことが多かった。
家に戻ると、ユリは学校で配布された宿題の用紙を取り出した。
『……両親の仕事についてか』
両親は仕事のことを聞かれると、あからさまに不快な顔をするので、ユリはこの宿題に戸惑いを隠せなかった。
『答えてくれるかな?』
ユリはリビングのテーブルで頬杖をつきながら、両親の帰りを待った。
両親が家に帰ると、ユリは三人で食事を摂った。そして、二人の顔を窺った。
『来週の作文発表でパパとママのお仕事について聞いてくる宿題なんだけど、二人はどんなお仕事をしているの?』
ユリは二人が笑顔のときに恐縮しながら尋ねた。すると、二人はたちまち表情を曇らせた。
『人間について研究しているんだよ。ただ、ユリにはまだ難しいから……』
レウシアは言葉を濁した。横にいる蘭もまた、それ以上聞いて欲しくない顔をあからさまにしてみせた。
(……やっぱり、あまり答えたくないんだ)
ユリは気を使い、これ以上深く聞くことをあきらめた。
『わかった。パパたちは研究している人なんだね』
ユリはあどけなく笑うと、宿題を済ませるために自分の部屋へと戻っていった。その背中を二人は後ろめたい表情で見つめていた。
翌日も学校が終わるとユリは公園で一人過ごした。
ブランコに座ったユリは遠目に自分と同じくらいの年齢の人影を見つけた。
(……私?)
木の陰に隠れて顔が見えなかったが、ユリは直感的にそう思った。
ユリはブランコから飛び降りると、急いでその木まで駆けていった。しかし、あと一歩のところで人影は蜃気楼のように消えていった。
(消えた? 見間違い?)
ユリが呆然としていると、今度はブランコをこぐ音が聞こえた。
ユリが慌てて振り返ると、そこには見間違えようのない自分の姿があった。
(やっぱり私だ)
ユリは高鳴る鼓動を落ち着かせながら、今度はゆっくりと歩み寄った。
ユリがブランコの前まで行くと、少女は優しく微笑んだ。
『あなたは誰?』
『……私はあなた?』
ユリは少女の言葉が理解できずに首を傾げた。すると、まったく同時に少女も首を傾げた。
『お名前は?』
『あなたの名前は?』
聞き返されたユリはニッコリ笑って答えた。
『私はユリ』
『じゃあ、私もユリ』
ユリは目を丸めた。
『おかしな人ね』
二人は同時に言葉を発し、声を上げて笑った。
ホームルーム終了の鐘がなると、ユリはサクラに体を揺すられ目を覚ました。
「ほら、いつまで寝ているの?」
「う、うん」
ユリはなぜ目の前に自分がいるのか一瞬理解に困った。このようなことは度々あり、ユリは寝ぼけているからだと自分に言い聞かせた。
「さあ、帰ろう」
ユリは差し伸べられた手を掴むと、ゆっくりと起き上がった。
「私、どのくらい寝ていた?」
「ホームルーム中ずっと。先生、何度もユリのほうを見てため息をついていたよ」
サクラは呆れた顔で答えた。
「私たちが出会った頃の夢を見ていたんだ」
ユリの言葉を聞くと、サクラは一瞬眉をひそめた。サクラにとって過去を思い出すことは苦痛であったからである。
「そ、そう。カナダの公園だっけ?」
サクラはすぐに笑顔を作った。
「うん」
ユリはサクラが無理をして明るく振舞っているのを感じ、これ以上この話をするのを止めた。
ユリは家に帰っても夢のことが頭から離れなかった。
(サクラはいつからこの世に存在しているのだろう?)
ユリはサクラの過去を知りたいと思ったが、家族の間で禁忌とされていたので聞けずにいた。
ユリは胸に支えるものを感じながら、一日を過ごした。
翌日、ユリはいつもどおり蘭の怒鳴り声がこだまする朝を迎えた。
大きなあくびをしながらリビングに行くと、サクラのドタバタを聞きながら朝食を摂った。そして、誰一人何一つ違和感を持たずにサクラと登校した。
「ユサク、おはよう」
教室に入るなり声が上がった。
「結局ユサクに戻っているじゃない」
二人は声を揃え、ため息をついた。まったく同じタイミングであったため、クラス中がドッと笑った。
「ごめん、ごめん。で、何だっけ?」
「フルール」
周りの女子と話しながら二人は席に着いた。
担任が教室に入ってくると同時に一人の男子が顔を覗かせた。
「オリール君、入ってきていいわよ」
担任に手招きされると、オリールは恐る恐る教室へ入ってきた。
「転入生を紹介します。ウィリアム・オリール君」
「ウィリアム・オリールです」
長身で青い目、幼顔のオリールは女子の目を一瞬で釘付けにした。
「オリール君はユリさんとサクラさんと同じカナダ出身だそうです。仲良くしてくださいね」
担任の言葉を聞き、二人とオリールは目を合わせた。
「仲良くしてくださいね」
オリールは担任の言葉を繰り返すと、二人に微笑みかけた。
放課になると、ユリとサクラ、それに多くの女子たちはオリールを連れて校内を案内して回った。
「ここが購買ね。パンとかお昼ご飯を買ったりする場所」
二人が親身に案内する一方で、
「オリール君、彼女いるの?」
「カナダってどんな所?」
クラスの女子たちはオリールを質問攻めにしていた。
「こらこら、目的は案内でしょう。それにカナダってどんな所って、私たちが散々話したでしょう?」
二人は腰に手を当てた。
「カナダって言っても広いでしょう? ユサクとは違うかもしれないじゃない?」
「ユサク?」
オリールは奇妙なあだ名に興味を持った。
「そう、ユリとサクラでユサク」
「違うでしょ。私たちはフルール」
その会話を聞き、オリールは声を上げて笑った。
「もう、勝手にしなさい」
苛立ちを覚えた二人はフランス語で呆れるように言うと、足早に教室へと戻っていった。
「Wait ユサク」
オリールが慌てて声を掛けると、二人は振り返り睨み付けた。すると、オリールはすぐさま口に手を当てた。
授業が終わると、オリールは二人のもとへ歩み寄った。
「さっきはごめんなさい、ユリ、サクラ」
「もう、いいって」
二人の言葉にとげを感じたオリールは困った顔で頬を掻いた。
「転入して友達ができるか不安だったから、周りに人が集まって、嬉しくて…… つい、調子にのってしまいました」
オリールは素直に頭を下げた。二人は目を見合わせると、自分たちが日本に来たときのことを思い出した。
「怒っていないよ」
二人は優しく微笑みかけた。すると、オリールは嬉しそうに笑顔を見せた。
「じゃあ、また案内してくれますか?」
「ええ、もちろん」
二人は帰る支度をしたカバンを持って立ち上がった。
「じゃあ、今から部活の案内でもしようか?」
「はい」
オリールの返事を聞くと、二人は先導して歩き出した。
「ま、待ってください、ユサク。あっ……」
オリールは慌てて口を押さえた。二人は大きくため息をつくと、三人は目を見合わせ、大いに笑った。
一通り案内を終えると、時計は六時を回り、外は日が暮れかけていた。
「遅くまですみませんでした」
「ううん、いいよ」
ユリは首を横に振った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「そうだね。あまり遅いとママの怒鳴り声がここまで聞こえてくるかもしれないから」
二人はその様子を想像するとクスクス笑った。
「送りますよ」
「ありがとう。でも、大丈夫。明るい道で帰るから」
二人は笑顔で答えると、オリールに手を振りながら校門をくぐっていった。
家に帰ると、蘭が玄関前に仁王立ちしていた。
「何時だと思っているの?」
「あ、あのね。今日、転入生が来てね。学校を案内していたんだ」
二人は遅くなった理由を説明した。蘭は疑い眼で二人を見たが、とりあえずリビングへと向かった。
「……それで、転入生ってどんな子なの?」
蘭は二人に夕食を出しながら尋ねた。
「名前はオリール」
「私たちと同じカナダの出身の男の子」
「放課に学校の中を案内して」
「それで、放課後には部活の案内をしていたんだ」
二人は代わる代わる説明をした。
「かっこいいの?」
あまりに二人は活き活きと話すので、蘭は顔をニヤつかせた。
「どうかな?」
「他の男子と比べればいいほうじゃない?」
「でも、性格はどうかな? お調子者だし」
二人は質問に質問を重ねて考えた。その横で蘭はクスクス笑った。
蘭に一通り話し終えると、レウシアが帰ってきた。
「パパ、お帰り」
二人はレウシアを笑顔で迎えた。
「ただいま。どうかしたの?」
レウシアが尋ねると、二人は目を見合わせてニンマリと笑った。
「あのね。今日転入生が来たんだ」
「名前はオリールと言ってね……」
二人は同じ会話を繰り返し説明した。その様子を蘭は優しく微笑みながら見守った。
そして、穏やかな夜が更けていった。
一週間が経ち、サクラは十八回目の誕生日を迎えた。サクラは女友達を招き、家で小パーティーを開いた。プレゼントにデジタルカメラを買ってもらったサクラは友達や家族と一杯写真を撮って思い出を残した。
「オリール君は呼ばなかったの?」
蘭が尋ねると、皆は一斉にサクラのほうを向いた。
「サクラ、オリールのこと好きなの?」
「ち、違うよ。ママ、突然何を言うの?」
サクラは慌てて答えると、怒り口調で蘭を見た。
「あら、クラスメイトなんだから招待したっておかしくないでしょう?」
蘭は得意気に言い放った。
「そうだよ。呼べばよかったのに」
一人が言うと、皆が大きくうなずいた。
「いいじゃない。今日は女の子同士の誕生日会」
「そうそう」
ユリがかばうと、サクラは小さく何度もうなずいた。
「ごめんね。男がいて」
レウシアは恐縮しながら皆の顔を窺った。その顔を見て一同はドッと笑った。
「パパ、女装する?」
「あら、いいわね。お化粧してあげましょうか?」
蘭が言うと冗談には聞こえず、レウシアは料理を盛った皿を手に持ちながらキッチンへと逃げていった。その様子を見ながら、皆はさらに笑った。
夜が更けると、遅くなりすぎないうちにパーティーはお開きとなった。レウシアは遠くの家から来ている人を送り届け、二人は蘭と一緒に片づけをした。
「二人で写真撮ろうよ」
サクラの言葉を聞くと、ユリは快くうなずいた。
「じゃあ、撮ってあげる」
蘭はカメラを手にとると、二人に向けた。二人は手をつなぐと寄り添いながら優しく微笑んだ。




