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ドッペルゲンガー

ドッペルゲンガー


 ドッペルゲンガー(Doppelgnger)とは、ドイツ語のdoppelに由来している。英語でいえばdouble、要するに自分そっくりの分身のことである。それは全身像で現れることが少なく、顔や頭部、上半身などの部分像で現れることが多い。また、一般にモノトーンであることが多い。それは近くにいる人とは話そうとしない上に、本人と表情が異なったり、衣服が異なったり、さらには若かったり甚だしく老けて見えたりすることもある。しかし、本人はそれを見た瞬間、自分の分身であることを確信し、疑うことないという。そして、ドッペルゲンガーを見た人は数日後に死ぬ。


(と、いう話だけれど。 ……私はドッペルゲンガーと家族として暮らしている)

 桜の花が咲き始めた四月の初め、すずめのさえずりに目を覚ましたユリは大きく伸びをした。そして、眠い目を擦りながらベッドから出ると、カーテンを開けた。

 窓からは眩しい光が差し込み、穏やかな陽気が部屋を満たした。ユリの顔は自然と笑顔にった。

「んー、いい天気だ」

ユリは再度大きく伸びをした。

「ユリ、サクラ、早く起きなさい。遅刻するわよ」

いつものように廊下から母の声が家中に響き渡った。母の名は蘭という。彼女は昔、大学のミスユニバーシティーに輝くほどの美人であり、容姿は未だ美しさを保っているが、ユリにとってはただの口うるさいおばさんである。

「二人ともいい加減に起きなさい」

「はーい」

ユリは大声で返事をすると、渋々部屋を出て階段を降りていった。

(ママの怒鳴り声でせっかくの陽気が台無しだよ)

ユリは膨れっ面でリビングのドアを開けた。

 リビングに入ると陽の光で優しく輝くフローリング、温かい香りとともに広がった新聞が真っ先に目に入った。

「おはよう、ユリ」

新聞から顔を覗かせると、ユリの父レウシアは優しく微笑みかけた。レウシアはカナダの生まれであり、性格は温厚、背が高く細身でスーツの良く似合うエリートサラリーマンである。

 ユリは日本人の母親との間に生まれたハーフであり、ファーストネームはメルという。緑掛かった髪に父親譲りの青い目、小学生のときにカナダから転校して、現在は東京の高校に通う十七歳の少女である。

「おはよう、パパ」

ユリは笑顔であいさつを交わすと、食卓に座った。

「おはよう、ユリ」

「おはよう、ママ」

キッチンとリビングは繋がっており、ユリは朝食であるパンを皿に盛っている蘭とあいさつを交わした。そして、三人で朝食を摂り始めた。

 なかなかサクラが起きてこないので、しびれを切らした蘭はフライパンとオタマを手にとって廊下へと出て行った。すると、ユリはため息混じりで自分の耳を両手で塞いだ。

「サクラ、いい加減にしなさい。これから朝ごはんを無しにするよ」

蘭はフライパンをガンガン鳴らしながら声を上げた。

 いつもの光景にレウシアは新聞で顔を隠しながら楽しそうにクスクス笑った。

「起きた、起きた」

サクラは部屋を飛び出すと、お決まりのように階段を尻もち付きながら落ちてきた。その音を聞きながら、レウシアはいっそう笑った。

 ユリは何がそれ程面白いのかわからず、首を傾げた。しかし、幸せそうなので、ユリも自然と口元が綻んだ。

「はい、起きた。ご飯ちょうだい」

サクラはリビングのドアを勢いよく開けると、蘭に笑顔を向けた。蘭はため息をつきながら、パンを差し出した。

 ユリとサクラという名前は生まれた季節にちなんで付けられた。ユリは夏に生まれ、サクラは春に生まれた。

 当然のことながら二人は双子ではない。にもかかわらず、二人の容姿は瓜二つであった。それもそのはず、サクラはユリのドッペルゲンガーなのである。

 サクラがドッペルゲンガーであることは、ユリだけではなく当然両親もサクラ自身も知っている。

「もうすぐサクラの誕生日ね」

蘭は食卓に着くと二人にミルクを差し出した。

「……うん」

サクラは躊躇いながら答えた。サクラはなぜか自分の祝い事を好まないところがあった。

「何か欲しいものはない?」

「ううん。何にもいらないよ」

サクラは笑顔で首を横に振った。

「遠慮はいらないよ。家族なんだから」

レウシアは穏やかな顔で静かに言った。その横でユリは大きく何度もうなずいた。

「そうだよ。せっかくの誕生日なのにもったいないよ」

ユリの言葉を聞くと、サクラも小さくうなずいた。

「じゃあ、考えておくね」

サクラは皆に微笑みかけた。

 ユリとサクラは朝食を終えると、急いで学校に行く支度を整えた。そして、二人は仲良く家を出て行った。

「ユリちゃん、サクラちゃん、おはよう」

「おはよう、おばさん」

二人は声を揃えて近所の人にあいさつをしながら、手をつないで学校まで駆けていった。

 学校へ到着すると、二人は予鈴と共に教室へ駆け込んだ。学年は上がったがクラス替えはなく、教室内は知った顔ばかりであった。

「おはよう、ユサク」

「だから、略さないでよ」

同じ教室の友達はユリとサクラ、二人の名前を省略させて呼んでいた。しかし、二人は可愛くないあだ名に不満を浮かべていた。

「いいじゃない。だって、いちいち分けて呼ぶのめんどうなんだもん」

「だったらもっと可愛い名前つけてよ」

二人は声を揃え、同時に頬を膨らませた。すると、それを見てクラスメイトは声を上げて笑った。

 しばらく他愛のない話をしていると、担任が入ってきた。

「はい、席について。出席をとります」

「はーい」

担任は名簿を一度教卓でトントン鳴らすと、咳払いをしながら開いた。

「……メル・サクラさん」

「はい」

「メル・ユリさん」

「はーい」

世間体では二人は姉妹ということになっており、教師も学生もサクラがドッペルゲンガーであることを知らなかった。

 ユリは明るく活発な性格、サクラは穏やかで気立てのよい性格と性格は異なったが、クラスで人気者であることは変わらなかった。そのため、休み時間になると多くの女子が二人を囲んだ。

「じゃあ、二人のあだ名は何にする?」

「そうだなぁ……」

いつも二人の周りに集まる女友達は一斉に腕組みした。

「二人の名前にちなんで、ストレートに花は?」

「花ちゃん、おはようって?」

「かわいくないね。おまけに一人の子を呼んでいるみたい」

「て、いうか花ちゃんって今時ないよね」

女子たちはカラカラ笑っていた。すると、二人は目を見合わせて不快な顔を浮かべた。

「うそうそ。そうだなぁ。 ……じゃあ、言葉を変えてフルールなんてどう?」

「フルール?」

一人の女子が提案すると、辺りの女子は首を傾げた。

「そう。フランス語で花。確か二人が生まれたカナダって英語とフランス語の二ヶ国語圏でしょう? 英語でフラワーだとつまらないからフランス語」

「フルール、おはよう。 ……うーん」

「花ちゃんと変わらない気が……」

辺りの女子は馴染みのない言葉に違和感あり、抵抗を感じていた。

「ね、どうかな?」

「ユサクよりはいいかな」

ユリとサクラは目で互いの気持ちを確認すると、うなずいて答えた。

「じゃあ、二人を呼ぶときはフルールね」

「いいけど、本当の名前も忘れないでよ」

「えー、なんだっけ?」

一人がからかうと、二人はたちまち頬を膨らませた。それを見て、周りはドッと笑った。

 授業が始まると、勉強をして、ときおり眠ってと、何気ない学校生活を過ごした。

 授業が終わると部活に所属していない二人は、いつものように一緒に帰っていった。

 どのスポーツも人並み以上にできる二人は多くの部活から誘われるが、体力がなく息が続かないため断り続けていた。

「今日の晩御飯は何かな?」

「うーん、ハンバーグ?」

「それ、ただユリの好物を言っただけじゃない」

「いいじゃない。願うことが大切なのよ」

二人は和気あいあいと話しながら夕陽に溶け込むように家へと続く長い一本道を歩いていった。


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