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哀れな子執事に愛の手を  作者: 須賀マサキ


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2/2

後編

 しかしこのことをどうやって三人組に伝えれば良いのやら。打ち明け方を間違えたらひと騒動になりかねない。強気に出たのはいいが、あとが大変だ。直貴は頭を抱えながら、バイト先の楽器店に入った。

 キーボードのデモを走らせるために電源を入れる。鍵盤の上に並んだLEDが左から右に流れるように、すばやく点いては消えた。それを見ていたら、気晴らしに一曲弾きたくなった。何も考えずに手をおくと、指が勝手にバンドのオリジナル曲を演奏しはじめた。先日の学園祭でも弾いたこの曲は、自分たちでも名曲だと自負している。オーバー・ザ・レインボウを続けている限り、いつまでも歌い継がれていくような予感があった。

 音楽に触れている瞬間は、煩わしい件を忘れられた。微妙な力の入れ加減、音と音のつなぎ方ひとつを変えることで、同じ曲を表情豊かに表現できる。聴く人は、楽しい気持ちにも切ない気持ちにもなる。泣いている人が笑顔を取り戻せたら、それは音楽の持つ力にほかならない。ライブのたびに直貴は実感する。

 弾き終えて顔を上げると、数名の客が立ち止まって聴き入っていた。拍手をもらって恐縮しながらレジを振り返ると、店長が苦笑しながら軽くせき払いをして、直貴をたしなめた。慌てて「デモスタート」のスイッチを押し、仕事に戻った。

 あの三人組にも、ライブをする側の経験はしてもらいたい。心からそう思う。だがそのためには努力が必要だ。一週間やそこらで人に聴かせるほどの腕になれるなら、だれも苦労はしない。何かを得るためには、汗を流すことも必要だ。自分たちだって毎日練習を積み重ねている。結果だけを見て羨ましがられるのは嫌だった。

「すみません、音楽教室のことが知りたいんですけど」

 高校生くらいの男子が直貴に声をかけた。パンフレットを広げて説明するあいだも、三人組のことが頭から離れない。あの子たちにも教室に通うという道を選んでほしい。その気があるのなら、楽器選びや講師の世話くらいするのに。

 客の高校生を見送ったあとで、ハンディタイプの埃取りを手に、キーボード売り場に移動した。そこでは中学生くらいの少年が、華麗なタッチで曲を弾いていた。正確な演奏に感心しながら掃除をしていたが、途中で違和感を覚えた。

「知らなかったよ、こんなに上手くキーボードが弾けたなんてさ」

 連れの少年が賞賛のため息をつきながら、友人をほめる。すると演奏していた少年が、ケタケタと笑いだした。きょとんとする連れに種明かしをするように、自動演奏のスイッチを指さした。

「今のはキーボードが弾いてくれたんだよ。ぼくがやったのは、それらしく弾いてる真似だけ。エアキーボードだよ」

 なるほど。違和感は、聞き慣れた自動演奏だったからか。

「本当に弾いてるみたいだったぜ。言われなきゃわからなかったよ。上手いじゃないか」

「バンドのライブ見て、それっぽい動きを覚えたんだよ。面白いだろ」

 そう言うと少年はまた別の曲を演奏させて、エアプレイを始めた。本当に弾いてるように見える。たいしたものだ。

「あ、その手があったんだ」

 三人組に提案するアイデアが、不意にひらめいた。


 翌日の放課後、直貴は行きつけのライブ喫茶ジャスティに三人を呼び出した。

「エアバンド?」

 薫が眉をひそめて、直貴を見返した。簡単に納得してもらえないのは想定内だ。

「楽器が弾けないなら、弾いてる振りをして、音は別に準備すればいいんだよ。下手な歌手がTVの歌番組で口パクするだろ。あれと同じだと思えばいいさ」

「えー、そんなの格好悪いじゃないの」

 優香が口を尖らせる。この返事も想定内だ。

「エアギターは立派なパフォーマンスなんだよ。世界大会があるくらいだからね。それにプロのエアバンドだっているじゃないか。最初のうちは振り真似を売りにして、ある日突然本当に演奏するところ見せたら、その方が格好いいと思うんだけどな。どう?」

 三人組は神妙な顔でお互いを見つめ、小声で相談を始めた。結論が出るまでの短い時間は、試験の結果を受け取りにいって順番を待っているときの気持ちと、なぜか似ていた。

 話し合いを終えた三人組は、真顔で直貴を正視した。

「その話、乗った。面白そうじゃない」

 薫が口元に笑みを浮かべ、親指を立てて答えた。

「実はちゃんと弾けます、て見せることができたら、絶対に格好いいよね」

 千絵里と優香は、顔を見合わせてウインクしながら笑った。

 よかった。アイディアに合格点をもらえた。彼女たちが素直に応じたのは、これが初めてかもしれない。満足そうに笑う三人組を見ているうちに、直貴の口元もいつしか緩んできた。

 これで今後の方針も決まったし、楽器も教えないですむ。肩の荷が下りた直貴は、少し冷めてしまったアメリカンコーヒーを一気に飲み干した。

「ライブの動画見て、いろんな動きを研究すればいいさ。ネットを検索したら、いくらでも出てくるよ。ま、とにかくがんばってね」

「いろいろとありがとう、ナオくん」

 三人が声をハモらせてにこやかに返事をした。これで自由の身だ。ひと仕事終えた気分で席を立ち、直貴はさっさと帰宅しようとした。ところが、

「待って、話はまだ終わってないよ」

 清算しようとカウンターまで行ったところで、薫の鋭い声に引き止められた。嫌な予感がした。

「曲は当然、ナオくんが弾いてくれるのよね」

「え?」

「シンセサイザーとコンピュータ使ったら、一人で全部演奏できるんだろ。あたしたちは弾けないんだから、代わりにステージの裏で演奏してくれる人がいるんだよ」

 と千絵里が付け加えると、

「こんなこと頼めるのって、ナオくんしかいないわ。お願い、引き受けて」

 優香は得意のアニメ声で、甘えるように言う。

 お金を受け取ったマスターの動きまで止まってしまい、直貴と顔を見合わせた。

「まさか、あたしたちの頼みを断るつもりじゃないよね。ナオくん」

 千絵里の猫なで声で、背中に悪寒が走った。三人組の強力ビームのような視線が、攻撃を仕掛けてくる。

「だめだ。だめだ。絶対にだめだ。そんな時間あるわけない。ぼくは自分のバンドで忙しいんだ。ほかのバンドと掛持ちする時間なんて、どこを探してもぜーったいにないんだよっ」

 と言いたかった。強気な態度で、三人組のわがままを蹴り倒すつもりだった。だが唐突に、気の強いお嬢様たちにこき使われている気の弱い執事の図が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 追い込まれた哀れな使用人に、選択肢は存在しなかった。

「――はい、わかりました」

 おつりを落としたマスターが、カウンターの中で這いつくばって探している気配がした。

 ――なんでこうなるんだよおおおっ。

 直貴は思いきり叫びたかったが、場所を考えて踏みとどまる。三人組のテンションが上がっているのは、背中を向けていても十分理解できた。

 こうして不本意ながら、ガールズバンドを世話することになった。

 平穏な日々はますます遠ざかる。直貴の苦難はしばらく続きそうだ。

 哀れな子執事に、愛の手を。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

直貴と三人組の出会いやふりまわされた日々は、機会があれば書いてみたいと思っています。

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